閑話:仲間思いの魔王(中編)
ルナリアとゼノビアは初めてのイベントであるクラン戦には不参加の予定だった。
そもそも他のメンバーとクランを組むことができない。女性だけのクランならゼノビアもどうにかなっただろうが、対人恐怖症のルナリアがいる時点で難しい。
そう思っていたのだが、それはルナリアに届いたアマンダからの音声チャットで事情が変わる。
「クラン戦争に参加してくれない? 研究所の仕事でどうしても成績上位にならないといけないのよ」
ルナリアとしては断りたいのだが、たとえ嫌っている研究所のことだとしても個人的な感情で決めるわけにはいかない。
アマンダの補佐をしろと言われていないので断ってもいいのだが、多少は貢献しないとここへ誘ってくれた老人やアマンダの顔に泥を塗るような行為になる。
それに普段からアマンダに連絡をもらっていた。直接会うことはなくとも音声チャットで話はしていたのだ。何かと気にかけてくれていたようなので、助けられるなら助けたいというのが正直な気持ちだった。
「私はあまり人と話せない。助けたいけど知らない人とクランを組むのは難しいかも」
「そうなの? でも、同じクランでも別に話をしなくてもいいわよ。あくまでも良い成績を残すためだから。話をしなくても相手クランの一人を一人が倒せば勝てるわけだし、そんな感じのメンバーを集めるつもり」
そんなことでいいのかと不思議に思ったが、話をしなくてもいいなら大丈夫かもしれないとルナリアは思い始めた。そして一人では無理だが、アマンダやゼノビアと一緒なら何とかなるかもしれないと考えを改める。
「ゼノビアちゃんも一緒でいい?」
イベントの話をしているのは分かっていたが、その言葉を聞いたゼノビアは目を見開く。
「そういえば一緒に遊んでいる子がいるって言ってたわね。もちろんいいわよ。その子が強いならむしろこちらからお願いしたいくらい」
「男性恐怖症だけど強い」
「……どちらかと言えば集めるメンバーは男の方が多くなりそうだけど、無理に話す必要はないから問題ないわ。入ってくれるなら助かる」
ルナリアはゼノビアに視線を送る。ゼノビアは口にはしないが、真剣な表情をしたままブルブルと首を左右に振るとルナリアは頷いた。
「許可は貰ったから私とゼノビアちゃんを追加で」
「ちがうよ!?」
「……ちがうって聞こえたけど?」
「それは照れ隠し。専門用語でツンデレって言う」
「ああそう。私としてはなんでもいいけど、当日に参加しないとかそういうのはなしでお願いするわ。それじゃ、まだ他にスカウトしないといけない人達がいるから、人数が揃ったらまた連絡するわ」
「うん。なら、しばらくはすぐに町へ戻れるようにしておく」
「助かるわ」
アマンダがそう言うと音声チャットが切れた。だが、これで一件落着とはいかない。
頬を膨らませたゼノビアがルナリアを非難めいた目で見つめているのだ。
「ちょっとルナリアちゃん!」
「うん、ごめん。でも、これはチャンスだと思う」
「……チャンス?」
「ゼノビアちゃんの男性恐怖症や私の対人恐怖症、これを克服するチャンス」
「別に克服しなくてもいいと思うけど」
「そうかもしれないけど、私達はいつか現実に戻る。前に言ったクッキー屋さんをやるにしても対人スキルは必要。アマンダちゃんはメンバーと話をする必要はないって言ってたから、ちょっとずつ慣れよう」
「う、うーん? そう言われるとそうかもしれないけど……」
「それによく思い出して。ここは仮想現実。同じ宇宙船にいるだろうけど、物理的な距離は遠いし、常に音声チャットをしているようなもの。まずはこれでリハビリしていこう」
「確かにそうだけど……」
「分かった。本音を言う。一人じゃ無理だから助けて。仲のいい人がいないと暴れるかもしれない」
「そっちを先に言ってよ……まあ、でも慣れるっていうのも確かに言えてるかな。私もルナリアちゃんが一緒なら無駄に空中コンボをしなくて平気かもしれないし」
「驚いた拍子に空中コンボするのはどうかと思う」
「そうならないようにフォローをお願い。ルナリアちゃんが暴走した時は私が止めるから」
「フッ、何人たりとも私を止めることはできない……!」
「せめて止まろうとする意志は見せよう? でも、クランかぁ。優しそうな人達ならいいんだけどなぁ」
「それは同意。あとできれば女性が多い方がいい」
「分かる」
そんな会話をしてから、ルナリア達は狩りを再開させるのだった。
それから一週間が過ぎ、アマンダから連絡があった。
メンバーを紹介したいということで、ルナリアが大きくした店がある町へとやってきた。来るたびに規模が大きくなっている町だが、いつの間にか飲食ができる店ができていたようで、そこで会う約束をしている。
