パーティの解散
ミストが目を覚ましてから数日後、拠点に滞在していたメンバーの何人かは仕事が終わったということで出ていくことになった。
勇者であるイヴァンは別のダンジョンへ行くことになっているようで、しばらくは手伝えないとのことだ。
朝早くに出るということで、ハヤトとローゼだけがイヴァンを見送りに来た。
「楽しかったぜ。普段はソロだから新鮮だったよ。たまにはパーティでダンジョンを攻略するのも悪くないな」
「そう思ってもらえたら助かるけど、勇者は忙しいね。もう少しもてなしたかったんだけど」
「十分だって。エクスカリバーも防具もメンテナンスしてもらって新品同様になったしな。それに薬品やら料理なんかも大量に貰ったからダンジョン攻略が捗る」
「生産系スキルで助けられることがあったらいつでも来てよ。助けてもらってばかりだし」
「そうさせてもらうよ。ただ、シモンがいるときは勘弁な。ダンジョン攻略をしていない日くらいはゆっくりしてぇ」
イヴァンはこの拠点にいる間、結構な頻度で手合わせを依頼されている。
筆頭は女サムライのシモンだが、メイドのローゼや暗黒騎士のギルもそれなりの頻度でイヴァンと模擬戦を行っていたのだ。
ネクロポリスのダンジョンを攻略しているときはそうでもなかったのだが、攻略後の数日はほぼ一日中戦っていたと言っても過言ではない。肉体的な疲れはないだろうが、精神的には相当疲れたのだろう。それが嫌でダンジョンに行くのではないかと思えるほどだ。
(もう少し俺の方から言っておくべきだったな。イヴァンには悪いことをしてしまった……)
その償いというわけではないが、無料でイヴァンの武具をメンテナンスし、大量の料理や薬品を持たせた。つり合いが取れているかどうかは分からないが、イヴァンは喜んでいるのでハヤトは大丈夫だろうと思うようにしている。
ハヤトが外まで見送ると言ったのだが、イヴァンは「よせよ、照れくせぇ」と言って、背中越しに軽く右手を振って特別なことは何もないように拠点を出て行った。
なんとなくイヴァンっぽいなという感想しかないハヤトだったが、その場にいたローゼには効果的だった。
「イヴァン様、恰好いいですよね……私と模擬戦もしてくださいましたし、サインも貰えました。これは家宝にします」
「ああ、うん。ファンなんだっけ?」
「はい、イヴァン様が勇者になる前からのファンです。エシャにそれを言うと、なぜか存在が不思議なモンスターを見るような目をされるのですが」
「エシャはイヴァンと同じクランだったからね。良いところだけじゃなくて、悪いところも見ているからじゃないかな……さ、仕事仕事」
ハヤトはそれっぽいことを言って煙に巻く。ローゼは普段優秀だが、イヴァンのことを語りだすと止まらないからだ。
「そうですね。今日もしっかり稼ぎましょう。あ、仕事の前に確認したいことがあるのですが」
「なにかな?」
「ギル様はそろそろお帰りになるのですか?」
「とくにギルさんから聞いていないし、ルナリアさんからも連絡は来てないね。こっちから聞いたほうがいいのかな?」
暗黒十騎士の一人であるギルは、本来なら魔王城にいる人だ。色々あった上に、魔王であるルナリアからの要望もあって今はハヤトの拠点に客として住んでいる。
今、魔王城ではゴスロリ集団の黒薔薇十聖と暗黒十騎士が争っており、ギルが戻るとパワーバランスが崩れる。その調整のためだ。
ハヤトがその話を聞いてから結構経つ。そろそろ決着がついていてもいい頃なので、ハヤトはルナリアに音声チャットを送ることにした。
「ルナリアさん、今、ちょっといい?」
「ハヤトさん、久しぶり。ちょうど私も話がしたいと思ってた」
「そうなんだ。なら同じ話かな。ギルさんなんだけど――」
「魔王を辞めてファッションモデルになる。履歴書を用意したから、どこかモデルの事務所を教えて。もしくは武具店の専属モデルでもいい。どんな鎧も着こなして見せる。サインも書けるから即戦力をアピールしたい」
「ものすごくデジャヴ。もしかして今度はロザリエさん達に軟禁されたの?」
魔王ルナリアは以前、世界侵攻をした罰として暗黒十騎士達に軟禁状態にされ、ずっとクッキーを作っていたという過去がある。相当追い込まれていたのか、魔王を辞めてクッキー屋さんになると言い出したほどだった。
そして今度はファッションモデルになると言った。魔王とはなんだろうとハヤトは不思議に思う。
「軟禁はされていないけど、毎日違うドレスや鎧を着せられている。モデルで世界を牛耳ることができると認識した。私の美しさにひれ伏すといい」
「その認識は間違っているから」
「……やっぱりそう? 私も薄々は気づいていたけど、あまりにも皆が褒め称えているからちょっと勘違いした。五割くらい」
「五割は本気なんだ? まあ、理性が残っているうちで良かったよ。前回のクッキー屋さんの時はかなり本気みたいな感じだったから。それにルナリアさんはモデルよりも魔王をやっている方が恰好いいよ」
