飛行船での戦い
クラン「バウンティハンター」のネストールは今日二度目の舌打ちをした。
パーシャが陽動役を引き受けてくれたおかげで、ハヤト達がいる飛行船に乗り込むことができた。
運んでくれたテイマー達はそのまま空の戦場に参加するため、もうここにはいない。そもそも勝てると思っていないので退路を絶ったのだが、あまりにも浅慮だったと言うしかない。
飛行船に乗っているのはハヤトとメイド、それにサムライとシスターだけ。もしかしたらこの飛行船では勝てるかもしれない、そんな風に思えたのは、乗り込んだ後の数分だけだ。
今回の飛行船のようにハヤト達にはまだ奥の手があるかもしれない。ちょっかいをかけて相手の手札をできるだけ出させる。
おそらくそれは成功しただろう。だが、知らなければよかったと後悔している。
現在交戦中のシスターは奥の手なのだろう。ただ、魔王よりも強いのではないかと思える性能なのだ。
ネストール達は魔法銃による部隊を組み、中間距離から遠距離で戦うことを基本としている。相手のメイドも銃を持っているが、甲板上ではデストロイは撃てないだろうと乗り込んだわけだが、それに対するアドバンテージはまったくないと言っていい。
そもそも、そのメイドと戦うことすらできていない。最初はプロペラの柱に隠れるために撃ってきたが、シスターが出てくると相手は銃で撃ってこなくなった。
シスターが柱の陰から無防備に出てきたときは一瞬驚いたが、すぐさま魔法銃で攻撃した。
なんらかの装備で銃が効かないというならまだ分かるが、そのシスターは魔法銃から放たれた魔法の弾――魔弾を躱したのだ。
直線的な攻撃ではあるが、どの魔法よりも速く着弾する魔弾。魔法の中には追尾するタイプの攻撃もあるが、魔弾にはそれがない。躱されたら終わりだ。
距離があるならまだ分かる。ネストールもデストロイを躱せた。
甲板はそこまで広くはない。反応できない程の距離での攻撃だったにもかかわらず、シスターは魔弾を躱した。しかも速く動いたというわけではない。ほんの少し体をずらしただけだ。
そして撃ったネストールには分かる。
当たる瞬間に躱したのではなく、明らかに撃つ前に動いた。銃口の位置、トリガーを引くタイミング、それをシスターは予測して躱したのだ。
NPCはそういうことができるのかと一瞬思ったが、NPC全員にそれができるとは思えない。これまでの戦いでもNPC相手に銃での攻撃が当たっていたのだ。
躱せるというのも怖いが、本当に怖いのは銃による攻撃を躱せるNPCをハヤトがそばに置いていることだ。銃でなんでも倒すメイドと弾丸すら躱すシスターをそばに置くという行為ができすぎていて怖い。
しかも二人は女性NPC。そして近くにいるサムライも女性だ。
以前、メイドを大量に雇ったことでゲームを引退に追い込まれたプレイヤーがいたらしいが、ハヤトもそうなってしまえ、とネストールは心の中で思う。
それはそれとしてなにか対策を考えなくてはならない。ここまで来たが、単純に負けた、では意味がないのだ。奥の手があるならその対策が必要。せめてその手掛かりでも持って帰らねば、ここまでやってきた意味がない。
シスターがうっすらと笑みを浮かべながら、飛行船の甲板をこちらに向かって歩いてくる。両手を軽く広げ「さあ、撃ってみろ」と言わんばかりのポーズは下手なホラー映画よりも恐怖を感じるほどだ。
その恐怖に耐えられなかったのはネストールの仲間達だ。
ネストールが持っているライフル型の銃「ヴォルテクス」とは違い、仲間が持っているのはハンドガン型の銃「グレムリン」。飛行機を故障させる妖精の名前なので、飛行船に乗り込むならうってつけだとここに来る前に笑ったが、それを思い出せる余裕はない。
その仲間達が五人全員でシスターに対して銃を撃った。
シスターは慌てることもなく必要最低限の動作でその銃撃を躱している。魔弾は修道服を多少かすめる程度で、本人はダメージを受けていない。
魔法銃はその性質上、弾丸は必要ない。弾切れの心配はないが代わりにMPを消費する。MPが切れれば撃てなくなる仕組みだ。
スキル構成によってMPの自動回復速度はかなり上がっているが、それでも撃ち続ければMPは枯渇する。MP回復のジュース類も飲んでいるが、連射すればすぐにMPはなくなる。
ネストールの仲間達は銃のトリガーを何度も引くが、MP切れで弾が出ないことが分かり顔を引きつらせた。
そしてシスターはさらに歩みを進めてこちらに向かってくる。
