NPCのスキル構成がおかしい
「あの、ハヤト様。聞いてます?」
「え? ああ、何かな?」
ハヤトはメイドのエシャに言われてようやく気付いた。今の今まで誰を仲間にするべきかを考えていたのだ。
「それで私をクラン戦争に参加させる条件ですが、こちらの料理を食べさせてくださったら参加します」
「えっと、この紙に書かれてるのかな?」
ハヤトはエシャに渡された紙を受け取った。
『マンガ肉・星五、バケツプリン・星五、超エクレア・星五』
(……なんだこれ?)
ハヤトは首を傾げる。料理スキルを上げるためにこれまで数多くの料理を作ったが、この紙に書かれている料理は見たことも聞いたこともない。アップデートで作れるようになったという話も聞いたことはなかった。
星五というのはハヤトにも理解できる。どのアイテムも品質は星一から星五まであり、星五は最高品質。だが、アイテム自体を知らないのなら品質が分かっても意味はない。
「こんな料理ってあるの? 全部初めて知った料理なんだけど?」
「そうなんですか? ならレシピをお渡ししますね」
(レシピ? このゲームって作れる料理は最初から決まっているんじゃないのか?)
このゲームで料理を作る場合、料理用のアイテム、例えば包丁やフライパンを使用することでメニューが表示される。そこに料理と材料が表示される仕組みだ。そして材料を持っている状態でメニューから料理を選択するだけで料理が出来る。
つまりメニューに表示されない料理は作れない。それがこのゲームの常識だ。
エシャは取り出した紙に何かを書き、それをハヤトに渡した。
三枚の紙にはそれぞれの料理に関する材料が書かれている。ハヤトがそれに目を通すと紙は消えてしまった。
(今ので料理が作れるようになったのか?)
ハヤトは料理で使う愛用のアイテム「アダマンタイトの包丁・極」を取り出してメニューを表示させる。そこにはレシピに書かれていた三つの料理が追加されていた。
(おいおい、結構長くやってるゲームなのにこんなものがあるなんて初めて知ったぞ。この情報はネットでも出回っていないはず。もしかしてクラン戦争のアップデートから始まったシステムか?)
クラン戦争が始まる前はゲームの攻略として色々な情報がネットを賑わせていた。だが、クラン戦争が始まると情報は秘匿されネットで出回らなくなったのだ。
レシピによる料理メニューの追加。それはクラン戦争前に出ていない情報であるため、そのクラン戦争が導入されたと同時期に導入されたシステムかもしれないとハヤトは結論付けた。
(こんなものがあるのを知らなかったなんて生産マイスターを自称している俺としてはちょっと悔しいな。でも、こんな料理は売られていないし使われてもいないはずだ。もしかしたら、このレシピは俺がこのゲームで初めて手に入れたのか? それなら嬉しいけど)
「ハヤト様? いかがでしょうか? 作れますか?」
「作れるけど、星五となると結構な数をこなさないと難しいかな。それに材料がえぐい。オークションや店売りで買えるといいんだけど」
ハヤトは料理のメニューからマンガ肉の材料を確認する。
(マンガ肉に関しては、材料は骨付きドラゴン肉だけだが、それが結構高い。普通の品質は100%で作れるが、最高品質を作れる可能性は25%ほどか。結構な回数をチャレンジしないとダメだな)
次にバケツプリンを確認した。
(バケツプリンに関しては、牛乳、砂糖、水、ドラゴンの卵、あとバケツ。ドラゴンの卵だけが結構高い。ただ、最高品質を作れる確率は50%。それほど悪い確率ではないが、これも複数回数チャレンジしないとダメだろう)
最後は超エクレア。
(生地とチョコレート、それにカスタードクリームはすでにある。でも、超って大きいって意味か。一つ作るのに材料の消費量が激しい。手持ちの材料で作れるのは二回か三回か? 最高品質はこれも50%。手持ちで出来なかったら材料の準備が面倒だな)
ハヤトはそれぞれの材料と最高品質の成功率を見て、揃えるには金がかかると判断した。それはそれとして、考えなくてはいけないことがある。
(エシャはメイドだ。確認のために聞いたわけだが、そもそもクラン戦争に参加してもらって意味があるのだろうか? 苦労してクラン戦争に出てもらっても俺と同じように戦えないなら意味がないんだけど)
ハヤトはパフェを食べてご満悦のエシャを見つめた。
「どうかされましたか? あまり見つめられるのはちょっと――もしかして、おかわりをしてもいいという視線でしょうか? ご安心ください、私のお腹はまだまだいけます」
「違うよ。えっと、エシャをクラン戦争に出したところで戦力になるのかなって。料理の材料費が高いからちょっと迷ってる」
