ペットの強さ
セシルとエシャのおかげでロニオス、クレモラの執事メイドコンビを撃退することに成功した。
ハヤトとしてはすぐにリベンジにやってくる可能性も考慮していたが、さすがに暴れて色々な物が破壊された食堂をそのままにして拠点に帰ることはできず、大急ぎで新たなテーブルや椅子を作り出した。
食堂の店長は気にしていなかったようだが、ハヤトが自分から言い出したので「なら頼む」と言っただけだった。
特に怒っていないことを不思議に思って聞いてみると、一昔前は盗賊ギルドや暗殺者ギルドがたむろしていた地域であり、そういうことは日常茶飯事だったらしい。
また、どう考えてもハヤト達は巻き込まれただけなので暴れたことに対してもとくに怒ってはいないとのことだった。
そして食事をしていた客も似たようなもので、店で暴れるなんて懐かしいというような感想しかなく、部屋からは出たが食事をしながら壁の隙間などから戦いを見ていたらしい。
そんな話を聞きながら、ハヤトは木工スキルによって破壊された店の備品を作り出した。そしてこだわりにより星五でそろえる。
これに店長は少々呆れた表情をしたが「また来い」と好意的な言葉を言ってくれた。
ハヤト達はもう一度だけ謝罪してから、食堂を後にする。
それが午前中の話であり、ハヤトとエシャは現実での仕事を終えてから夜に改めてログインした。
二階の自室から一階の食堂へと移動すると、マリスとセシルが食堂で話をしているようだった。テーブルの上にはジークが寝転がっている。
一緒に階段を下りてきたエシャがいきなり飛び出した。
「ジーク。また私の肩に乗ってください。さあ!」
エシャはそう言ってテーブルの上にいるジークに手を出す。
ものの見事に噛まれた。
だが、エシャはめげていない。
「ジークはツンデレですね」
「そういうんじゃないと思うけど」
エシャの場合、単純に動物調教スキルがマイナスなだけだ。そのせいであらゆる動物やモンスターから嫌われている。
「分かってます。あの夢のような一時は私とセシルをご主人様たちのところへ導くための行動。でも、私の足に体をこすりつけたり、上目遣いで首をちょっと傾げたりして散歩に誘ってくれました……」
エシャはそれを思い出しているのか、目をつぶって上を向いている。表情がデレデレだ。
数秒後、目をカッと開いた。
「つまりジークはやればできる子! さあ、その力をもう一度見せてください!」
今度は引っかかれた。
冗談なのか本気なのかは分からないが、言われてみるとおかしな状況ではある。
ジークがゲーム内のAIである以上、ゲームシステムには逆らえない。エシャは調教スキルがマイナスであるデメリットとしてあらゆるモンスターや動物から嫌われている。それはジークも例外ではない。
ジークがマリスの命令を優先できるのは少々おかしいと感じた。
とはいえ、考えたところで答えは出るわけでもなく推測だけだ。システムの優先度があるだけの話かもしれないので、ハヤトは考えるのをやめる。
エシャを放っておいてマリス達の方へ近づいた。
「あの後、大丈夫だった?」
「大丈夫ですよ。あの二人が拠点に来るようなことはなかったですし」
マリスがそう言うと、セシルが残念そうな声をだした。
「あいつら強かったのに、あの後、来ねぇんだもんな。また会いましょうとか言ってたから、すぐにリベンジに来るかもって楽しみにしてたのに拍子抜けだぜ」
ハヤトもそれに関しては少し気になっている。
あの二人はハヤトや仲間達の情報を持っていた。拠点の場所を知らないなんてことはないだろう。
現実とは違って負けても怪我をするわけでもなく連戦が可能だ。武具の耐久力の問題はあるだろうが、それほど時間が掛かるわけでもない。拠点に来ないことがかえって不気味に思えるほどだ。
(俺と同じように午後はログインできないとかかな――いや、それとも俺が午後はログインしていないことを知ってたか。それともセシルには勝てないと思ったか……色々考えたところでどうしようもないんだけど、面倒なことになりそうだなぁ)
