ゾンビアタック
公爵級の悪魔が動き出したと同時に、アッシュ達がエシャを連れてこちらへ逃げてきた。
攻撃を受けた悪魔はエシャを狙ってファイアボールやライトニングと言った魔法を使っている。
その遠隔攻撃がエシャに当たる前にアッシュや団員達が間に入り、エシャに攻撃が当たらないようにしていた。
現在の悪魔の狙いはエシャだ。エシャの攻撃により、悪魔は大ダメージを受けた。そのせいでエシャに対するヘイト値が大幅に増えているのだ。
ヘイト値とはモンスターが誰を狙うかを決める値のことを指す。モンスターはそのヘイト値が高い相手に攻撃を仕掛ける仕組みだ。
これはモンスターの内部的な情報で実際にその値を見ることはできない。モンスターにダメージを与える、味方のHPを回復させる、スキルを使用するなどで変動すると言われている。
悪魔のHPを三分の二は減らしたデストロイにより、悪魔のエシャに対するヘイト値は跳ね上がっている。執拗なまでにエシャに対して攻撃を繰り返していた。
時間とともにヘイト値は減ると言われているが、しばらくはこのままだろうと考えた。
アッシュや団員達がウォークライと呼ばれる自分へのヘイト値を上昇させるスキルを使っているが、それでもしばらくはエシャを攻撃するだろう。
これまでのクラン戦争でもそうであったが、この戦いでもエシャの攻撃が肝になる。
デストロイのクールタイムが切れる三十分後までエシャにはいてもらわないといけない。二発目を撃ってもらわないとあの悪魔が倒せないからだ。
砦まで戻ればバトルフィールド上から遠距離攻撃はされない。少しでも早く戻ってくれとハヤトは祈った。
「さて、それでは行って来ますね。エシャさんを守らないと」
ミストが屋上の手すりに立ち、悪魔のほうを見てそう言った。
「ええ、お願いします。倒されてもすぐにトマトジュースをかけますので」
「はい、お願いします」
ミストの体が霧に包まれる。それが晴れると大きなコウモリの姿になっていた。手すりからジャンプするとそのまま飛行して悪魔のほうへ飛んでいった。そして悪魔の顔面に突撃する。それを何度も繰り返している。
モンスターはヘイト値があるからと言って、他のターゲットを絶対に攻撃しないという訳ではない。モンスターの進行を邪魔した場合は、それを排除するように攻撃をしてくるのだ。
ミストはエシャを追えないように悪魔の進行方向に立ち塞がる感じで戦いを始めた。そのために悪魔はミストを攻撃している。魔法などは使わずに拳による物理攻撃だ。
ミストは何度か躱すことに成功するも、攻撃が当たってしまう。三発ほど殴られると、ミストは光の粒子になって消えてしまった。
ハヤトはすぐさま棺桶の中を見る。そこには灰が詰まっていた。
(これがミストさんの灰か。これにトマトジュースをかければいいんだよな?)
ハヤトはアイテムバッグからトマトジュースを取り出して灰に振りかけた。
するとその灰が人型の姿になりミストとなる。
「公爵級の悪魔ともなるとさすがに強いですね。三発食らっただけで死んでしまうようです」
「平気そうにしてますけど、大丈夫ですか?」
「ええ、もちろん。それではまた行ってきますか。あの悪魔は自動的にHPが回復するようなので、その分くらいは減らしておかないとエシャさんの二発目で倒せなくなってしまいますからね」
「自動回復のスキルがあるのですかね。それじゃすみませんが、ミストさん、お願いします」
「ええ、このゾンビアタックで前のクラン戦争でもブイブイ言わしてましたからお手の物ですよ。エシャさんのクールタイムが終わるまでお任せください」
ゾンビアタックとは、たとえ倒されてもすぐに復活して戦いに参加する戦術だ。ゾンビのように何度倒れてもすぐに復活するのでそう言われている。
「ミストさんも前のクラン戦争に参加してたんですね」
「いい線まで行ってたんですよ。ベスト8にはいるくらい――おっと、まずはエシャさんを守らないと。では行ってきます!」
ミストはそう言うと、またコウモリの姿に変身して悪魔のほうへ飛んで行った。
その直後にレンが声を上げる。
「あ、兄さんたちが戻ってきましたよ!」
砦の屋上から下を見る。そこにはアッシュ達に守られたエシャがいた。弱い悪魔を蹴散らしながら砦の中に入ろうとしているようだ。
「どうやら無事みたいだ。良かった……相変わらずメロンジュースを飲んでるね」
「MP回復のためですよ」
「ああ、そっか。デストロイは全MPを使うんだっけ」
エシャのデストロイという攻撃は全MPを消費して大ダメージを与える。
今回はもう一度撃つ必要があるため、エシャはMP回復させるための行動をしているのだ。ただ好きで飲んでいるだけじゃないかと思うこともあるが、それは言わない。
そのエシャがアッシュと共に屋上へやってきた。
「ふう、いい汗をかきました。これでちょっとくらい痩せるといいのですが」
「結構余裕あるね。でも、MP回復のためにメロンジュースを飲んで貰わないといけないのがちょっと心苦しいけど」
「ご安心ください。こういうのは別カロリーです」
(別腹じゃないの?)
