探索再開と状況確認
ネイはすぐさまメンバーを招集した。
ネイのテンションは高く、黒龍のメンバーやNPC達は少々呆れていたが、あまりにも楽しそうに振舞うネイに触発されたのか、似たようなテンションでそれぞれの建物を同時に攻略することになった。
黒龍のメンバーには色々な事情を話してある。ネイが財団の人間である説明もしたし、このゲームの秘密も共有した。なんとなく察していたのか、ネイのことやゲームの秘密について、「ああ、そうなんだ」という程度で特に追及はしてこなかった。
そして「これからもよろしく」ということで話は終わっている。
そもそも黒龍のメンバーも働いている様子がないし、お金に困っている様子もない。財団ほどではないが、それなりに自由に生きられる階級の人間なのだとハヤトは思っている。賞金も必要ないようだったので、金銭的な欲はないのだろう。
ただ、NPC達が人間である事実は少々問題を引き起こしていた。それは黒龍のメンバーではなく、主にネイが引き起こしている。NPC、特にロザリエに対して、いつも以上に馴れ馴れしくなったのだ。
「体調が悪いとかでしばらく見ていませんでしたけど、元気になったらずいぶんとベタベタしてきますわね。女同士でもちょっとは遠慮してくださいな」
「まあ、いいじゃないか。これからも仲良くしよう!」
「今まで仲良くしていたつもりはありませんが、たまになら一緒にパーティを組んであげてもいいですわよ――服は引っ張るなと言ってるだろうが」
ロザリエがAIではなく人間だったことがネイには嬉しかったのだろう。
AIだったとしても態度は変わらないだろうが、NPCは仮想現実の世界にしかいない存在だと思っていたのだ。どんなに仲良くなろうとも、いつかゲームのサービスが終了すればNPC達はいなくなる。
その憂いがなくなった反動なのか、ネイはいつも以上にロザリエに構っているようだった。
(俺もエシャ達はいつかいなくなると思っていたときがあったからな。ネイの気持ちはよく分かる)
ネイとロザリエのそんなやり取りがあってから、キャンプ地にいたメンバーはそれぞれ探索に向かった。キャンプ地に残ったのは、ハヤト、エシャ、ディーテの三人だけだ。
なお、バンディットのクランは飛行船を直すとすぐに地上へ帰った。
エシャがチラチラとベルゼーブを見せていたのだ。ジョルトは苦笑いをしながらも、逃げるように退散した。
なので、キャンプ地にいるのは三人だけ。その三人は会議室で椅子に座りコーヒーを飲みながら話をしていた。
「ネイ君のおかげで色々なことが片付いたよ。新しくゲームを始める人も増えたし、売り上げの一部を渡すくらいなんの問題もない。それに宇宙船のメンテナンスも大っぴらにできるようになった。今までは必要な物を宇宙船へ運ぶにも色々と隠しながらやっていたからね」
「それは良かった。なら、ストレスも解消できた?」
「ある程度はすっきりしたかな。とはいえ、スコーピオンなんて潰してしまえと思っていたからね、少々物足りないところはあるよ」
「問題発言しないで。俺の心臓に悪い」
この仮想現実を管理しているディーテがそう言ったとしてもどこにもバレるわけはないのだが、普段から財団には逆らってはいけないと体に染みついているハヤトとしては寿命が縮む思いだ。
「ああ、すまないね。しかし、現実の世界は面倒だな。いや、世界の仕組みが面倒なのか。本人の能力ではなく、血筋が絶対的な価値を決めるというのは不思議な価値観だ。今の財団は100年の間に相当上手くやったんだろうね」
100年前に片鱗はあったとはいえ、財団という組織は存在しなかった。逆に言えば、たった100年でこのシステムを構築したともいえる。地球の人口は減り、国と言えるものもほとんどが海に沈んだが、そんな状況でも新しい仕組みを作り、定着させるのは難しいだろう。
いまある十二の財団はそれをやってのけたのだ。
「ディーテちゃんから見ると滑稽に思えるかな? 特定の分野で優秀な人達をNPCにしているから余計にそう思うのかもしれないね。でも、優秀じゃなければなくなってもいいという価値観でも困るでしょ? その価値観でいったらウチの喫茶店からコーヒーが消えるし……」
「そういう自虐的なことを言われると困るよ。でも、確かにそうだね。ネイ君の財団が重んじていることらしいが、調和が大事ということなのだろう。色々と勉強になるね」
何を勉強しているのかは分からないが、ディーテも人間から色々学んでいるのだろうとハヤトは思う。
それはそれとして、ハヤトが聞きたいことはレリックとソニアのことだ。
二人は今日、探索に出かけている。いつも通り普通の状態ではあったが、記憶が戻っている状態だ。ハヤトは聞いていないが、今後どうするつもりなのかを知っておきたい。
