力試しとお願い
シューティングスターの拠点である廃城の廊下、パルフェは目の前のロニオスを見る。
銀髪をオールバックにして後ろで結び、執事が着るような服を身にまとい、腰には細い剣――レイピアという刺すことを重視した剣を差している。
見た目はパルフェが聞いていた通り若い。四十代とのことだが、二十代前半で通るだろう。問題はそんな人が父であるハヤトに執着しているとのことだが、なんで、という疑問しか浮かばない。
それはさておき、パルフェが見た限り、ロニオスは隙だらけだ。先ほどイングリッドが速攻で倒されてしまったが、そもそもなぜあれで倒せるのかと不思議に思う。
ロニオスの攻撃、突きの攻撃に対してイングリッドはグローブタイプの武器で迎撃した。戦闘方式がリアルだとしても、正確に武器に当てていればダメージに換算されない。
にもかかわらず、イングリッドは攻撃は十回までしか受けられないというルールで倒された。パルフェの目から見ても特に問題があった迎撃ではないのだが、何をしたのか怪しさでいっぱいだ。
そもそもロニオスに対していい話を聞いていない。どちらかといえば関わってはいけない類の人だ。それに変な約束をしないようにと釘を刺されていることもあり、パルフェは警戒度がかなり上がっている。
そしてもう一つ気になるのは、ロニオスの後方にいる女の子。表情がないというか、こちらに対して全く興味がなさそうに見える。ロニオスと同じように銀髪だが、ショートカットにしており、服は動きにくそうな全身黒のドレスだ。
イングリッドが言っていた通り、ここはすぐに逃げた方がいいのかなと思いつつも、怪しさ満点の二人にパルフェはちょっとだけ惹かれている。
それにロニオスがイングリッドに言った言葉「ちょっとしたお願い」というのも聞いてみたい。お願いを叶えない選択もできるので聞くだけは聞こうかと一歩前に出た。
「えっと、パルフェです。初めまして」
そう言っただけではあるが、ロニオスは満面の笑顔を浮かべる。
「いやぁ、ハヤト君に似て物怖じしないタイプなんだね。それにしてもハヤト君たちの娘さんなのに会えたのは十六年後なんて、ネイもジョルトも酷いと思わないかい?」
「その二人に止められていたんですか?」
「ちょっとは話を聞いているのかな? そうなんだよ、二人が僕に接近禁止のルールを作ってね。悲しいことにそのせいでハヤト君の喫茶店にも行けないよ」
ここで「ぜひいらしてください」などと言ってしまえば大変なことになりそうなので、パルフェは微妙な笑顔を向けただけだ。
ロニオスはそれを気にしていないのか、ペラペラとどれだけひどい目に遭ったかという話を続けている。
「あ、あの、ロニオスさん、わざわざパルフェに会いに来たのはどういった理由でしょう?」
見かねたリックが割って入った。
「顔は見えないけどその声はリック君だね? それにそっちはジニー君か。二人とも久しぶりだね」
リックとジニーはロニオスにお辞儀をする。
ロニオスはそれに微笑みで返すと、今度はナツとクリスの方へ視線を向けた。
「なら、そちらはナツ君とクリス君だね? 君たちのご両親とはあまりかかわりはなかったんだが、もちろん知っているよ」
雰囲気に呑まれているのか、ナツもクリスもぺこりと頭を下げただけだ。
ロニオスはまたパルフェに視線を戻す。
「さて、リック君の言う通り、ちゃんと理由を説明しておこうか。でも、その前にパルフェ君の腕前を少し見せてもらおうかな?」
ロニオスはそう言うと、腰に差していたレイピアを抜き、パルフェに向かって突き刺そうとした。
いきなり攻撃されるとは思っていなかったが、師匠であるベニツルやシモン先生の指導のもと、いつでも迎撃できるようにしておくべきだと叩き込まれているので、パルフェは頭で考えるよりも先に動いた。
剣と刀がぶつかる音が響く。だが、その一撃では終わらずに、ロニオスは高速の突きを繰り出した。
「え、ちょ!」
その攻撃もパルフェは何とか迎撃するが、この仮想現実で初めて反撃できない状況に陥った。そもそも対人戦をほとんどしていないが、初日に斧を持った男の攻撃と比べてもロニオスの攻撃は速く、嫌らしい。
反撃しようにもそれを見越した次の攻撃が繰り出されて防御するしかないのだ。
(すごい、ベニー師匠とかシモン先生並みだ……!)
