メイドギルド
朝、ハヤトはログインすると拠点にある自室のベッドで目を覚ました。
拠点の菜園で育てている野菜や果物に水を与えてから、一階にある店舗入口の鍵を開ける。これがハヤトの朝の日課だ。
この後にエシャがやって来て店番をするのだが、その日は違っていた。
店舗の外にエシャではないメイドが複数人いたのだ。そしてハヤトが驚いている間に周囲を取り囲む。
「え? なに?」
「ハヤト様。メイドギルドまでご同行願います。ちなみに拒否権と黙秘権はありません。また、弁護士を雇うこともできません。供述は不利な証拠になる可能性があります」
「俺の知ってる内容と違うんだけど裁判か何か?」
「詳しいことは言えません。ご同行願います」
(まさかとは思うが、メイドさんハーレム事件みたいなことになってるのか? いや、でも、エシャに対して何もしてないし、連行される理由は全く思いつかないんだが。それに感謝状の話じゃないよな? 以前エシャがメイドギルドから俺に感謝状を贈りたいって言ってた気がするけど、どう考えてもそんな雰囲気じゃない)
ハヤトは色々と考えたが、ここで逃げ出しても状況は改善しないと考えた。そもそも逃げ出せるほどの運動神経はないし、戦うことすらできない。大人しくついて行くしかないと諦めた。
「ええと、同行するのはいいんだけど、その前に連絡をしてもいいかな?」
「では、一分でお願いします」
(連絡を入れる振りをして、このままログアウトしたい。でも、こういう状況で強制ログアウトすると、次にログインしたときに牢屋ってこともあるんだよな。絶対にやめておこう)
ゲームからログアウトする場合はベッドで寝るなどが基本だが、強制的にログアウトすることも可能だ。ただし、その場合はゲーム内に数分アバターが残る。その間に何をされても反応できなくなるため、よほどの理由がない限り強制ログアウトを使うのは良くないとされている。
さらにクエスト進行中に強制ログアウトをした場合、状況によっては牢屋からのスタートになるという情報をクラン戦争が始まる前のネットでハヤトは確認していた。
本来、牢屋は衛兵のNPCに捕まって入れられるのだが、プレイヤーの都合が悪い状況で強制ログアウトすることでも入れられてしまう仕様なのだ。
なお、保釈金を払うことで牢屋の外へ出ることも可能だが、現実の保釈金とは異なり、保釈金の返却まで一ヶ月以上かかる、行動範囲に制限がある、クラン戦争に参加できない、などのペナルティがある。
(このご時世に通信が切れる事なんてないけど、一昔前は多かったらしい。可能性は低いとは言ってもクエスト進行中にそれがあったら嫌だな……おっといかん、そんなことを考えている場合じゃない。まずは連絡だ)
ハヤトは急いでレリックへ連絡した。
自分がメイドギルドへ連行されることと、拠点の店舗で店番をしてほしいこと、あと念のためアッシュ達に連絡しておいてほしいという内容だ。レリックから、大丈夫ですか、と聞かれたが、ハヤトにも分からないので、たぶんとしか答えられなかった。
いざとなったらクランのメンバーが助けに来てくれるかもしれない。そんな希望を残しつつ、ハヤトはメイド達について行くのだった。
ハヤトが連行された場所は王都にあるメイドギルド本部の地下だ。
ハヤトの知識からするとここは裁判所のような造りになっている。そしてハヤトは被告人席に立たされていることにかなり焦っていた。
(もしかして本当に裁判? どう考えてもエシャ絡みなんだろうけど、全く身に覚えがない。昨日だって上機嫌で帰ったはずなのに)
昨日、ハヤトが夢の話をしてからエシャはかなりご機嫌だった。
帰る際も「クラン戦争に勝って夢を叶えましょう!」と笑顔で言う程だったのだ。だが、ハヤトは現在、メイド達に連行されて裁判を受けるような状況に陥っている。
ハヤトとしてはまったく意味が分からない状況だった。
しばらくすると、何人かのメイドがこの場所へやってきた。
三十代前半くらいの眼鏡をかけたメイドが、裁判官が座る位置へ移動してからハヤトを見る。
「ハヤト様で間違いないですか?」
「はい。間違いありませんが、これは一体どういうことなんでしょうか?」
「少々尋ねたいことがありましたので、ご足労願いました。さて、ハヤト様。ここに呼ばれた理由に関して心当たりはございますか?」
「いえ、微塵もありませんが。エシャ絡みなのかなとは思いますが、まったく身に覚えがありません」
「そうですか。お察しの通り、エシャの事です。では事情を説明しましょう」
メガネのメイドはメイド長らしく、このメイドギルドのトップであると自己紹介があった。その後、エシャの話になる。
昨日、上機嫌で帰ってきたエシャはすぐに自分の部屋へ戻った。