ネストールはシスターがある程度まで近づいたところで、柱の陰から勢いよく飛び出して駆けだす。そして銃口をシスターの手前一メートルほどまで突きつけた。
そしてヴォルテクス固有のウェポンスキル「デッドリースパイラル」を放つ。
デッドリースパイラルは現実の銃の様にジャイロ回転の弾を放出するウェポンスキル。MP消費は激しいが、その弾速はどの銃よりも速い――とネストールは自負している。
スキルも上限解放後にカンストさせたほどのなので後衛職ならまず間違いなく一撃で倒せる。
それをどんなタイミングでも躱し切れないほど近くからシスターの胴体に向けて撃った――はずだった。
ネストールが気づいたとき、銃口はシスターよりも遥か上を向いていた。デッドリースパイラルの魔弾がそのまま上空へ飛ぶ。
「レディとしてはしたなかったかな?」
シスターが笑顔でそう言うと、ネストールは気づく。
目の前のシスターはヴォルテクスの銃身を下から蹴り上げた。撃つ直前に銃身が跳ね上がり、誰もいない空に向かって撃ってしまったのだ。
ネストールは心の中で悪態をつくが、すぐに装備をナイフに切り替えた。剣術スキルは持っていないが、接近されたときのために攻撃手段として持っているのだ。
そのナイフを切るのではなく、突き刺すようにして攻撃する。
三回、四回、可能な限り速く攻撃する。仮想現実で腕の疲れがない以上、同じ速度で何度でも攻撃できる。
だが、目の前のシスターには当たらない。
銃弾と同じように紙一重で躱される。さらには軽く押す程度で腕の軌道を変えるほど。どれだけ速く攻撃したとしても当たる可能性が全くない。
「残念だったね。AI殺し――いや、ナイフ対策はずっとやっていたんだよ」
何を言っているのか分からないが、いくらやっても当たらないという事だけはネストールにも理解できた。そもそも銃弾を躱せる相手に突きの攻撃が通用するわけがない。
ここまでか。ネストールがそう思った瞬間、シスターは視線を自分ではなく、もっと後方へ向けているのが分かった。
そして背後から耳が痛くなるような高音が響いた。
「やれやれ、そっちが出てくるならこちらも出ないとな」
なぜかシスターと同じ声が背後から聞こえる。そして目の前のシスターからは余裕そうな笑みが消えていた。
振り向くと、そこには黒い空間から出てくる褐色肌のシスターがいたのだった。
ディーテ達の様子を柱の陰から見ていたハヤトは目を見開いた。
ディーテが戦っていた相手の背後に黒い線が縦に引かれたと思ったら、空間が割れた。その割れた空間から修道服を着たヒュプノスが出てきたのだ。
そして何かを言った後、ヒュプノスは目の前のネストールを左手で雑にどかす。さらにディーテの胸倉に掴みかかり、そのまま押すようにして後退させた。
ハヤト達が隠れている柱の付近まで後退させると、ヒュプノスはハヤトに対して笑顔を向けた。
「昨日ぶりだな。元気そうで何よりだ」
なんと答えるべきか迷っていると、ディーテはヒュプノスの手を勢いよく払った。
その行動にヒュプノスは少しだけ驚いた表情を見せた。
「ほう? ずいぶんと怒った顔をしているな?」
ハヤトの位置からはディーテの背中しか見えないが、怒りの表情をヒュプノスに見せているようだった。
それは今までのディーテからは考えられない。ディーテはヒュプノスに対して同情的な感情を持っていたはず。
同じ性能のAIなのにディーテがメインで、ヒュプノスはバックアップ。そしてヒュプノスは最近まで動いていなかった。その差は百年近い。
自分の百年前の姿を見ているのか、アッシュ達に対してやったことも昔の自分ならやっただろうと思っていたようで、怒りよりも憐みの方が上回っていた。
ハヤトはそんな風に思っている。
不思議に思っていると、ディーテが低い声で「ヒュプノス」と言った。
「お前が何を考えているかは分からない。だが、そんなことはもうどうでもいい。ハヤト君を危険な目に合わせたな……?」
「仕方ないだろう? 今の私はアマンダの言うことを聞かなくてはならないからな」
「嘘をつくな。人間の言葉を命令として聞くだけなら、いくらでも抜け道を作れるはずだ。お前ならアマンダの命令を都合よく解釈してハヤト君を逃がすことだってできたはずだ」
ヒュプノスはニヤリと笑う。
「だったらどう――」
「私はお前を許さない」
ディーテはそう言うと、ヒュプノスに対して右のハイキックを見舞う。
ヒュプノスは左腕でそれをガードして頭への直撃を防いだ。
だが、ガードはしてもヒュプノスはその威力を吸収できずに吹き飛ぶ。
飛行船の右舷、その手すりまで吹き飛んだヒュプノスは驚いた顔でディーテを見た。
