スニーキングミッション
ハヤトはネクロポリスの三十一階層を慎重に進んでいる。
今のところモンスターらしき相手は見当たらないが、通路がやや複雑化してきており、行き止まりへ進んでしまうこともあった。マッピングのスキルは存在しないので、ハヤトは持っていた紙に手書きで地図を描きこんでいく。
これはハヤト自身が迷わないためと、もしもの時のためだ。もし倒されてしまったときに再度挑戦する場合がある。どこに何があったという情報は次に活かせる。
(紙とペンを持って来ておいて良かったな。でも、こういうのはちょっと苦手だ。職人的に完璧な地図を作りたくなる)
苦手というのは方向音痴という意味ではなく、こだわりたくなるということだ。普通のゲームなどで人によっては良くある行為だろう。特に何があるわけでもないのに、地図を完璧にしたいという欲求に駆られる。
もしくはゲームのダンジョンで分岐があった場合、奥へ行く道よりも、行き止まりへ行った方がなんとなく安心する心境に近いかもしれない。
ハヤトの場合も似たような心境で、ポータルを見つけると言うよりも、このダンジョンをすべて網羅した地図を描きたいという欲求に駆られている。
ハヤトは職人気質というか、こだわるところにはこだわるタイプだ。他の人から見たらどうでもいいことを細部まで作りこむ。今回は途中でポータルを見つけたとしても、この階層の地図を最後まで描きたくなっている。
(こういうところのマップもWeb上に存在しないから、売りに出したら結構高値で売れそうな気がする。書き写されたら価値がなくなるからダメかもしれないけど)
ハヤトはそんなことを考えながら先に進んだ。
いくつかの通路を確認しながら歩いていると、モンスターがいるのが見えた。通路の曲がり角まで戻り、そこから確認すると、暗い紫色の肌をした子供にコウモリの羽が生えている姿だった。髪はなく、服は布を巻いているだけ。
それはインプと呼ばれる最下級の悪魔であり、魔法で攻撃してくる。他にも色々あるのだろうが、ハヤトにはそれだけの知識しかなかった。
ハヤトは気づかれないようにその場から離れ、今度はまだ進んでいない通路を進む。
モンスターがいる場所を通るのは最後の手段。とりあえずモンスターがいない場所を進み、ダメだった場合に強行突破するつもりだった。
三十一階層からは、音も匂いもない空間であるため、モンスターがいる場所は大体わかる。足音や何かをしゃべっている音が微かに聞こえるのだ。
ただ、それはハヤトにも言える事なので、大きな音をたてないように歩いている。気づかれたときは「インビジブル」を使うつもりだが、ハヤトは今になって少しだけ困ったことになった。
(視覚はアイテムで騙せるし、音は動かなければいいんだけど、匂いがな……デオドラントのアイテムも持ってくるべきだったか)
モンスターがプレイヤーに気付く種類はいくつかある。
一番多いのは視線だ。モンスターの視線が届く範囲に足を踏み入れると、好戦的なモンスターは襲ってくる。
次に音。大きな音を立てると、モンスターはそこへ集まってくる。モンスターを効率的に狩る際によく行われる行為だ。
ただ、動物の中には異常に嗅覚が優れている場合もあり、たとえ姿が見えない状態でも匂いで感づかれる場合がある。ジャングルなどでかなり遠くにいたモンスターに襲われたというのはよく聞く話だ。
他にも魔法を感知して襲ってくるとか、特定のアイテムを持っていると襲われるなど特殊な条件で襲われることがある。
ハヤトは色々と気を使いながら、ネクロポリスの三十一階層を歩き回った。
地図がほぼ完成した。
残すところはインプ達がいた広間らしきところだけ。ハヤトの考えではその広間の先にポータルがある。
ハヤトはインプ達から見えない通路の曲がり角のところで息を吐いた。
