黒薔薇の心配事
ハヤトが金策を始めてから一週間が過ぎた。
ここ数日、レンと一緒に倉庫にあった使わないアイテムをオークションに出品したのだが、これが結構売れた。なんの効果もないイベント報酬アイテムだが、再取得できない物なのでそれなりに強気の値段でも売れている。
オークションの期限である三日を待つこともなく即決で売れていたので、それを確認するたびに値段を釣り上げたのだが、それでも二日と経たずに即決で売れる。最初の値段設定が間違っていたのかと思う程の売れ行きだった。
そして店舗ではチャージ系のアクセサリーやスキルを少しだけ上げるアクセサリーを大量に売りに出した。
これも売上がいい。
とくに転移の指輪は魔法使い系以外のスキル構成にしている人には必須なので、まとめ買いしていく人もいた。
材料費と販売価格から考えるとそこまで利益はないのだが、それはあくまでも一つで考えた場合。大量生産して大量に売れるなら利益はかなりのものだ。
店番をしているローゼはホクホク顔でハヤトに売上を見せていた。
「かなり売れていますね。オークションでの売上と合わせたら結構な額になると思います」
「そうだね。一億Gくらいは行ったのかな。これだけあれば次の探索支援は余裕ができると思う。アッシュの装備はともかく、他の皆は装備のメンテナンスが必要だから助かるよ」
アッシュの装備はドラゴンイーターのブラッドウェポン効果により耐久値が回復するのでメンテナンスは必要ない。ただ、他のメンバーは違うので耐久値が減る。壊れないようにするためにはメンテナンスが必要だ。
当然、メンテナンスは無料でできるわけではなく、装備と同じ素材を使って耐久値を回復させる必要がある。
イヴァンやギルが使っていた装備はアダマンタイト製なので、メンテナンスにはアダマンタイトが必要だった。時間に余裕があれば素材を採りに行くのだが、前回はそんな余裕がなかったのでオークションなどで購入していたのだ。
とくにギルは盾役として毎日のように耐久値が減るため、都度メンテナンスをしていたら結構な散財となった。それでも金銭的に大丈夫だったのは空に浮く島でのお宝があったからだろう。
ギルは申し訳ないと言っていたが、優秀な盾役なら当然のことであるし、そのおかげで無事にネクロポリスを攻略できたのだから問題はない。
(ネイ達がいたら材料を集めてもらうこともできたんだけど、あっちはあっちで忙しいからな……でも、そろそろ復帰できるとか言ってたから色々と頼りにさせてもらおう)
ネイ達はようやく現実の対応が終わり、そろそろログインすると喫茶店で話していた。あと数日でまたにぎやかになるなとハヤトは内心かなり喜んでいる。
今日もチャージ系アクセサリーを作るかとハヤトが思ったところで、拠点のドアをノックする音が聞こえた。
特に危険はないだろうと、ハヤトがドアを開ける。
ドアの外にいたのはロザリエだった。
黒薔薇十聖と呼ばれるゴスロリ集団のリーダーで魔王軍の幹部。巨大な鎌を武器として、本来なら魔王城で襲ってくるNPCだ。とはいっても現実の記憶をなくした人間でもある。
そのロザリエが珍しく一人で来た。
普段はネイか魔王であるルナリアと一緒に来るのだが、今日は一人。ハヤトとしては少々違和感があった。
「ロザリエさん、なんだか久しぶりだね。どうぞ、入って。コーヒーでも出すから」
「お久しぶりですわね。ならせっかくなのでお邪魔しますわ」
ハヤトはロザリエに食堂の椅子に座るよう勧めてから、テーブルを挟んで正面に座る。そしてコーヒーを出した。
「えっと、今日は何か?」
「ルナリア様からハヤトにお礼の品を渡すように言われましたので持ってきました。お納めくださいな」
「ああ、ギルさんの件ね。遠くまでありがとう――クッキーとサイン色紙? もしかしてこれがお礼?」
「なにか不満でも? ……冗談ですわよ。でも、それはそれで受け取りなさいな。せっかくルナリア様が用意したのですから。当然他にもあります。まずはお金が1000万G。これはベッドの代金なども含まれていますわ」
「えらくお金を出したね」
「魔王がケチだと思われたくないというルナリア様の乙女心ですわ」
(乙女心かな……?)
