思い出は最高の調味料
ジニーがログインした日の翌日、パルフェ、クリス、ジニーの三人は拠点でテーブルを囲んでいた。
ナツは自宅で勉強、リックは昨日の精神的ダメージが大きいという理由でこの場にはいない。ナツは後からログインして、リックはログインしているが一人でアズマの方にいるという状況だ。
「アシュレイ様――じゃなくて、リック君にきちんとお礼をしておきたかったのですが、今日は会えそうになさそうで残念です」
「昨日、あれだけ騒いだからね。リック君、現実でもコスプレしてたし。なんというか、律儀だよね」
「それな! 嬉しい、マジ嬉しい! アベル君なんかはすんなりやってくれるけど、嫌々そうにコスプレしてくれたリック君はもう花丸二百点だよ! はぁー、栄養が染みわたる……」
昨日、ジニーの家で行われた現実の誕生日会のことを思い出しているのか、ジニーは良く言えばうっとり、悪く言えば欲望丸出しのしてはいけない顔をしている。
「リック君は瀕死だったけどね。というか、ジニーちゃん、栄養って、めちゃくちゃ健康だよね? スポーツ万能だし」
「パルフェちゃん、女の子は特定の栄養が必要なのです。そう、レン教官が定期的に恋バナを聞かないと死んでしまうように。パルフェちゃんだって犬や猫の動画を見ないと危険な状況に陥るでしょ?」
「完璧に理解した」
これ以上ないたとえを出されたのでパルフェはジニーの気持ちを理解する。パルフェも毎日動物動画を見ないと生きていけない。
「クリスちゃんも毎日筋肉が必要でしょう?」
「なるほど、精神的な栄養ということか。それならば理解できる。私の場合、見なくとも鍛えていることを実感できればその栄養は摂取可能だ。とくに筋肉痛はいいぞ」
「それは逆に理解が難しいといいますか」
「借りた漫画のラブコメでもあったぞ? 仲が良くても一度は険悪になって、その後ラブラブになるとか。雨降って地固まる的な感じだが」
「完璧に理解いたしました! 栄養過多の状況に断食というスパイス……そこを耐えると超リバウンドするくらいに栄養を摂取できます! さすがはクリスちゃん、その言動に隙が無い……!」
そのたとえでいいのかという状況ではあるが、全員がボケに回っている状況なので特に問題なく会話が進む。
その後も他愛ない会話が続くと、クリスが「そういえば」と口にした。
「昨日のコスプレキットだが、あれはミカンさんの会社の商品なのか? たしか、ルナリアさん直属のおもちゃ会社『ハイパートイメーカー』はミカンさんが社長だったはずだが」
「そうです。ミカン姉様が社長ですね。あと言うならお母様が秘書、お父様は副社長です。昨日のコスプレキットはまだ発売前の試作品でしたので皆の感想がすごく役に立つと喜んでいました。もちろん私も。皆、すごくよかった……思い出しただけでマジヤバくて死にそう……あ、後でお礼のお菓子を送ります。あと画像と動画のデータも送りますね」
「ジニーちゃんのご両親かー。たしかウチのお父さんと昔からの知り合いなんだよね、それにミカンさんも」
「詳しくは聞いてませんが、AFO内で知り合ったらしいですね。父は悪魔召喚研究会というクランでハヤト様のクランと戦ったことがあるとか」
「あの温厚そうなアドリアンさんが悪魔召喚ってあまりピンとこないけどね」
「ところがどっとい、吸血鬼な上に棺桶を背負ったバリバリの悪魔召喚師らしいです。さすがお父様、私もそのスタイルで行こうかと悪魔召喚師ギルドに入りました」
「ジニーちゃんもなっちゃん並みのダークサイドだね」
「なっちゃんとは同じ属性だとは思っています。あと、お母様は悪魔王ミカンお姉様に仕える悪魔秘書だとか……両親なのに推せる……!」
「リンジーさんね。プレイヤーは悪魔なんて種族は選べないのに、なんで悪魔キャラのプレイヤーだったのかな?」
「そこはたぶん、ミカン姉様にあこがれたお母様が召喚技術を使って自分の体内に最強の悪魔を降臨させたに違いありません。その後、エクソシストに追われた母が偶然父に出会って逃避行、その間に激しい恋が燃え上がり……間違いない!」