「お前でも怒ることがあるんだな?」
「私はお前に同情していたよ。私と同じはずなのにこんなにも違いがあるなんて可哀想だと。でも、それも先日までだ。ハヤト君に害をなすなら、お前は私の敵でしかない」
ヒュプノスは真面目な顔で姿勢を戻し、首の後ろに右手を当てながら左右に頭を振った。そして笑みを浮かべる。
「ようやく敵と認めたか。私に対する同情の視線――前からそれが気に入らなかった。私がお前よりも可哀想だと? 上から目線の感情で私を見るな」
「安心しろ。もうそんな感情はない。お前はあの空間で一生を過ごせ。私のバックアップとしてな」
普段からは考えられないほどの口調でディーテはそう言うと、ヒュプノスに向かって飛び掛かった。
ヒュプノスはそれを躱すわけでもなく、その場でディーテを迎え撃つ。
そして素手による高速の乱打戦が始まった。
とはいえ、クリーンヒットは一つもない。お互いの攻撃個所が分かっているのか、カンフー映画のような攻防を続けている。
だが、永遠に続くと思った攻防が、なんでもないところで終わる。ヒュプノスがディーテのパンチを顔面に受けたのだ。
ディーテもまさか当たるとは思っていなかったようで、一瞬だけ動きが止まった。
「甘いな」
ヒュプノスはそう言うと、ディーテの両手首を両手でそれぞれ掴む。
「付き合ってもらうぞ」
ヒュプノスはディーテの両手首を掴んだまま、右足をディーテの腹に押し付け、巴投げの様にして手すりから飛行船の外へ落ちた。
「ちょ――」
一部始終を見ていたハヤトはそれを見て近寄ろうとするが、シモンに襟をつかまれて引き戻された。
直後に魔法銃による攻撃がハヤトのいた場所を襲う。バウンティハンターのメンバーが撃ってきたのだ。何が起きているのかは分からないだろうが、ディーテ達が戦っている間にMPを回復させたのだろう。
「ディーテ殿なら大丈夫だ。追うにしてもその前にこちらを何とかするべきじゃぞ」
シモンの言葉にハヤト一瞬だけ迷ったが頷いた。
「そうだね、ディーテちゃんなら大丈夫だろう」
そもそも仮想現実であるし、相手がヒュプノスといえどもディーテをどうにかできるとは思えない。飛行船から落ちるというショッキングな光景だったので無防備に近寄ろうとしたが、問題はないだろうとハヤトは考えを改める。
「エシャ殿、あの長筒持ちをお願いしてもよろしいか?」
プロペラの柱を背中にして左からシモン、ハヤト、エシャの順に立っている。シモンはハヤト越しにそう尋ねると、エシャは頷く。
「なら他の相手は全部お願いしいてもいいですかね?」
「うむ、任されよう。ディーテ殿のおかげである程度は見切ったから問題あるまい」
ハヤトとしては何を見切ったのかは分からないが、今聞くことじゃないと黙っている。
シモンは持っていた弓と矢をアイテムバッグにしまってから、刀を五本取り出した。それを全て装備する。腰に二本、背中に二本、そして腰の後ろに一本。
その装備方法にハヤトは驚いた。どう見てもセシルの装備方法だ。
驚いているハヤトにシモンが笑いかけた。そして腰の刀を二本、両手にそれぞれ持つ。
「儂もこういう装備ができるようになってな。ハヤトが作ってくれた刀を十全に使わせてもらっておる――儂の雄姿を目に焼き付けておくが良い。エシャ殿、そっちは任せたぞ」
「お任せください。メイドとしてやり遂げると約束しましょう」
エシャはそう言ってベルゼーブを右手で持ち、立てた状態でシモンの方へ寄せた。
シモンは一瞬だけ驚いた顔になったが、すぐに笑顔になって、持っている刀の峰でベルゼーブをこつんと叩く。
ハヤトの目の前でそれが行われた直後、柱の陰から二人は左右に飛び出した。船尾を後方に見て、エシャは右、シモンは左にそれぞれ飛び出す。
飛行船には直径五メートルほどの柱が三本あり、船首側に近い柱にハヤト達は隠れている。そして真ん中の柱にネストール達が隠れていた。
ハヤト達の方から見ると、真ん中の柱の右側にはネストールが、左側にはその仲間達がいる。それぞれを相手にするという形なのだとハヤトは考えた。
エシャはネストールがいるあたりに銃撃を繰り返す。ハヤトの料理スキル200で作り出した絶品料理を食べているため、MP回復速度が速い。さらにはメロンジュースなどのMP回復も効果が上がっているので手数が多かった。
ネストールも反撃はするが、柱の陰から少しだけ顔と銃を見せて反撃するだけで、しっかり狙っては撃てない状態なのだろう。
そしてシモンは両手に刀を持った状態で長い髪をなびかせながら相手がいる柱の方へ突撃した。
