NPCを仲間にしよう
「はぁ? 生産スキルだけ? うちのクランにはいらないね」
「いやぁ、君とメンバーの誰かを交換でクランに入れる理由がないかなぁ」
「俺は他のクランに入れてもらうつもりだから」
「それ、どこで笑うところ?」
クランを抜けて一週間、ハヤトが声をかけたプレイヤーから返された言葉がこれらだった。もっと多くのプレイヤーに話しかけてはいるが、ほぼ同様の答えが返ってきている。
それもそのはず。どのクランもできるだけ勝ちたい。ランキング上位に入るほどでなくとも、毎月賞金を得られるのなら勝利を目指すのは当然だ。
このゲームは課金制。ゲームをするだけで毎月1000円ほどの課金が必要になる。クラン戦争で勝つことができれば、それが無料になる上に、切り詰めれば一ヶ月の生活費になるくらいの賞金を手に入れられる可能性があるのだ。
生産スキルだけで戦闘力のないプレイヤーとクランを組む必要性はまったくない。
もちろん賞金を目指さずにゲームを楽しんでいるプレイヤーもいる。そういうプレイヤーはクランに所属していない。クラン戦争で負けるとクラン共有のゲーム内通貨をすべて勝ったクランに取られるというペナルティがあるからだ。
これらの理由から、ハヤトが既存のクランに入ることも、作ったクランに誰かが入ることもなかった。
そして何の変化もないまま、一週間が経つ。
朝、ハヤトがログインすると、新たに拠点として建てたログハウスの二階で目を覚ました。
ハヤトはベッドから起きて椅子に座りコーヒーを飲む。アイテムとして特殊な効果はないが、匂いと味が気に入っているため、悩んでいる時はよく飲むコーヒーだ。
そのコーヒーを全部飲んでから、カップを机の上に置いた。
(やばい。すでに一週間が経ってる。あと二週間ほどでクランの対戦相手が決まるし、それまでにメンバーを揃えないとクラン戦争で確実に負ける。やっぱり無謀過ぎたか……こうなったら一度解散してこの次に賭けるか?)
今の時期にクランを解散すれば未所属となり、クラン戦争に参加する必要はなくなる。だが、クランを解散した場合、次のクランを作るまでには一ヶ月ほど時間をおかなくてはならない。
このまま次のクラン戦争に参加するか、それとも一度解散をするか、ハヤトはそれを悩んでいた。
だが、答えは出ない。
もう一杯コーヒーを飲もうと立ち上がった時だった。
家のチャイムが鳴り、誰かの来訪を告げた。
『メイドギルドから参りました。ハヤト様はご在宅でしょうか?』
「ああ、はい。いま開けますので」
メイドギルド。それはメイドを派遣する組合だ。ゲーム内に組合はいくつか存在しており、メイドギルドはその一つだった。
ハヤトはいままでやっていた作業の一部を誰かにしてもらう必要があると、クランを追い出された直後にメイドギルドに依頼をしていたのだ。
扉を開けると、そこにはメイド服を着た二十歳くらいの女性が立っていた。
黒く長い髪を後ろで一つに束ねており、身長は160ほど。やや目つきは鋭いが、美人と言っても過言ではないだろうとハヤトは思った。
「初めまして。メイドギルドから参りました、エシャ・クラウンです」
「えーと、はい。ハヤトです」
「まずはお詫びを。申し訳ありません。条件に見合うメイドがなかなか決まらずに遅くなってしまいました」
「いえいえ、無理を言って頼みましたのでお気になさらず」
「そう言ってもらえると助かります」
ハヤトはスカートを少しだけつまんで頭を下げるエシャをまじまじと見つめた。
なぜならこのメイドはNPC、ノンプレイヤーキャラクターなのだ。
このキャラクターはAIで動いており、人が動かしているわけではない。プログラムではあるが、自分で考え、行動するキャラクターなのだ。
(すごいな。いままでほとんどNPCと関わっていなかったから良く知らなかったけど、本当にどんな受け答えもできるみたいだ)
NPCのAIが異常によくできているという話はハヤトも知っていた。
