パラダイス・ロスト
この仮想現実では世界を創ったとされる創世龍達、その一体をロールプレイしているランダはハヤト達がいる採掘場所の状況を聞いて笑みを浮かべた。
現在、ランダはルナリア達と一緒にエリアストーンの近くで待機している。ノアトとアルヴィー達の「レクイエム」による合唱が始まるまでゴースト系のモンスターが出現するので、それが終わるまではここで待機するという状況だ。
そんな中、北東の採掘場で本格的な戦闘が始まった。その状況を聞いたのだが、想定以上でランダは笑ったのだ。
ハヤト自身はいつでも自然体だ。なのに、多くの人が味方をする。そして集まる人達は一癖も二癖もある人達ばかり。自分もその一人なのかもしれないと思うとなぜか少しだけランダは誇らしくなる。
類は友を呼ぶという言葉がある。多くの人が集まる以上、普通に見えてハヤトにも何かあるのだろうと想像するが、どこが凄いのかと言われても答えられない。
これがたまたまなのか、それとも何かしらの意思が働いているのか。そして意思が働いているなら誰の意思なのか。
記憶をなくす前、ここは単に最先端の仮想現実で人類再生のための計画でしかないと思っていたが、これまでの状況を考えるとなにか得体のしれない思惑が絡んでいるように思える。
そもそも百年前の技術が現在に継承されていない。ここの技術は現在の技術よりも何世代かは先。継承が途絶え、ロストテクノロジーとなっている。もっと言えば「そんな技術はなかった」という扱いだ。
技術の漏洩を防ぐために宇宙船だけで開発をした可能性はあるが、エシャが外でプログラムの一部を作っていたと聞いたことがある。そんな状況でも何一つ技術が残っていないというのは、よほどの思惑が絡んでいると考えてもおかしくはない。
それに技術が途絶えたのは人類を救う事とはかけ離れている。他の惑星で資源が見つかったタイミングも今から考えれば怪しい。それを理由にこの仮想現実をなかったことにしようと思った勢力があったのも疑わしい。
宇宙船には一万人近い人間が乗っていた。それがいきなり失踪したのだ。宇宙船には家族や友人など、知り合いを多く巻き込んでいる形ではあるが、過去の情報を調べてもそんな事件はなかった扱いになっている。
ランダ達がこの仮想現実にいたとき、全員が宇宙船にいて現実から隔離されていた。現在残っている情報とあの時に宇宙船で聞いた情報に違いはないが、本当に聞いた通りの情報だったのか。当事者のランダからすると、すべてが嘘に思えた。
地球から離れたのは予定通りだったのではないか、もしくは別の理由で離れる必要ができたのではないか――ランダはそこまで考えて、すぐにその思考を捨てた。
(陰謀論好きな自分が考えたところで答えが見つかるとは思えない。もし誰かがそれを知ることができるなら、それはハヤトさんだろうな……)
そう思う理由はない。ただ、ハヤトはこの仮想現実に好かれている、そんな気がするからだ。
「ランダちゃん、どうかした?」
魔王であるルナリアが覗き込むようにランダを覗き込んでいる。
ルナリアは多くの人に慕われているが、ハヤトとは違ってこちらは強化人間で普通と言えない。少々子供っぽいところがあるが、それもルナリアの魅力だ。子供っぽい感情のままに行動するルナリアは本人が強くても守りたいと思える。
仮想現実内での戦闘力は高く、頭の回転が異常に速い。ランダが冗談で七桁の掛け算を質問したら、すぐさま答えたほどだ。最初は冗談かと思ったが、計算機で確認すると正解だった。ランダは驚いたが、ルナリアは何が凄いのかを理解していなかった。
そんなルナリアではあるが、今は不思議そうにランダを見つめている。
ランダはメガネの位置を整えてから微笑んだ。
「北東の採掘場で戦いが始まったっすけど、ハヤトさんの知り合いの知り合いが巨大なタコを召喚して蹴散らしているみたいっすね。意外な戦力があってびっくりしたっす」
それを聞いたルナリアは腕を組んでぷくっと頬を膨らませた。
「私より目立つのはどうかと思う。あとタコ焼き食べたい」
「タコ焼きはともかく、ルナリア様は魔王なので最終兵器っす。最終兵器が目立つのは最後っすよ」
「最終兵器……!」