ルナリアとゼノビアは周囲を警戒しながらこそこそと町を歩き、目的の店へ足を踏み入れた。
店の中はかなりにぎわっていて、楽しそうな声や料理のいい匂いでファンタジー世界の酒場という感じだ。
個室を貸し切っているとのことなので女性の店員を見つけてゼノビアが話を聞くと、その個室へ案内された。その間、ルナリアはずっとゼノビアの背中に引っ付いていた。
部屋に案内されるとそこにはアマンダと七人の男性達がいた。
すぐに攻守交替となり、ゼノビアはルナリアの背後に隠れる。そしてぶつぶつと「あれはカカシ」と呪いの言葉の様に繰り返している。
ルナリアはルナリアでゼノビアを守らねばと、なんとか耐えていた。
それを見たアマンダは呆れ顔になったが、このままでは埒が明かないと思ったのか笑顔で口を開いた。
「ルナリア、それにゼノビア……だったわよね? 来てくれて助かったわ」
「う、うん」
「こ、こんにちは……」
「二人のことは皆に伝えてあるわ。対人恐怖症と男性恐怖症。大変だとは思うけど、無理に話をする必要はないから安心して。ルナリアはヘルムを装備したままでいいわよ」
二人のためにかなり広めの部屋を貸し切りにしたのか、ルナリアもゼノビアもそれほど圧迫感を感じていない。部屋の隅っこに立っていた二人だが、アマンダに座る様に促された。
部屋には白いテーブルクロスが掛けられた長テーブルが一つだけある。アマンダはそのテーブルの上座に座っていて、左右に分かれて男性のメンバーが座っていた。ルナリアとゼノビアはそのテーブルの端の方にある椅子に座る。
その後、アマンダから色々と説明を受けた。
基本的にソロで強いメンバーを揃えたこと、普段から一緒にいる必要はなくクラン戦争の日に集まればいいことなど、仲間というよりはアマンダがクラン戦争のために皆を雇ったという形だった。
それはほとんどのメンバーが納得しているようで不満の声はあがらず、それでいいという話になった。
ただ、ルナリアだけはそれに意見した。
「せ、せっかくクランを組むんだから、戦いの日以外でも一緒にいた方がいいと思う……気がしないでもない」
「対人恐怖症の貴方が何を言ってるのよ?」
アマンダからそんな風に指摘を受けると、ルナリアは首を横に振った。
「ソ、ソロで強くても成績上位になれるか分からない。連携も必要になるかもしれないし、モンスターで練習したり、そのついでに装備も良くしたりする必要があるかなって。あと、せめて味方とは普通に話ができるようにしておきたい」
おどおどしながらもルナリアはそう答える。
そして今度はゼノビアもちょこんと手を上げて発言した。
「わ、私も戦いで味方を攻撃しないくらいには慣れておきたいかなって」
視線を合わせないように壁の方を向いて発言しているが、それでも頑張っているのだろうとこの場にいる男性陣は少しだけほっこりする。
アマンダだけは目を細めて二人を見ていたが、頷いた。
「分かったわ。でも私は現実の方でもやることがあるから常に一緒にはいられないの。それでもいいかしら?」
「そ、そう。残念だけどそれは仕方ない」
詳しくは知らないがアマンダにはテストプレイとは別の仕事がある。さすがにそれをするなとは言えないのでルナリアは頷く。
「あと、クランのリーダーはルナリアに任せるわ」
「……え?」
「さっきも言ったけど、私は常に仮想現実にいるわけじゃないのよ。だから戦う日だけ集まる様にお願いしたけど、常に集まっているならリーダーが必要よね。だから発案者のルナリアにお願いするわ」
「え、ちょ――」
「それに対人恐怖症をなんとかしたいなら、まずは仕事って割り切ればいいわ。リーダーとして皆をまとめるという仕事にしたほうが頭や感情を切り替えやすいから。暗示の一種と思いなさいな」
「暗示……」
「それに他の皆もルナリアを助けてあげて。私にとっては同郷の従姉妹みたいなものだから」
その言葉に感動まではいかずとも響くものがあったのか、皆が頷いた。
ルナリアはアマンダの作り笑顔のような表情に少々引っ掛かりを覚えたが、大役を任された上に皆が協力してくれると言うなら頑張ろうと誓う。
「わ、分かった。ならこのクランのリーダーとして頑張る。イベント開始まで時間があるから少しずつ慣れていこう」
こうしてルナリアをリーダーとして、不死を意味する「アンブロシア」というクランが発足したのだった。
ルナリアは頑張った。
最初は音声チャットで話すようにして、徐々に距離を詰める。それと仲良くなれるようにいつもクッキーの差し入れをした。