「たぶんと言ってて最後は間違いないのか」
そんな冷静なクリスのツッコミを踏まえつつ、三人の他愛ない雑談は止まらない。
それから三十分ほど経過すると、リックから音声チャットが入った。
内容はイベントの料理を考案すること。他にもジニーへ悪魔召喚のスキル上げをして欲しいとのことだった。あと、精神的な疲労が大きいのでしばらく一人で行動するとも言っている。
「雑談だけでも楽しいけど、ゲームをやっているからにはそっちも楽しまないとね。それにリック君にはかなり無理をさせたからちゃんとやらないと。まずは料理かな」
「料理なら昨日頼まれたので色々考えてきました」
「仕事が早いね! この中だとジニーちゃんは料理が得意だし、すごく期待してるんだけど」
「お任せください。ではこちらを」
ジニーはアイテムバッグから紙を数枚取り出す。現実で書いた内容をAFO内で紙に書きだすというシステムがあり、ジニーはそれを利用したのだ。
パルフェ、クリスはどや顔をしているジニーから数枚の紙を受け取るとすぐに目を通した。
パルフェが首を傾げる。
「『高校生が初めてのおうちデートで彼氏のために頑張って作った肉じゃが』?」
同じようにクリスも首を傾げる。
「『お菓子作りが好きな高校生が彼女のためにこっそり作ったクッキー』?」
他にも「高校生」が協調された料理名が書かれている。料理自体は普通だが余計な形容詞が多い。
誰が見ても「なにこれ?」と言っている感じの目で二人はジニーを見る。そのジニーはティーカップを小指を立てた状態に飲み、そして微笑む。
「料理名で釣ります」
「ジニーちゃん?」
「大丈夫です。高校生、ここポイント高いです。いわゆる萌えポイント。AFO利用者なら誰もが通っているはずの青春の道、幅広い世代に刺さります。下手するとクリティカルヒット。ノスタルジー間違いなし」
「いや、あのね」
「簡単に言うと味で勝てるわけがないので『思い出』で勝負します。そう、思い出は最高の調味料……! ドキパンのマッケンロー様もそう言ってます。たとえそんな経験がなくとも想像力は無限大なので簡単に想像できますから安心です。記憶とは大体捏造という研究結果もありますから大丈夫!」
「う、ううん?」
「それに高校生という免罪符があるので味が悪くても微笑ましいで済まされます。むしろ美味しすぎないところが売り。つまり勝確。ワンチャン優勝もあります」
それは詐欺ではないか、そんな風にパルフェは思うが少なくとも高校生部分は嘘ではないとも思う。
「それに料理というのは美味しいかどうかよりも誰が作ったかによります。たとえば料理名が『パパのために初めて作った微妙な味のオムライス』。三十代以上の男性にぶっ刺さります」
それは何となく分かる。パルフェも父親のハヤトのために初めて料理を作ったときは、目を潤ませて食べていたほどだ。微妙な味だったのだが、美味しいと何度も言いながら食べていた。その後、ディーテが「私の分はないのかね?」と無茶なことを言っていたが。
「料理名で釣るのはいいと思うぞ。こういうのはまずは食べてもらうことが大事だからな」
「クリスちゃんは賛成かー」
「うむ。この『目指せマッスル、最強プロテイン料理』が気に入った」
「それは単にクリスちゃんの好みだよね?」
「『高校生メイドのティータイムセット』でもいいが?」
「そこは高校生を入れなくてもいいんじゃない?」
「それは最高の売り文句です。ただ、多くは男性に刺さるので『高校生執事のティータイムセット』も用意しました。これはリック君に任せましょう。執事が嫌いな女性なんていませんから大丈夫です。もちろんメイドが嫌いな男性もいませんよ!」
ジニーがそう言うとクリスに向けて親指を立てる。そしてクリスも同じように親指を立てて頷いた。
この二人が手を組んだら勝てない。パルフェとしては名前で釣るのはどうかと思っているが、言っていることは間違っていないとも思う。すでに大量の料理が登録されており、その中から選んでもらうには色々と目立つ必要があるのは確かだ。