普通のゲームに出てくるような同じことをしゃべるだけのキャラクターではない。言う内容は毎回変わるし、店で働いているとかでもなければいる場所も違う。
また各キャラクターに好感度が設定されているようで、仲が良くなれば情報を教えてくれることもある。逆に仲が悪くなれば無視されるし、酷い場合には町で衛兵を呼ばれることもある。
こんな話があった。
以前、メイドを何人も雇い、家の中に住まわせたプレイヤーがいた。ゲーム的にハラスメント行為は出来ないが、いわゆるハーレムのようなプレイをしたのだ。
結果、メイドギルドのブラックリストに入れられてしまい、二度とメイドを雇えなくなってしまった。さらには各町からも嫌われて、そのプレイヤーはどの町にも入れない状態になった。
このゲームでは同アカウントによる別キャラの作成や、複数アカウントの所持が認められていない。生体認証を使い、生涯一人一キャラだけしか作れず、キャラクターの作り直しもできない。
そのため、それをしたプレイヤーはこのゲームで詰んだ状態となった。クラン戦争以外でプレイヤー同士の戦いは出来ないので、山賊や盗賊のロールプレイもできず、結局そのプレイヤーは引退したのだ。
ハヤトはそれを思い出して、自分はちゃんとしようと決意する。
「あの、先ほどから私を見つめておりますが、なにか……?」
「ああ、申し訳ない。メイドさんを雇うのは初めてだったから、ちょっと見つめちゃったよ。それじゃさっそく仕事の話をしようか。月十万でいいのかな? そう連絡を受けているんだけど?」
「はい、その値段で問題ありません。前払いでお願いします。また、途中で解雇になっても払い戻しはされませんのでお気を付けください」
「それも聞いてるよ。それじゃ、これね」
ハヤトはお金をエシャに渡した。
お金とはいってもアイテムとして硬貨などがあるわけではなく、データ上のやり取りだけだ。このゲームではお金の概念が魔法によりデータ化されていて各人で受け渡しができる、という設定になっている。単位はGだ。
「はい、確かに受け取りました。一ヶ月よろしくお願いします」
「うん、よろしく。それじゃさっそく仕事をお願いしていいかな。店番をしてほしいんだけど」
ハヤトはそう言ってエシャをログハウスの中へ招き入れた。
ログハウスの一階には小さなカウンターといくつかの商品ケース、そして壁には色々な武具がかけられている。置かれている物はハヤトが生産スキルで作ったアイテムだ。
ログハウスの二階は住居となっているが、一階は商品を売る店のようになっていた。商品の売買はプレイヤー同士の直接やり取りが基本だが、店を構えて売ることもできる。だが、それには店番が必要だ。
前のクランではハヤトが店番をしてアイテムを売っていたが、今の状況でそんな余裕はない。なので店番をやってもらおうとメイドギルドにメイドを頼んだのだった。
「店番ですか? それでしたらメイドギルドではなく、商人ギルドへ頼んだ方が良かったのでは?」
「もっともな意見なんだけどね、高いのよ、商人ギルドは」
ハヤトも最初は商人ギルドへ依頼しようとしたが、その値段を聞いて諦めた。現時点では稼ぎも少ないので切り詰めていけるところはしっかり切り詰めようとした結果なのだ。
「メイドの仕事じゃないって思うかもしれないけど、ぜひやってくれないかな? 文字の読み書きや金額の計算が出来る人を頼んだのはこれが理由なんだよね」
「そういうことでしたか。依頼時にずいぶんと細かい条件があったので不思議に思っていたのですが……分かりました。それでしたら店番をやらせて頂きます。売り物はこちらにある、もの、で……」
「うん、そう。それじゃよろしく頼むよ――どうかした?」
店番を依頼してから、改めてクランをどうするかを考えようとしたが、エシャが動かなくなったことを不思議に思って声をかけた。
だが、エシャからは何の反応もない。
(まさかバグとかじゃないよな? そんな話は一度も聞いた事ないけど)
このゲームはバグがないことでも有名になっている。機能追加によるアップデートは存在するが、バグ改修によるアップデートやメンテナンスは存在したことがないのだ。