このメイドギルドにはメイド達の住み込み用の部屋があり、エシャはそこに住んでいるのだが、その部屋に入って数分後、小さな悲鳴が聞こえた。そして両隣に住んでいるメイドが慌ててエシャの部屋の前に行き扉を叩いたが、エシャは外へ出てこなかった。
そして「お嫁に行けない体にされた」という声がかすかに聞こえてきた。その後、エシャは今も部屋の外へ出ずに籠城している。
そんな話だった。
メイド長がハヤトへ厳しい視線を送った。視線だけで気の弱い者ならすくみあがるほどの眼力だ。
「申し開きがあるなら聞きましょう」
「冤罪にもほどがある」
当然、ハヤトには身に覚えがない。むしろなぜ自分が疑われているのか不思議に思っているほどだ。
「そもそも、エシャの発言に関してなぜ私が関与していると? 自分ではない可能性があると思うのですが」
「エシャには男友達どころか女友達もいません。関係があるならハヤト様だけです」
「酷いことを言わないであげてください。前のクランの仲間とかいますから」
「ハヤト様、正直におっしゃってください。我々メイドギルドのメイド達はハヤト様にはとても感謝しているのです。あのエシャがまともに働いてすでに二ヵ月。ハヤト様のことをメイドギルドでは救世主と呼んでいるほどなのです」
「本当にやめてください」
「そんなハヤト様とエシャに間違いがあっても別に構わないのです。二人とも大人ですから。むしろ責任を取ってエシャを引き取って欲しいと思っているほどです……意味は分かりますね?」
「意味は分かりますけど、厄介払いをしようとしてないですか?」
メイド長の言う意味。それは結婚のことだ。
このゲームには結婚のシステムがある。神殿や教会で二人が宣言をすれば結婚したという関係になるが、それはあくまでもプレイヤー同士の話だ。プレイヤーとNPCが結婚したという話をハヤトは聞いたことがない。
そんなことが可能なら、このゲームはギャルゲーや乙女ゲーと化して、それはそれで人気が出るだろう。このゲームのアバターは現実並みにリアルであり、高性能なAIは中に人がいると言われても信じられるほどの行動をしているのだ。
「エシャはメイドギルドに所属するメイドであり、私達の仲間なのです。引き取ってもらうとしても、事情をしっかりと確認しないといけません。あと、オフレコですが、どんなことがあっても目を瞑ります」
「自分が犯人であることを前提に話をすすめないでもらえますか」
ハヤトにはまったく事情が分からない。そもそもエシャがなんでそんなことを言ったのかも見当がつかないのだ。自分が関係しているかどうかも分からないことで犯人にされてはたまらない。
このままでは犯人にされ、エシャを引き取ることになってしまう。ハヤトはそんな危機感から、なんとか自分に非がないことを証明する必要があった。
ハヤトはエシャを嫌いなわけではない。からかわれているなと感じてはいるが、それ以上に感謝しているのだ。これまでのクラン戦争で勝ち抜けたのはエシャの強さに助けられたからだと思っている。
だが、引き取るとか結婚とかはあり得ない。どう考えても、必要以上に疲れそうなのだ。それにこれはオンラインゲーム。NPCと深くかかわり過ぎるのは良くないとハヤトは考えている。
「ええと、本当に状況が分からないのですよ。まずはエシャに発言の意味をちゃんと確認してもらえませんか? そもそも私が関係しているのもまだ分かっていませんよね?」
「残念ながらエシャは部屋に閉じこもって外へ出てこようとしないのです。声をかけても何も言いません。おそらくハヤト様に口には出せないようなことを色々と――」
「異議あり。印象操作はやめてください。それならエシャが好きな食べ物を渡します。それを餌に部屋からおびき出しましょう」
「それならエシャをおびき出せる可能性はありますね。ですが、すでに食べ物をお持ちなのですか?」
「ええ、まあ。いつもエシャに食べたいと言われているのでほぼ毎日作っていますから」
「……毎日?」
「雇ったその日から毎日用意しています。えっと、これですね。最高品質のチョコレートパフェ。これで部屋から出てくると思いますのでお願いします」
ハヤトが取り出したチョコレートパフェを別のメイドが受け取る。そのメイドはパフェを食べたそうな顔をしていたが、一度頭を下げてから持っていった。
「ハヤト様、改めて確認したいのですが、先ほどのチョコレートパフェをエシャが毎日食べていたのですか?」
「え? ええ、まあ。それならちゃんと仕事をしてくれるかと思いまして。一応、店番はしっかりやってくれています。掃除とかメイドの仕事は全くしてくれませんが」
基本的にホコリというものはないが、掃除をしないと拠点や家具の色がくすんでくる仕様だ。それは一週間ごとに反映され、四週間掃除をしないとボロボロになる。拠点を持っているプレイヤーはメイドを雇って拠点の掃除をしてもらうのが一般的だ。
