懇親会と接待、そして出会い
今夜、勇者イヴァンが来ると連絡があった。
イヴァンも転移の指輪を持っているが、直接ここに来れるものではなく、他にも寄るところがあるのでその時間になるとのことだ。
それはそれとして、ダミアン達はネクロポリスに向かったのだが、ハヤトはメイド長を心配している。今朝も髪が乱れており、それは昨日よりもひどかったからだ。
サンドバッグを殴って気持ちを落ち着かせているんでしょうというエシャの言葉は、なんのなぐさめにも解決にもなっていないのだが、このままだとダンジョン内で殺人事件的なことが起きそうな予感がする。
その前にダミアン達から「メイド長はなしで」と言われたら、もっと大変なことになる可能性は否定できない。ハヤトはなんとかしなくてはと悩んでいたが、一つ思いついたことがある。
今夜、イヴァンがやってくるので、これに乗っかろうと考えた。
イヴァンには美味しい物を用意するという約束をしている。懇親会を開きつつ、メイド長を接待しようとの考えだ。
そんな理由から今日はネクロポリス攻略のアイテムを作るのではなく、もてなし用の料理を作ることにした。
「エシャ、ローゼさん。メイド長の好きな食べ物って何かな? 色々用意しようとは思うんだけど」
「甘い物ならなんでもいける口ですよ。メイドギルドの冷蔵庫によく入っていたのはプリンですかね。大体私が食べましたが」
「好きな食べ物かどうかは分かりませんが、パスタ類を好んで食べている気がしますね。よくメイドギルドの食堂で食べている姿を見たことがあります」
「プリンとパスタ類か。なら、それを多めに作っておこうかな」
「そうだ、チョコパフェとメロンジュースも好きでした」
「それはエシャでしょ……あ、ローゼさんも? なら作っておこうか。えっとあとは、イヴァンは何が好きかな? ……肉類ならなんでも? ダミアンさんはトマトジュース……ワインも作っておこうか、メイド長さんも飲むだろうし。えっと、ヘラクレスは……スイカかな……」
ハヤトは作る料理をどんどんメモしていく。
明日からはミスト捜索が本格化する。今のところ問題がありそうなのはメイド長だけだが、ここにイヴァンが入るとどうなるか分からない。今日の親睦会で少しでも仲がよくなるようにと美味しい料理や飲み物を用意しようと気合を入れる。
その準備に取り掛かろうとしたところで、ノアトが二階から降りてきた。
「なにか美味しいもの食べられそうな予感……何してるの?」
「ノアトさん、おはよう。今日は夜にイヴァンが来るから懇親会を開こうと思ってね。その料理を考えていたところ」
「理解した。私はドーナツがいい。チョコとストロベリーを多めで」
「え? 参加するの?」
「料理を部屋まで持って来てくれるなら参加しなくてもいいけど」
ハヤトは考える。今回の懇親会はミスト捜索パーティの結束を高めるためのものでもある。特に探索にはいかないノアトがいたらどうなるかをシミュレートしていた。
エシャがポンと手を叩いた。
「ご主人様、ノアトに歌ってもらったらどうですかね? 歌だけは信用できますよ?」
「エシャちゃんも言うようになった。お姉ちゃんは嬉しい」
「ノアトの方が年下でしょうが。というか、ずっとここにいるんですからたまには役に立ってください」
エシャとノアトはその後も色々言い合っているが、どちらも引く気はないようだった。
ハヤトは色々と考慮して、ノアトに歌ってもらうことにした。ミストの屋敷でもノアトの歌を聞いたが、ハヤトもいい歌だと思ったからだ。
ただ、問題もある。
ミストの屋敷では楽器を奏でる楽団がいたのだが、今どこにいるのかは知らないし、これから交渉するのには時間が足りない。
「ノアトさん、伴奏とかはないんだけど、それでも大丈夫かな?」
「それは私への挑戦と受け取った。ぎゃふんと言わせる。だからドーナツキャッスルを作って。それが私への報酬」
「分かったよ。そのドーナツキャッスルが何なのかは分からないけど、作るからお願いしていいかな」
「おっけー。なら夜のために寝溜めしておく。お昼にもドーナツを用意しておいて。エネルギーを補充する」
「燃費が悪すぎない?」
燃費の悪さで言えばエシャもそうだが、エシャは色々と動いている。ノアトは毎日ほとんど部屋にいて外に出ないのだ。それでも太っていない。このゲームではカロリー計算がされていて、アバターに反映されるはずなのだが、ノアトは全く変わらないのだ。
「歌は意外にエネルギーを使うだけの話。ドーナツをよろしく」
ノアトはそう言うと、ゾンビのような足取りで二階に上がっていった。
それを見送った後、ハヤトは「よし!」と気合を入れた。
「それじゃ二人とも色々とよろしく。今日はお店をお休みにして、懇親会の準備を優先しよう」
エシャとローゼは頷くと、さっそく準備に取り掛かった。
喫茶店での仕事を終え、夜は早めにログインすると、直後にダミアン達が帰ってきた。
懇親会のことを説明すると、全員が快諾してくれた。
メイド長も今は感情が落ち着いているのか普通に見える。
「ハヤト様、ありがとうございます。ですが、もてなされる側になるというのは少々気恥ずかしいですね」
「今日くらいはいいんじゃないですかね。エシャとローゼさんが対応してくれますので、もてなされてください」
「分かりました。エシャがどれくらいメイドとしてやっているのかしっかり確認いたします。楽しみにしていますよ、エシャ」
