意外な弱点
クラン戦争開始前、いつもの通り、メンバーが食堂に集まっていた。
エシャ、アッシュ、レン、レリック、ミスト、そして新規に加入したマリスとグリフォンのランスロットだ。
ランスロットはマリスのペットだがクラン戦争に参加するためにはクランの枠を使う必要がある。ハヤトを含め八枠を使っているため、残りの二枠をアッシュの傭兵団員が埋めている。
対戦相手は「ブラッドナイツ」だ。
ハヤトは八百長を持ちかけられた日にログアウトした後、運営向けにその旨のメールを送った。だが、返ってきた答えはこうだ。
「ゲーム内で可能な行為は本人の責任においてすべて許容されます」
ハヤトはメールを送る前から何となくそんな回答が来ると思っていた。つまり八百長をするのも、脅しをかけるのも、自分の責任でならやっていいという内容だ。
やってどうなるかはゲーム内のNPC達が判断するのだろう。クラン管理委員会などもそのために存在している。極端なことを言えば、NPC達にばれなければやってもいいのだ。
ミストを通してクラン管理委員会には連絡した。今はその調査をしている段階。それが証明されれば不戦勝で勝つこともできたのだろうが、残念ながらそれが証明される前にクラン戦争が始まってしまった。
とはいえ、ハヤトはそれを残念に思っていない。直接的な戦闘力はないが、クランとして「ブラッドナイツ」を倒したかったのだ。
今回に限ってはハヤトもかなり怒りを覚えている。
脅しをかけられたこともそうだが、アイテムを寄越せと言われたことがその原因だといえるだろう。
さらにはあの後も色々と嫌がらせを受けている。ブラッドナイツ傘下のクランメンバーが嫌がらせのように拠点の前でたむろし、客に買い物をさせないようにしていたのだ。
また、客として入って来て無理難題を言い出したり、大声でエシャを恫喝したりするなどの行為をしていた。エシャは別に何とも思っていないと言っていたが、たとえNPCだとしてもエシャは女性だ。ハヤトとしてはかなり憤慨している。
ゲームの運営では話にならないと、王都の衛兵にもそのことを訴えたのだが動きは悪かった。
メイドギルドにそれを調査してもらうと、どうやら衛兵の一部はブラッドナイツから賄賂を受け取っており、ある程度のトラブルは見逃されているとのことだった。NPCに賄賂が有効なのかと驚いたが、このゲームは何でもありだなと少しだけ感心したほどだ。
そんなこともあり、この一週間でハヤトはかなり鬱憤が溜まっていた。自室でクラン戦争の準備をしていても外で騒がれるし、店には客が来ない、それに王都ではこの店について品質が悪いなどの噂を流していた。
ハヤトは滅多に怒る方ではないが、これにはさすがに怒りを覚えた。自分の作った物に対して不当に評価されたのだ。許せるわけがない。
ハヤトのその気持ちが表に出ているのか、食堂の中は雰囲気が少し悪い。
「ご主人様、少し落ち着いてください」
だが、そんな状況でも空気を読まないエシャは、ハヤトにそう言いながら、ベルゼーブの銃口をハヤトに向けた。
「……銃口を向けられて落ち着くのは無理だと思うけど?」
あまりにも突飛な行動にハヤトは少しだけ落ち着いた。いつものような雰囲気になり、エシャにそう返したのだ。
「気持ちは分かります。私のようなか弱い女性が店で恫喝されていた。許せないのは分かりますが、そういうのはお似合いになりませんので、いつも通りゆるく行きましょう」
「エシャが脅されたことはどうでもいいんだけど、作った物を不当に評価されたことが許せないんだよね――なんでまた銃を構えたの?」
「私はご主人様のその言葉が許せないんですが撃っていいですか? 大丈夫です、ちょっと自室のベッドで目を覚ますだけですから」
「ごめんなさい。冗談だよ、エシャへの恫喝についても怒ってる。クラン戦争に勝つためとは言え、何をしてもいいってわけじゃない。正々堂々でなくてもいいけど、あそこまでやるのはやり過ぎだよ。みんな、今日はいつも以上によろしくたのむよ」
ハヤトのその言葉に全員が頷く。
その直後にバトルフィールドへ転送された。
全員はまず砦の屋上へ行くことにした。まずは今回のフィールドを確認するためだ。
屋上から周囲を見渡すとそこは一面の砂漠だった。さらに日差しも強く、かなり暑い。このゲームに汗という概念はないが、ハヤトは大量の汗をかいているような錯覚に襲われた。
(砂漠か。遮蔽物がほとんどない場所だが移動速度がかなり落ちるとか聞いたことがある。それにランダムでサソリやヘビが出現して毒のバッドステータスを与えてくるとかだったか? 熱さで火傷とかも発生するはず。面倒だな)