ハヤトは不思議に思いながら、エシャの前に移動した。そして驚く。
エシャが口から涎を垂らして一点を見つめていたのだ。
マンガやアニメの表現ならそれほど違和感のない涎を垂らす行為だが、こうもリアルに涎を垂らしているのはかなり怖い。本気でバグかもしれないと思った矢先に、エシャが涎を垂らしたままハヤトのほうを見た。
「ハヤト様、こちらの食べ物も売ってしまわれるのですか?」
エシャが指したアイテムは料理スキルで作成したチョコレートパフェだった。
スイーツ系の料理は徐々にHPとMPを回復させるという効果が得られるため、魔法剣士的な戦い方をするプレイヤーに人気の食べ物だ。料理スキルがMAXの100でも、その作成成功率は50%。そして品質が高いほど効果時間が長く、ここで売られているパフェは最高品質の星五だ。
エシャはそんなパフェを見て涎を垂らしたということになる。
「売るつもりだけど、もしかして食べたいの?」
「いえ、そういうわけではありません」
「涎が垂れてるけど?」
「どこにそんな証拠が?」
「現在進行形だよね?」
そんなやり取りの後、エシャは口元を取り出したハンカチで拭いた。そしてハンカチをしまった後、両手でそれぞれこぶしを作り、カウンターに思い切り叩きつける。
そんな行為でもカウンターは壊れないが、かなり大きな音が出た。
「だって食べたい! 最高品質のチョコレートパフェ! これはミラクル!」
「あ、うん。あの、お近づきの印に食べていいから」
最初のイメージとは全く異なる表情を見せるエシャ。そのギャップに驚いたハヤトはちょっと恐怖を感じたのでパフェを提供することにした。
エシャは顔を上げる。そして期待した目でハヤトを見つめる。
「タダで食べていいと?」
「……どうぞ」
最高品質パフェの相場は一つ5000Gほどだが、NPCが売っている素材だけで作ることが可能な料理だ。素材集めの難易度としては低い方なのでハヤトとしてはそれほど惜しくはない。
エシャはパフェを手に取り両手で掲げてから満面の笑みになる。そしてカウンターにパフェを置き、どこからかスプーンを取り出して椅子に座った。一口食べるたびに左手を頬に当てたまま足をばたつかせて喜んでいる。
(NPCも料理を食べるんだな。それになんて幸せそうに食べるんだろう)
すでにこのゲームを一年以上続けているハヤトでもこのような状況には初めて遭遇した。基本的にNPCはアイテムを売ってくれたり、情報をくれたりするだけの存在としてしか見ていなかったのだ。
そしてハヤトはエシャのその行動を見て、一つの考えが閃く。
(NPCってクラン戦争に参加できるのか? たしかテイマーは使役したモンスターをクラン戦争に参加させることが出来ると聞いたことがある。モンスターもAIみたいなものだし、NPCでもいけるか?)
「食事中に悪いんだけど、ちょっといいかな?」
「はい、なんでしょうか? このエシャ・クラウン、毎日パフェを食べさせてくれるなら、ハヤト様にさらなる忠誠を誓います」
「それくらいは構わないけど、それは後にして。実は聞きたいことがあるんだよね。えっと、クラン戦争って分かる? それに俺のクランから参加してもらうことは可能かな?」
メイドをクラン戦争に参加させてどうするつもりなのかは考えていない。単純にNPCがクラン戦争に参加できるのかどうかの確認だった。
エシャはそれを聞き、ちょっとだけ考えるそぶりをする。そしてニコリと笑い、ハヤトを見つめた。
「ええ、構いませんよ。ただ、私を参加させるならそれなりの条件がありますが」
ハヤトは心の中でガッツポーズをした。少しだけ光明が見えた気がしたからだ。
(プレイヤーが駄目ならNPCだ。出来るだけ強そうなNPCをクランに引き入れてクラン戦争に勝とう。たしかNPCには伝説の剣豪とか魔法使いとかいたよな? それに勇者とか魔王もいたような?)
ハヤトはどのNPCを仲間にするべきか真剣に考え始めた。