ダンジョンの情報とメイド長
翌日、ハヤトはエシャと一緒にメイドギルドへ向かっていた。
ネクロポリスの情報をメイド長に聞くためだ。朝、ローゼが情報の収集がある程度終わったことを伝えてくれたので、ログインしてきたエシャと一緒に出向くことにしたのだ。
これはメイド長への配慮もある。
レリックやソニアはしばらくログインしないだろうが、メイド長にそれは分からない。鉢合わせするかもしれない場所へ来てもらうのは不要な気を使わせることになると考えた結果だ。
「そこまで気を使わなくても大丈夫だと思いますけどね。メイド長のことですからもうけろっとしているんじゃないですか?」
「いや、どうだろう? 何日か前にワインを届けてもらったんだけど、それはもう大変な感じだったらしいよ?」
「今なら勝てますかね?」
「追い打ちはよくない」
「冗談ですよ。ところでマリス様達はネクロポリスへ向かったんですか?」
「そうだね。本格的な探索じゃなくて、練習みたいなものだって言ってたけど」
ダミアン、マリス、ギルの三人は朝からダンジョン「ネクロポリス」へ向かった。
勇者であるイヴァンが合流してから探索する予定だったのだが、三人が上手く連携できるか確認したいということと、低階層なら問題ないということで先行的に探索を開始している。
(本格的な探索はイヴァンが来てからで、まずは低階層で様子を見る、か。即席のパーティ編成だからなぁ。というか、あの三人、全くかみ合っていないんだけど、本当に大丈夫かな?)
昨夜、三人を拠点の食堂に集めて自己紹介をしてもらった後、夕食を兼ねて懇親会のようなものを開いた。もちろんハヤトもその場にいたのだが、正直なところ、三人の気が合っているとは思えない状態だったのだ。
「スケルトンはいいぞ。回避能力も高く、人に対しては潜在的な恐怖を与えられるからな。ゾンビはダメだ。匂いが酷い」
「そんなことよりもジークを見てくださいよ。この気品のある仕草。素敵ですよね?」
「スケルトンも猫も可愛いが筋肉が足らんな」
仲良くダンジョン攻略をするというわけではないのだが、何かあってもお互いに助けるようなことがなさそうに見える。
(俺もついて行った方がいいのかな……? でも役に立たないしな……)
情報はこれから聞くことになっているが、すでに判明していることもある。
ネクロポリスは各階層にポータルと呼ばれる転送装置があり、今まで行ったことがあるポータルに転送が可能だ。ポータルまで行けば、外へ出られるし、次の探索は今まで行ったことがあるポータルから開始できる。
つまり、何日も潜って攻略するようなダンジョンではない。日帰りで少しずつ奥へ行くことが可能なのだ。
探索の長期化を考慮して生産系スキルを持つメンバーを連れて行くようなダンジョンもあるが、ネクロポリスでは不要ということ。今回、ハヤトが付いていく理由はないと言ってもいい。
ハヤトからすると難易度的には低いダンジョンだと思うのだが、それでも踏破できないということは何かしら問題があるのだろうとメイドギルドの情報には期待している。
(ミストさん達の目的は最下層だ。助け出したとしてもダミアンさんと一緒に最下層を目指すはず。攻略用の情報も必要だよな。できれば最下層へ行くまでマリス達に協力してもらいたい。また行方不明なんてことになったら困るし)
「着きましたよ、ご主人様」
考え事をしている間にメイドギルドに着いたようだった。ハヤトは少しだけ緊張しながら中へと足を踏み入れた。
「ハヤト様、よく来てくださいました。それにエシャも」
「ローゼさんから教えてもらいまして、すぐに来ました。朝からすみません」
「お気になさらずに。ハヤト様にはエシャとローゼを雇ってもらっている上に新たな仕事まで頂けたのですから、いつでもいらしてください」
メイドギルドの執務室。
穏やかな感じのメイド長は椅子から立ち上がってハヤト達を丁寧に迎えた。そしてソファへ座る様に促す。
「さっそく調べた情報をお話しましょう」
思いのほか普通のメイド長に安心したハヤトは早速情報を聞くことにした。
メイド長の話をまとめるとこうだ。
ネクロポリスは魔国にあるダンジョン。
死者の都といわれているが、元は魔国にあった国のことを指す。正確には魔国になる前の国の首都だった場所。今の魔王城がある場所も昔はとある国だったが、そこと戦争をしていた国だった。
ネクロポリスとなる国は、その国との戦いに疲弊しており、最後の手段として強大な力を持った悪魔を召喚する。それに成功して、今の魔王城があった国を滅ぼした。
それを喜んだのも束の間、悪魔はその報酬としてすべての住民の命と国を差し出せといい、首都ごと国民を地の底に呑み込んだ。
それがネクロポリスというダンジョンになったということだった。
ここまではあくまでも設定の話。ダンジョンについての話が続く。
ダミアンからもたらされた情報とほとんど変わらないが、いくつか新しい情報もあった。