男性陣も最初は面倒だと感じていたが、ルナリアが頑張っているのが分かったので積極的に協力するようになった。毎日、色々な場所へ行き、強力なモンスターを倒すようになったのだ。
「あのモンスターは頭の角を振り上げると範囲攻撃をするから離れた方がいい……かも」
「ああ、なるほど。それが予備動作なのか。なんでルナリアとゼノビアだけ躱せるのか不思議だったんだよ」
藍色の鎧を着た男、バール・オールドマンが自分と同じくらい巨大な斧を肩に担いだままルナリアと三メートルほど離れて話をしていた。
「う、うん。その後にかなりの隙ができるから、そこにバールちゃんの斧をぶちかまして欲しい。基礎ダメージなら私より上だしスタン効果もあるから」
「……バールちゃん?」
「い、嫌だった? バールきゅんにする?」
「そっちの方が嫌だよ。まあ、ルナリアならちゃん付けでいいぞ。さすがに俺はルナリアちゃんとは言わないけど」
「私の方はいつでもウェルカム。でもよかった。これでバールちゃんとの友好度が五上がった……!」
「それって恋愛ゲームで良く見るメッセージだよな? ま、それでルナリアが平気ならいいけどよ」
ルナリアは自分自身に色々な暗示をかけるようにして皆に話しかけていた。ここは仮想現実と言い聞かせたり、これはメンバーと仲良くなるミッションだと思い込んだりとあの手この手を使っている。
そんな状況がしばらく続き、ルナリアは皆に仮想現実での戦闘知識も教えるようになった。モンスターとの戦い方ではなく、武器の持ち方、構え方、攻撃の躱し方など現実でも使えるような知識だ。
研究所ではワザと成績を悪くしていたが、本来ルナリアは優秀だ。宇宙開発や惑星探索のメンバーとして様々な知識を詰め込まれており、そこには戦闘技術も含まれている。
リーダーとして皆をまとめるようなことはまだまだ難しいが、戦い方を皆に教え始めたのだ。
ルナリアの指導はかなり的確でちょっと教わっただけで強力なレアモンスターを危なげなく倒せるようになると男性陣は一目置くようになった。
そしてルナリア自身も強い。武具の性能という理由もあるが、ゼノビアとの連携は相当なものでモンスターを瞬殺していく姿は目を奪われるほどだ。
ゼノビアの男性恐怖症は治らなかったが、少なくとも話しかけられてすぐに空中コンボをすることはなくなった。そのおかげで男性陣とも連携して戦うことが可能になる。
皆とある程度仲良くなったとルナリアが判断したところで、ある提案がされた。
それを聞いた仲間の一人、グラント・ベッカーが驚きの声を上げる。
「クランの拠点を造るのか?」
「うん。フォールちゃんが木工スキルを100まで上げたって自慢してたから造ってもらおうと思って」
「自慢なんかしてねーって!」
「ルナリアの調理スキル90なんて目じゃねーって顔してた。私にはわかる」
「ひでぇ! 冤罪だ!」
ルナリアの言葉をフォールが笑いながら訂正する。
仲間の一人であるフォール・クレイス。恰幅のいい盾役で、生産関係スキルも保持している。不遇スキルとも言われている木工のスキルを上げていたのだが、最近ようやく100になったことをルナリアに報告したのだ。
この木工スキルは鍛冶スキルと鉱石知識スキルも100になると石工的なレシピが開放されるという隠れた仕組みがあった。石の加工により、彫刻などもできるようになるが、石造りによる家も造れるようになるのだ。
ルナリアはそれに目を付けた。
クラン「アンブロシア」は拠点を造らずに町の宿を拠点としていた。問題はないのだが、拠点があった方が仲間っぽいというルナリアの考えから造ることに決まったのだった。
そろそろイベントが開始される頃になってアマンダがやってきた。
拠点を造ったという話はルナリアから聞いていたが、その拠点を見て呆れた。どう見ても城なのだ。
「アンタ達何やってんの?」
戦闘訓練をしていると思ったら城を造っていた。呆れるなと言うのが無理だろう。その時間でもっと強くなれたはずだ。
悪ノリの部分もあったが、ルナリアとフォールのこだわりの結果と言えるだろう。町からそこそこ離れた場所ではあるが、その町からも見えるほど巨大な城なのだ。
「ちょっと限界を試してみた。アマンダちゃんの部屋もあるから安心して」
「それはありがたいわね。それよりも戦いの方は大丈夫? あと数日で戦いが始まるわよ?」
「抜かりなし。武具もしっかり用意したし、料理や薬品も十分。優勝だって狙える」
「以前の貴方からは考えられない程だけど、自信満々のようね。なら期待しているわ……ちょっと仲が良くなりすぎているのが気になるけど」