ハヤトがそのツッコミを入れる前に、アッシュがハヤトのほうを見た。
「これからどうする? 今はミストが応戦してくれているが、あの悪魔はこの砦のクランストーンを壊しに来るぞ?」
砦の高さは約十メートル。悪魔は約十五メートルほどなので、砦に入ることなく屋上のクランストーンを攻撃できるのだろう。
基本的にクラン戦争はプレイヤー同士の戦いだ。あのような大きいボスキャラがクラン戦争に出現するのはハヤトも初めて見るのでどういうルールが適用されているかは分からない。だが、おそらく砦の目の前まで来られたらアウトだ。
「ミストさんだけだと三十分持たないか? ゾンビアタックという手段で足止めしてくれてるんだけど」
「ああ、なるほど。でも、どうだろうな。ミストが戦っている間は悪魔も足を止めているから時間は稼げると思うんだが……俺の見立てでは難しいと思う」
悪魔はミストと交戦している間は足を止めている。だが、ミストが倒された直後から悪魔は動き出すのだ。ミストを復活させてすぐに交戦状態になったとしてもその間までに距離を詰めてくる。
すでに悪魔は自陣に入りこんでおり、エシャの攻撃が間に合うかは微妙なところだ。
「兄さん。私があの悪魔を弱体化させてミストさんを長生きさせればいいんじゃないかな? STRを下げれば攻撃力も下がると思うけど……」
レンの言葉を聞いて、アッシュは自分の顎に手を当てた。
「なるほど、ドラゴンカースでSTRを半分に下げれば攻撃力が落ちるからミストも長生きできるってことか」
「うん。一体だけしか効果がないけど大きさは関係ないから効果はあると思う」
「でも、大丈夫か? ドラゴンカースで悪魔のヘイト値を稼ぐぞ?」
「そこは兄さんが守ってくれるでしょ?」
レンが笑顔でそういうと、アッシュも笑顔になる。
「ああ、もちろんだ。ハヤト、それでいいか?」
「やってもらったほうがいいというのは俺でも分かるかな。分かった、それでお願いするよ。レンちゃん、ミストさんの支援をしてもらえるかな?」
「お任せください! あ、上手くいったらすっごいスイーツを期待してます!」
「なんでも好きなのを頼んで」
レンは両手を上げてガッツポーズをした後、アッシュと共に屋上にある階段を降りていった。
屋上に残されたのはハヤトとエシャだけだ。
エシャはメロンジュースを飲み終わると口を拭いてからハヤトのほうをみた。
「微笑ましいくらい仲のいい兄妹ですね。まぶしくて浄化してしまいそうです」
「一回くらい浄化されたほうがいいと思うけど?」
「このクラン戦争中は私の気持ち一つで勝敗が決まると言っても過言ではないのですが、何か言うことはありますか?」
「すみませんでした――あ、ごめん、ミストさんが倒された。復活のためにトマトジュースをかけてくるから」
ハヤトは先ほどと同じように棺桶にある灰にトマトジュースを振りかける。するとミストが復活した。
「やれやれ、なかなか骨が折れる作業ですね」
「すみません。そうだ、いま、レンちゃんが支援に行ってますので、多少は楽になると思いますよ」
「ああ、はい。アッシュさんから連絡がありました。悪魔の攻撃方法によって呪いの切り替えを行うとか。ありがたい話です――おっと、話している場合じゃないですね。レンちゃんが狙われる可能性があるのですぐに向かいます」
ミストはまたコウモリの姿になって悪魔のほうへ飛んで行った。
