仕分けと怪しいゲーム
(このアイテムはなんだっけ……?)
ハヤトは倉庫部屋でオークションに出品するかどうかアイテムの仕分けを行っていた。
一瞬で判断できるものもあれば、なんで残しておいたのか悩むアイテムもあり、それほど倉庫整理は進んでいない。
そもそもハヤトは物を捨てられないタイプだ。いつか使うだろうという気持ちがあってなかなか処分できない。自分で作り出したアイテムならいくらでも売りに出せるのだが、それはいつでも作れるからという気持ちがあるからだ。
と残していたユニーク装備も結局は使わなかったことが多い。コレクションとして残している物もあるが、さすがに二つ以上は不要だと、複数あるものはこれを機会に売ってしまおうと考えていた。
(今日は複数ある物だけに限定するかな。色々悩みすぎて効率が悪い。一年以上使っていないアイテムなんかも売っていいような気がするけど……)
売ってしまうアイテムを別の箱に入れていると、倉庫の扉をノックする音がした。
「ハヤトさん? いますか?」
「レンちゃん? いるけどどうかした?」
扉が少しだけ開き、レンの顔がひょこっと中を覗く。そしてハヤトを確認すると笑顔になって入って来た。
「ローゼさんがここにいるって言ってましたので」
「そうなんだ。こんな朝からログインして大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。兄さんが戦闘訓練するためにログインしたので私も一緒に来たんです」
「そうなんだ? ならアッシュは三階で訓練しているのかな?」
「そうですね。私は魔法主体なので訓練の必要はないからこっちに。ところでハヤトさんは何をしているんですか?」
「倉庫整理。いらない物をオークションにかけてお金に変えようかと思って。でも、なかなか進まなくてね。どれも捨てがたいというかなんというか」
「分かります。私も呪いアイテムをなかなか売れませんから……えっと、手伝いましょうか?」
「あ、そう? なら同じアイテムがあったら、この箱に入れてくれるかな。複数ある物は売ろうと思っているから」
「分かりました」
ハヤトとレンは二人で倉庫のアイテムを一つの箱に入れていく。機械的に複数あるアイテムを入れているので先ほどよりも作業ははかどる様になった。
とはいえ、この倉庫には色々なアイテムが所せましと置かれている。不思議なアイテムを見つけるとレンがはしゃいだ。
「これ、期間限定のイベント報酬アイテムですよね? なんでこんなにいっぱいあるんですか?」
レンが持っているのは木彫りの置物だ。その木彫りはキマイラの形をしている。
キマイラはヤギの身体にライオン頭とドラゴンの首が付き、さらには尻尾が蛇のモンスターだ。その木彫りの置物は他の家具と同じように特別な効果はなく、ただの記念アイテムだ。
ゲーム初期のころのイベント報酬であり、その頃はハヤトもスキルは100なかった。それでもネイ達とイベントに参加して、報酬を手に入れたのだ。
「そのアイテムってランダム報酬なんだよ。イベントの期間中、ネイ達と一緒に何度もイベントをクリアして報酬を受け取ってね。最終的には目当てのアイテムを手に入れたんだけど、キマイラの置物だけは異様に受け取れたんだ。確率的に高かったんだろうね」
「へぇ、その目当てのアイテムってなんですか?」
「確かメガネだったよ。何の性能もないファッションアイテムなんだけど、装備としては珍しく耐久値がなくてね。絶対に壊れない頭装備として当時は人気だったよ。今は上位互換のメガネが出たからあまり使われていないかな。ただ、そのメガネを装備していると古参プレイヤーとしてちょっと自慢できるかもね」
今では手に入れることができないアイテムを持っているというのは、それだけで一種のステータスだ。
メガネや置物などは新しいイベントで再配布されていないので、当時からそのゲームをやっているというのは少しだけ自慢できる。
「そういえば、一時期、メガネをかけた人が増えたときがありましたね。メガネと言えばうちのランダさんなんですけど『眼鏡で三つ編みは委員長キャラなんすよ!』とか言ってましたね。スイエンさんも分かるって言ってましたけど、私にはちょっとよく分かりませんでした。あれも役作りなのかな……?」
ランダは創世龍の一人で、アッシュ達の俳優仲間。聖職者風の恰好で神聖魔法を使い、アグレスベリオンとの戦いでは、その背中に乗って回復魔法を連発し迷惑極まりない存在だった。
スイエンも同様で創世龍の一人であり、精霊の国の世界樹で幻龍スイエン・ミカヅキとして暴れていた。ハヤトとエシャがいちゃついているという間違った認識から、世界樹を登ってくるというホラー映画さながらの演出を見せつけられて、ハヤトはいまだに苦手意識がある。