「ネクロポリスに出るモンスターは人型の死霊らしいのですが、そのときの国民が襲ってくるようですね。魂がその地に縛られているということなのでしょう」
「なるほど」
「ですが、奥へ行くと悪魔型のモンスターが多くなるそうです。かなりの強さのようで、それが原因で最下層に行けないようですね。そして最下層には国を滅ぼした悪魔がいるのではないかと言われているようです」
「公爵級の悪魔ってことですかね? それなら倒すのは大変かな」
悪魔と言えば悪魔召喚研究会に聞くのが一番なのだが、今のところその必要はないと感じている。それよりも聖属性の武具や悪魔系のモンスターに対する特効性能を持つ武器などが必要だと準備するアイテムをハヤトは頭の中で整理していた。
「ハヤト様の知り合いにいるかどうかは分かりませんが、エクソシストやデーモンスレイヤーと呼ばれる方がいると攻略が楽になるかもしれませんね」
「エクソシスト、ですか」
エクソシストもデーモンスレイヤーも悪魔を倒すことを生業とする職業だ。エクソシストは悪魔を魔法で倒すようなタイプ、デーモンスレイヤーは物理攻撃で悪魔を倒すようなタイプを指す。
このゲームに特定の職業というものは無いが、それっぽいスキル構成をすることでそれらをロールプレイするのはよく見られる行為だ。その傾向はプレイヤーよりもNPCの方が多いと言える。
ただ、あくまでもそれっぽいスキル構成にしているだけで、対悪魔用のスキルが多くあるわけではない。しいて言えば「悪魔知識」のスキルがあるくらいだ。
(いないな……教会とかにいるかもしれないけど、ディーテちゃんは教会の仕事なんてしていないだろうから、知り合いがいるとは思えない。やっぱり生産アイテムで何とかするしかないか。それにこっちには勇者であるイヴァンがいる。本物のエクスカリバーは聖属性だし楽な方だろう)
「ありがとうございます。大体のことが分かりましたのでそれを元に色々考えてみますね。お金は――」
「それはエシャやローゼのお金を払うときに一緒で構いません。引き続き情報を集めますので何かあればお伝えします」
「分かりました。それではこの辺で――」
「お待ちください。今、お茶でも入れますので少しお話でもしましょう」
メイド長の顔は笑顔だ。だが、かなりの威圧を放っている。これで断れる人がいるなら知りたい。ハヤトはそう思ったが、隣にいるエシャは慣れているのか普通だ。
綺麗な所作で紅茶を入れるメイド長。食器同士が当たる小さな音と紅茶が注がれる音だけが部屋に響く。
紅茶がハヤトとエシャの前に置かれた。そして最後にメイド長の前にも置かれる。
「お気を楽に。単なる世間話ですので。どうぞ、温かいうちに」
「は、はぁ。では、頂きます……」
ハヤトは紅茶が注がれたカップを口元に寄せる。
「レリック様とソニア様はいかがお過ごしでしょうか?」
「ぐほっ」
ハヤトは仮想現実なのにむせた。世間話というか本命の話だ。もう少し揺さぶってからの話かと思ったらそんなことはなかった。
「え、ええと、元気にしていますよ」
「そうですか。聞けばソニア様は呪いか何かであのような姿になっているようで、本来は六十を超えているとか。お若いころからレリック様を支えていたのですね」
「そうですね……ええと、なんて言ったらいいか……」
「お気になさらずに。素敵な関係だと思います……ハヤト様、少々、はしたない話をしてもよろしいでしょうか?」
「はしたないなんて思いませんよ」
「ありがとうございます。実は――」
メイド長は少し言葉を溜める。ハヤトとしてはそれが長い時間に思えたが、時間にして数秒だろう。
「――暴れたいのです」
「……はい?」
「目につくものをすべて破壊したい衝動に駆られているのです。甘い食べ物もお酒もそろそろ効果がなくなってきました。はしたないメイドとお笑いください」
(笑えない……)
ハヤトはエシャに助けを求めようと右に座っているエシャを見る。
そのエシャはズズズズと音をたてて、紅茶を飲みほした。
「もしかしてネクロポリスに行きたいって話ですか?」
「そういうことを察することができるとは、エシャもメイドとして成長しているようですね。まさにその通りです。ハヤト様、いかがでしょう? こう見えて意外と強いのですが」
別に意外でもなんでもない。そもそもメイド長は接近戦のエキスパートでエシャですら黙らせる強さを誇る。また、格闘技で戦うため、ダンジョン内でも動きが阻害されることはない。
メイド長ならかなり活躍できるだろうとハヤトは思った。
色々と問題はありそうだが、頼れる戦力になるのは間違いない。それに、ここで断れるほどの胆力をハヤトは持っていなかった。なら言えることは一つだけだ。
「よ、よろしくお願いします……」
「はい。では、ネクロポリスで暴れさせていただきます。悪魔系のモンスターは頑丈と聞きますので私も気が晴れるまで殴れるでしょう」
メイド長は優雅に頭を下げる。
ハヤトはネクロポリスの悪魔達に少しだけ同情したのだった。