直接聞くことが本来の筋なのだろうが、レリック達は昨日、ログアウトしていた。それは「プリズン」へハッキングするためだ。正確には元々仕込んでいたものを作動させるため。
その後、普通にログインしていたのだが、レリック達はハヤトに詳細や今後のことは何も言わなかった。「終わりました」と言っただけだ。
ハヤトとしては少々気になる。
「ディーテちゃん、レリックさん達はログアウトした後、どうだったのかな?」
「二人とも最初は体を動かすのも大変だったようだ。ソニア君は、見た目はああでも、レリック君と同じく高齢だし、仮想現実とは違って意思だけでは体は動かない。難儀しただろうね」
「私でもログアウトした直後は動くのが大変でしたから、レリックならさらにひどかったと思いますよ」
エシャがそう発言した。
エシャもコールドスリープで眠っていた100年前の人間。特殊な技術で筋力の衰えなどはなかったが、100年ぶりに動かす身体は言うことを聞いてくれなかっただろう。
「エシャもそうだったんだ?」
「ええ。本物のチョコパフェを食べたいので頑張りましたが」
(そこは俺に会いたかったからとか言って欲し――言うわけないか。よく考えたら言われても困る)
ハヤトは仮想現実ではあるが、咳をしてごまかす。
「ええと、レリックさん達のハッキングは上手くいったから、身体の方はなんとかなったんだよね?」
「それはそうさ。ただ、ハッキングをして問題がなくなったことを確認してから、またポッドに入ってすぐにログインしたようだね」
「これからどうするのかを何か言ってた?」
「そのあたりはまだ決めかねているようだよ。少なくともこの島の探索が終わるまでには決めるとのことだったが。ああ、体内に埋め込まれた機械はちゃんと取り出すように手配してあるよ。少なくとももう一度はログアウトするだろうね」
「決めかねている……このまま仮想現実のNPCとして生きるという考えもあるってこと?」
「聞いてはいないだろうがそうだろうね。二人は高齢だ。いまさら現実で生きる理由もないだろう。さっきも言った通り、現実では身体を上手く動かせないが、仮想現実なら問題なく動く。生きるというだけであれば、仮想現実の方が現実よりも快適だ。ただ――」
「ただ?」
「レリック君もソニア君も別に人生に絶望して仮想現実で生きたいと思ったわけじゃない。どちらかと言えばプリズンからの脱走に近いだろう。特に仮想現実で生きる理由もないのだよ」
エシャやアッシュ達は現実でやりたいことができたから仮想現実からログアウトしたと言ってもいい。現実ですることがなければ、仮想現実のNPCとして生きるということもできたのだ。
レリックやソニアに現実でやりたいことがあるのかとハヤトは想像するが、思いつかなかった。
「二人がどう判断するのか分からないね……ちなみにバンは?」
「そっちは簡単だ。すぐにでも現実に戻りたいとのことだから、体内に埋め込まれた機械を取り出した後にお金を少し渡して放り出すよ」
「それでいいの?」
「問題ないさ。それに一部の記憶も消す。言っておくけど、これは彼が望んでいることだよ。私が怖いのだろうね、変なことを覚えていたら何をされるのか分からないから」
「顔が怖くなってるよ」
ディーテの顔は誰がどう見ても悪だくみをしている顔。むしろ何かしてやるという悪い顔だ。
ハヤトに見つめられてちょっと気まずくなったのか、ディーテは顔を普通の状態に戻す。
「おっと、失礼。それに実を言うと当時のプリズンから送られてきたメンバーはバン君以外にもいる。同じように対処しないといけないので、そのあたりはバン君に全部任せることにした。元々犯罪者ではあるが、まっとうに生きられるチャンスは与える。それ以降のことは自分達次第だ。もちろん、どこかの組織に協力してまたこの仮想現実に手を出そうものなら容赦しないがね」
「そっか。まあ、それならいいのかな。レリックさん達ほどではなくてもハッキングができるほどの知識があるなら、仕事には困らないだろうし」
「いや、ハッキングは止めたいようなことを言ってたね。もうコンピュータに触りたくないそうだ。額に汗して働きたいと言っていたので、農業や畜産関係の仕事が多いコロニー『ファーム』に送るつもりだよ」
「……ディーテちゃん、バンに何かした?」
「心外だね。まあ、否定はしないが」
「お願いだから否定して」
「まあ、いいじゃないか。とりあえず、色々なことは丸く収まった。あとはこの島で楽しもう。ネイ君達はかなりのテンションだったから明日には湖の建物に行けるんじゃないかな。そのときは私も一緒に行くつもりだよ」
ネイ達のテンションも高かったが、ディーテも負けず劣らずのテンションだと言えるだろう。
AIだとしても不満やストレスがあってそれが解消されればテンションが上がるんだなと、楽しそうにするディーテを見てハヤトはそう思うのだった。




