討伐と探索の開始
ドッペルゲンガー討伐の準備が整った。
ハヤトは自爆用のアイテム「マジックボム」を作成し、イヴァンからは「不死鳥の羽」を受け取る。討伐後、三十一階層のポータルへ行くまでに使う予定の「インビジブル」も複数用意した。
これで確実とは言えないが、用意は十分なのでイヴァン達と共にネクロポリスへ向かい、入口にあるポータルを使用して三十階層まで転移した。
ここからドッペルゲンガーのいる教会までは徒歩だ。
移動中、探索に加わったルースがハヤトに近寄ってきた。
「ハヤトさん、頑張ってくださいね」
「まあ、頑張るよ。ところでルース君はどんな戦い方をするのかな?」
「僕は魔法攻撃がメインですね。不死十傑の中では生産系も頑張っていましたから、そこまで強くはないんですけど」
「生産系のスキルを入れると確かにそうなるよね――なんだ?」
三十階層に犬の遠吠えが響き渡る。そしてこちらへ走ってくるような音が近づいてきた。音からして相手は複数だ。
「ヘルハウンドですね。ハヤトさんは範囲攻撃のファイアブレスに巻き込まれないようにしてください。早くギルさんの後ろに」
ルースの言葉にハヤトは頷くと、ギルの後方へと移動した。
ギルは盾役でパーティへの攻撃を引き受けるのが役目だ。
本来盾役は聖騎士のロールプレイをするプレイヤーに多いのだが、ギルは魔王に仕えているという立場から、全身を黒い鎧で身を包んでおり、聖騎士には見えない。それに暗黒十騎士という名前でクランを組んでいる。
普段、筋肉のことを熱く語るギルは少々問題だが、ハヤトから見たギルの背中は何とも頼もしい。
ギルはヘルハウンド達のヘイト値を稼ぐために、大きな声を出して鼓舞する「ウォークライ」を使った。
「ハヤト殿! 私の背中から出ないようにな!」
「もちろんですよ――あの、メイド長さん、なんで羨ましそうに見てるんですかね? なんとなく分かりますけど」
「羨ましそう、は正確ではありません。羨ましいのです」
「……ギルさん、強い女性ってどう思いますか?」
「素敵だと思うが、なんの話だろうか?」
ギルがそう言うと、メイド長は飛び出した。
そしてヘルハウンドを殴る。一発ではない、左右の連打だ。格闘による打撃は攻撃力が低いが連打が可能。その連続攻撃によりヘルハウンドの一体を瞬殺した。
下手に攻撃力の高い一撃よりも、こちらの連続攻撃の方がはるかに怖い攻撃と言える。
(むしろメイド長一人でドッペルゲンガーと戦ったほうが簡単なような気もするな……)
メイド長が控えめに右こぶしをグッと上げて「自分、強いです」というアピールをしている。ギルに見せているのだろうと思ってハヤトは別の方を見た。
イヴァンはさすが勇者と言うべきか、余裕のある動きでヘルハウンド達をエクスカリバーで切り裂いていく。むしろ、エクスカリバーにヘルハウンド達があたりに行ってると言ってもいいほどの動きだ。
(あんなに強いのにルナリアさんには負けたんだよな。ルナリアさんって現実では何してた人なんだ?)
