AIを笑わせた男
元暗殺者ギルドでの戦いは、セシルの優勝で終わった。
かなり盛り上がったようで主催者のザックは「これなら国が主催してもいいって言われたぜ!」と喜んでいた。
ハヤト達は知らなかったが王国の偉い人が見に来ていたようで状況を確認していたらしい。賭け試合にはしないようだが、集客と料理の提供だけでそれなりの稼ぎになるとの話だ。
それはともかく、優勝賞品のアサシンシリーズはセシルが手に入れたが「使わねぇなぁ」と言って、ハヤトに押し付けた。
ナナギは負けた後はどこかに消えてしまい、その後、接触はできなかった。同様にクラン「ランペイジ」のオックスも負けた時点ですぐにログアウトしていたようでどこにもいなかった。
そしてそのナナギに負けたルッツは「まだまだ修行が足りないな」と言って、すぐに狩場へと向かってしまい、同じく負けたアグレスはアッシュとレンに励まされていた。
色々と収穫があった日ではあったが、ナナギをはじめとする敵側も準備を進めている感じなので少々不気味に思える。
こちらも負けるわけにはいかないと、ハヤトは残りの時間をスキル上げに費やそうと拠点へと戻るのだった。
翌日、ハヤトの拠点で驚いた声があがった。
「え? 私に剣術を教わりたいの?」
拠点の食堂、朝からルナリアに会いに来ていたベニツルが驚いた声を上げ、その隣でシモンも目を見開いていた。
剣術を教わりたい、そう言ったのはアグレスだ。ハヤトやアッシュとほぼ同時にログインしたアグレスはベニツルに頭を下げて頼んだ。
聖魔十刀の剣術はベニツルから教わったもの。剣術を教わりたいとはいっても習いたいという意味ではなく、次に戦うための知識を得ておきたいという理由だ。
これにはセシルがナナギに勝ったことが影響している。
セシルはシモンとよく模擬戦をしている。ナナギが最後に放った蹴り。あれを躱せたのは模擬戦のおかげだ。あれもベニツルが聖魔十刀に教えた攻撃の一つで、模擬戦でシモンが使っていたのだ。
「付け焼刃の知識だとしても知ってると知らないじゃかなり違うからな。それに聖魔十刀に負けるのはもうごめんだ。頼む」
アグレスはそう言ってもう一度頭を下げた。
「俺も頼む」
それを聞いていたアッシュもアグレスの横で頭を下げていた。
ベニツルはそんな二人を見てプルプルと震えだした。
「その意気や良し! あっぱれ、みたいな! もう秘伝の奥義まで教えちゃうよ!」
「姫、そんなものは儂も教わっておらんが?」
「ちょっとノリで言ったけど、それくらいの気持ちってこと! どうせならハヤっちもどう!? 無料! 無料でいいから!」
「いや、俺が教わっても意味がないっていうか……」
ハヤトは戦えない。以前から戦えなかったが、今ではスキルマイナスのデメリットが激しくなって、ほんの少し攻撃を受けただけで倒れるようになった。
コンフリクトのイベントでもハヤトは戦場に立つことはないと思っている。戦いがある領地へは行くだろうが、いままで以上に後方支援がメインだ。
「模擬戦をするわけじゃないからさー、知識だけでも私の剣術をハヤっちに知っておいて欲しいなぁって」
「まあ、それなら。聞きながらスキル上げしてるけどいい?」
「よきに計らえ、みたいな!」
「分かったよ。それじゃよろしく」
「うん! では、これからは私のことを師匠と呼ぶように!」
「師匠って言わせたいがために巻き込んでないよね――ちゃんとこっち見ようか」
「あー、ハヤト、儂のことも姉弟子として慕ってくれてよいぞ?」
「シモンもか……」
そんなこんなでベニツルによる剣術指南が始まろうとしている。
だが問題がある。その問題のある個所に全員が視線を向けた。
ルナリアが店舗に続くドアを少し開けて、その隙間からこっちを見ているのだ。その表情を言葉で表現するなら「とても混ざりたそうにしている」だ。
そしてその隙間からはルナリアだけではなく、ゼノビアも顔をのぞかせていた。こちらは「ちょっと興味がある」という顔だ。
「ルナリアさんとゼノビアさんもどう?」
ハヤトがそう言うと、待ってましたと言わんばかりにルナリアが扉を開けて食堂へ入ってきた。
「フッ、そこまで言われたらやらないわけにはいかない」
全員がそこまで言っていないと思ったが、ルナリアはそういうタイプだと誰も何も言わなかった。
そしてゼノビアは顔を半分隠したままこちらを見ている。
「えっと、ゼノビアさんは……?」
「ゼノビアちゃんは、この部屋に三人も男性がいてちょっと近寄れない感じ。でも、頑張ってる。頑張ってるから」