ルナリアを救出した際、この拠点に一時的に泊まっていたのだが、そのときにルナリアと黒薔薇十聖のメンバー全員のベッドを用意した。
ルナリアのベッドは最高品質の天蓋付きベッドでかなりの高級感があり面積も広い。魔王城でも愛用しているらしい。
そして今度はテーブルの上に大量のインゴットを置いた。アダマンタイトのインゴットで、これだけで一財産はある。
「それとこれはギルから。アダマンタイトですわね。毎日のように武具のメンテナンスをしてもらっていたのでこれでも足りないだろうとは言ってましたから、遠慮なく受け取りなさいな」
「ギルさんから? それはありがたいね。こっちも探索で助かったから、気にしなくて良かったんだけど……助かりますってお礼を伝えてもらえるかな?」
「まあ、いいですわよ。最近は筋肉とか言わなくなったのでマシになりましたから。しかも綺麗な文字の書き方を教えてくれと言ってきたんですけど、一体何をしたんですの?」
「……色々、かな? ところでギルさんは兜を脱いでるかな? ここではずっと脱いでもらってたんだけど」
ギルは強面だ。黒薔薇のメンバーに評判が悪く、兜をかぶったままにしろと言われてずっとそうしていた。だが、この拠点にいたメンバーは特に問題なかったのでずっと脱いでいたのだが、魔王城でどうしているのか気になったのだ。
「そういえば戻って来てからずっと脱いでいますわね。ウチのメンバーには気の弱い子もいるので装備していて欲しいですけど」
「そのいい方だとロザリエさんは平気なんだ?」
「明るいところなら別に。ただ、魔王城はルナリア様の演出で暗い場所も多いですから、出会い頭に顔を見たときは悲鳴を上げますけど――なんでぽかんとした顔をしているのですか? まさか私は悲鳴を上げないとでも?」
「いやいや、そういう訳じゃないんだけど。鎌を取り出さないで」
ロザリエは普段お嬢様っぽいしゃべり方をするが、たまに地が出るというか口が悪くなるときがある。それを知っていると、悲鳴を上げるよりも先に鎌で切り刻むという可能性が高いとは思っていた。
そしてなぜか今日はロザリエが随分と大人しい気がした。ルナリアやネイといったロザリエを振り回す相手がいないという可能性が高いが、それを差し引いても今日は大人しく感じる。
「ええと、これだけかな?」
「足りませんの?」
「そういう意味じゃなくて、コーヒーも飲み終わっているし、普段なら用がなくなるとすぐに帰るから他にも何かあるのかなって」
「特にないですわね。でも、もう一杯コーヒーを貰えます?」
「え? もちろん構わないけど」
ハヤトはロザリエの前にもう一杯コーヒーを出す。ロザリエはそれを一口飲むと、カップをおいてから息を吐きだした。だが、ロザリエは特に何も言わず、沈黙が流れる。
その沈黙に耐えられないのがハヤトだ。そもそも共通の話題がない。基本的にはビジネスライクの付き合いなので、雑談をするような間柄でもないのだ。
それはロザリエも同じように思っているのだとハヤトは思うのだが、なぜか今日は魔王城に帰るわけでもなくコーヒーをゆっくり飲んでいる。
「えっと、もしかして俺に何か用事?」
「いえ、そういうわけでは。ところでこれは雑談なのですけど」
「え? 雑談?」
「ええ、その、なんといいますか、ハヤトなら知っていると思うんですけど、ネイは元気ですか?」
ハヤトはそこでやっと気づく。最近、ネイはログインしていなかった。現実で忙しいのだが、当然、それをロザリエには言っていない。
ロザリエからすれば、もう何日もネイと交流がないということだろう。つまり、寂しいとかそういう状況なのだ。
「ああ、ネイは今ちょっと遠くの場所へ探索に行っていてね。そろそろ戻ってくるって言ってたよ。ほら、ロザリエさんは暗黒十騎士と戦ったり、ルナリアさんにファッションモデル的なことをさせたりして忙しかったでしょ。ネイも邪魔しちゃ悪いと思って連絡しなかったんじゃないかな」
出まかせではあるが、それっぽいことを言っておく。そもそも現実が忙しいという話をしてもロザリエにはなんのことか分からないからだ。
「そんな配慮ができるような感じには見えませんけどね。まあ、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ胸につかえていたので元気なら安心しましたわ」
ロザリエはそう言いながらもその顔には少し笑みを浮かべている。どうみてもちょっとではない。
「ネイに伝えておくよ。ロザリエさんが寂しそうにしてたって」
「寂しそうになんかしてねぇだろうが。ネイは空に浮く島でも数日体調を悪くしていたからちょっと心配になっただけですわ。元気なら別に構いません。うるさいのがいなくて平和でしたし」
空に浮く島へ行っていたとき、ネイは評議会に参加するため、数日ログアウトしていた。そのときは体調不良という理由にしていたのだが、ロザリエはそれを言っているのだ。
(ツンデレが過ぎる。ネイに言ったら喜びそうだな。現実をほったらかしてこっちにログインしそう)
「とりあえず、ネイはもう少しで戻ってくるからちょっと待ってもらえるかな。戻ってきたら本人が音声チャットを送ると思うから」
「別に待っているわけではありません。ですが、少々体がなまっていますので一緒に冒険くらい行ってもいいですわね」
「そういうことにしておくよ」
「言い方に引っ掛かりを覚えますが、お礼に来ているので暴れないでおきますわ。それではコーヒーをごちそう様。お礼は渡しましたのでもう帰ります」
「わざわざありがとう。ルナリアさん達にもよろしく言っておいて」
「魔王であるルナリア様によろしく言っておいてというのもあれですけど、まあ、伝えておきますわよ。見送りはいりませんわ。ではごきげんよう」
ロザリエはそう言うと椅子から立ち上がり、拠点を出て行った。
(ネイにこのことを言ったら喜ぶだろうな。ただ、その後、言った俺がロザリエさんに命を狙われそうだけど)
ハヤトはさてどうしたものかと思いつつ、まずは店舗で売るアイテムの作成をしようと自室へ向かうのだった。