少なくとも「シューティングスター」というクラン名は分かっている。調べる必要があるなとハヤトは考えた。
そしてふと気づく。
食堂にスーリャがいないのだ。
寝るにはまだ早い時間だと言えるし、普段ならここでセシルと話をしていることが多いので不思議に思えた。
「スーリャさんは自室?」
「スーリャなら三階で戦闘訓練をしてるぜ」
セシルは椅子に座ったまま、天井を指してそう言った。
「戦闘訓練? こんな時間に?」
「食堂で絡まれたときなにも出来なかったから落ち込んでんじゃねぇかな。帝国出身者ならよくあることだって。一緒に模擬戦しようぜって言ったんだけど、振られちまったよ」
「セシルとじゃ模擬戦じゃなくて普通の戦いになりそうだからなぁ」
「それだって訓練だろ? お、そうだ、マリス、今度ランスロットと戦わせてくれよ。強そうだしな!」
「えぇ……?」
普段から笑顔のマリスにしては珍しく嫌そうな顔をした。
「うわ。スーリャと同じ反応をしやがる。アイツもガーランドと戦わせてくれって言ったらそういう顔をしたよ。いいじゃねぇか、減るもんじゃ無し」
「セシルさんと戦うと色々なものが減りそうですけどね……魂とか!」
「それはイヴァンに言われたことがあるな! なあなあ、いいだろ? 野良のモンスターよりも鍛えたモンスターの方が強そうだし、訓練なんだからさ!」
セシルは酒でも飲んでいたのかというくらいの絡み方をしているが、マリスは絶対にダメというスタンスでその絡みを躱している。
エシャはエシャで嬉しそうにジークに噛まれたままなので、平和だなと思いつつ、スーリャが気になったので三階へ向かうことにした。
三階の広間ではスーリャが鞭を使って的になる訓練用の人形を攻撃している。
スーリャはハヤトに背中を向けていたが、気配に気づいたのか、すぐに振り返った。
「あら、ハヤトさん。東の国へ行く準備は終わったの?」
ハヤトやエシャ達がログアウトしているときは自室で寝ている、もしくは自室で生産アイテムを作り出しているという設定だ。今回は東の国へ行く準備をしているという状況で自室からログアウトしていた。
「まだ準備は必要だけど、明日もあるから今日は終わりだね。邪魔しちゃったかな?」
「休憩するつもりだったから大丈夫よ。それにしても助かるわ、こんな場所があるなんて」
「うちに住んでいる人達って武闘派が多いからね……」
この場所をよく使うのはメイドとして雇っているローゼだろう。駄目というわけじゃないのだが、自分が雇ったのはメイドだよなと思うことがある。
「ところでここを使うのは初めてだったよね? 戦闘訓練だって聞いたけど、どうかしたの?」
「戦闘訓練……? ああ、セシルがそう言ったのね。それもあるけど今日は色々あったから体を動かしながら考え事をしていただけ」
「もしかして今日の戦闘のこと?」
「まあ、そうね」
「あまり気にしなくていいんじゃないかな。そもそもスキル構成が違うんだし、テイマーの本領はペットとの連携でしょ?」
あの場にはスーリャのペットであるドラゴンのガーランドはいなかった。あの場にいたのなら、ロニオス達に負けることはなかっただろう。
「あー、えっと、そういう話じゃないのよ。気にしているのはジークのことでね――それもちょっと違うかもしれないけど」
「ジークのこと?」
「あの時、マリスはすぐにジークにエシャさん達を連れてくるように命令――お願いしていたわ。店長さん達が食堂から出ていくのと一緒にジークもこっそり出て行ったの。それが分かったから私も時間稼ぎに手を貸したわけなんだけど」
「そんな状況だったわけか。でも、ジークが気になるっていうのは?」
「私ってペットは強くないとダメだと思っているの。そう言うとマリスは怒るんだけどね」
質問した内容の答えになっていないが、ハヤトは頷く。
以前、マリスがそんな旨のことを言ったことがある。マリスとしてはそれが気に入らないとも言っていた。
