心を奪うもの
執事のレリック、アッシュの妹であるレン、この二人に出会ってから一週間が経った。
そしてハヤトはその間、ずっと頭を悩ませている。
それはレリックに手伝って貰う条件の「心を奪う装飾品」をどれにするか迷っているからだ。
通常のゲームであれば、それっぽいアイテムを多く用意して、一つ一つ渡せばいい。渡して駄目なら別のアイテムを渡す、つまり正解が出るまで何度でも試せばいいのだ。
だが、今回の場合は相手が高性能なAIだ。間違ったアイテムを渡した時点でそもそもの約束がご破算になる可能性が高い。そしてハヤトの職人的なプライドが何回も渡すという行為を良しとしない。
ハヤトが考えているのは当然一撃必殺。一回の提供で相手の望む物を用意する。
次のクラン戦争を控えているので、本来であればそんなことをしている場合ではないのだが、前回のクラン戦争で余ったアイテムなどがあり、少しだけ余裕はある。
そのため、ハヤトはこの一週間、渡すアイテムを吟味していたのだ。
(単純に高価な物と言うことではないだろう。性能がいいとか、特別な効果があるとか、そういうのではない。そもそもレリックさんは美しい物が好きだと言っていた。たとえ何の効果がなくても美しいならいいはず。でも、その美しさの基準がな……一応、細工スキルを上げるときに一通りのアイテムは作ったことがある。あの中から思い出して作るしかない。しかし、生産系スキルのスキル上げは地獄だった。正直、思い出したくないな)
ハヤトの言う地獄。それはスキルを100にするのが過酷だということだ。
基本的にスキルは何度も使うことで値が上がる。剣術スキルを上げたければ剣で戦う、魔法スキルを上げたければ魔法を使う、使うことでスキル上昇の判定が行われ、判定に成功すればスキルが上がる仕組みだ。
ただ、どのスキルも90以降はその判定が厳しくなる。上昇する確率は0.1%以下と言われ、千回スキルを使用して上がるか上がらないか程度だ。またそれ以外でもスキル上昇には難易度という判定があり、スキルの値に見合った難易度での挑戦が必要になる。
戦闘系のスキルはまだ楽なほうと言えるだろう。確率は低いが戦闘を繰り返せばスキルは自然と上がる。0.1%以下の確率だとしても、モンスターと戦っているだけでいいのだ。もちろん、弱いモンスターと戦っているだけでは難易度のチェックに引っかかり、まったく上がらなくなるが。
そして生産系のスキルは何かを作り出すことでスキルが上がる。モンスターと戦う必要はないが、材料を集めて何度も作らないといけない。材料の少ない物を何度も作るならそれほど手間ではない。だが、材料の少ない物は難易度が低く、一定の値までしかスキルが上がらないのだ。そのため、スキルの値に合わせたアイテムを作り出さなくてはいけない。
スキル90以降はそれが厳しくなる。スキルに見合ったアイテムは材料が多く、さらに手に入りにくいのだ。材料が多い、もしくはレアな材料を集める時点でお金がかかり、そもそもの上昇率が低い。生産系のスキルを100まで上げるには相当な手間とお金がかかるといえるだろう。
ハヤトの場合は、クランメンバーが材料を集めてきてくれたのでそれほどお金がかかっていないが、それでも相当苦労した。
(材料の値段は高いし、作った物が材料の値段以上で買ってもらえるわけじゃない。それに作成に失敗したら材料そのものが失われる。赤字なんてもんじゃない。ソロじゃ絶対に無理だよな)
ハヤトが生産系スキルを手放さないのもこれが少なからず影響している。全スキルの合計は1000が上限。その中でやりくりしなくてはいけない。苦しい思いをしてあげた生産系のスキルを戦闘スキルに変更することはできないのだ。
(まあ、辛かったのは過去のことだ。今はそのおかげでモンスターと戦わずともお金が稼げるし、強いNPCを仲間にできる。レリックさんの課題もしっかりクリアして次のクラン戦争で活躍してもらおう)
ハヤトはそう考えて、どんな物を作るか候補を絞っていった。
「ご主人様、まだ悩んでいるんですか? 片っ端から作った物を渡せばいいんですよ。どれか当たりますって」
砦の二階にあるハヤトの部屋にエシャがノックもせずに入って来た。
「これはセンスを問われた戦いなの。一つだけ渡してレリックさんに納得してもらいたいんだよ」
「面倒な性格をしてますね。剣を奪い返すことが目的なんですからそんなこと言ってる場合じゃないでしょうに」
「それはそうなんだけどね……そうだ、この中ならどれが一番美しいと思う?」
ハヤトはテーブルの上にいくつかの候補を置いた。それなりに要求スキルの高い物だ。
「よくこんな高性能の物を作れましたね、材料的な意味で……ああ、ネイさん達ですか」
作るための材料は元黒龍のクランメンバー、ネイ達から提供されている。材料があってもなぜか上手く作れないからハヤトにすべて渡すと言って持ってきたのだ。しかも今後は定期的に材料になりそうなものを持ってくることになっている。代わりにあとで自分たちの装備を作ってくれとも言われているが、ハヤトはその提案を快く引き受けた。
「材料を女の子に貢がせるなんて……それは悪ではなく、ヒモと言うのです。もしくは外道」
