ドッペルゲンガー
ハヤトは食堂にローゼとルースを残して二階へ駆け上がる。
音の位置から考えて、暗黒騎士であるギルの部屋。ノックをして中にいるのかを確かめた。
「ギルさん? もしかして復活してきました?」
「おお、ハヤト殿。三十階層で負けてしまったよ。出ていくからちょっと待ってくれ」
数秒後、部屋からギルが出てきた。
ギルの鎧や盾などはかなり傷を負っており、耐久力もかなり減っていた。それを見ただけで激しい戦闘があったと推測できる。
「ずいぶんと強い相手なのですね。ギルさんが負けるなんて」
「あれに勝つのは難しいだろうな。こちらにはイヴァン殿がいる。逆に厳しいだろう」
「え?」
「おそらくイヴァン殿やダミアン殿もすぐに拠点で復活すると思う。メイド長殿やマリス殿もそれぞれの拠点で復活しているはずだ」
ハヤトはそんな馬鹿なと口に出して言いそうになった。
たしかにネクロポリス攻略をしているメンバーは治癒魔法を使えない。だが、大量の回復アイテムを持たせているし、戦闘力だけで言えばイヴァンは最強に近い。そのメンバーが全滅すると言うのは信じられなかった。
「えっと、何があったか教えてもらってもいいですか?」
「一度拠点に全員が集まることにはなっているが、ハヤト殿には先に話しておこうか。簡単に言うと、三十階層の階段手前の部屋には悪魔系のモンスターが出るのだが、こちらのメンバーと同じ強さを持った相手が出て来るのだよ」
「同じ強さを持った相手?」
「そう。ドッペルゲンガーと言えば分かりやすいかな? 姿から装備まで全部同じだ。筋肉もな。そっくりではあるが、完全に白黒の人形なので同士討ちにはならない。さすがにイヴァン殿のエクスカリバーまで真似られると私としては防ぎようがない。それにメイド長殿の連続攻撃も耐えるのはきついな」
「それは……きついですね」
ドッペルゲンガーはこのゲーム内だと、相手の姿形を真似る悪魔という位置付けだ。
同じドッペルゲンガーでも色々と強さが異なっており、単に姿形だけを真似る場合もあれば、見た目ではなく、ステータスやスキルを真似る場合もある。それが一括りでドッペルゲンガーと言われている。
今回のように全部を真似るのはかなり特殊な部類のドッペルゲンガーだ。
完全に同じ強さ、同じ装備であるならば、純粋に戦闘技術の高い方が勝つ。そもそも今回の相手はAI。どこまで的確な判断ができるAIなのかは不明だが、ギルがやられて戻って来ている以上、かなりの強さなのだと見るべきだ。
「イヴァン殿は善戦していたが難しいだろう。相手はどうやら一つの意思で連携している。私達もそれなりに長く一緒にパーティを組んでいるが、それでも即席パーティであることは否めないし、どちらかと言えば連携などせず個人で戦っているようなものだ。時間を掛ければ攻略できる可能性はあるが、さすがにそこまで時間があるわけではない。攻略は難しいかもしれないな」
「それはそうですね」
パーティのメンバーはハヤトが集めたが、無期限で手伝ってくれるわけではない。余裕がある間だけ手伝って貰っている。
眠っているミストを急いで起こす必要はない。ネクロポリス攻略自体に制限時間などはないのだが、このパーティを組める時間には限りがある。連携が上手くなるまで頑張るという案はない。
ならどうするべきかと、ハヤトは考え込んだ。
とはいえ、もう喫茶店の準備をする時間でもある。
「ギルさん、すみません。午後はやらなくてはいけないことがあるのでこの件はまた後にしてもらっていいですか?」
「もちろんだ。全員揃ったら攻略の話し合いをすることになる。まずは全員でどう攻略をするか考えてからハヤト殿に報告しよう」
「すみません、よろしくお願いします」
ハヤトはギルに頭を下げた後、一度食堂に戻って状況をローゼに伝える。そして今日は店舗を休みにしていいと伝えた。そして皆の話し合いに関してのサポートや、ルースの対応をお願いする。
ローゼはそれを承諾して、色々と準備を始めた。
「それじゃ、ルース君、ちょっと慌ただしくて申し訳ないんだけど、ダミアンさんもすぐに戻ってくると思うから、ゆっくりしてて」
「ありがとうございます」
丁寧に頭を下げるルースに別れを告げて、ハヤトは自室でログアウトした。
喫茶店の仕事が終わってからハヤトは再びログインする。
仕事の合間に午前中にあったことをエシャやアッシュ達に相談したのだが、とくにいい案は出なかった。