なにが琴線に触れるのかは微妙だが、子供が喜びそうな言葉に弱いのは間違いない。傍からみれば子供と変わらないが、子供と違うところは、ルナリアには信念があることだろうとランダは思う。
仲間に対して極度に甘い――というよりも仲間を何よりも大事にする。それが子供っぽさから来るのかどうかは不明だが、どんな状況でもルナリアはその信念を譲ることはない。
周囲にいる人達もルナリアに対して甘いが、ルナリアはそれに輪をかけて甘い。魔王という役割を演じているというわけでもなく、本心なのはすぐに分かる。周囲に慕われている理由の一つがこれなのだろう。
「それでハヤトさん達は大丈夫なの?」
「平気っすよ。それにうまい具合に魔人達を引きつけてくれたっす。ゼノビアさん以外の魔人達があっちに集合しているみたいっすね」
「七人全部ってこと? それは平気じゃないと思う。ロザリエちゃん達を送ろうか?」
「送らなくても大丈夫っす。もともとハヤトさんは囮みたいなものっすから戦力の分散はダメっすよ。魔人が全員釣れるとは思ってなかったすけど」
「でも、ハヤトさんが倒されると戦場に居られない人も多いと思う。ノアトちゃんがいなくなったらかなり問題」
「実は私以外の創世龍をハヤトさんの近くに待機させてるっす。いざとなったら龍化してハヤトさんを守るから大丈夫っすよ」
「そうなんだ?」
アッシュやレン、さらにはヴェル達もその護衛チームにいる。龍化すれば相手が魔人だとしても勝てる。ルナリアが最終兵器ならヴェル達は秘密兵器なので、できれば戦闘して欲しくないとランダは思っているが。
それに魔人達にただ勝つだけでは意味がない。毎回毎回ハヤトを囮にする作戦が通じるわけではないので魔人の弱体化が必要になる。
そのために目を付けたのが武具の破壊。魔人達は意識を奪われ本当のNPCとして動いている。それを考えればそこまで脅威ではないのだが、装備品だけは神装備であり、そんなNPCが毎回出てきたら損害は相当なものになる。
なので、魔人達の武具の耐久力を可能な限り減らす。一瞬で片をつけるのではなく、プレイヤーやミスト達とゆっくりじっくり戦ってもらう必要があった。
それは向こう側のプレイヤー達も同じ考えだというのがランダの見立てだ。
向こう側もこちらのNPCを弱体化させようと考えるはず。それを考えると生産系に特化したハヤトはアマンダだけでなく敵のプレイヤーからも狙われる立場だ。
(ハヤトさんには採掘場所へ行ってもらったけど採掘やそれによる武具の修理は必要ない。ハヤトさんは皆に壊れてもいいサブの武具を作ってもらったし、素材はイベントに参加していないメンバーが集めているからそれで十分なはず。可能な限り逃げてと言っておいたし、エシャさんがいるから大丈夫だとは思う)
レリック率いるバトラーギルドや、ソニア率いるトレハンギルドが戦場ではなく他で採掘や伐採を行っている。
ハヤトはあくまでも囮役。当然、囮として違和感のない行動をさせるために北東の採掘場へ送った。
そして予想通り――予想以上に魔人を引きつけてくれた。
このイベントでは魔人達やイヴァン達の不確定要素が大きい。魔人達が個別にノアト達合唱団を襲うことになったら護衛として強いメンバーを広範囲に配置する必要があるだろう。
なので数人だけでも引きつけてくれればと思ったが、全員がそこへ向かったと言うのだから面白い。
(アマンダがハヤトさんに執着しているという情報はこの上なく正しい。聞いたかぎりでしかないけど、アマンダの性格からすればイベントそっちのけでハヤトさんを狙うはず。今回はどれくらい困難か調べるだけかもしれないけど。まあ、この辺りは予想通りなんだけど――)
ランダはそこまで考えて右の頬を掻いた。そしてメガネの位置を元に戻す。
魔人達は不確定要素だが、意識は奪われてアマンダの指示通りにしか動かない。そちらは分かりやすいといえば分かりやすいのだが、問題はもう一人だ。
「なにか考え事?」
ルナリアがまた不思議そうにランダの顔を覗き込んだ。
「え? ああ、そっすね。このイベントはもう勝ったも同然なんすけど、一つだけ心配事があるっすよ」
「ランダちゃんの中ではもう勝っちゃったんだ?」
「魔王軍大軍師っすからね! 何十手先も読んでますから負けるわけないっすよ!」