「みんな、日焼け止めを塗っておいて。それで火傷のバッドステータスを回避できる。あと毒消し用のポーションも携帯しておいて、サソリやヘビの毒ならすぐに消せるから」
「あ、あの、ハヤトさん、すみません……」
「ミストさん? どうかされましたか?」
ミストがなぜかかなりグロッキーな状態でハヤトに近づいてきた。今にも倒れそうで顔色が悪い――いつも顔色は悪いが、今日はかなり悪かった。
「ひ、日差しが強くて、日焼け止めでも大幅な弱体化が免れません……外や屋上は無理なので拠点の中で防衛していていいですか……?」
吸血鬼のミストはいつもより強い日差しを受けてかなり弱っていた。夜にほぼ無敵の強さを誇る吸血鬼で日中もある程度は平気だが、砂漠のような場所での直射日光は流石に耐えられない様子だ。
そして今は昼間。クラン戦争が終了する一時間後でも夜になることはない。ミストを戦力として考えるのは厳しいだろう。
ハヤトとしてはかなり困る状況だが、拠点の防衛も必要なのでアッシュと相談して拠点内の防衛はミストに任せることにした。
ミストはそれを聞くと頷いてからフラフラと階段をおりていく。
「ミストさんのことはかなり予定外だったけど、大丈夫かな?」
「まあ、仕方ないだろうな。拠点内の防衛ならいつも通りだろうからそれほど心配はしていない。それに今回はマリスやグリフォンがいる。砂漠で空を飛べるテイマーがいるのはかなりのアドバンテージだ。メイドギルドの情報だと相手はドラゴン三体にフェンリル二体なのだろう? なら何とかなるんじゃないか? それにこれなら開幕に俺のドラゴンブレスを放てる。上手くいけばそれで終わりだ」
遮蔽物もなく、デコボコしていない場所ならアッシュはドラゴンに変身してドラゴンブレスを放てる。さらにここは砂漠。移動速度が遅くなっているので突撃してきてもアッシュには届かず、場所によっては拠点まで逃げきることもできない。それはたとえペット最速のフェンリルに乗っていても同じことだろう。
「そうなってくれればいいんだけどね」
「上手く行くように祈っててくれ。それじゃ俺達は配置につく」
アッシュは団員達をつれて階段をおりていった。
「では私も配置につきましょう」
「レリックさんは大丈夫ですか? こんな砂漠では移動も大変なのでは?」
「ご安心ください。格闘スキルには色々と便利な移動スキルがありますので。それにハヤト様に作っていただいたこのレクイエムもあります。必ずやお役に立ちましょう」
「分かりました、期待しています。お気をつけて」
レリックはお辞儀すると階段をおりていった。
残ったのはハヤト、エシャ、レン、そしてマリスとランスロットだ。
「マリスは遊撃みたいな感じでお願いするよ。たぶん、アッシュ達だとドラゴン達はともかく、フェンリルのスピードについていくのは難しいかもしれない。まずは牽制しながら相手の動きを見てくれる?」
「分かりました! ランスロットの恰好いいところを見せますのでご期待ください!」
「期待しているよ。ここならランスロットがかなり活躍できるだろうからね」
視界が悪い森のような場所なら厳しいかもしれないが、砂漠ならランスロットの独壇場と言えるだろう。
「エシャとレンちゃんは拠点の防衛をお願いするよ。状況に応じて色々と動いてもらうけど」
「分かりました。お任せください。今日もすっごく呪います! うひひひ……!」
レンが嬉しそうに五寸釘とワラ人形を取り出した。明るい呪術師ってなんだろうとハヤトが不思議に思っていると、エシャが少し渋い顔をしていた。
「えっと、エシャはどうかした? もしかして暑いのは苦手?」
「いえ、そういう訳ではないのですが、今回、もしかすると私の弱点をさらすことになるかもしれません」
「というと?」
「それは今の時点ではちょっと説明できないですね。実際にどうなるかは私でも分からないところでして。ですが、私の弱点がバレたとしてもご主人様には屈服しないとだけ言っておきましょう」
「わざと誤解があるような言い方をしてるよね――レンちゃんもマリスもそこでひそひそ話さないで」
エシャの弱点。そんなものがあるのかとハヤトは首を傾げる。だが知ることができるなら今後のためにも知っておきたい。
そう思った直後、相手から音声チャットの申請が届いた。
ハヤトはその申請を許可する。するとすぐに声が聞こえてきた。
「よお、元気か? 怯えて棄権するかと思ったぜ」