「間違ってないけど、言い方を考えてくれない?」
そんなやり取りをしながらも、エシャはテーブルの上の物を手に取って眺めた。一つ一つ吟味しているが、その反応は良くない。
「どれも美しくないですね。まず食べられない時点でダメです」
「エシャに聞いた俺が馬鹿だった」
「冗談です。でも、実はこれらを見て思い出したことがありまして」
エシャの話は、レリックの盗賊時代の事だった。
レリックは盗賊時代、予告状をだしてアイテムを盗み出していたが、その傾向をエシャは覚えていたのだ。
「シンプルなものか」
「小さな指輪とかブレスレットが多かった気がします。レリックが盗みに入った屋敷にはそれなりにお高い物があったらしいですけど、そういうのは目もくれない感じだったとか。それに、わざわざ魔法で警報が鳴る感じのケースから盗んだみたいですよ。ケースに入っていない物なんかもあったのにそっちは手をつけなかったと聞いたことがあります」
「もしかしてこういう物だったりする? 何の変哲もないただの指輪なんだけど、一応星五」
何の効果もなく、ステータスも上昇しない。本当にただの指輪だ。だが、これは材料にかなりレアな物が使われており、スキルを100まで上げられるほど難易度が高いアイテムなのだ。
「綺麗だなとは思いますが、私にはわかりませんね。そもそも、なんで効果のない指輪を持っているんです? 効果がついていない指輪なんて何の役にも立たないと思いますが。しかも食べられない」
「そうなんだけどね。これって細工スキルが100になった時にちょうどできた物なんだよ。だから記念にとってあるんだ」
ハヤトはこれを見るたびに細工スキルが100になった時のうれしさを思い出す。たとえ何の役に立たなくても売ったり捨てたりはできないのだ。
「ああ、記念品ということですか」
「とはいえ、これはあげられないな。同じものを星五になるまで作るか。よし、エシャの情報に賭けるよ」
「そうですか。まあ成功したら言葉じゃなくて食べ物でお礼してください。まんじゅう怖い。あと熱いお茶も怖い」
「たまにはブレてくれてもいいんだけどね? まあいいや、それじゃ作業に入るから、また後で――」
「ああ、そうそう、ここへ来た理由を思い出しました。これをお返しします」
エシャがハヤトに渡したのは、開けると毒針が飛ぶ罠が発動する箱だった。ハヤトが木工スキルを上げるときに作った箱だ。特に記念品ではない。
「なんで開けたの?」
「そこに美味しい物が隠してあるかと思いまして。あと毒消しポーションをください。そろそろHPが危ないので」
「その理由を忘れちゃったのかー」
ハヤトはエシャに呆れながら毒消しポーションを渡した。その後、星五の指輪を作り、バトラーギルドへ向かったのだった。
バトラーギルドでレリックを呼び出すと、先日使った応接室へ通された。
数分後、レリックが応接室に現れる。
「ハヤト様。お待たせして申し訳ありません」
「いえいえ、無理を言ってお願いしているのはこちらですから。今日は約束の物をお持ちしました」
「実はこの一週間、楽しみにしていたのですよ。どんなものを用意してくれたのか、さっそく見せて頂いても?」
「はい、こちらです」
ハヤトはシンプルな指輪を手の平にのせ、レリックに見せた。レリックは「拝見します」といって、その指輪を手に取り眺める。
(レリックさん、モノクルまで取り出して真剣だな。物自体は星五だけど、どうだろうか)
指輪を眺めていたレリックは、その指輪をハヤトに返した。
「私の好みを的確に捉えた見事な品です」
「それなら――」
「ですが、心を奪われるほどではない。良い物ではありますが、盗みたいとは思いませんね。この指輪は不合格です。そうそう、何度もチャレンジしてくださって構いませんよ。次を楽しみにしておりますね」
(ダメだったか。でも、盗みたい? 盗みたいと思わせろってことだよな? そういえば、エシャがなにか言ってた気がする――そうそう、ケースに入っていない物は盗らなかったと言っていた。つまり簡単には盗めない状態にしろってことか? なら――)
ハヤトは記念の指輪を毒針の罠が作動する箱に入れた。それをレリックに渡す。
「さっきの指輪とは別のものですが、それを罠のある箱の中に入れました。これならどうですか? レリックさんなら盗みたくなるのでは?」
レリックは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になる。
「素晴らしい。正解を出せなくても手伝おうとは思っていたのですが、こんなに早く正解を見つけるとは。そう、何かに守られた物ほど私の心を奪うものはありません。今日のヒントからあと何度か掛かると思ったのですが、お見事です、ハヤト様」
「いやいや、偶然ですよ。では、今度のクラン戦争の件、お願いしてもよろしいですね?」
「はい、もちろんでございます。必ずや剣を盗んで見せましょう」
ハヤトとレリックは固い握手を交わした。
(エシャは答えを知っていたんだろう。帰って最高品質のまんじゅうとお茶を用意してやらないとな)
ハヤトはそんなことを考えながら、バトラーギルドを後にした。