面倒な人と大規模クラン
メイドギルドの特殊クエスト「シューティングスター壊滅作戦」の当日、休日ということもあってパルフェは朝からログインして、久しぶりに王都アンヘムダルのメイドギルドへとやってきていた。
その目的はクラン「シューティングスター」と、クランリーダーのロニオスについて聞くため。久々の王都ということもあって少し警戒していたのだが、特に絡まれることもなく無事にメイドギルドに到着した。
ギルドでいつもの挨拶を受けてからログインボーナス的にちょっと小さいように思えるチーズケーキを貰ってから、ギルドマスターのローゼと話がしたいと申し出た。
メイドの案内ですぐに部屋に通されたパルフェ。そこには少々疲れ気味のローゼが机で大量の書類を書いていた。そしてパルフェの方を見るとそんな疲れなどないというほどの笑顔を見せる。
「いらっしゃい、パルフェちゃん。ここで会うのは久しぶりですね」
「はい、お久しぶりです。あの、お疲れ気味ですか?」
「そうですね。でもこれはAFOスタッフとしての仕事でもありますから」
AFOは現実とリンクしている部分が多い。
ジニーが現実の情報をヘッドギアに読み込ませることで、仮想現実でその情報が書かれた紙を取り出していたようにその逆、仮想現実内で作った書類などは現実でも有効な電子データに変換できる。
ローゼは特殊クエストを発生させた処理ということで書類を書いているところだった。さすがに手書きではなく項目にチェックを入れるだけの書類なのだが、その量が多いので大変だということらしい。
大人って大変だなぁと思いつつ、パルフェはどうしようか少し迷う。色々と情報を仕入れるつもりでやってきたのだが、忙しそうにしているなら話は別だ。
「忙しそうですし、また来ますね」
「いえいえ、ちょうど休憩を入れたいと思っていたところなので構いませんよ。お茶とお菓子を出しますのでもう少し待っててください」
ローゼはそう言って椅子から立ち上がり、来客用の机にお茶とお茶菓子を用意する。
パルフェはそれを楽しみながら待った。
五分後、キリのいいところまで対処したのかローゼはパルフェがお茶菓子を食べている机を挟んで正面に座った。ローゼは一息つくと自分でも紅茶を飲んでから微笑む。
「現実と違って仮想現実は肉体的な疲労がありませんから助かりますね。精神的な疲れはありますけど」
「そういうものですか?」
「若いパルフェちゃんには分からないかもしれませんが、書類が多いと腕や指を動かすのも厳しいんですよ。パルフェちゃんだったら、仮想現実で勉強してみたらどうですか。電子データで提出が可能な宿題なら大丈夫ですし、知識だけなら仮想現実でも得られますからね」
「そういう使い方ですか。次の試験勉強でやってみます」
そういう考えは前からあってナツやクリスにこの仮想現実で勉強を見てほしいと言ったことがある。ただ、父ハヤトが作ったスイーツが出ないということで却下されたが。
個人的にやるならいいかなとは思うが、ログインしてまで勉強するかというとちょっと難しい。この仮想現実は誘惑が多すぎるので危険な場所なのだ。
そんなことはいいとしてパルフェは当初の目的を果たそうとローゼに話しかけた。
「あの、今日の特殊クエストなんですけど」
「ええ、パルフェちゃん達が参加してくれて助かります――いえ、逆に大変になった気もしますけど」
「え? 私達ってまだ始めたばかりだし、そこまで強くないですよ? それに逆って……?」
「ああ、パルフェさんは何の問題もありません。問題なのは相手でしてね、実はロニオスさんの要望で戦闘形式がリアルになったんですよ……」
周囲の幸せが全部なくなりそうなため息を吐くローゼ。この仮想現実で痛みはないはずだが、頭が痛いのか、目を瞑り、こめかみをぐりぐりと押している。
詳しく戦闘形式がリアルになったことで書類の書き直しが発生したという話だった。仮想現実なのにローゼからは怨嗟の声が聞こえてくるようなほどの表情をしている。
紅茶を飲むことでそれを何とか抑えたようだ。だが、ため息は止まらない。
「おそらく向こうは『釣れた』と思ったんでしょうね。いきなり設定を変えてくるとか、あの人、相変わらずだなと思っていたところです」
「あの、ローゼさんはロニオスさんって人を詳しく知っているんですか?」
「もちろん知ってますよ。同じスタッフというのもそうですが、色々と因縁がある人でもあるので……ハヤトさんやエシャの方がよく知っていると思いますけど」
「え、お父さんとお母さんも?」
さすがに現実でロニオスって人を知っているかとは聞かない。そもそもロニオスという名前が家族の団らんで出たことなど一度もないのだ。
不思議そうにしているパルフェの表情に気付いたのか、ローゼは苦笑いの状態で口を開く。
