閑話:怠惰の歌姫
ローゼは拠点二階の廊下で聖魔十刀の一人と対峙している。
聖魔十刀。前々回のクラン戦争でベスト4に残るほどの強さを誇るクラン。打ち負かしたのはイヴァンのいたクランであり、トーナメントの組み合わせ次第では準優勝でもおかしくはない実力だった。
ローゼはその相手から強そうと言われて少し嬉しくなる。
だが、聖魔十刀はハヤトを狙っている。ここで自分、もしくはノアトがさらわれるようなことがあれば盗賊団のときと同じ展開になる。それだけは避けたいと考えていた。
「ハヤト様はいらっしゃいません。お引き取り願います」
「ほう? だが、その部屋からは誰かの気配がするが?」
聖魔十刀の女性は暗黒騎士がいる部屋を刀で指しながらそう言った。
完全な勘違いであるが、ローゼとしては困った。ハヤトではないと言ったところで納得してくれないと思ったからだ。
中にいる人物を見せるのは構わない。
だが、暗黒騎士は黒い鎧を装備しており顔が見えない。どんな理由で鎧を脱がないのかは分からないが、顔をみせることに応じてくれるかどうか分からないし、これを理由に開放を要求してくる可能性もある。
とはいえ黙っていても状況は進展しない。無駄かもしれないが事情を説明することにした。
「その部屋にいるのはハヤト様ではありません。詳細は伏せますが別の方です」
「なんじゃ、そうか」
ローゼは拍子抜けした。まさか信じるとは思わなかったのだ。聖魔十刀といえば、目的のためなら手段を選ばないような集団と聞いている。話が通じるとは思ってもいなかったのだ。
「だが、それはそれじゃな。お主、強いんじゃろう?」
目の前の女サムライが口元に笑みを浮かべながらそんなことを言い出した。
「最初は抑えようと思ったんじゃぞ? だが、無理じゃな。これほどの強者を見て何もせずに帰るなどサムライの名折れよ」
ローゼとしてはその思考に共感できる部分もあるが、巻き込まれる側になった場合はたまったものではない。
次の瞬間、ローゼに刀が届く範囲に女サムライが移動していた。速く移動したというよりは、ローゼの虚を突いた移動と言える。
素早く上段から振り下ろされる刀をローゼはホウキの柄で受けた。素材はそれぞれ竹と金属ではあるが、短く甲高い音が廊下に響く。
「やりおるわ!」
女サムライはさらに攻撃をする。縦、横、斜めの斬撃。その攻撃をローゼは全て受けた。
(……遊ばれている。少しずつ攻撃を速くして私がどこまで受けられるか試しているんだ。このままじゃ……!)
全く本気を出していない感じで女サムライは攻撃してくる。だが、ローゼは全力で攻撃を受けていた。これ以上攻撃速度が上がればさばききれないほどになってきている。
「ノアト様、道を作ります! お逃げください!」
ローゼは背後にいるノアトにそう伝えた。さすがに普段外に出ないとはいっても今は緊急事態。ちゃんと行動してくれるだろうと思ってそう叫んだのだ。
ローゼもノアトも倒されたところでこの拠点で復活するだけ。むしろ倒されたほうが逃げるには早いのだが、復活直後にロープなどで捕縛されてしまうと東の国へ連れ去られる可能性がある。
せめてノアトだけでも逃がそうと考えて、ホウキを横にして体当たりのような攻撃をした。それで女サムライを壁際へ押さえ込み、その間に通路の端を通って逃げてもらうためだ。
だが、ローゼが体当たりをして女サムライを押さえ込んでもノアトは逃げるそぶりを見せなかった。
しかもなぜか暗黒騎士のいる部屋を開けている。
「筋肉ちゃん、あとでルナリアちゃんに頑張ってくれたって伝えるからちょっと助けて」
ノアトが部屋の中に向かってそう言うと、部屋の中から暗黒騎士がのそりと出てきた。剣と盾も装備して戦闘準備は万端のようだ。
それを見て女サムライはローゼを突き飛ばし、ニヤリと笑う。
「なんとまあ、部屋にいたのは魔王軍の暗黒十騎士か。それによく見たらそっちはイヴァンのクランにいたノアトじゃな。ハヤトに会いに来てこんな奴らがおるとは儂も運がいいの……お付き合い願おうか?」
「どんな状況なのかは分からんが、強いのなら相手になろう。女だからと言って手加減されると思うなよ」
「魔王軍が女を相手に手加減するとは思っておらん。だが、それでこそよ!」
女サムライは突き飛ばしたローゼを無視して暗黒騎士に斬りかかる。それはローゼへの攻撃とは比較にならないほどの速さだった。
暗黒騎士は全く動じることもなく、その攻撃を剣や盾で受け続けている。武具の耐久力は減るだろうが、ダメージはない。
状況は良くなったと言えるだろう。いつの間にか女サムライのターゲットがローゼから暗黒騎士の方へ向いている。