リーダーとして頑張ったことがルナリアの自信につながったのだろう。以前のようなおどおどした感じはなくなっており、自信に満ち溢れている。
そして試合当日。
クラン戦争用の砦に転送され、ルナリア達は屋上で待機していた。
初めて見る場所ではあるが、特になにもない平原だ。木や岩が少しだけあるが妨害になるようなものではない。
ルナリアは自信満々だったが、徐々に不安になってきた。その場にいることができず、屋上で同じ場所を行ったり来たりしている。
それを見ていたゼノビアが声をかけた。
「ルナリアちゃん、落ち着いて」
「お、おち、おち、落ち着いてる。い、いい、言いがかりは止めて」
「ええ……?」
そんな言葉が返ってくるとは想像していなかったのだが、ゼノビアはとりあえず、ルナリアに対して一緒に深呼吸をしようと提案した。
仮想現実での深呼吸にどれほど効果があるかは不明だが、ルナリアはゼノビアの提案通り深呼吸を何度も行う。
落ち着いたところでクラン戦争が始まった。
可視化された相手はこちらの様子を窺っている。初めての戦いと言うのもあって慎重に行動しているのだ。
「作戦は特にないのね?」
アマンダがそう聞くと、ルナリアは頷いた。
「う、うん、相手の出方が分からないからとりあえず相手を倒そうって感じ。クランストーンの防衛もまずは一人でいいかなって」
「分かったわ。それじゃ先に行くわね」
アマンダはそう言って砦の手すりに立つ。すると一瞬で消えた。
「え?」
アマンダが使ったのは格闘スキルが100で使える「縮地」。一瞬で一番近くにいた敵の目の前に現れた。そして驚く相手に対して剣を振るい、あっという間に一人を倒す。
それを見ていたゼノビアが少し興奮気味だ。
「そ、そうだよね。縮地なら一瞬で相手の前に行けるんだ。モンスター相手に使うのはコンボ用の移動技って割り切ってたから思いつかなかったなぁ」
「でも、アマンダは剣を装備しているから格闘スキルは使えないんじゃ?」
「縮地を使う時だけ装備を外してるから大丈夫なんだと思う。装備の切り替えって一瞬だし」
ルナリアがなるほどと感心してると、アマンダから音声チャットが入った。
「私一人にやらせる気? 私のノルマはもう終わったわよ?」
「う、うん。すぐ行く。皆、行こう!」
対人戦が苦手というゼノビアはクランストーンの防衛として残り、他のメンバーはルナリアと共に戦場へ向かうのだった。
アマンダがソロで強いメンバーを揃えたという話に間違いはなかった。
ルナリアはアンブロシアのメンバー以外の強さを知らないので、自分達がどれくらいの強さなのかを理解していなかったのだが、クラン戦争を重ねるごとにその状況が分かる。
クラン「アンブロシア」のメンバーはかなり強い。ルナリアが戦闘訓練をしたというのもあるが、そんなことをしなくても他のクランには負けなかったと言えるほど強かったことが分かった。
ゼノビアはクランストーンの防衛ということでほとんど戦うことはないが、ルナリアの見立てでは一対一でゼノビアに勝てるプレイヤーはいないだろうと思っている。自分でも勝てるかどうか怪しいほどだ。
そして勝てば勝つほどクランの団結力は上がった。
アマンダだけは現実の仕事が多いようでクラン戦争当日くらいしかやってこないが、他のメンバーとはかなり仲良くなれた。ゼノビアも音声チャットならちょっとくらいは話せる程度になった。
そして今日はベスト8まで残れたお祝いとして拠点で祝勝会をしていた。
「なんだ、今日もアマンダは来れないのか」
グラントがそう言うと、ルナリアが申し訳なさそうに頭を下げた。
「うん。現実の方の仕事が忙しいみたい。皆によろしくとだけ言ってた」
「アマンダは何をしているんだろうな? テストプレイだけでなく別のこともやってるんだろ?」
「私もよく知らないけど、たぶん大変なことをしていると思う」
アマンダは強化人間の中で最も優秀だったが、惑星探索ではなくこちらへ送り込まれたと聞いた。そう言った時のアマンダからなぜか怒りの感情を感じたが、次の瞬間には笑顔になっていて突っ込んで聞いていいか迷ったほどだ。
何をしているのかは知らない。極秘任務だと笑いながら言っていただけだ。アマンダほどの優秀な強化人間に依頼する仕事なのだから相当大変なんだろうなと思っている。
仕事中のアマンダを放っておいて祝勝会をするのも気が引けるが、アマンダは気にしなくていいと言っていた。
とはいえ、少しでも気分と味わってもらおうと、料理スキルでたまたま星五になった抹茶アイスやカレー、ハンバーグなどをアマンダのために残しておく。
後で渡そうとしっかりと保管してから、ルナリアは皆と祝勝会を楽しむのだった。