それにイベントはお祭りだ。楽しんだものが勝ちというのも間違っていない。料理名で釣るが味が良いものにすればそこまで詐欺でもないだろう。
「名前で釣るのは分かったけど、味はちゃんとしよう? 詐欺じゃないけど、詐欺まがいなことは禁止。だからジニーちゃんもちゃんと料理を教えてね」
「さすがパルフェちゃん。お父様であるハヤト様を目指すなら当然ですね。もちろん全身全霊を持って教えます」
料理はちゃんと作るということで決まったところで、ナツがやってきた。
誰がどう見てもご機嫌な表情をしている。
「我、参上! フハハ、今日のダークサイドは光に満ち溢れているぞ!」
光に満ち溢れたダークサイドでいいのかと思うが、パルフェとしてはナツがご機嫌な理由が想像できる。というか、これで分からない方がおかしい。ルースとの勉強が楽しかったのだ。
「なっちゃん、いらっしゃい。勉強は終わったの?」
「当然だ! 一を学んで十を知る、それが我だ!」
おそらくものすごい集中力で勉強をしていたのだろう。好きな人との勉強でそれはいいのかとは思うが、敢えて何も言うまいとパルフェは誓う。
「む? 三人で作る料理の研究か?」
ナツはそう言ってテーブルに広げられた紙を手に取る。そして頷いた。
「なるほど、さすがは我が友ジニー、名前で釣る作戦か」
「やはりなっちゃんはと私は同じ属性。私とは方向性が違いますが、同じダークサイドの住人としてすぐに理解すると思っておりました」
同じダークサイドでも方向性に違いがあるのかと思いつつ、パルフェはナツのために飲み物とお菓子を用意する。
紙をめくりながら料理名を見ていたナツだが、一度びくりと体を震わせてから急に止まった。そこだけ時間が止まったように微動だにしていない。
「もしかしてなっちゃんに刺さる料理があった? えっと……」
パルフェはナツが見ている紙を横から覗き込む。
持っていた紙には「高校生が恥ずかしくて渡せなかったバレンタインチョコ」と書かれている。
「……なっちゃん、もしかして経験あるの?」
「違うから。全然違うから。ちゃんと食べてもらったし。我が父と母に渡しつつ、よかったらどうぞってちゃんと渡したし。むろん、手作りを市販モノっぽく見せる偽装もした」
なんでそんな策略を練らねばならぬのかと思うが、勢い余ってチョコをあげたこと自体を否定してはいない。テンパるにもほどがある。
「ナツ、いつも否定しているが、年の差を気にしているのか? 大丈夫だ、筋肉の前では皆平等だ」
「我が友よ、筋肉は宗教なのか? というか、そういうんじゃないから」
「なっちゃん、同じ道を歩む私からも言わせてください。同じダークサイドでもなっちゃんはロウ、私はカオスだけど根幹は同じですから」
「我のダークサイドは秩序なのか。だが、言わなくていいぞ。むしろ言わないでくれ」
「好きな人が同じ次元にいるのに恋の障害があるなんて言うのは甘えです。恋の障害は次元が違ってからが本番」
「我が友のダークサイドがカオスなのはよく分かった。さあ、この話は終わりだ。料理はまた明日から訓練するとして今日はスキル上げをしようではないか。金策も必要だろう?」
露骨な話題変更だがパルフェはそれに乗る。
このまま恋バナのような何かを話しているのも悪くないが残念ながらカオスすぎる。それにナツからこれ以上の情報を引き出せるとも思えない。次の展開に期待というところだ。
「それじゃ今日はジニーちゃんの戦闘デビューみたいなものだし、難易度が低いところで戦おうか?」
その言葉に全員が賛成し、パルフェたちは四人でスキル上げに向かうのだった。
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コミカライズ最新話がTOブックス様のサイトで公開されました。
セシルがハヤトの店にやってきて……という33話です。
ぜひ見てくださいね。




