新たな発見
宴会をした翌日、パルフェはログインしてあることに気付いた。
「あれ? トラチヨはどこに行ったんだろ?」
オリオンからペットを呼び寄せるアイテムを貰い、この猫島に呼んだトラチヨがなぜか周囲にいない。クリスに斥候的なことを教えてもらうということでついていったが、その後の宴会では普通にパルフェのそばにいた。ログアウト直前もいたのだが、なぜか今は姿が見えない。
新たな拠点となった場所を見渡したが、トラチヨはどこにもいなかった。
そこへ丁度クリスがログインしてきた。ジャングルに興奮気味なクリスは今までにないほどAFOにはまり込んでいるのだ。そんな気合十分なクリスに近寄る。
「クリスちゃん、トラチヨを見なかった?」
「トラチヨがいないのか? そうか、もう行ったのか」
「え? どういうこと?」
「昨日、皆がログアウトした後、ジャングルを一人で満喫していた私の所にトラチヨが来てな、修行の旅に出ると言っていた」
「……………………え? どういうこと?」
同じことを二度言うパルフェ。だが、そう言いたくなるほどの衝撃――というよりも、クリスの言ったことが理解できない。言葉の意味は分かるのだが、意味が分からないという状況だ。
そもそもトラチヨはAIで動いているパルフェのペット。システム的なことから考えても主人であるパルフェに断りなくいなくなるというのは、ゲーム的にどうなのだと言いたい。
この世界の管理者であるディーテは言っていた。ペットは個別のAIで動いており、独自に進化する。だが、ペットというシステムを無視するのはどうかとパルフェは思う。
そもそも主人でもなく、ペットと話ができるメランプスが無いのになぜクリスはそれを知っているのかという疑問もある。
「クリスちゃんはなんでトラチヨが修行の旅に出たことを知っているの? 言葉は分からないよね?」
「パルフェとディーガー殿の戦いを見て思うところがあったのだろう。『ニャ』と発言したときのトラチヨの目がそう言っていた。なので頷いておいた」
「……トラチヨはAIだからね? まあ、ディーテお姉ちゃんの例もあるけど」
目は口ほどにものをいうとは言ったものだが、そうじゃないだろうと言いたくはなる。とはいえ、性能は異なるが、ディーテも同じAIではあるし、ディーテの視線は感情が分かりやすいとパルフェは思っている。なので一概に否定はできない。
「パルフェのペットである以上、強く成らねばと思ったのだろう。オリオン殿のバステトなど猫とは思えない強さだしな。それにかわいい子には旅をさせよという言葉もある。温かく見守るのも主人――いや親の役目だぞ。私の父と母もそんな感じだ」
「こういっちゃなんだけど、ギルさんとかシルヴァさんはかなり特殊な部類だと思う。ウチの両親もなんとなく普通とは言えないけど」
ジャングルでクリスを一人にするようなギルとシルヴァは一般的とはかけ離れている。一人にしたとは言っても、気配を消して近くにはいたようで安全面は確保されていたようだが、そもそもクリスをどうしたいのか分からないというのもある。
「確かに教育方針は一般的ではないだろうが、私はそれでいいと思っている。そしてトラチヨは自分に必要だと思ったから、一人で修行の旅に出たのだろう。主人に追い付こうとするなんて、健気ではないか」
「健気かな……いい事を言っているとは思うんだけど、AFOはゲームなんだよね……」
独自のAIに進化するというのは理解できなくはないが、システム的な部分を無視するのはどうかと思う。
ただ、自分が知らないだけで、そういうシステムがあるということは否定できない。なによりAFOの遊び方は無限にあると言われている。
そんなことを考えているパルフェに対して、クリスは「私も負けていられない。敵がいないか近くを調べてくる」と言ってギリースーツを身にまとい、拠点の外へ向かってしまった。
それを見届けたあと、まずは状況確認だと、先にログインしていたオリオンに話を聞くことにした。
「オリオンさん。こんにちは」
「パルフェちゃん、こんにちは。早いね。まあ、私の方が早いんだけどさ」
「私は休み中なんですけど、大学の方は大丈夫なんですか?」
「こっちも休みだし、大学は単位さえとればなんとでもなるものだからね。それに単位関係なく出たい授業はあるんだけど、今はマリス教授やスーリャ教授の授業がないからちょっと暇してる感じ――ところでどうかした? なんか困った感じの顔になってない?」
「それなんですけど――」
パルフェは現在の状況を説明する。
その説明にオリオンは「なるほど」と頷いた。
「パルフェちゃんも冗談をいう歳になったかー」
「そういう歳もなにも知り合ったの最近ですよね? いやいや、冗談じゃありませんよ。クリスちゃんがそう言っていただけで本当にそうなのかは不明ですけど、トラチヨが近くにいないことは間違いないので」