ベニツルやシモンがそもそもおかしいとパルフェは薄々分かっていたが、それに並ぶような相手がいることに驚く。噂ではルナリアが最強とは聞いていたが、戦闘を見たことはないので疑っている。それはそれとして、目の前のロニオスは間違いなく強い。
そして気付く。ロニオスは右手のレイピアで刺してくるが、左手で小石のようなものを親指で弾き、こちらに攻撃している。それに関してもパルフェは叩き落としているが、これでイングリッドが負けた理由が分かった。
「素晴らしいよ、パルフェ君」
ロニオスはこんな攻撃をしていてもしゃべる余裕がある。パルフェにはその余裕がなく、必死に防御している。
「これは遠くに行ってしまった知り合いの戦い方でね。面白いから真似させてもらっているんだ。それを初見で防げるとはたいしたものだ」
褒められて嬉しくは思うがそれどころではないのがパルフェだ。どうやって反撃しようかと考えるが、全く思いつかない。
「でも、君くらいの時のベニツル君はもっと強かった」
「え?」
「隙あり」
ロニオスの攻撃を弾いたと思った瞬間、レイピアが何の抵抗もなく飛んだ。あまりの手ごたえのなさにパルフェは腕の振りが大きくなり、刀を鞘に戻せず、体勢をほんの少し崩す。
その一瞬でロニオスはいつの間にか持っていたナイフでパルフェの心臓辺りを突いていた。
ゲーム的に言えば一撃当てられただけで負けではない。だが、現実なら間違いなくアウト。
この結果にパルフェ自身が一番驚いた。ゲーム的な戦闘なら負けることはあるだろうが、戦闘方式がリアルの状態で一方的に負けるとは思っていなかったのだ。
「気を落とさないでいい。これ以上続けば負けるのは僕の方だ。言葉で隙をついて一撃いれただけだから、僕の方が強いわけじゃないよ」
パルフェはそれが嘘だと思った。ロニオスはまだ本気じゃない。体が疲れない仮想現実ならもっと動くこともできるはず。つまり戦闘を続けても勝てる可能性は低い。
勝ち負けにはあまりこだわらないパルフェなのだが、今回は少しだけ悔しい思いをした。それに自分と同じくらいときのベニツルはもっと強いという言葉にも動揺した。
「言っておくけどね、ベニツル君と比較するのは意味がないよ。彼女はアズマ流の継承者として物心ついたときから刀を手にして、それを手放すことは死だと教わってたような子だ。普通に生きている子があんな風になれるわけないからね」
動揺したのを見透かされたのか、ロニオスがそう言った。
「パルフェ君にも間違いなく才能はあるだろうが、どんな分野でも才能だけでは一番にはなれないよ。天才というのは才能と鍛錬がセットだ。君の周りにはそんな天才たちが多くいるんだけどね」
「私の周りに……?」
「子供のころから近くにいたから気付かないのかもしれないね……さて、それは後にしよう。パルフェ君の実力は分かったから、ようやくお願いができる」
「お願いですか?」
「そう、実はこの子のことだ」
ロニオスは背後にいる女の子の背中を軽く押すようにしてパルフェたちの前に出す。
「この子はウィルネ。僕の姪にあたる子だ。さあ、ウィルネ、ご挨拶を」
「……ウィルネ」
無表情のまま名前を言うだけでそれ以上の挨拶は全く出てこない。名前を言うのは挨拶なのかとパルフェは混乱したが、まずはこちらも挨拶だと口を開く。
「パルフェです。こんにちは」
パルフェはちょこっと頭を下げるが、ウィルネの目は特に関心がなさそうにしている。子供のころに会ったはずのジニーに対しても気付いているのか気付いていないのか、特に関心を示さなかった。