「ちょ、待ってください! 私のお腹はすでにその食べ物を食べることで決まってるんです!」
「決まっちゃったか。でも、貴重なクラン枠を使って戦力にならない子を入れるのはまずいんだよね。それに思ったんだけど、傭兵ギルドとかがあるし、面倒なことをしなくてもお金を払えば傭兵を雇えるのかなって」
メイドギルド以外にも冒険者ギルドや傭兵ギルド、それに暗殺者ギルドなどが存在している。上手く交渉が出来ればそれらのメンバーを雇える可能性があるとハヤトは気づいたのだ。
「お待ちくださいハヤト様! いえ、ご主人様!」
「ご、ご主人様!?」
「このエシャ・クラウン、戦えないなどとは一言も言っておりません。かならずやお役に立ちましょう! だからお願いします! その三つを食べさせてください!」
「お願いだから胸ぐらをつかまないで。HPがちょっと減ってる。あまりHPにステータスを割り振ってないから死にそう」
「じゃあ、このまま死ぬか、料理をつくるかどっちか選んでください! おすすめは料理!」
「それ脅しだよね!? いいから一度手を離して! HPが減り過ぎてアラームが出てるから!」
ハヤトはようやく解放された。少し深呼吸をしてから、ポーションを取り出して飲む。HPが回復した。
(なんでAIから交渉されているのだろうか。いや、交渉じゃなくて脅しなんだけども。でも、戦える、か。さすがに嘘を吐くとは思えないけど、何か証拠がないと――そうか、スキル構成を見れば何とかなるな。とはいっても、NPCのスキル構成って見れるのか?)
スキル構成はプレイヤー同士の場合、クランメンバーや相手の許可があれば見せてもらえる仕様となっている。だが、いままでNPCのスキル構成を見たという話はない。少なくともハヤトは聞いたことがなかった。
「スキル構成を見せてもらえる? それで決めたいんだけど」
「スキル構成ですか? なるほど、それで私が戦えるかどうか判断すると。分かりました。ご覧ください」
(マジか。もしかしてNPCのスキル構成を見るのは俺が初めてか? どんな構成なのかちょっとワクワクするな)
ハヤトはエシャのスキル構成を見た。
そして驚愕する。
(なんだこれ? スキル100オーバー? 嘘だろ? どのスキルも上限は100のはずだ。それなのに狙撃スキルが200? 一体何をすればこんなことに?)
プレイヤーのスキルは一つにつき上限は100。それよりも上になることはない。だが、エシャのスキル構成を見た限り、100を超えているスキルが三つある。狙撃、動物知識、そして魔法が200だ。
(いや、待て。スキルがマイナス……?)
ハヤトは100を超えているスキルに目を奪われていたが、もう一つ看過できない値があった。それはマイナス値となっているスキルだ。
料理、裁縫、そして動物調教スキルが三つともマイナス100だった。
ハヤトはさらに混乱した。ゲームの根幹を覆すような状況に理解が追い付いていないのだ。
だが、プレイヤーとNPCを同じに考えることが間違っているのかもしれないと考えを改める。モンスターもプレイヤーとは違ったスキル構成だと言われている。NPCがプレイヤーと違うのは当然かもしれないと思い直した。
「あの、もうよろしいですか? どうです? かなり強いほうだと自負しておりますが」
「その前に聞いていい? どうしてスキルが100を超えてるの? それにマイナスって何?」
「さあ? マイナスは生まれ持った欠点と言うか弱点みたいなものです。どんなに頑張っても一向に上がりません。100を超えているのは頑張ったからですね」
(つまり本人も知らないってことか。マイナス要素があると、上限を解放できるとかそんな仕組みがNPCにはあるんだろう。でも、もしかしたら俺も上限を解放できるのか? 生産スキルが100を超える、そんなことが可能なら夢が広がるな……それはいいとして、まずはエシャか)
ハヤトはさらに考える。
(エシャのスキル構成を見た限り遠距離攻撃が主体なのだろう。遠距離アタッカーと言ったところか。さすがにエシャだけだときついが、NPCをクラン戦争に出せるということが分かったんだ。近距離アタッカーや盾役、それにヒーラー系のNPCを雇えば問題ない。それに今から九人のNPCを揃えるのは厳しい気がする)
「戦えるのは分かったから何とか料理を揃えてみる。でも、すぐには作れないからちょっと待ってもらえる?」
「もちろんでございます。店番をしながらお待ちしますので」
両手の握りこぶしを上に上げてガッツポーズをするエシャを見て、ハヤトは本当にAIなのかと疑問に思った。だが、その疑問を考えている余裕はない。クラン戦争までに仲間を揃えなくてはいけないのだ。
ハヤトは料理の材料をそろえるために、エシャに店番を任せて町へ向かったのだった。
 




