閑話:未来の大女優
「エシャさん、明日、買い物に行きましょう」
「買い出しが必要な食材がありましたっけ?」
「違いますよ。お仕事じゃなくてプライベートで買い物に行きましょうって話です。ちょっと歩きますけど、ショッピングモールがありますから、そこで服を買いましょうよ」
「服ですか。それよりも美味しい物を食べに行きませんか。実は制限時間付きのスイーツ食べ放題が開催されていて――」
「それは後で行きましょう。でも、エシャさん、これはたとえ家族でも言ってはいけないことだと思うんですけど、最近エシャさんのお腹まわりが――」
「それ以上言ったら戦争ですよ?」
「……その、カロリー計算とかしたほうがいいのでは?」
「スパコン持っててもしませんね」
「なら散歩がてらにちょっと遠出して服でも見に行きましょうよ」
「確かに最近運動不足ではありますね。分かりました。明日は歩いてショッピングモールへ行きますか。服を買うかどうかは分かりませんけど」
「決まりですね」
喫茶店「クラウン」。そこでエシャとレンは休憩中にそんな話をしていた。
レンは心の中でガッツポーズをする。
エシャに素敵な服を着せて、ハヤトにアピールしてもらおうと考えているからだ。
レンはエシャにハヤトに関しての宣戦布告のようなことをしている。とはいえ、それはエシャへ発破をかけたようなもので、レンは二人をくっつけたいと考えていた。
三年経っても何も起きないようなら二人に縁はないと諦める。その時は自分がハヤトとお付き合いしてもいいかな、と思っている程度にはハヤトを好いているのだが、誰にも推しのカップルという考えはある――いや、推しなんて生ぬるい物ではない。
運命、因果律、予定調和――つまり神の采配。
レンにとってそれはハヤトとエシャ。
仮想現実であり、記憶を取り戻す前の話ではあるが、ハヤトとエシャは拠点の二階にある部屋で手を握っていた。
エシャが苦しんでいるようだから見て欲しいとハヤトに言われ、すぐに拠点へ向かった。そしてレンはノックもせずに部屋に飛び込む。
その時に見たシーンがそれだ。
手を握っているというよりも、エシャがハヤトに「行かないで」と言っているような感じで手を握っていた。普段そんな弱気なところを見せないエシャが弱々しく手を握っている。
実際がどうだったかは知らない。ただ、レンは、キタコレ、と思った。エシャが言っていた「尊い」。これを完全に理解した。
当時は気づかなかったが、今なら分かる。あれは記憶が戻ったときの痛みだったのだ。しかも詳細をよく聞くと、エシャはハヤトにお姫様抱っこをされて運ばれたらしい。
レンは映画の参考にするから再現してくれと何度か言っているほどだ。再現されたことはないが。
それはそれとして、あれから結構経っているにもかかわらず、二人はつかず離れずの関係だ。ならば、自分があらゆる策略を使って二人をくっつける。
休憩後、レンはエシャに似合ってハヤトがきゅんとする服装をずっと考えるのだった。
翌日、レンとエシャはそこそこな時間を掛けてショッピングモールへやって来た。コロニー「ファクトリー」の中では一番と言われるほどの大きさを誇る。
「ゾンビが現れたらここに逃げ込むといいと映画では言ってましたね。食料庫は押さえたいところです」
「うちの母はそれでやられましたけど。本当に怖いのは……人間なんです」
「深いですね」
そんな映画あるあるな話をしながらエシャとレンはショッピングモールの中を歩く。
本来なら地球で買うのがベストなのだが、さすがにお金がかかりすぎる。それにいい物というよりは種類を重視した。
そもそもハヤトの好みが良く分からない。なので、数で勝負しようというのがレンの作戦だ。スナイパーライフルの一撃必殺ではなく、マシンガンの数撃ちゃ当たるというコンセプト。
「素敵なTシャツがあるといいですね」
「ラフな部屋着じゃなくて、お出かけ用とかそういうのを買いましょうよ。大体、エシャさん、普段ぐうたら過ぎませんか? ハヤトさんだってあの部屋へ来るのでは?」
「来ませんよ。二階は私の聖域ですから」
「ハヤトさんの部屋なのになぁ」
レンは一時期、喫茶店に住んでいたことがある。マンションの手続きが終わるまで住むところがなく、レンはエシャと一緒にハヤトの部屋に住んでいたのだ。
その時のエシャは、ぶかぶかなTシャツに下着だけという恰好だった。女同士ならそれでもいいし、それが最高という男性もいるだろうが、下手をすると百年の恋も覚めるような状況になる。
大体、二人は付き合っていないのに同棲している。そんな状況でハヤトは何をしているんだとレンは思っているが、それならそれでもうちょっと甘酸っぱい雰囲気を醸し出してほしい。