ローゼはすぐにノアトの近くへ移動して盾になる様に庇う。
「ノアト様、今のうちに外へ行きましょう。お互いが集中しているようですので、逃げてもバレないでしょうから」
「別に逃げなくても大丈夫。このまま勝とう。私が家を出るときはお金が無くなったときだけ」
「え? いや、しかし――」
ノアトは「ふんふんふーん」と鼻歌を歌いだした。すると歌スキルの効果が発動する。
「む?」「なんじゃと?」
暗黒騎士と女サムライが同時に驚く。
ノアトの使用した歌は相手のあらゆる能力を下げる効果を持つ「ウィークネス」。時間はかかるが歌い続けると最終的には半分くらいまで能力が落ちるという効果を持つ。
「あの時の歌か! じゃが、今度はそうはいかんぞ!」
女サムライがノアトに向かう。
「お前の相手はこっちだ」
暗黒騎士は盾で体当たりをする攻撃「シールドバッシュ」を使う。
本来であればこれでノックバックさせて怯ませることができるのだが、女サムライは吹き飛んで壁に激突しつつも、それをものともせずにノアトの方へ向かった。
「邪魔じゃ!」
ノアトを守ろうとしたローゼは女サムライの攻撃で、ガードはしたが吹き飛ばされた。
「ノアト様!」
ローゼがそう叫ぶが、刀がノアトに迫る。
「終いじゃ!」
誰もがノアトが斬られた。その場にいた全員――ノアト以外はそう思ったのだが、そうはならなかった。
ノアトは両手で刀を挟み込むようにして攻撃を止めていたのだ。
「レリック直伝白刃取り。この歌を歌えば無理してでも私を狙うと思ってた」
ノアトは鼻歌を再開させて歌の効果を切り替える。状態異常の効果時間を延長する「ヘルファイア」に変え、その後にローキックを放つ。
「ぐっ!」
白刃取りをされて体勢を崩していた女サムライは躱し切れずにそれを受けた。
ノアトのSTRが低いのでダメージはない。だが、スタン状態になった。さらに歌の効果で状態異常の効果時間が伸びているので二十秒は動けない。
ノアトはさらに歌を切り替える。呪詛魔法の効果を上げる「ウィッチ・ゲーム」を使った。そして呪詛魔法を放つ。
女サムライのHPが徐々に減り始めた。
本来スタンはダメージを受けると解除されるのだが、徐々にダメージを与えるスリップダメージには効果がない。つまり女サムライは動けない状態で呪詛魔法によりHPを削られているのだ。
「これは……まいったのう。スタンが解除される前に倒されるか」
本来ならこのコンボで戦闘職を倒すことはできない。だが、女サムライは先ほど暗黒騎士のシールドバッシュでダメージを受けていた。そのダメージでギリギリスタンが解除される前にHPが0になる。
ノアトは左手を右の腰にあて、右の手のひらで左目を隠すようなポーズになった。本人曰く、恰好いいポーズだ。
「私は怠惰な生活のためなら本気を出す女。ハヤトさんならそのうち帰ってくるから日を改めて」
「さすがは勇者のクランにいた奴じゃな。あの時もお主の歌に負けたが今回もか……だが、次はそうはいかんぞ。さて、ハヤトがいないなら意味はあるまい。またそのうちに来ると伝えてくれ。なに、悪い癖が出てしまったが本当に話をするだけじゃから安心せよ。では、さらばじゃ。また会えるのを楽しみにしておるぞ」
女サムライはHPが0になり、その場に倒れる。直後に体が消えた。登録してある拠点で復活したのだろう。
それを確認したノアトは恰好いいポーズを解除する。
「はい、解散。私は二度寝するからうるさくしないでね。何人たりとも私の眠りを妨げてはならん……!」
「いい運動になった。ルナリア様が戻るまで毎日誰かこの拠点を襲ってくれないだろうか……」
「うるさくなるからその時は外で戦って」
「天気がいいならその方がいいだろうな。部屋の中だけというのはどうも苦手だ」
「何を言っているのか分からない。家の中が最高なのに――あ、ローゼちゃん、ベッドメイクありがとう。これで最高の睡眠が約束されたも同然」
二人は自分達の部屋に戻っていった。
一部始終をずっと見ていたローゼはショックを受けていた。
自分は強い方だと思っていたが、あの女サムライには手も足も出なかった。だが、暗黒騎士はほぼ互角で、ノアトはとどめを刺した。
ノアトは単なる支援職だと思っていたが、戦えることも判明し、ローゼは自分の浅はかさを呪う。
(イヴァン様のクラン……か。十人構成のクランで寄生なんてできないよね。それこそクラン戦争で優勝なんて。はぁ、もっとがんばろ)
ローゼは持っているホウキをぎゅっと握りこんでから、まずはここの掃除をしようと準備を始めるのだった。