「ランダさんにスイエンさんか。たまに喫茶店に来てくれるけど、他の創世龍の人達は元気? 以前は喫茶店によく来てくれたけど、最近はたまにしか来てくれないからちょっと心配してたんだけど」
「映画の撮影とか編集作業が忙しいですから時間が取れないみたいです。でも、皆元気ですよ。それに家でも食事ができるようにとスイエンさんとランダさんは一緒に料理を始めました」
「そうなんだ? でも、料理は大丈夫? その、百年前はほとんどがエネルギーチューブによる栄養摂取でしょ? 料理をするなんて初めてなんじゃないの?」
ハヤトのいる時代では医療用の栄養補給剤として使われているエネルギーチューブだが、百年前の資源枯渇の時代では主食だったので料理をする必要がなかった。味が酷いので脳への疑似信号で味覚を騙して食べることが大半だ。
その頃に生きていたランダやスイエンが料理をするというのは難しい。エシャも今ではチョコレートパフェを上手く作れるようになったが、それ以外だとベーコンエッグくらいしか任せられない。
「サンドイッチはなんとか。あ、カレーとかシチューも美味しいです。他はあまり……」
「そっか。なら映画撮影が終わって余裕ができたら料理を教えるからって言っておいてくれる?」
「伝えておきますね。あ、そうだ。私にプリンの作り方を教えてくださいよ。現実でバケツプリンを作りますから」
「まあ、止めないけど気を付けてね。仮想現実と違ってお腹に入る量は限界があるから」
ハヤトとレンはそんな話をしながらも倉庫のアイテムを仕分けするのだった。
仕分けの終わったハヤトとレンは、アイテムバッグいっぱいにアイテムを詰め込んだ。これから王都のオークション施設へ行き出品するためだ。これもまだ一部であって売れる物はまだまだある。今回はその一回目という位置付けだ。
三階にいるアッシュ、そして店舗にいるローゼにその旨を伝えてから、ハヤトとレンは拠点を後にする。
以前は色々な組織に狙われていたハヤトだったが、今のところはすべてが解決している。
暗殺者ギルドからはギルドマスターのザック・オルテンがやって来たが、ハヤトの案により現在はコロシアム的な物を建造しているようで、あれ以降、特に接触はない。
盗賊団「強欲の炎蛇」に関しては、頭だったバン自身が現実の記憶を思い出してログアウトしており、メンバーは全員牢屋にいる。
そして聖魔十刀はシモンが一人で来ており、後に東の国へ行くことになっているのでさらわれるということはない。
これらの事からアッシュやローゼに護衛は必要ないと判断されて、レンと二人だけで行くことになった。
王都を歩いていると、レンがハヤトに話しかけた。
「ハヤトさんと二人だけでお出かけって初めてですね」
「そうだったかな? まあ、いつもはアッシュがいたからね。ところで、仮想現実はどう? 拠点の外は久しぶりだと思うんだけど」
ハヤトの質問にレンはぐるりと周囲を見渡す。そして大きく深呼吸をした。
「懐かしいって感じですね。戻ってきたって感じもします。でも、人が増えました? 平日の午前中なのに人が多いような?」
「新規に始めた人が多くなったからかな。ほら、ちょっと前に説明しなかったっけ?」
「ああ、思い出しました。ネイさんが出資者になったからとか。でも以前は怪しいゲームって思われていたことにちょっとショックです。いいゲームだと思うんですけどね」
「現実で怪しいくらいの賞金が出るから、何か悪いことをしている会社のゲームのように思われていたんだよね。それに仮想現実の再現率が高すぎるから、ゲーム開始直後は脳に異常をきたすんじゃないかってよく言われてたなぁ」
今までも仮想現実を扱う娯楽は存在していたが、再現率は低い。大半はフルダイブではなく、仮想現実の映像を目で見ているのみだ。
そんな中、このゲームだけが異常にリアルだったので、寝ている間に拉致されたとか、別の空間に転移させられたとか、ゲーム開始当時はそんな荒唐無稽な話がニュースを騒がせていた。
しかもそれを作ったのがどこにある会社なのかも分からないとなれば、躊躇するのも当然だろう。
「ハヤトさんがそんなものを気にせず始めてくれてよかったですよ。ハヤトさんのおかげで私達の今がありますからね」
「そういう考え方もできるのか。俺もレンちゃんに会えたから、このゲームをやっていてよかったよ」
「そこはエシャさんに会えたからよかったって言うべきでは?」
「なんで? というか、本人がいないのにそんなことレンちゃんに言うわけないよね?」
「ならエシャさんを呼んでくれば言ってくれますか?」
「本人がいたら言わないよ。逆に何を言われるか分かったもんじゃない」
「それじゃ、いつ言うんですか!」
「そもそもなんで言う前提なの?」
ハヤトとレンはそんな話をしながらオークションの施設へ向かうのだった。