「さすがランダちゃん。でも、それなら心配事ってなに?」
ランダは腕を組んで少し唸ってから口を開いた。
「今回の戦いは戦力から考えてよほどのことがない限り負けないっす。これからの戦いもそうっすね。基本的に負ける要素がないっす」
「うん。みんな強いし私も強いから確かにその通り」
「でも、ヒュプノスだけはよく分からないっす」
「ヒュプノスちゃんってディーテちゃんにそっくりな子のこと? 聞いただけでしかないけど」
「そうっすね。そのヒュプノスが何を考えているか分からないので、そこだけが唯一の不安っす」
「よく分からないけど、そんなに心配?」
ランダは頷く。
心配というよりは不気味と言ってもいい。ディーテと同じ高性能AIで、以前はスタンピードのイベントで暗躍していた。当時の状況からは少し変わったとハヤトとディーテが言っているが、それも不思議な話ではある。
以前のヒュプノスはディーテに代わってこの仮想現実の管理者になることを目的としていた。あくまでもそう言っていただけで本当のところは不明だが、今はそこまで執着していないらしい。
ただ、アマンダに命令されてハヤトをさらった。それだけならまだ分かりやすいが、アマンダ側の情報を提供してきたり、ハヤトが魔王城から逃げる際に手伝うことはなかったものの、邪魔もしなかった。
何をしたいのか分からないのは不気味と言える。ただの人ならそこまで心配でもないのだが、ヒュプノスはディーテと同じ高性能AI。どんな絵図を描いているのか分からないということは勝利条件が分からないと同じことだ。
「戦いにおいては、間違った勝ち方や正しい負け方があるっすよ」
「……うん? うんうん。分か……る?」
ルナリアは、分かっていないけど、とりあえず返事をしたという感じだ。
「戦いに勝利したとしても目的を達成できなかったら勝ったとは言えないっすよね?」
「試合に勝って勝負に負ける、みたいな?」
「まあ、そんな感じっす。勝ち負けはどうでも良くて、目的だけを優先する。相手がそういう考えだった場合、私達は戦いに勝っても負けたと言っていいっす。ヒュプノスの言動から何をもって勝ちになるのか見えないのが不安ってことっすね」
ランダがそう言うと、ルナリアは腕を組んで悩み始めた。
それを見たランダが微笑む。
「ルナリアさんが考える必要ないっすよ。こういうのは私やディーテさんがやるっす。ルナリアさんはこのイベントでアマンダをボコボコにすることだけ考えてくれればいいっす」
「うん、そうする。難しいことは魔王軍大軍師にお任せ。あとお化けも」
「承ったっす!」
ランダはにこやかにそう返すが、頭の中ではまだ色々と考えている。
(ディーテさんに怒ったふりをして挑発しながらヒュプノスの意図をそれとなく確認するように言ってある。それで何か分かるかもしれない。一番嫌な可能性は――ヒュプノスがこのイベントの勝敗を知っている場合かな。このイベントが何かの目的のために行われ、どういう結果になるのかまですでに決まっているという可能性。もしそうなら――)
そこまで考えてランダは首を振った。
考えすぎだと思ったからだ。ただ、一度思ったらなかなか頭の中から追い出せない。
(もしそうなら、この仮想現実でディーテさんやヒュプノスよりも上の存在がいるかもしれない。この仮想現実のすべての事象を操れるなにかが。ヒュプノスがその存在のために動いている――いや、違うか。たぶん、ハヤトさんを巻き込んで違った結果にしようとしている。それが一番しっくりくるけど……さすがに考えすぎか。どうもこういう考えをするのが好きだから困ったなぁ)
ランダは自分の妄想が暴走していると思った。これまでこういう考えをして正しかったことなんて一度もない。ただ、妄想することが好きなのだ。
そう思ったところで、周囲がにわかに騒がしくなる。
情報を集めると相手のプレイヤーが森にいるアンデッド達をこっちに引き連れてきたとのことだった。
ゾンビにグール、レイスやワイト、ドラゴンゾンビやヴァンパイアロード等のアンデッドのオンパレードだ。さらにはゾンビのレアモンスター「死ぬことを許されない英雄」の上位種「破棄された勇者の試作品」までいる。