ルナリアがゼノビアを擁護するようにそう言った。
ゼノビアは男性恐怖症。ハヤトには慣れたのか挨拶をするくらいにまでなったが、アッシュとアグレスにはまだまだ時間が必要そうだった。
「ゼノビアちゃん、大丈夫、この部屋にはイケメン二人と普通の男しかいない。怖がる必要はないから」
「男三人でよかったよね? イケメンと普通の内訳を言ってみてくれるかな?」
「ハヤトさんのためにも言えない。魔王は空気が読める。ここは言ってはいけない雰囲気」
「それはもう言ってるぞ」
アッシュもアグレスもイケメンだ。方向性は異なり、さわやかスポーツマン系とワイルド系に分かれるが間違いなくイケメンだ。そしてハヤトは普通。そんなことは本人がよく分かっている。
分かってはいるが悲しい。
「ハ、ハヤトさんはイケメンじゃないけど、や、優しい人だと思う。なにかこう、安心感が半端ないっていうか……」
ゼノビアが隠れながらそんなことを言った。相当無理をしたのか、仮想空間であるにもかかわらず、少し過呼吸気味だ。
悪い評価ではないのだが、イケメンじゃないとはっきり言われてハヤトはちょっとへこんだ。
「あー、分かる。近所の歳が離れたお兄さんって感じだよねー、イケメンじゃないけど超優しい!」
と、ベニツルが言い、
「儂は優しさだけではなく強さもあると思っておるが? たしかにイケメンではないがそこがいいと思うぞ」
と、シモンが言った。
「イケメンじゃないけど、ロザリエちゃんのお叱りから守ってもらったことがあるから優しいに一票」
そしてルナリアも便乗してそんなことを言った。
「褒めるか貶すかどっちかにしてもらえるかな? というか、イケメン具合をアッシュやアグレスと比べないで」
「おいおい、外見よりも内面を褒められた方がいいに決まってるじゃねぇか。俺やアッシュなんか、顔だけってことになりかねないんだぜ?」
「それでも負けた気がするのはなぜだろう……?」
「勝ち負けじゃねぇんだよ。俺から言わせれば、見ることができない内面を評価されているハヤトの方が羨ましいぜ。なあ、アッシュ?」
「そうだな。レンもハヤトのことを慕っているし羨ましく思えるな。最近、レンの奴、俺への当たりが厳しくてな、デリカシーがないって……」
それは話が全然違うような気もするが、落ち込む必要がない話なのかとハヤトは考え直す。
そしてそもそも何の話だったのかと思い出そうとして、ようやく思い出せた。
ゼノビアがベニツルの剣術について話を聞くかどうかという話だ。
「それじゃ、話を元に戻すけど、ゼノビアさんはその場所で聞いても大丈夫? こっちが少し離れようか?」
「へ、平気……ここの方が落ち着くから」
「えっと、じゃあ、入りたかったら言ってね。男性陣が移動するから。それじゃ、ベニーちゃん――師匠、お願いします」
ハヤトがそう言うとベニツルは満面の笑みで「承ったよ!」と元気良く言った。
そして一度深呼吸をしてから真面目な顔になる。
「大雑把に言うと私の流派はカウンター主体の剣術。難しい言葉で言うと、後の先っていうんだけど、相手の攻撃に合わせて攻撃する感じなんだよね」
ベニツルが言うには攻撃しようとしているときこそがもっとも無防備であり、そこを狙って攻撃できるなら攻撃を躱されることはないとのこと。
そして相手にどう攻撃させるかが難しいところらしく、ワザと隙を作ることが重要とのことだった。
「私くらいになると相手にどこを攻撃させるか操れるくらいになるよ! 対人戦の話でモンスターは無理だけど」
「え? 本当に?」
「相手が強ければ強いほどできるね! 目線とか、体の動きとか、そういうのをちゃんと分かっている人ほどハマりやすいと思う。むしろハヤっちには効果がないかも」
「あまり嬉しくないけど、そういうものなのか」
「あと、ルナっちみたいな型にハマらない攻撃をする人も無理かなー。相手が何をしようと関係なくて、いつもその日の気分で攻撃を決めてる感じがする……」
「フッ、朝食にニンジンがあった時は初手袈裟斬りでいく。あとセロリがあったらストレス発散のために最初から全力で行く。イチゴがあった時はちょっと優しい感じで」
「あー、うん。さすがに私の剣術でも朝食はどうにもならないかな……そういう感じだから、私の細かい動きとか全く無視なんだよね……」
なぜか全員がベニツルに同情するような感じになったが、ベニツルは気を取り直したのか、笑顔で説明を続けた。