魔王であるルナリアは勇者であるイヴァンと一騎討ちで勝利した。
それはお互いの武器の耐久力が影響していた勝利ではあったが、剣の打ち合いは互角だった。イヴァンは現実の世界でヴァーチャルグラディエーターのワールドチャンプという肩書があるのだが、そのイヴァンと互角に戦えるルナリアには疑問符が付く。
気になると言えば気になるが、ハヤトは特にディーテには確認していない。それはプライベートなことであり、ここにいるNPC達はなんらかの理由で現実と決別しようとした人達なので、余計な詮索はしないようにしていた。
ハヤトは別のメンバーに視線を動かす。
ダミアンとルースはうまく連携しているようで、ダミアンは土系の攻撃魔法、ルースは氷系の攻撃魔法でヘルハウンドを倒している。ダミアンの討ち漏らしにルースがとどめを刺すという形だ。
マリスとカブトムシのヘラクレスは攻撃には参加せず、ギルと同じように周囲のメンバーを守っていた。マリスは盾、ヘラクレスは小さいのでヘルハウンド達の周囲を飛び回り、ヘルハウンドの攻撃を妨害している。
(回復職がいないからあれだけど、攻撃特化のイヴァンとメイド長さん、魔法特化のダミアンさんとルース君、それに盾役のギルさんとマリスに妨害役のヘラクレスか。普通に強いな)
ハヤトがそう思った直後に、イヴァンが最後のヘルハウンドにとどめを刺した。そしてハヤトの方を見る。
「大丈夫か?」
「ギルさんのおかげでかすり傷一つないよ」
「さすがはギル様ですね」
メイド長はそう言った後、小声で「素敵です……!」と言った。ハヤトには聞こえたが聞こえない振りをする。
「なんの、メイド長殿も強かったぞ! もちろん、他の皆もな!」
「なんともったいなきお言葉……!」
(パーティを解散するときにメイド長が駄々をこねなければいいんだけどね……)
ハヤト達は周囲にモンスターがいないことを確認してからドッペルゲンガーのいる教会を目指した。
教会の入口でハヤトはパーティから抜けた。
パーティを組んだままだとその人数だけドッペルゲンガーが現れるからだ。
イヴァンがハヤトの肩に手を置く。
「それじゃよろしく頼むぜ。話を聞いた限りドッペルゲンガーの討伐自体は簡単そうだが、その先のポータルまで行くのがちょっと分からねぇからな、注意してくれよ」
「たぶんだけど、他にやり方があるんだろうね。まあ、ポータルに触りさえすれば転送が可能になるみたいだから、死んでも触ってくるよ」
「ああ、頼むぜ。でも、気楽にな。失敗したって別に構わねぇから。それじゃ俺達は一旦戻る。ネクロポリス入口のポータルにいるから、あとで来てくれ」
「了解。それじゃ行ってくるよ」
ハヤトは全員に軽く手を振ってから教会へ足を踏み入れた。
昨日と同じ演出が行われて、血だまりから真っ白なハヤトが現れる。そしてハヤトへ襲い掛かってきた。
とはいえ、それなりに距離があり、慌てる必要もない。ハヤトは普通に「マジックボム」を使った。
特にカウントダウンはなく、すぐにアイテムが発動して、周囲を巻き込み爆発した。
ハヤトとドッペルゲンガーは、同じタイミングでHPが0になり、床に倒れる。その直後、床に倒れたハヤトにはスポットライトのような光が当たり、天井から羽が落ちてきた。
その羽がハヤトに当たるとハヤトのHPが回復する。動けるようになったハヤトはゆっくりと立ち上がった。
(大丈夫みたいだな)
改めてドッペルゲンガーと戦うという状況にはならず、勝利したという形になった。この方法では再戦するという可能性もありえたので、少しだけ心配していたのだ。その憂いもなくなったのでハヤトは行動に移る。
ハヤトが階段を探そうとすると、床の血だまりに異変があった。血だまりが床下に吸い込まれるように消えていったのだ。そして黒い穴が残る。
(階段じゃなくてこの穴に落ちるってことか? それはちょっと怖いな……でも、やるしかないか)
ハヤトはその穴に飛び込んだ。少しだけ浮遊感を味わった後に着地する。
そこは三十階層の町のような場所ではなく、継ぎ目がない白い石のようなもので出来た人工的なダンジョンだった。光源は壁にあるロウソクのみで、風の音も匂いもない。
ここは袋小路のようになっており、先に進むしかなかった。
(近くにポータルはなさそうだな……やっぱり正規の攻略じゃないのかも。仕方ない。モンスターに見つからないように進むか)
ハヤトはアイテムバッグにある姿を消すアイテム「インビジブル」をいつでも使えるように準備してから歩き出した。