「昔、色々あったので二人はパルフェちゃんに何も言わなかったかもしれませんね」
「もしかして三角関係とかそういうのですか!?」
お年頃のパルフェは父や母が結ばれる前に何かあったのかと食いついた。そもそも二人はこの仮想現実で出会ったと言う。何がきっかけで結ばれたのかは知らないが、そういう話があってもおかしくはない。
だが、無情にもローゼは首を横に振った。
「ロニオスさんがハヤトさんに執着していたのは間違いありませんが、そういうのではありませんね」
「……あの、私には難しいんですけど、お父さんにロニオスさんが執着していたんですか? その前にロニオスさんの性別って……?」
「ああ、ロニオスさんは女性ですよ。年齢も私と同じくらいです」
「そうなんですか。それでお父さんに執着って……?」
「……仮想現実内で色々と絡んでました。本気の勝負をしたかったそうで」
「お父さんって生産職でしたよね?」
当時の状況から考えるとPvPはないはずだが、そもそも戦闘スキルを一切持っていないハヤトと本気の勝負なんて何を考えているのかわからないとしか言えない。
「そうですね。ただ、ハヤトさんの周りにはエシャのようにとある一点においては最強と呼ばれる人たちが多かったんですよ。その人たちと戦うためにもハヤトさんを怒らせようと色々やってまして」
「……つまり面倒な人ですね?」
「的確な表現です。しかもその人は何をやっても失敗する人でしてね……」
「……えっと?」
「運がないと言えばそれまでなんですが、基本的に彼女は自分が望んだとおりに事を運べない人でして。しかもやることなすこと被害が大きいんですよ。そして本人はそれを気にしていないというね……」
関わりたくない。それがパルフェの印象だ。父や母が知っている人だとしても話題に出なかった理由がよく分かる。
「彼女――ロニオスさんですが興味のないことに関しては優秀なんです。興味がないことは余計なことをしないから普通に何でもこなせる。ですが、興味のあること、執着していることに関しては余計なことをやらかして全く成功しないという人なのでハヤトさんも苦労してましたね」
「今のところ全くいいところがないんですけど……?」
「基本ありません。しかも財団ジェミニの当主という方でしてね、ネイさんやジョルトさんが日々苦労しています」
「財団ジェミニの当主!?」
ネイが財団リーブラの当主であることは知っている。その補佐であるジョルトが元は財団レオの後継者の一人であったのも知っている。それと同レベルの人が父や母の知り合いだということに驚きしかなく、さらには執着されていたとは驚きを通り越して怖い。
しかもそんな人がAFOのスタッフとして働いているのは何の冗談だとしか言えない。AFOを運営している十二人の幹部、その一人であってもおかしくはないのだ。
パルフェはそれを伝えるとローゼはため息をついた。
「もともと幹部として受け入れようとしたのですが、『それじゃつまらないじゃないか』と言って断ったんですよね。しかもコロニー『フロンティア』に多額の出資をしている人でもあるのでクビにできない人といいますか。人事権もある人なんです……」
なんだか大変な人が相手なんだなとパルフェはちょっと引き気味だ。そこで一つ思い出す。ローゼはロニオスが「釣れたと思った」という話をしていた。
「あのロニオスさんのことはよく分かったんですけど、釣れた、というのは?」
「……実はロニオスさんにはAFOの幹部たちからルールが作られていまして」
「ルール?」
「パルフェちゃんに接近してはいけないというルールですね」
「え? 私? というか、私がそのルールを知らないんですけど?」
「彼女がハヤトさんに執着していた事実からパルフェちゃんにも近づくなとディーテさん、ルナリアさん、ネイさん、ジョルトさんたちが決めたんですよ。ちなみに現実でも接近禁止令が出ているほどでして」
「なんか危険な人に思えてきたんですけど……?」
「間違ってはいませんが危険なことはありませんよ。面倒な人というだけで」
それがヤバそうなのだが、パルフェは心配になってきた。仮想現実で危険なことはないだろうが、なにか関わってはいけないような人に思える。
「ただ、そのルールには抜け道がありまして」
「というと?」
「パルフェちゃん自身からロニオスさんに近づくのはいいというルールです」
「ああ、そういう――もしかしてシューティングスターが食材を買い占めた理由って」
「十中八九、パルフェちゃんから近づいてもらうためですね。あの人、すぐにそういうことするんですよ」
ローゼは簡単に言っているが、それでいいのかと言いたい。
ディーテも手作りの料理が食べたいという理由でこのイベントを開始したらしいが、それに似たようなことをしている。この世界は悪い大人ばっかりだとパルフェは改めて思う。