ランダは頭を振って妄想を取り払った。
「皆、落ち着いて対処っすよ! レクイエム合唱団を守りつつ、周囲に盾役を展開っす!」
ランダがそう言うと、クラン「キス・オブ・デス」のメンバーや大手クランのメンバーが声をあげる。そして作戦を知らない野良のクランもその場のノリで盛り上げた。
そんな中、ルナリアだけはオロオロしていた。
「ゴ、ゴ、ゴ、ゴースト系のモンスターは早めに退治を――」
「ルナリアさんは目でもつぶって羊でも数えているといいっすよ」
ルナリアはすぐに目をぎゅっとつぶり、「羊が一匹、羊が二匹……」と数え始めた。
ランダはそんなルナリアを見て笑みをこぼす。
この子供っぽい魔王を勝利に導くことが自分の仕事だとメガネの位置を調整するのだった。
クラン「絶望天使」のパーシャは大森林の中央付近で情報が集まってくるのを待っていた。
待っているのは地上ではなく空中。空を飛べるレアアイテム「ウィッチブルーム」という魔女のホウキに、座るのではなく立って飛んでいた。
意味はとくにない。ホウキにまたがる、横座りするなど論外。両足を揃えて華麗に立つのが至高。そして日傘をさす。これで完璧だと言える。
そしてパーシャの少し後方でも同じようにそれぞれホウキの上に立っているブランとノワールという双子の姉妹がいた。これは偽名で本名はクロとシロだ。
「パーシャ様」
全身白のパンツスーツタイプの服を着たブランが声をかける。
だが、呼ばれたパーシャは反応しない。
ブランは溜息をついてからまた口を開いた。
「破壊と再生を司る、名を奪われた堕天使様」
「なにかしら?」
パーシャは笑みを浮かべて振りむいたが、ブランは疲れ切った顔をしており、全身黒のノワールはホウキの上で膝をまげて座り、口元に手を当てて下を向きながら笑いを堪えている。
「先ほどの行為は危険だと思いますが」
「先ほどの行為が危険……? 『クリフォト』にある扉の封印を解いたことですか?」
「真面目な話です」
パーシャはブランの顔を見ながら溜息をつく。双子の姉妹は自分のノリに合わせてくれるが「同志」ではない。あくまでも自分の空気を読んだ上で付き合ってくれているだけだ。
無理に付き合わせているという自覚はあるので、普通の状態で話すことにした。
「仕方ありませんね。それで危険な行為とは?」
「ロニオス様に連絡を取ったことです」
「そんなことですか。別に構わないではありませんか」
パーシャはつまらなそうな顔をしてから、持っている傘を肩にかけ、くるくると回す。
本当になんでもないと思っているパーシャの顔を見ながら、ブランは眉間にしわを寄せて口を開いた。
「ですが、あの方は財団ジェミニの次期当主。内容はともかく連絡すること自体、パーシャ様のお立場を悪くする可能性があります」
「無粋ですわね、この世界に現実を持ち込むなんて」
「いえ、言わせていただきます。パーシャ様、貴方様も財団の当主となり得る可能性があります。あまり他の財団の方と関わり合いになるのはどうかと。たとえゲームだとしても相手にお願いをするなど当主となったときに影響が――」
「可能性なんてありませんわ。兄が当主を継ぐ。それで話は終わりです。そもそも貴方達は兄に頼まれて私を監視しているのでしょう? 私に諦めさせる方では?」
ブランは言葉に詰まる。ノワールの方も先ほどまで笑顔だったが顔がこわばった。
パーシャは真面目な顔で二人に視線を送ってから、クスクスと笑いだす。
「兄も小心者ですわね。私が当主になりたいとでも思っているのかしら? ああ、もしかしてロニオスさんに連絡をすることで私が当主になるための準備をしていると思ったの?」
「……はい」
「ありえませんわね。そもそもロニオスさんに力を借りたら上手く行くものも上手く行きません。結果的に上手く行くかもしれませんが、おそらく大混乱になるでしょうね」
ロニオスは結果に至るまでの過程を楽しむ癖がある。目的に向かって最短距離を進むのではなく、多くの道を作った上にその道を全部進む。自身の楽しみのために無駄な遠回りするタイプだ。
そんな気はさらさらないが、もし当主になろうとするなら手を借りる財団はリーブラ。その当主ではなく、次期当主のネイだとパーシャは思っている。