声の主はガルデル。挑発をするために申請してきたのだろう。だが、ハヤトとしても望むところだった。やられっぱなしでは相手を調子づかせる。それは意外と戦いに影響するのだ。
可能な限り相手を怒らせて判断を鈍らせる。ハヤトに戦闘力はないがそういう戦いならステータスは関係ない。
「すこぶる元気だよ。そっちはどう? 嫌がらせが通じなくて地団駄でも踏んでた? ああ、そうそう、盗賊ギルドからもう仕事はしないと言われたんだって? お金だけとられた気分はどうかな? 今後の参考に聞きたいんだけど」
盗賊ギルドはレリックの知り合いがギルドマスターをやっている。その理由から手を引いた。ただ、手を引いてもお金は返さない。そもそも契約書なんてものは無いのだ。ギルドの信用的な物もあるだろうが、盗賊ギルドはそんなものはどうでもいいらしい。
「てめぇ……! 言っておくが、負けたらそれで終わりだと思うなよ? 俺に逆らったんだ。嫌がらせはこれからも続くぜ? お前がゲームを辞めるまでな!」
「ああ、そうなの? じゃあ、こっちが勝ったら嫌がらせはやめてくれるかな? ゲームは辞めなくてもいいけど、ここまでやって負けたら恥ずかしくて嫌がらせどころかゲームなんかやってらんないよね? それとも恥をさらしながらゲームを続けるのかな?」
「このガキ……!」
たぶん挑発勝負は勝てた。ハヤトはそう思って音声チャットを切る。そして音声チャットの申請を拒否の設定にした。
(さて、これでいい感じに怒ってくれただろう。でも、俺って性格が悪いのかな。ああいう言葉がスラスラと出てくるんだけど……)
少しだけ自分のことにショックを受けつつも、ハヤトはクラン戦争が始まるのを待った。
数分後、クラン戦争が開始される。
相手のエリアにはメイドギルドが調べてくれた通り、五人のプレイヤーと五体のテイムしたモンスターがいた。五人ともそれぞれテイムしたモンスターに騎乗している。
そして最初は様子見なのか、相手は砦の近くに配置されていて、今のところは動く様子がない。
(怒らせたつもりだったんだけど、意外と冷静だな。いきなり突撃してくるかと思ったんだが……近くまで寄ってくれば、アッシュのドラゴンブレスで一撃だったんだけどな)
「ハヤト、聞こえるか?」
「アッシュ? どうかした? むこうがこっちの陣まで近寄ってきたらドラゴンブレスをお願いしたいんだけど」
「いや、それなんだが、ちょっと困ったことになった」
「困ったこと?」
「ああ。あのドラゴン達は穏健派のドラゴンだ。俺のドラゴンブレスで倒すわけにはいかない」
「はい?」
「すまん。たとえクラン戦争でも穏健派のドラゴン達には攻撃できないんだ。俺だけじゃなくてレンや団員達も同じだ。本当にすまん」
ハヤトは慌てた。それは想定していなかったからだ。
「えっと、フェンリルへの攻撃はできる?」
「それは可能だがドラゴン達が割って入ってくる可能性を考えると防御するだけだな」
ドラゴンがいる間は防御のみ。HPを回復させるポーションはかなりある。だが、攻撃できない状態でクラン戦争に勝つことは不可能だ。
「ご主人様」
エシャがフィールド上を見ながらハヤトへ話しかけた。
(そうだ、エシャなら攻撃が可能だ。ドラゴンを倒してもらおう)
「エシャ、すまないけど、ドラゴン達を倒して――」
「申し訳ありません。今回、私は戦えないようです」
「はい?」
「あの立派なモフモフ。あれを倒すなんて私には無理です。良心は捨てたと思っていたのですが、私にも人の部分が残っていたんですね……甘ちゃんな女だと笑ってください」
「どこも笑えないんだけど」
立派なモフモフ。それはおそらくフェンリルのことを言っているのだろうとハヤトは思った。
「えっと、ならドラゴンを撃ってくれないかな?」
「あのおイヌ様に当たったらどうするんですか!」
「狼でしょ。というか、前に俺のことは撃ったよね? 俺ってあのフェンリル以下なの?」
「あれは過失的なものなので。でも、ご主人様がどうしてもあのモフモフを撃てと言うなら――ご主人様を撃ちます」
「そんな澄んだ瞳で言わないで。というか、これがエシャの弱点なの? 思ってたのと違うんだけど」
モフモフを撃てない。それがエシャの弱点。知ったところでどうしようもないのだが、そんなことよりも状況が最悪だ。
主力メンバーが軒並み戦えなくなった。
まともに戦えそうなのはレリックとマリス、そしてグリフォンのみ。
これは無理かもしれない。ハヤトはそう思って頭を抱えた。