ロニオスはため息をつく。
「ウィルネ、駄目じゃないか。挨拶の仕方は教えただろう?」
「ロニオス様、お言葉ですが、この人達に挨拶をするだけの価値がありますか?」
大変失礼なことを言われた気がするが、財団の人とはそういうものかも、という憶測の通りだったので特に気にはしていない。そもそも愛想がいいロニオスの方が本当に財団の当主なのかと疑うほどだ。
「僕のことはロニオス伯母さんと言いなさいと言っただろう?」
「いえ、財団ジェミニのご当主様なのですから、そんな言い方はできません」
蚊帳の外になっているパルフェたちは黙って状況を見守るが、いまだに何のお願いなのか分からず、どうしていいのかも分からない状態だ。なので状況を見守るしかない。
ロニオスとウィルネの話は続くが、ロニオスは肩を落としながらまたため息をつき、パルフェたちの方を見た。
「これで分かったと思うけど、ウィルネは困った子に育ってしまった」
「はぁ……」
そんなことを言われても、財団の人ならそんな風になるものではないかとパルフェは思う。
「困った子ではありません。財団の人間として完璧だと思っています」
「それはウィルネが間違った思想で育てられたからだ」
ロニオスはウィルネについて説明を始めた。
簡単に言えばウィルネの教育係だった一人が長い時間をかけてウィルネに「財団の人間はこうあるべき」という思想を植え付けた。どの財団でも多少なりともそういう部分はあるが、やりすぎだったのだ。
結果的にウィルネは感情が乏しくなり、不要な物はすべて切り捨てるような人間になってしまったという。感情が全くないわけではないが、何事も機械のように考える思考になってしまったらしく、ロニオス曰く、子供らしくないとのことだ。
「恥ずかしい話だが、これは私や妹がやらかしてしまった失敗だ。何年もかけてウィルネをこうした手腕はたいしたものだが、私達にばれた時点でどうなるのか分かっていないから愚か者といえるだろうね。それをやった相手にはそれ相応の対処をしたところだ」
どんな対処だったのかは聞かない方がいいだろうとパルフェは「そうですか」とだけ答えた。
ロニオスはまたウィルネの方を見た。
「ウィルネ、君は周囲にいる者が全て馬鹿に見えるだろう?」
「いいえ、ロニオス様やお母様、お父様のことはそんな風に思ってません。尊敬できる人だと思っています」
それ以外は馬鹿に見えるんだとパルフェは心の中でツッコミを入れる。
「それでもほぼ全員だね。気持ちは分かるよ、僕も昔はそう思ってた。とくに他の財団の人間なんて全員馬鹿だと思ってたからね」
「なら問題ないのでは?」
「ウィルネは僕みたいになりたいのかい?」
「ロニオス様みたいになれるなら嬉しいです」
「本当に? 多くの人に疎まれ、話し相手は家族と知り合いが数人、会いたいと思った人にいつでも会えるわけではないような人生を送っている僕みたいになりたいのかい?」
「話し相手は数人でいいと思います。自分と同等以上の相手ならともかく、下等の相手と会話する必要はないと思いますが」
「僕もウィルネくらいの年にはそんな風に思っていたよ。でも、それは間違いだったと今は思っている。一番馬鹿だったのは自分だったとね」
その言葉にウィルネはぴんと来ていないのか、首を傾げる。
ロニオスはそんなウィルネを見て苦笑すると、パルフェの方へ視線を向けた。
「パルフェ君、長くなってしまったが、お願いと言うのはね、ウィルネの友達になってやって欲しいんだ」
「「はぁ?」」
パルフェとウィルネは、ほぼ同じタイミングで言葉を発した。