メイド長が眼鏡の位置をずらしながらエシャを見る。鋭い眼光がエシャを貫いた。
エシャは何も言わずに、ハヤトの脇腹を軽くパンチした。余計なことを言った罰なのだろう。
その後、予定通りに勇者イヴァンがやってくる。
「おー、約束通り美味いもんを食わせてくれるのか。そりゃ楽しみだ。それになんというか、すげぇメンバーを揃えてんな……?」
「ちなみにミストさんを助けたらそのまま最下層まで行く予定だから。できればイヴァンにもお願いしたいんだけど」
「そうなのか? まあ、いいぜ。俺もあそこは未踏破だからいつかは行きたいと思ってたんだ。そんじゃ、部屋も借りられるんだろ? ちょっと荷物を置いてくっから」
意外と簡単に話が済んでハヤトは喜ぶ。あとはメイド長をなんとかすればすべて上手くいく。
ハヤトはそう考え、気合を入れて接待しようと心に誓った。
懇親会は思いのほか和やかに進んでいる。
基本的に全員が自分の好きなことしか語らないが、話をしたいだけで噛み合わなくてもいいようだった。
メイド長だけは相手の話をちゃんと聞いているようで、色々と反応している。その反応が嬉しいのか、相手も饒舌になっているようだった。
そしてノアトが登場した。いつものだらしない恰好ではなく、ちゃんとしたドレスを着て髪もセット済みだ。
ハヤトがノアトに歌を頼んだことを説明すると、皆が拍手をした。そして場が静かになる。
「この歌をイヴァンに捧げる」
「なんで俺?」
ハヤトは不思議に思ったのだが、その歌詞を聞いてまずいと思った。
ノアトが歌っているのは失恋の歌なのだ。正確には失恋しても大丈夫だよという歌。いわゆるポジティブシンキング的な歌詞なのだ。
なぜイヴァンにこれを捧げるのかと思ったが、イヴァンはルナリアに振られている。そのための歌なのだろう。だが、タイミングが悪い。この場にはメイド長がいるのだ。
ハヤトはメイド長の方を見れないまま、歌が終わった。
「イヴァン、振られたって太陽は東から昇るから大丈夫。大したことない」
ノアトはそう言って、左目をつぶり、右手の親指を立てた。
「それ慰めてねぇだろ。大体、ルナリアのことはもう吹っ切ってるよ――というか、メイド長からすげぇプレッシャーを感じるんだけど、俺、何かしたか?」
「イヴァン様はルナリア様に振られたのでしょうか?」
「おいおい、アンタもか。まあ、大きな声では言いたくないが、その通りだよ。この拠点の外でルナリアに告白して秒で振られた。ま、何となくそうは思ってたが、言わなきゃなと思ってたからなぁ」
「……そうですか。心中お察しします」
「お、おう? ありがとう?」
メイド長は思いのほか冷静だ。似たような境遇の人がいたので少しは気持ちの整理がついたのかもとハヤトは考える。
突然、メイド長の隣に座っていたギルが大きな声で笑い出した。
「メイド長殿も過去に何かあったようだな! だが、貴方はお若い。人生はまだまだこれからだ。何かしらへこんでいるようだが、先ほどの歌のように前向きになる方がいいと思うぞ。暗い顔をしていては、美人が台無しだからな!」
「若い……美人……ありがとうございます。そうですね、人生はこれからです」
「うむ。さて、料理も歌もまだあるのだろう? 皆で楽しもうじゃないか!」
ギルがそう言うと、また色々と歓談が始まった。そしてハヤトはノアトに歌はもっと明るめなものを頼む。
「そういえば、ギルさんは兜をとらないんですか? 全然食べていないじゃないですか」
肩にヘラクレスを乗せたマリスがギルにそんなことを言った。
「食事はあとで頂くから問題はない。私には構わず楽しんでくれ」
「一緒に食べましょうよ。大体、ギルさんの顔を見たことがないんですよね。なんで食事中も被ったままなんですか?」
「実を言うと顔が怖いのだ。同僚の黒薔薇達には受けが悪くてな。若いお嬢さん達を怖がらせてはいけないと思って、着けたままにしているんだが」
ハヤトは見たことがあるが、確かに強面だろう。男のハヤトも知らない人物だったら少々近寄りがたいとは思えるほどだ。
ただ、ここにいる女性はマリス、エシャ、ローゼ、ノアト、そしてメイド長。なんとなくだが、怖がるようなことはないと思っている。
「大丈夫ですよ! そんなことを気にする人はここにはいませんって! ヘラクレスもそう言ってます!」
「そうだろうか……? いや、そうだな、懇親会で顔を見せないのも問題か。これから一緒に探索をする仲間だ。怖いというならまた兜を着けるので、一度は見てもらおうか」
ギルはそう言うと兜を脱いだ。ギルの厳つい顔が現れる。
全員の視線がそこに注がれた。
「そんな顔だったのか。だが、怖いという程ではないな」とダミアン。
「怖いですかね……? 優しそうな感じですよ?」とマリス。
「普通だろ?」とイヴァン。
「しぶい」とノアト
「全く問題ありません」とローゼ。
「ご主人様もこれくらいの凄みを身に着けるべきです」とエシャ。
それぞれがそんな感想を述べると、ギルは少しだけ照れ臭そうに右の人差し指で頬をかく。
「意外と肯定的な感想が多いので照れてしまうな! おっと、メイド長殿は大丈夫だろうか? 怖いと言うなら兜は着けたままにするが?」
「――はっ、い、いえ、大丈夫です……あの、お名前を聞かせてもらっても……?」
「いや、ギルだが? メイド長殿は面白いな!」
「キュン……なんて素敵なお名前……」
ハヤトはもう大丈夫かもしれないと思った。