「まあ、それはいいとして、ナナギ達を相手にするなら明らかに体勢を崩したときが一番危険だと思ったほうがいいよ。私ほどじゃないけど、相手に攻撃を出させる方法はいくらでもあるからね!」
「なるほどな。昨日もナナギへの攻撃が全然当たらなくて焦っちまった気がする。ちょっと体勢を崩したと思ったところへ殴りかかったらあっけなくカウンターを食らったよ」
「そうそう、私の剣術を習うとそういう戦い方をするんだよね。ただ、シモンは……」
ベニツルはそう言いかけて、シモンに残念そうな視線を向ける。
シモンは眉間にしわを寄せたが「うむ」と頷いた
「分かっておる。もう少し待つべきなのじゃろう? だが、儂は待つのが苦手じゃ」
「シモンの場合は後の先じゃなくて捨て身の突撃だからねー、斬られても倍斬り返すって感じで、私の教えと全く逆。セシルっちとの模擬戦で少しは待てるようになったみたいだけど」
「あれは待っておるんじゃなく、セシル殿の手数が多いのでずっと受けるしかないんじゃ。なので、体勢を崩した後の蹴り技を披露できたのだが。まあ、役に立ってよかった。しかし――」
シモンはそこまで言ってから腕を組んで唸った。
「ナナギがそのトーナメントに参加しておるとはのう。スキル上げなのかアサシンシリーズの装備が欲しかったのかは分からんが、儂も参加するべきじゃった」
「それなら多分両方だと思う。ロザリエちゃんが言ってた」
ルナリアがロザリエから聞いた話では、魔人達がレアアイテムを集めているとのことで、ダンジョンへ行ったり、レアモンスターを倒したりしてるらしい。
最初はスキル上げのためにそれをやっているのかと思っていたが、ドロップアイテムを捨てることなく持ち帰っていた。それに何度か倒すと別のレアモンスターへ標的を変えている。
ロザリエ達の予測でしかないが、レアアイテムがドロップしたら別のモンスターを狙っているのではないか、ということだった。
戦闘を仕掛けて邪魔することも可能だが、それをしたところでこちらが強くなるわけではない。ドロップアイテムを盗めるわけでもなく、モンスターの占有権を邪魔したところで一度や二度ならともかく全部は無理だ。
そんな理由からロザリエやギル達、そしてネイ達は邪魔をするのではなく、それに対抗するべくダンジョンへ行ったり、レアモンスターと戦ったりして、レアアイテムの収集を始めることにした。
「素材を大量に持ってくるからハヤトさんに生産アイテムを作りまくってもらうと言ってた」
「それはもちろん。なんでも作るから大量に持って来てほしいね」
生産アイテムの素材はお金で買うこともできるが無限にあるわけではない。それに武具のメンテナンスで大量の布や鉱石も消費する。大量に持って来てもらうのはハヤトにとってありがたいことだ。
(今回のトーナメントでは邪魔した形になったけど、これはたまたまだ。イベント開始までにどれだけ強くなれるかが重要ってことだろう。これは生産職として頑張らないとな……向こうにはそういう生産職っているのか? 物量で負けたくないな……)
そんな考えが浮かんだが、ベニツルが「よーし、次は実践!」と言った。
「ちょっとしか説明していないけど、後は実際にやりながら教えるよ! それじゃ皆、外で――」
「ああ、そうだ。エシャ経由でメイド長さんに頼んであるからメイドギルドの地下闘技場を借りられるよ。秘密特訓じゃないけど、やるならそっちの方がいいんじゃないかな?」
「さすが、ハヤっち! 優秀な弟子を持てて超嬉しい! それに秘密特訓ってすごくアガる!」
「もう弟子は決定なんだ……?」
ノリで言ってしまったとはいえ、師匠とは言わない方が良かったかと、ハヤトはちょっとだけ後悔した。
「じゃあ、さっそく行こう! ビシバシ鍛えるよ!」
ベニツルがそう言うと、アグレスも頷いた。
「そうだな、対人戦の方がスキル上げも捗るようだし、実戦形式で学ぶか」
「それじゃ俺はここまでで。拠点の拡張とかスキル上げとか色々あるから部屋で頑張るよ」
「それはそれでつまらないけど仕方ないかー。今度時間ができたらちゃんとハヤっちを鍛えるからね!」
「その時はお手柔らかに頼むよ」
「なら、私もハヤトさんを次の魔王として鍛える。ビシバシいくつもりだから、私のことも師匠と呼ぶように。私も弟子って呼ぶ。あと師匠にはスイーツを献上して」
「なんで張り合おうとするの。大体、次の魔王って必要ないでしょ?」
ルナリアは腕を組んで目をつぶり、天井の方に顔を向けて考えている。
(そこまで考える事かな……?)