パーシャも父である現当主の補佐として評議会に参加している。
そして以前の評議会でスコーピオンを打ち負かしたネイを見た。
調和を保つ財団でもあるリーブラが、そのバランスを崩そうとするほどの行為はパーシャに相当な衝撃を与えたと言っていい。手を貸してくれるかどうかは不明だが、協力を仰ぐならロニオスよりもネイだ。敵なら怖いが味方ならこの上なく頼りになる。
あれ以前のネイの評価は低い。というよりも、成人したのが最近だったので、数えるくらいしか評議会に参加しておらず、参加していても現当主の隣に座っていただけなので評価のしようがなかった。
単なるお飾りだと思っていた矢先のあれが起きた。ネイが出資している仮想現実に興味を持つなと言う方が無理な話だ。
他の財団関係者もこの仮想現実にいるとパーシャは睨んでいる。さすがにロニオスの様に次期当主がログインしていると知った時は驚いたが、向こうも同じであろう。
パーシャも財団の血族。この仮想現実で遊ぶと言ったとき、兄が止めた。この仮想現実でネイに接触を試みると疑われたのだ。そしてブランとノワールの二人と一緒なら仮想現実で遊んでも良いという許可を貰った経緯がある。
(お兄様も器が小さい――とは言えませんわね。全てを手に入れるか、全てを失うか、それくらい当主になれなかったときに失うものが多すぎる。どんな些細な芽でも摘んでおこうという話なのでしょう)
パーシャは財団パイシーズの血族。うお座の名を持つ財団は芸術的な文化の保護を行っており、コロニー「ミュージアム」等の管理を行っている。
以前からパーシャは「ミュージアム」に残された芸術品を見るのが好きだった。今ではほとんど作られていない本なども管理している。電子化されている物も多いが、そういうものはコロニー「ライブラリ」の管轄で、本そのものは「ミュージアム」の管理だ。
パーシャは子供のころからファンタジー系の「ラノベ」をよく読み、現実ではない空想の世界に思いを馳せていた。そんな中、ネイに興味を持ち、遊び始めたのがこの仮想現実。そしてそこには「ラノベ」のような世界が待っていた。
運命を感じた。この世界こそが自分の生きる世界だとも思った。
(ネイさんには感謝していますわ。この仮想現実が有名なことは知っていましたけど、ここまでとは思っていませんでした。ゲームを始めたのは僥倖と言えますわね……!)
それ以降、この世界に入り浸る様になったのだが、現実では他の財団と繋がっているのではないかと疑われている。「素敵な言葉」を使って遊んでいるだけなのに、なにかしらの暗号だとも疑われており、バンディットのジョルトの様に自分も財団から抜けるべきかと本気で悩んでいる。
だが、パーシャに財団の血族というステータスは必要だ。コロニー「ミュージアム」には他の財団にも閲覧を制限するほどの芸術品や情報がある。パイシーズが持つその権利を放棄したいとは思えない。
パーシャは「閲覧の制限」という言葉から、ふと思い出した。
「ところでノワール、ノアトさんの情報は確認できましたか?」
「ノアト・ヴァベックの情報ですね? 指示通り閲覧制限のある情報も調べましたがありませんでした」
「そう……」
パーシャはノワールにNPCであるノアトの情報を調べさせていた。
これにはシュテルクストのルッツが影響している。ルッツがこの世界のNPCは過去の有名人を模倣しているのではないかと言っていたからだ。
もしかしたらノアトが過去にいたかもしれない。本物がいたからと言って何か変わるわけではない。実在していたら嬉しい、という程度の感情だ。
だが、いないとなればそれはそれで残念だと思う。自分と同等、もしくはそれ以上の「同志」を見つけたと思えたからだ。今はいなくとも過去にそういう人がいたという事実はパーシャにとって大事なことだ。
残念がっているパーシャに対してノワールが「ですが」と言った。
「じつは『月を飲むクジラ』の方で情報が引っかかりました」
「え?」
「月を飲むクジラ」は、パーシャがノアトに初めて会ったときに言っていたノアト本人を指す言葉だ。
あの時の会話に意味はない。アドリブで会話をつなげただけであり、即席の物語のようなもの。より「素敵な言葉」を言った方が勝ちである遊戯。NPCだからこそなのかもしれないが、一瞬でその遊戯に乗ってきたときは眩暈がするほど感動した。