レンから見て、二人はすでに熟練夫婦のような状況なのだ。
喫茶店での仕事も、二人はお互いが流れるように連携する。何も聞かなくても相手のことが分かっているように動くのだ。
それはそれで素晴らしいことなのだが、レンとしては物足りない。お皿を渡したときにお互いの手が当たって恥ずかしがるみたいなことがあってしかるべきではないだろうか。いや、あるべき。
レンは気合を入れた。
ハヤトにエシャを意識させるためのコーディネイトを自分が頑張るのだ。
そう決意して最初の店に足を踏み入れた。
「いっぱいTシャツが買えましたね」
「……そうですね」
喫茶店への帰り道、エシャはホクホク顔だが、レンはどんよりとした顔で歩いていた。
制限時間がある買い物だったので難易度は高かっただろう。そのせいなのか、何の成果も得られなかった。買ったのはエシャが気に入ったTシャツだけだ。
試着はさせた。エシャもそれなりに要望に応えてくれた。だが、良い物はお値段が高い。予算と相談した結果、残ったのはTシャツだけだった。
今度、二人で休みを取ってリベンジしなくてはならない。レンはそう心に決めた。
「今日は楽しかったですよ、レンさん」
「え?」
「誰かと一緒に買い物なんて昔は微塵も考えられませんからね。いい時代になったものです」
レンは気づく。
エシャやレンは資源枯渇の時代に生まれている。当時は服もほとんど種類がない上に値段が高い。
レンは父親のヴェルが有名な俳優ということもあって、お金に困ったことはなかったが、エシャがどうだったかは聞いたことはない。成人する前からプログラマーの仕事をしていたと聞いただけだ。
あの頃はほとんどが通信販売で、店で買い物なんてよほどの金持ちだけだっただろう。
仮想現実で買い物をするという行為はあっただろうが、あくまでも仮想現実。現実の世界で友達と買い物なんて初めてだったのかもしれない。
レンも同じだ。現実でアッシュと買い物に行ったことはあったが、友達と一緒に買い物なんてよく考えなくても初めてだった。そもそも友達と言える相手がいなかった。
レンは、もっと楽しめばよかったとさらに落ち込んだ。でも、これからいくらでもチャンスはあると前向きに考える。
「今度は皆で買い物に来ましょう。その方が楽しそうなんで」
「そうですね。ハヤトがゲームをやらない日もあるでしょうから、その時はアッシュさんも誘って皆で買い物に来ましょう。こういう時は男性に荷物持ちをさせるのが普通なんですよ。あ、ゲームで賞金が出たら、ハヤトにお金を出させて服を買うのもいいですね」
「え? それはさすがに怒られませんか?」
「大丈夫ですよ、ハヤトの場合、ゲームで受け取った賞金はぱーっと使う派らしいので。この前、焼肉をおごってもらいました。なんと特上カルビですよ、特上カルビ。夢のような夕食でした」
「色気ないなぁ。でも、それなら私にもおごって欲しかった……!」
「映画がヒットすれば、それなりにお金が入りますよ。大女優になったらおごってくださいね」
「分かりました。そのときはあのショッピングモールの服を全部プレゼントします」
「大きく出ましたね。まあ、楽しみにしてますよ。そうだ、映画のクレジット――スタッフロールっていうんでしたっけ? あれに喫茶店の名前を出してくれませんか。あそこで打ち合わせしてたので、場所提供協力とかでなんとかなりません?」
「スタッフロールどころか、喫茶店そのものが映画に出ますよ?」
「え?」
「あれ? 聞いていませんか? 撮っている映画って不味いコーヒーを出す喫茶店のマスターが主人公の恋愛ものです。ヒロインは訳ありの女性スナイパーで最終的にはウェイトレスで働く感じなんです。私がごり押ししました」
エシャの目が細くなる。代わりにレンは満面の笑みだ。
「私にはいくらお金が入りますか?」
「入りませんよ。これを元手にさらに映画を作るんですから。今回は恋人に別れを切り出す喫茶店の客Aでしたけど、次はもっといい役をゲットしますよ!」
「その客の設定いります? それはいいとして、勝手にヒロインの設定を使われたのなら、大女優になったときの約束はショッピングモールの服だけじゃ足りませんね。地球の服も買ってください」
「分かりました。セントラルにあるブティックの服を全部買い占めましょう。それに特上カルビだけじゃなくて、なんとか牛のステーキもおごりますよ。なんてったって未来の大女優ですからね!」
そんな未来が来るかどうかは分からないが可能性は0じゃない。荒唐無稽な夢だとしても可能性はあるのだ。
二人はそんなあり得るかもしれない未来を語りながら帰路につくのだった。