アッシュは俺達も行くかと提案してくれたのだが、戦力の問題ではないし、アッシュ達は映画作成の準備が忙しいので気持ちだけもらった。
イヴァン達の方でいい案が出た可能性があるかもしれないと、ハヤトは自室を出る。
食堂では全員がテーブルについて色々と話をしていたが、イヴァンがハヤトに気付いた。
「お、来たか」
「皆、悪かったね。大事なときにいなくて」
「ハヤトは生産職なんだから別にいいんだよ。それに大体の方針は決まったから次は攻略できそうだ。準備が必要だけどな」
「そうなのか? ちなみにどんな作戦?」
「ハヤトを三十階層へ連れて行くつもりだ。ハヤト一人にドッペルゲンガーを倒してもらう」
「……生産系スキルで勝てるわけないだろ? ポーションづくりなら負ける気はしないけど」
あまりにも予想外な作戦だったのでハヤトは驚いた。そもそもハヤトは戦えない。戦力にならない自分を連れて行ってどうするんだという話だ。
相手の姿形、装備などをコピーするというドッペルゲンガーが相手なら確かにハヤトは最適だろう。
ハヤトは戦闘系スキルを全く持っていないし、STRも最低値、それに連動してHPも最低値だ。それがコピーされれば、相手も最弱と言える状態になる。
だが、ハヤトはそもそも激しい運動が苦手だ。足を怪我したときの恐怖から瞬発的な行動はとれない。
ディーテとの戦いのときにはエシャ達を救うという気持ちがあったため、なんとか無茶をして動かしたが、あの時のような動きができるかといえば、答えは、いいえ、だ。
「ハヤト、聞いてくれ。今日戦って分かったことがある」
イヴァンの話では、相手はアイテムバッグの中身まではコピーできないとのことだった。装備を切り替えると相手も替えてくるが、アイテムは使わなかった。
イヴァンは最後の一人になるまで戦って、相手のイヴァンを倒すことに成功した。それは復活用のアイテム「不死鳥の羽」があったからと言ってもいい。復活直後に虚をつけたのだ。
ただ、イヴァンは復活しても相手は復活してこなかった。不死鳥の羽は自動で使われるので、相手は持っていないことになる。
その後、イヴァンは残っている相手にやられて拠点で復活したが、その情報を全員と共有した。
そして導き出された答え。
「俺が一人でドッペルゲンガー相手に自爆アイテムを使えと」
「そう。その後、不死鳥の羽で復活する。完璧な作戦だろ?」
「色々言いたいんだけど、それって俺じゃなくても良くない? イヴァンだって一対一なら勝てるんだろ? 不死鳥の羽を大量に持って行けばいいんじゃないか?」
「不死鳥の羽がそんなに大量にあるならやってもいいけどよ、そんなにあるのか?」
「……確かにあまり用意できないな。というか、アイテムの入手方法を知らないし」
不死鳥を倒せば手に入るのだろうが、その不死鳥がどこにいるのかをハヤトは知らない。オークションで買うことも可能だが、かなりの値段だ。
「俺もいくつかは持っているんだが、普段は一つしか携帯してない。ソロでダンジョンに潜っているときに必要な物だからそうそう使えねぇんだよ。だが、ハヤトが使えば確実に一回で済む。それなら羽を提供するのも悪くない」
「そうかもしれないけど……大体、自爆するのは俺じゃなくても良くない? 嫌だってわけじゃなくて、俺って実は足が悪いんだよ。何か問題があったとき、対処しきれないんだけど」
「そうなのか? それは知らなかったけど、どう考えてもハヤトが適任なんだよ。ハヤトは身体強化とかの戦闘系スキルもないだろ? スキルの恩恵で防御力が上がっていないから、ハヤトの自爆で相手を必ず倒せるんだ。他の奴だと倒し切れない可能性がある。復活後に確実に倒せるって保証もないしな」
自爆攻撃は自分のHPと同じダメージを与える攻撃だが、それは防御力で緩和される。
一部のスキルはHPやMP、それに攻撃力や防御力を上げる効果がある。戦闘職であれば必須ともいえるスキルなので持っていないのは純粋な生産職や特殊なスキル構成にしているプレイヤーくらいなものだろう。
それを考えると確かにハヤトは適材と言えた。素の防御力はなく、装備品には防御力がない。確実に自爆で倒せるという状況だ。
「そう言われると確かに適任は俺か……仕方ない。皆には色々世話になってるし、これくらいは俺がやるべきか。上手くいくかどうかは分からないけど、それでやってみよう」
こうして、ハヤトの自爆復活コンボによるドッペルゲンガー討伐作戦が決定した。