それはともかく、そのときの会話もノワールに伝えていたのだが、人名ではなく言葉に引っかかったというのはパーシャにとって驚きだった。そもそも意味がある言葉ではないのだ。
「一応ですが教わった言葉も調べてみました――パーシャ様は『ミラクル・ドーナツ』という方をご存知ですか? うちのクランと似たような形でミラクルとドーナツの間にハートマークがつきますが」
「知っていても知らないと言いたくなる名前ですわね。もちろん、知りませんが」
「百年ほど前に自分で作詞作曲をして、動画サイトで配信をしていた歌手の名前です。未だに公開された一部の歌は名曲として扱われています」
「それはまた。で、それがどういうことなんです? 歌のタイトルにあったとか?」
「いえ、その曲を動画サイトにアップロードしていたアカウント名が『月を飲むクジラ』なんです」
「アカウント名が……?」
「歌手とアップロード者が同一人物なのかは分かりませんでしたが、ノアト・ヴァベックは歌手をロールプレイしているNPCです。もしかすると『ミラクル・ドーナツ』を模倣したNPCなのかもしれません――ちょ! パーシャ様!」
パーシャはそれを聞いてホウキから落ちた。ブランとノワールが慌ててパーシャを追い、キャッチする。
「ほ、本当に堕天するかと思いましたわ……!」
パーシャは二人に助けられてホウキの上に戻る。少々息が荒いが、それだけパーシャにとっては衝撃的な話だったのだ。
それを確認したノワールは続けた。
「ただ、それはどうでもよくてですね……」
「どうでもよい事ではありませんわ!」
もしかしたら実在した人物かもしれない。それだけでパーシャとしては「同志」が見つかったと思える。もしかしたら子孫に「同志」がいる可能性もあるのだ。
「お待ちください。問題はその情報がどこにあったのか、という話なんですよ」
「どこにあったのか……?」
「はい。少なくともネット上にある情報では引っかからない内容でして、見つけたのは財団が管理している閲覧制限が掛かった情報なんです。歌も名曲と言われていますが、世間的には作者不明になっている状態でして」
「作者不詳……?」
「はい。まあ、過去の大半の曲はほとんど作者不明なのでそこはおかしくはないのですが、閲覧制限がある情報に存在したのは驚きですね。ただ、私の権限でも一部の情報は見れませんでしたので、それ以上の情報が必要ならパーシャ様ご自身で確認して欲しいのですが」
「貴方でも見れない閲覧制限? ランクは?」
「私が見ることができるランクはシングルまでです。ただ、トリプルの制限が掛かった情報がありました」
「シングルにあった情報? さらにはトリプルにもそれらしき情報があると?」
ノワールは真面目な顔で頷く。
その顔を見て嘘はついていないとパーシャは判断した。だが、それならそれで混乱する。
(トリプルの閲覧制限? でも、あの制限は「パラダイス・ロスト」関係の情報だけだったはず……)
パーシャ自身も詳しくは知らない情報「パラダイス・ロスト」。
楽園追放、失楽園という意味で名付けられたその情報は最高ランクの閲覧制限があるほどの内容で、百年ほど前に一万人規模の人間が行方不明になった事件のことを指す。
ただ、それに関して誰かが騒ぎ立てることはなかったという。他の惑星で資源が見つかった時期が重なったことで、当初は行方不明ではなく、どこかのコロニーへ引っ越した程度に思われていたとのことだった。
財団パイシーズでも血族以外は誰も知らない情報であり、今の財団が出来たきっかけになった事件とも言われている。そして財団パイシーズは、その情報が外に漏れないように管理しなくてはならないという話が伝わっていた。
パーシャは自身が知っている情報を整理する。まだ情報は足りないが確かめたいことがある。
「さきほどのドーナツなんとか――」
「ミラクル・ドーナツです」
「そうそれ。その人の歌をなんでもいいから教えてくれないかしら? 貴方なら一つくらい覚えているでしょう?」
ノワールは不思議そうな顔をしたが、覚えていた歌をパーシャに教えるのだった。