「えっと、私は参加しない方がいいですかね?」
「いえいえ、もうこうなったら参加してください。パルフェちゃんがこのクエストに参加しないとなったら、ロニオスさんは興味をなくしてしまうので」
「それはそれでいいのでは?」
「興味をなくしたらあの人強くなるんですよ。AFO内の食材不足は解消したいので勝ちたいんですよね。それにこれが駄目ならまた別の方法で近づくと思うので、今回ちょっと相手をして満足させた方が被害は少ないと思います」
なにか生贄みたいな扱いをされたが、たしかにメイドギルドのスイーツ食べ放題がないのは困る。それに食材を得ることができれば手作りカレー練習も可能になり、さらには食材を売ってお金を得られる可能性もある。
色々と検討した結果、特殊クエストには参加することにした。
「それにパルフェちゃんの護衛という形で知り合いのクランに要望を出しました。スタッフではなくプレイヤーですが、かなり強いのでいざというときは助かると思いますよ」
「護衛ですか?」
「ええ、これから来ることになって――」
ローゼがそう言いかけると、部屋にノックが響いた。
「メイド長、イングリッド様がお見えです」
「入ってもらってください」
外から聞こえた声にローゼがそう答えると、メイドさんに連れられた女性が一緒に部屋に入ってきた。
「あ!」
「あれ、お嬢ちゃん、たしか……」
パルフェがログイン当日、PvPの説明をしてくれた腹筋がすごい女性だった。その女性もパルフェを見て驚いている。
パルフェは立ち上がると頭を下げた。
「あの時はありがとうございます」
「いやいや、何もしてないよ。しかしもったいなかったねぇ、あの後すぐに対戦したんだろう? しかもリアルで。私も直接見たかったなぁ」
「あはは」
「二人は知り合いなんですか?」
ローゼがそう聞くと、パルフェは頷いた。
「初めてログインした日に色々教わりました」
「そうでしたか。それはちょうどよかった」
「ちょうどよかった?」
「ロニオスさん対策でパルフェさんを護衛するように頼んだ人でイングリッドさんです」
パルフェは驚きつつ、もう一度、頭を下げた。
「パルフェです、よろしくお願いします」
「さっきローゼさんが言ってたけど私はイングリッドだ。よろしく頼むよ」
イングリッドがそう言うと、右手を出してきた。パルフェは笑顔でその手を掴み、握手をする。
「へぇ、やっぱり強いんだね。握手しただけで分かるよ」
「え? そ、そうですか?」
握手をしただけで何が分かるのだろうかと思ったが、買い被りすぎではないかとパルフェは思う。
「イングリッドさんはAFOで最大規模のクラン『バンディット』のリーダーなんですよ」
「あのクランのリーダーさんですか!」
それを聞いたパルフェは少し興奮した。
AFOが始まった当初からあるクランで今では一万人近くいるのではないかと言われる大規模クラン「バンディット」。あらゆるイベントで上位を独占するバンディットを知らないのは初心者かモグリと言われるほどだ。
そんなクランのリーダーをやっているなら本人は相当なものだと言える。
「なーに、バンディットのリーダーは一番強ければなれるんだ。クランの運営なんかは皆に任せきりで私は何もしてないから大したことないよ」
そうは言ってもあのクランは個人からして戦闘力は相当なものだと言われている。そこで頂点を取れるなら相当な強さであることは間違いない。
イングリッドはパルフェに笑顔を見せる。
「それにしてもあの時の子がハヤトさんとエシャさんの娘さんだったのか。そうだよね、ベルゼーブのレプリカを持っているなら当然といえば当然か」
「あの、父と母を知っているんですか?」
「直接会ったことはないけどね、叔父や先生から色々聞いているよ」
「叔父さんと先生ですか……?」
「ジョルト叔父さんとイヴァン先生のことなんだけど、知らない?」
「ジョルトさんはネイさんの補佐をされている人ですよね? イヴァン先生というのは、もしかして元勇者のイヴァンさん……?」
「そう、AFOで勇者をやっていたイヴァン先生。私の先生でね、ハヤトさんやエシャさんには色々お世話になったって聞いてるよ」
「私もイヴァンさんのことは聞いてます。今は地球の未開地域を探索しているとか」
「そうなんだよ、なかなか帰ってこなくてね。教わりたいことがたくさんあるんだけど」
「まったくあの人はいつまでフラフラしているんだか……」
なぜかローゼが愚痴のようにそんなことを言いだした。しかも口ぶりからして親し気というか、関係が近いようにパルフェには思える。
「あの、ローゼさん?」
「ああ、すみません。では、時間もないので色々と説明しておきますね」
なにかはぐらかされた気がしないでもないが、特殊クエスト「シューティングスター壊滅作戦」に関しての説明が始まるのだった。