「フッ、照れる」
(その方が世界は平和な気がするんだよね。仮想現実の世界ではあるけど)
ルナリアは魔王としてはポンコツなのだが、その強さと見た目の麗しさから魔国ではかなり慕われている。
破天荒な行動をとることもあるが、周囲が諫めているというかまともなのでなんとかなっている。たまに一緒になって暴走するのはご愛敬だろう。
「ところでそんな恰好いい私に何か用事? 気分がいいからなんでも聞く。誰を斬ればいい?」
「魔王がそういうこと言わないで。洒落にならないから。ギルさんのことなんだけど」
「あ」
「……もしかして忘れてた?」
「黒薔薇と黒騎士の戦いが終わった直後に呼び戻そうとしたんだけど、ロザリエちゃん達に捕まってそのまま採寸されたから連絡が遅れた。もう大丈夫だから戻ってくるように伝えて。ギルちゃんがいればロザリエちゃん達も落ち着くと思うから」
「採寸……? ああ、そうなんだ。なら伝えておくよ――いや、こういうのは魔王としてルナリアさんから言ったほうがいいかもね」
「確かに。それじゃ伝えておくから。それとあとでハヤトさんにはお礼をするから期待しておいて」
「楽しみにしてるよ」
音声チャットが切れる。
ハヤトは話の内容を説明すると、ローゼは顔をしかめた。
「メイド長になんと説明しましょう?」
「……それがあったか……」
メイド長はギルに惚れている。
ネクロポリスの攻略が終わった直後、「二人きりで行けるダンジョンの攻略とかありませんか。泊りがけなら最高ですが」と真顔で聞いてくるほどだ。
そんなものは無いと答えたが、ここ最近は毎日拠点へやって来て昼食を作っている。名目はローゼとエシャがメイドとしてちゃんとやっているかどうかのチェックとのことだが、その嘘を信じているのはギルだけだ。
そしてギルがこの拠点から去ることになれば、どうなるか分かったものじゃない。鬼神や修羅、羅刹と言われたメイド長の拳がこちらに向く可能性が高い。
「メイド長がギルさんを追って魔王城まで押し掛けることってあるかな?」
「五分五分かと」
「高いね。それならそれで構わないけど、こっちに何かのしわ寄せが来そうだなぁ。飛行船を貸してほしいとか言われそうだ」
ハヤトとローゼがどうしたものかと考えていると、二階から階段を下りてくる音が聞こえてきた。その足音は金属音。普段から鎧を着ているギルだろう。
その予測は的中。ギルがヘルムをとった状態で二階から下りてきた。
「ハヤト殿、ローゼ殿、実は先ほどルナリア様から連絡があってな。魔王城に戻ってきて欲しいとのことだった」
「はい。私も先ほどルナリアさんと話をしました。ギルさんには色々とお世話になって――」
「なに、世話になったのはこちらだ。ハヤト殿だけでなく、ローゼ殿にもよくしてもらった。滞在中、なんの不便もなく過ごせたのはお二人のおかげだろう。感謝する」
ギルはそう言って頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそ最初は監禁するような真似をしてしまって申し訳なかったのですが」
「あれは黒薔薇のお嬢さん達がやったことだし、飛行船に無理矢理乗った私が悪い。ハヤト殿が気にすることではない」
(常識人だなぁ……なんでギルさんはルナリアさんにクッキーを作らせていたんだろう? クッキーが好きなのか? それともギルさんはあの件にノータッチか?)
ハヤトがそんなことを考えているとローゼが一歩前に出た。
「あの、差し出がましいことをお聞きしますが、ギル様はすぐに魔国へお戻りになるのでしょうか?」
「今日にでも戻ろうと思っているのだが、何か都合が悪いだろか?」
「あー、えーと、どうでしょう?」
ローゼはハヤトの方へちらりと視線を向けた。
話を振っておいてこちらへパスするとはどうかと思ったが、メイド長のことなので言いだしづらいのだろうと気づき、ハヤトは口を開いた。
「あの、皆、ギルさんに挨拶したいと思うんですよね。一時的ではありますが、一緒に戦った仲間ですし、急にいなくなると皆が寂しくなるかと」
「なるほど。そういう経験がないので気づかなかったな。なら帰るのは明日にして今日は挨拶をしておこう。ところでローゼ殿、今日、メイド長殿はいらっしゃるだろうか?」
「はい、お昼ごろにいらっしゃると思います」
「それは良かった。メイド長殿には色々と世話になったのできちんと挨拶をしておきたいからな。ではさっそく、二階にいる皆に挨拶をしてこよう!」
ギルはそう言うと、階段を上がっていった。
食堂にはハヤトとローゼが残される。
「えっと、ローゼさん。メイド長さんに連絡しておいてもらえる? 同じギルドだし上司だよね? 俺が言うよりもいいと思うんだ」
「いえ、ハヤト様の方から連絡をした方がいいかと思います。メイドの勘ですけど」
ハヤトとローゼのそんなやり取りが続き、結局はハヤトからメイド長へ連絡することが決まった。