メイド長は目を瞑った。そして眉間のあたりを右手の人差し指でぐりぐりしている。何かを考えているようだがハヤトには何を考えているのか全く分からない。
しばらくすると、先ほどパフェを持っていったメイドが戻ってきた。
「メイド長。エシャを捕らえましたが、なぜかパフェを見ても食べずに葛藤しているようです。いかがいたしますか?」
「ここまで連れてきなさい」
メイド長の言葉にメイドは頭を下げる。そして数分後、メイド達に両脇を抱えられた状態のエシャがやってきた。なぜかエシャは汗をかいていて疲れ気味だ。
エシャがハヤトの姿に気づく。
「ご主人様ではありませんか。最高品質のチョコレートパフェを見た瞬間からそうではないかと思いましたが、ここで何を?」
「ああ、うん。意外と普通だね。俺はものすごく困った状況なんだけど。主にエシャのせいで」
「エシャ、昨日のことについて話を聞きたいのです」
「メイド長? 昨日のことですか?」
なぜかエシャは首を傾げる。ハヤトとしても首を傾げたい状況だ。どうもエシャとメイド達でこの件に関する温度が違うのだ。
「貴方は昨日、上機嫌で帰ってきた後に部屋で悲鳴を上げましたね? お嫁に行けない体にされたとの声が聞こえてきたとの報告もあります。そして朝まで部屋に閉じこもるほどの何かがあった。間違いないですか?」
「防音がなってませんね。それは間違いないですが、ご安心ください。プライベートなことですのでたいした話ではありません」
「エシャ、私達は貴方の味方です。たとえここに犯人がいたとしても必ず守りますのでぶっちゃけなさい」
「異議あり。自分を犯人扱いするのはやめてください」
エシャはちらりとハヤトのほうを見た。
「いえ、さすがにご主人様がいるところではちょっと。花も恥じらう乙女ですので」
「先ほども言った通り、私達は味方です。どんなことをされたとしても他言はしませんから安心なさい。むしろどんなことがあっても責任を取らせます」
「異議しかない」
エシャはまたハヤトのほうを見てからちょっとだけため息をついた。
(俺に問題があるみたいな態度はやめて欲しいんだけど。実際にないよな? 何もしてないぞ?)
「では、簡単に言います。この二ヵ月で体重が二キロほど増えました。ご主人様の作るチョコレートパフェが美味しいのがいけないのです。私のせいじゃないことをご理解ください。これは自然の摂理なのです」
沈黙がこの場を支配した。
先に動いたほうが負ける。そんな状況ではあったが、メイド長が口を開いた。
「なぜ部屋から出てこなかったのですか?」
「運動して体重を減らそうとしてました。食事制限はあり得ないので。そういえば、昨日から今日にかけて部屋の外が騒がしかったですね。共有冷蔵庫のプリンを食べたのがばれたのかと思って無視していたのですが」
「……初耳ですが、そのプリンは私のです」
(むしろあの量で体重が二キロ程度で済むほうがおかしいんだけど。というか、NPCって太るのか? しかもあれだけ食べててさらにメイド長のプリンを食べたのか……せめてツッコミは一つだけにしろと言いたい)
ハヤトはそう考えながら、そろそろ帰ろうと思った。どう考えても自分に非がないと思ったからだ。それにこれからミストのための棺桶を作る予定になっている。
それを言い出す前にメイド長が口を開いた。
「ハヤト様、ご意見をうかがいたいのですが、この場を穏便に済ませるにはどうすればいいでしょうか?」
「そんな丸投げされても。もはや手の施しようがないというほど手遅れだと思います。自分も聞きたいのですが、どこに訴えたら勝てますか?」
「お待ちください。ならこうしましょう。エシャを無期限貸し出しにします。いままで以上にこき使ってください。そうですね、住み込みで朝から晩まで働かせてかまいません」
「結構です。というか、押しつけないでくれますか?」
「私のために争わないで、とだけ言っておきます」
メイド長から殺し屋のような視線を受けてもエシャは気にしていないようだった。ハヤトもこれくらいのメンタルが欲しいと思ったが、よく考えたらAIだ、と思って考えるのをやめた。そしてハヤトの心の中はもう帰りたいという気持ちでいっぱいになる。
「もう帰っていいですよね? これから棺桶を作らないといけないので」
「それはエシャを棺桶に入れてやると言う意味でしょうか? 個人的に手伝ってもいいと思っているのですが。もちろん作る方ではなく入れるほうです。むしろやらせてください」
「全然違います。そういう依頼があるだけです。とりあえず自分もエシャも解放してもらっていいでしょうか。もう帰りたい。切実に」
ハヤトの願いは却下された。何らかのお詫びをするまでは帰せないという話になっている。
(もうお詫びとかいいから帰らせてくれ)
ハヤトは心の底からそう思った。