ただ、考え方が気に入らないだけでスーリャ自身を嫌いに思っているわけではない。むしろテイマーとしては尊敬しているようにも言っていたことを覚えている。
「でも、今日の戦いでハヤトさんを守ったのはジークと言ってもいい。それを思うと私の考えって間違っているのかなってモヤモヤしてたのよ。だからここで体を動かしながら考えていたってわけ」
「ああ、そういうこと」
「ペットは強くないと生き残れない。そのためにも強くあるべき。でも、今日の戦いで生き残れたのはジークのおかげ。マリスは何も言わないし、なんとも思ってもいないだろうけど、負けた感じがしてちょっと悔しいわ」
生き残るという言葉はずいぶん物騒な感じだと思ったが、ハヤトは黙って頷く。
(そこまで考えに固執するようなことでもないと思うんだけど、マリスとはライバルみたいな感じだからかな……)
何となくではあるが事情は分かった。ここで気の利いた事でも言えればいいのだが、ハヤトにそんな甲斐性はない。それはハヤト自身が一番よく分かっている。とはいえ、ここでなにも言わないのもそれはそれでどうかと思う。
ハヤトは色々と考えてから口を開いた。
「ええと、状況によるってだけの話じゃないかな。たまたま今回はジークが活躍できたってだけで、ガーランドだって空に浮く島では大活躍だったじゃない」
スーリャは少し驚いた顔でハヤトを見た後、笑顔になった。
「もしかして慰めてくれてる?」
「え? あ、いや、何か言わないとあれかなって」
ハヤトがそう言うとスーリャが噴き出した。
「あれってなによ? ハヤトさんは真面目というかなんというか……そういうことを正直に言わない方がいいと思うけど? 特に異性には」
「よく言われるよ」
特にレンから言われる。なんでもかんでも馬鹿正直に言うのは愚の骨頂と言われているほどだ。恋愛には言わないことで相手に想像させるという高度な駆け引きがあると力説されたことがある。
「まあ、エシャさんにはどんなことでも言っても大丈夫だと思うけどね」
なんでそこでエシャの話を出すのかと言いたかったが、これも余計なことなんだろうと口をつぐむ。
そして無理矢理笑顔を作った。
「あら、黙秘? でも顔が引きつってるわよ?」
スーリャはクスクスと笑う。
からかわれているんだろうなという考えがハヤトの頭をよぎるが、反撃の言葉は思いつかない。
一通り笑いが済むと、スーリャは大きく息を吐きだした。
「ありがとう。なんだか悩んでいたのがどうでもよくなった気がするわ」
「それは――良かったんだよね?」
「もちろん。最近はマリスに負けたくない一心でペットは強くあるべきって意固地になっていたかもって思えるようになったし、ハヤトさんやジークを見ていると、弱くてもいいんじゃないかなって……ね?」
「いや、ねって言われても」
ハヤトが困ったように言うと、スーリャはまた笑い出した。
「まあ、弱いって言ったのは冗談よ。ハヤトさんもジークも強いわ。私が理想とする強さじゃないけど、間違いなく強さを持っている。マリスが言いたかったのはそういうことなのかなって思えるようになったくらい」
「マリスはそこまで考えていないと思うよ? 単にどんな動物も好きなだけじゃないかな」
「酷いわねー。でも、その可能性の方が高いわね。いいわ、今日はマリスともっと話してみる。明日は一日休みだし、徹夜でペットのことを語り合うわ!」
「うん、まあ、頑張って」
その後、二人は食堂に戻る。
そしてスーリャがマリスにペットのことで語り合いたいと言うと、すぐに「受けて立つ!」と言った。
エシャはジークに噛まれながら「なら私はおネコ様の魅力を語りましょう」といい、セシルは「強いモンスターの事なら任せろ!」と言った。
スーリャの意図とは違う感じの話になりそうだったが、四人は動物やモンスターのことについて話を始めた。
そしてハヤトは皆から夜食を用意して欲しいと頼まれて、仕方ないなと倉庫へ食材を取りに向かうのだった。