「ならハヤトさんは副魔王ってことで鍛える」
「そのポジションはいらないよね?」
そんな会話の後、ベニツル達はメイドギルドへと向かった。
そしてハヤトは生産系のスキル上げをしようと自室へ戻ろうとした。
だが、移動する前に店舗エリアからメイドのローゼがやってきた。そのローゼがなぜか真剣な顔をしている。
「ローゼさん、どうかしたのかな?」
「はい、実はハヤト様にお願いしたいことが……アサシンシリーズの装備を貸していただけないでしょうか?」
「……だれか暗殺したいの?」
「え? いえいえ、違います。暗殺者に憧れているんです」
照れくさそうにそう言うローゼ。ハヤトからすればどこに照れる要素があったのか分からない。むしろ、言っちゃダメだろうと思えるセリフだ。
「なんといいますか、メイドとして拠点を守り、店番をしているだけでいいのか、最近、そんな風に思えまして」
「それこそが最高のメイドだと思うんだけど。むしろ、逆のメイドはもうお腹いっぱい」
防衛よりも攻撃の方が得意なメイドなら十分すぎるほどだ。
「それです。エシャがそういう面で優秀なのは知っているのですが、負けたくないと言いますか。それに次のイベントではメイドギルドもルナリア様の味方として戦うと言っております。私もさらなる強さを身につけたいのですが、まずは装備の見直しからと思いまして」
ハヤトもそれは聞いていた。メイドギルドやバトラーギルドはルナリア側に付くと言っていたのだ。なお、トレハンギルドや護衛ギルド、それにテイマーギルドも事情を話すとこっちにつくと言ってくれた。
レリックやソニア、ミストやマリスなどが直接ログインしてくれるかどうかは不明だが、所属していたギルドが味方してくれるのは心強い。
それにメイドギルドのメイド長はかなり強い。大きな戦力になるのは間違いなしだ。
ローゼにも思うところがあるのだろう。大きな戦いがあるのに店番だけでいいのか悩んでいるのではないかとハヤトは思った。
そしてローゼはイヴァンのファンでもある。イヴァンが洗脳されたことに憤慨していたので、なんとか助けたいという気持ちがあるのだ。
ハヤトはそこまで考えて、首を縦に振った。
「そういうことなら貸すんじゃなくてあげるよ」
「いえ、あくまでお借りします。どちらかと言えばメイド寄りですので。装備は暗殺者でも心はメイドということです」
「どちらかと言えばなんだ……?」
そこは完全なメイドでいて欲しかったとかツッコミどころはあるが、まあいいやとハヤトはアサシンシリーズの装備をローゼに渡した。
「ありがとうございます。次のイベントでは私も頑張りますので」
「期待しているよ。でも、今は店番をよろしくね。できるだけお金を稼いでおきたいから」
「お任せください。あれだけの高品質アイテムなら黙っていても売れますから。では、そろそろ開店の時間ですね。行ってまいります」
ローゼはそう言うと、丁寧にお辞儀をしてから店舗スペースの方へ向かった。
皆が次のイベントに勝とうと頑張っている。事情はそれぞれ異なるが、ありがたい話なので、なら自分も今まで以上に頑張ろうとハヤトは心に決めた。
早速部屋に戻り、スキル上げを始めた。
重要なスキルである製薬から上げようとエリクサーを大量生産する。
以前とは違って最高品質が1%、アイテムを使って2%ということはなく、今ではアイテム込みで10%近い。スキルが200になるとどうなるのか分からないが、最高品質のエリクサーが大量生産できれば怖いものなしだろう。
(でも、スキルが上がっても最高品質の確率が上がるだけなのか? なにかこうもっとすごいことがあってもいいような気がするんだけど)
ディーテに聞けばすぐに分かることだろう。次のイベントは勝たなくてはいけないので有益な情報は知っておくべきなのだが、ディーテ本人が「ネタバレはしないよ」と言って答えてくれなかった。
「たとえこんな状況でもこの世界を楽しんでもらいたいんだ。スキルが200になるとなにかがあるのかもしれないし、なにもないかもしれない。それはハヤト君自身で確かめて欲しい」
ディーテはそう言ったのだ。