(さて、どうしたものか。インプが最弱の悪魔だとはいっても、あれだけいたらすぐにやられる。普通の戦闘職なら負けることはないだろうけど、俺には無理だ。こっちへ呼び寄せてから駆け抜けるしかないな)
一度深呼吸をしてから、ハヤトはインプ達が気づくあたりまで歩いた。そして通路の壁を叩き、音を出す。
その音とハヤトの姿にインプ達が気づいた。そしてハヤトの方へ向かってくる。その姿はおもちゃを見つけた子供達のような状況だろう。ハヤトからすれば、たまったものではないが。
ハヤトはすぐに走り出して通路の曲がり角まで戻る。そして壁際に寄り、姿を消すアイテム「インビジブル」を使った。
ハヤトからは半透明に見えるが、他からは全く見えていない状態になる。
足音が聞こえてきたと思ったら、インプ達が通路を曲がって走ってきた。ハヤトは曲がり角のインコースギリギリのところにいるため、インプ達はそこにぶつかることなく、さらに通路の先へ走って行った。
足音が遠くへ行ったのを確認した後、ハヤトはすぐに行動を開始する。インプ達が戻ってくる前に部屋を通り抜けようと考えたのだ。
動き出した瞬間にハヤトの姿が可視化される。そしてインプ達がいた広間の方へ走り出した。
だが、通路の曲がり角にヘルハウンドが一体いた。
ハヤトは気づく。ヘルハウンドは悪魔だが犬。嗅覚が優れているのだ。ハヤトの匂いが近くにあったので近くをウロウロしていたのだ。
ハヤトはすぐに指輪と腕輪の装備を切り替えた。
ディーテとの戦いでやった格闘スキルを一時的に増やしてローキックを使う攻撃。ハヤトはヘルハウンドに攻撃される前にローキックを放った。
下手くそな蹴りではあるが、出会い頭ということもあって、ハヤトのローキックはヘルハウンドに当たった。
ヘルハウンドはスタン状態になる。だが、ハヤトはそんなことを確認する前に、奥の広間に向かって走りだした。ヘルハウンドがスタンになっているかいないかを確認しても仕方がないので、一歩でも先に進むことを選んだのだ。
仮想現実なので疲れることはないのだが、怪我した時の恐怖で上手く足を動かせなければ転ぶ。それを避けるために急ぎつつも「落ち着け」と自分に言い聞かせて走った。
少し走った後で、背後からヘルハウンドの唸り声が聞こえた。そしてハヤトの耳には背後から足音まで聞こえてきた。
(まずい!)
ここで追いつかれたら間違いなく倒される。そしてハヤトの移動速度では間違いなく追い付かれる。
ハヤトは上手くいくかどうかは分からないが賭けに出た。アイテムバッグから普段料理を作るための肉をばらまいたのだ。中には骨付きドラゴン肉もあったが、迷うことなくばらまいた。
モンスターは特定のアイテムを持っていると襲ってくる。そのアイテムを捨てることでヘルハウンドを足止めしようと考えたのだ。実際にできるかどうかは不明だが、犬なら肉を欲しがるだろうと現実的な対応をしたのだ。
ハヤトは振り向くことなく走り続ける。効果があるか分からないので、一歩でも先に進もうとの考えだ。だが、背後からヘルハウンドの足音が消えた。
(よし、文字通り食いついた! 今のうちだ!)
広間には誰もおらず、その奥には扉があった。
ハヤトは奥の扉を開けて中を確認することもなく飛び込み、扉を閉める。そして大きく息を吐く。仮想現実なので特に息が苦しいというわけではなく精神的な落ち着きを取り戻すための深呼吸だ。
落ち着いたところで周囲を見渡すと、約五メートル四方の部屋の真ん中に直径一メートルで高さが二メートルくらいの円柱――ポータルがあった。
ここはモンスターが出ないセーフティエリアとなっているが、ハヤトはすぐにそのポータルに触れた。
これでハヤトはこのポータルへの転送が可能になった。
(とりあえず、これでミッション終了だな。しかし大変だった。生産職でやることじゃないよな……まあいいや、まずは皆をここに連れてこないと)
ハヤトはポータルで入口へと転送するのだった。