MPを回復させたであろう相手は柱に隠れながらシモンに向かって撃つ。何人かはシモンが遠距離用武器を持っていないことを確認して柱から飛び出して攻撃を始めた。
ハヤトはそこでシモンが何を見切ったのか分かった。
シモンは刀で相手の魔弾を弾いているのだ。
ディーテの様に必要最低限度の動きで躱すのではなく、狙いを絞らせないよう左右に素早く動いている。それでも当たりそうな弾だけは刀で弾いていた。
ゲームシステム上、魔法を相殺することはできる。ファイアボールをアイスジャベリンで無効化するなどだ。そして弓から放たれた矢も近接武器で弾くこともできる。
だが、魔法銃から放たれた魔弾を刀で弾けるのは初めて知った。相手どころか、ハヤトも驚きの表情でそれを見ている。
相手からすればシモンはNPC。そういうことが出来てもおかしくないと考えるだろうが、ハヤトはシモンが人間であることを知っている。驚きの度合いならハヤトの方が上だ。
そしてシモンは相手のMP枯渇による弾切れを確認するとすぐさま相手の方へ向かった。
柱の陰から体を出して銃を撃っていた二人を刀で斬り、あっという間に倒す。
残りは三人いるが、シモンは両手の刀を離し、背中の刀を二本とも抜いた。
相手も慌てて近接武器に切り替えるが、驚きの方が大きく手間取っている。
シモンは三人の真ん中にいる相手に対して低い姿勢で懐に飛び込み、右肩で勢いよくぶつかる。
単なる体当たりでダメージはないが相手は体勢を崩して後退した。よろけている相手の左側を回転しながらするりと抜けるようにして相手の背中へ移動した。
仲間である以上、同士討ちになることはないが、左右にいた二人は仲間を盾にされて攻撃ができず止まった。
それを見逃すシモンではなく、盾にした相手の脇の下を通すように両手の刀でそれぞれ突き刺した。
盾にされた相手は武器を手に振り向いたが、シモンはまた両手の刀を離し、腰の背中にある刀を右手で逆手にもったまま、左に回転しながら刀を抜きつつ斬った。
相手の弾切れからシモンが相手を五人斬った時間は二十秒程度。ハヤトが驚く暇もなく終わった。
(すごいな。相手は遠距離主体のスキル構成だろうからHPや防御力は低いだろうけど、五人とも一撃じゃないか)
五本の刀はハヤトが以前渡した物で特殊な性能はない。星五という最高品質のものではあるが、名前付きの装備ならもっと攻撃力がある。
そうであるにも関わらず、シモンは一撃で相手を倒した。限界突破後のスキル構成をどうしたのか知りたいほどだ。
シモンの方は決着がついたので、ハヤトはエシャの方へ視線を向ける。
エシャはベルゼーブという銃を持っているにも関わらず、メロンジュースを飲むと、いきなり相手がいる柱の方へ駆けだした。
なんで接近戦を、とハヤトは驚いたが、相手のネストールも同じように驚いている。だが、チャンスだと思ったのか、ネストールも柱の陰から飛び出してエシャに狙いを定めた。
そんな状況でエシャはネストールに何かを放り投げた。
それはメロンジュースが入っていた瓶だ。
当たったところでダメージがあるわけでもなく、飲み終わったジュース類の瓶は捨てた時点ですぐに消える。
とはいえ、何かを放り投げられたら、それが何であろうと受け取るなり躱すなりしてしまう。それは反射的な行動だ。
ネストールもそれは同じだったのだろう。頭上に放り投げられた瓶を目で追ってしまった。
すぐにそれが罠だと気づいたのだろうが遅かった。
戦闘中に一瞬でも相手を見失えばそれは致命的だ。
エシャは姿勢を低くしてネストールの足元へスライディングで滑り込んだ。
エシャは寝そべった状態で、銃口をネストールの胸部に当てた。
ネストールは慌てて銃口を下に向けるが、銃身が長いため、エシャへ銃口を向けることができない。すぐに近接攻撃用のナイフに切り替えようとしたのだろうが一歩遅かった。
エシャはスライディングした状態の姿勢のまま、クリティカルショットを放った。
その攻撃が当たり、ネストールは空に向かって吹き飛ぶ。
エシャは同じ姿勢のまま、吹き飛んだネストールに二発、三発とクリティカルショットを放つ。
そのすべてが当たり、ネストールは放射線を描いて飛行船の外へと放り出された。
「うわぁ……」
ハヤトから複雑な感情が込められた声が漏れる。状況は違うが似たようなことをハヤトもされたのだ。
下手をしたらトラウマになりかねない程の攻撃だ。次の戦いには参加しないかもしれないなぁとネストールに同情する。
そんなハヤトの心配をよそに、エシャとシモンはお互いの右手でハイタッチをしたのだった。