自分の命が掛かっているイベントなのに大丈夫なのか聞いたらディーテはこう答えた。
「ハヤト君達を信じているからね。それにハヤト君なら知っていても知らなくてもスキルを限界まで上げるだろう? そうなったときの楽しみを奪いたくないんだよ」
ハヤトも納得してそれ以上は聞かなかった。ならばと最短でスキルを上げようとしている。
(エリクサーの素材はまだ大量にある。なくなるまで作り続けるか)
ハヤトはそう思ってエリクサー作製を始めるのだった。
エリクサーの数が三桁に届きそうなところでハヤトは音声チャットの申請を受け取った。
「ヒュプノスだが今は大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
ハヤトはそう言いつつもエリクサー作製の手は止めない。スキルは90以降、上がりにくくなる。それは限界突破後も継承されているようで190以降はかなり上がりにくい。手を止めている場合ではないのだ。
「音声チャットを送るのもこれが最後になる。どうやらナナギがアマンダに私達のことを言ってしまったようでね。すぐに情報を渡すなと命令してくるだろう」
「ああ、それがあった。ごめん、それは俺が口を滑らせたんだよ」
「気にしなくていい。そもそも送れるような情報はもうないからな。では、ハヤト達の勝利を願っているよ。アマンダの下で働くのは嫌なのでね」
「そうだね、頑張るよ――ああ、そうだ、最後に一つだけ。そっちにも生産職の人っているのかな? ブラックジャックやアンブロシアの誰かがやってる?」
「それを聞いてどうするのかは知らないが、私がやっているぞ」
「え?」
「こちらの生産関係は私が全部やっている。まったく人使いの荒い女だよ――いや、そんなことよりも知りたいのは物量的な話か? 残念ながらこちらもかなりの薬品や料理を作っているぞ」
「そうなんだ……」
「ただ、私は生産系のスキルを100でしか作っていない。限界突破の状態で作れとは言われていないからね――おそらくだがハヤトは限界を突破させているのだろう?」
「ああ、うん。五個くらい上限を突破させたよ」
ハヤトはそう言ったが、ヒュプノスからの回答がなかった。チャットが切れたわけではなく、黙っているのだ。
「聞こえてる? どうかした?」
「聞こえている。まさかデメリットを五個も受けたのか?」
「そうだね。今ではちょっと小突かれただけでも倒れるようになったよ……」
通信先の向こうから笑いをこらえているような声が聞こえてくる。
「二つや三つならやるとは思っていたが、まさか五つもやったとはね。君は面白いよ。アマンダも色々と笑わせてくれるが、ハヤトもAIを笑わせた男として誇っていい」
「アマンダと同じね……あまり誇りたくはないけど、笑いを取れたのなら嬉しいよ。不本意だけど」
「そうか……嬉しいか……」
「どうかした?」
「いや、なんでもない。笑わせてくれたお礼に一つだけ教えておく」
有益な情報を貰えるかもしれない。ハヤトは「何?」とだけ答え、神経を集中させた。
「ディーテと仲良くしておけ」
「……はい?」
「ディーテにとってハヤトが掛け替えのない人間になれ。それがディーテを――」
ヒュプノスの声は聞こえるのだが、ノイズのような音が入り、ハヤトには聞こえなかった。
「え、ごめん、最後の方が良く聞こえなかったんだけど?」
「制限が掛かったか。まあいい。少しだけだったがハヤトと話ができて楽しかったよ。次に会えるかどうかは分からないが、もし会えたならその時はよろしくな」
「え? ちょ、ちょっと待って――」
ハヤトは止めようとしたが、音声チャットはヒュプノスの方から切られた。
慌ててヒュプノスの方へ音声チャットの申請をするが、ブロックされているのか反応がなかった。
(なんだよ、今生の別れみたいな言い方して。それにディーテちゃんと仲良く? 掛け替えのない人間になれってどういうことだ?)
ハヤトは色々考えたが答えはでなかった。いつの間にか止まっていたエリクサーの作製を再開させようとしたが、モヤモヤして手に付かず、一度休憩を入れようとコーヒーを飲みだすのだった。