(さて、砦の入口ではレリックさんと団員さんが弱めの悪魔を退治しているからここまでは来れないだろう。あとはエシャがデストロイを撃てるまであの悪魔をどれだけ近づかせないかだけか)
ハヤトはそんなことを考えながら戦っているみんなと悪魔を見た。
時間が経ち、すでに空は星で埋め尽くされている。
そろそろクラン戦争も終わりになる時間帯だが、クランストーンを守り切れば総ダメージ量で勝てる状況だ。
問題は相手が召喚した公爵級の悪魔。これが砦の目の前まで迫っていた。あと数歩で砦に悪魔の手がかかる。そうすれば、クランストーンを攻撃できる射程範囲だ。
他にも残っている三人のサマナーが気になるところだが、今のところ何もしていない。というよりも姿が見えないのでどうすることもできないのだ。なのでその三人に関しては気にしないことにした。今は全力で悪魔を止めることが先決なのだ。
エシャはすでにMPを回復させており、あとはクールタイムが終わるのを待つだけだ。いまは砦の屋上で悪魔の正面にいて、手すりに足をかけた状態で銃を構えている。クールタイムが終わったと同時に撃つためだろう。
「エシャ、そこだと危ないんじゃないかな? もっと離れたほうが――」
「いえ、ここで撃てばすぐに当たります。そうすれば私達の勝ち。やるかやられるかなのでここで構いません」
エシャの眼前まで悪魔の手が届きそうだというのに、エシャは身じろぎもせず、悪魔の眉間に向けて銃を構えていた。
ハヤトはデストロイのクールタイムがあとどれくらいなのかは分からない。もう少しであるというだけだ。
そう思った瞬間にミストが光の粒子となって消えた。
そして悪魔は一歩前に出て、拳でエシャを殴ろうとしていた。大きなモーションで左拳を引いていたのだ。ミストと悪魔の戦いを見ていたハヤトは、おそらく左フックのような攻撃だと予測する。
ハヤトがまずい、と拳の軌道上に飛び出した瞬間、エシャがニヤリと笑う。
「デストロイ」
エシャの銃、ベルゼーブ666の銃口から大小十個の魔法陣が悪魔の眉間の手前まで並んだ。
直後に大砲のような音が聞こえ、衝撃がハヤトを襲う。その衝撃で倒れてしまったハヤトは急いで立ち上がると、悪魔が光の粒子になって消えていくのが見えた。
エシャが悪魔を倒したのだ。
エシャは悪魔が消えるのを確認してから、銃を右肩に乗せて大きく息を吐く。
「ギリギリでしたね」
「ああ、うん。助かったよ」
「ところで、ご主人様。さっき私を守ろうとしました? 飛び出しましたよね?」
悪魔の攻撃は範囲攻撃ではない。エシャに当たる前にハヤトに当たれば、ハヤトは倒されてしまうが、次の攻撃まで時間を稼げる。そう判断したからこそ飛び出したのだ。
とはいえ、それを正直に言いたくはない。そもそも必要がなかったのでちょっと格好悪いのだ。
「……気のせいじゃないかな?」
「それはとぼけ過ぎだと思いますが、ご主人様はどう思います?」
エシャはニヤニヤしながらハヤトを見る。
(この前の仕返しか? いや、でも、その通りだというのがなんとなく嫌だな……あれ? 俺、飛び出せたのか?)
ハヤトは自分の足を見る。そこにはいつもの足があるだけだ。
「俺って飛び出してた?」
「まだとぼけるつもりですか。まあ、いいですけど」
「あ、いや、そういう意味じゃ――」
そこまで言ったところで、ファンファーレが鳴り響いた。そして花火が上がり、紙吹雪が舞う。この戦いに勝利したのだ。
(まあいいや。今は勝利を喜ぼう)
ハヤトは夜空に上がる花火を見ながらそう思っていた。