「え? 何そのイベント? ペットが勝手に修行の旅にでるなんて。もしかして何かのクエストが発生してるんじゃないの? ステータス画面に進行中のクエストってことで登録されてない?」
それがあったかとパルフェは急いで自分のステータス画面から「クエスト」を確認する。
進行中のクエストに関して詳細な情報を得られるのだが、そこには突発的に発生したクエストも載るのだ。
そのクエスト一覧に「ペット修行中」というクエストが追加されていた。そこでようやくシステム的にも存在するイベントだったのだとパルフェは安心した。そして詳細な内容を読む。
「主人に追い付こうとするペットの忠誠心が試される……?」
それがクエストの内容ではあるが、クリア条件が書かれていない。そしてクエスト報酬を見たときにパルフェの眉間に少しだけしわが寄った。
「クリア報酬:ステータス限界を超えたペット(上限解放第一段階突破)」
一瞬というよりも、そこそこ長い時間止まってしまったパルフェ。オリオンがパルフェの目の前で手を振るが、視線はそのクリア報酬に釘付けだ。
「パルフェちゃん、どうかした? クエストはあった?」
オリオンの声にハッとするパルフェ。そして息を吐きだしてから口を開いた。
「一応クエストが追加されてました『ペット修行中』ってものですけど」
「え? 嘘!? 本当にあるの!?」
「なんでオリオンさんがそんなに驚くんですか?」
「だってそれは大発見だよ! テイマーを長くやってる私達のなかでもそんなクエストが発生した人っていないんだから! もしかしたらパルフェちゃんが初めて見つけたクエストなんじゃない!? 報酬はなに! 報酬は!?」
「報酬はステータス限界を超えたペットってありますけど――」
「嘘でしょ!?」
オリオンの驚き声に反応した周囲のプレイヤーも何事かと寄ってくる。オリオンが驚きの表情で状況を説明すると、かなりのざわつきになった。
その状況について行けないのがパルフェだ。詳しく聞くと、ペットのステータス上限が解放されたことがないということらしい。当然、知らないだけで、情報を隠しているプレイヤーがどこかにいる可能性は高いが、少なくともこの場のクランでそれを知っているプレイヤーはいないということだ。
「パルフェちゃんには分からないかもしれないけど、これは革新的なことなんだってば!」
「そうなんですか?」
「そうなんだってば! 昨日のディーガーさんの話にもあったでしょ。プレイヤーのスタータス上限解放システムってジェネシス時代にあったんだけど、ゲーム開始時期からそのシステムはあったのに発見されたのは二年近く経った後だったって! 私達にとったらそれ並みのことなんだよ!」
ペットたちも戦わせることでステータスを強化することはできる。だが、ペットの種類によってステータスの上限が異なり、弱いペットは上限まで鍛えても戦闘で使えないという制限があった。
パルフェが発見されたと思われるクエストは、その制限を解除してくれる可能性があると、テイマーのプレイヤー達は大喜びだ。
「報酬の内容には上限解放第一段階突破ってあるんですけど……」
「第二第三の突破があるかもしれないってこと!?」
テイマー集団の真ん中でそんなシステムを発表すればどうなるか。簡単に言えば阿鼻叫喚。中には泣いている人もいる。
「オリオン君、パルフェ君、これは一体何の騒ぎだね?」
クラン「クリテイシャス」のリーダーであるイケオジ、ディーガーが少々引き気味で近づいてきた。ちょうどログインしたばかりの様で状況を分かっていないようであった。
「それが聞いてよ! パルフェちゃんが私達テイマーにとって新たな希望となるクエストを発見したんだよ!」
「私達の希望とは?」
「なんとペットのステータス上限突破! しかも段階がありそうなんだって!」
「なんだと! つまり恐竜たちがさらに強くなるということか!?」
ティラノサウルスの着ぐるみを着ていないディーガーは見た目通り冷静なのだが、そのディーガーですら興奮状態になったことで、ようやくパルフェも事態の重さに気付く。
「待て、皆、落ち着け! まずは発生条件だ! パルフェ君、一体、何がどうなってそうなった? どうしてそのクエストが発生したのだろうか?」
「え? いや、特に何もしてないんですけど……」
「パルフェちゃん、いいから昨日の行動を全部思い出して! 検証! 検証するから!」
「えぇ……」
本来であれば今日はハイウェイスターと戦うための情報交換をする予定だったのだが、それよりもこっちの方が大事だとパルフェは昨日の行動を根掘り葉掘り聞かれ、さらにはその検証も行われるのだった。




