ドラゴンカース
バトラーギルドでレリックと面会を果たしたハヤトとエシャは現在の拠点である黒石の砦まで戻って来ていた。この後、アッシュの妹に会う予定になっているからだ。
ハヤトはその妹こそが今回の作戦の鍵を握ると思っている。
武器を奪い返すには色々な手順が必要になる。その手順で重要なのが相手の装備を強制的に解除させることだ。これが出来なければ、そもそも武器を奪うことが出来ない。対人戦で相手から盗める物はアイテムバッグの中にあるものだけ、というゲームの仕様があるからだ。
武具には装備条件というものが存在する。それはステータスで筋力や器用さを表すSTRとDEXの値で決まることが多い。その値が装備毎に決められた数値以上ないと装備が出来ないのだ。もし何らかの理由でステータスが下がった場合、装備条件を満たすことができず、装備が外れアイテムバッグに戻ることになる。
これを意図的に引き起こすことをゲーム内では装備の強制解除といい、弱体魔法を好んで使うプレイヤーの戦術の一つになっている。
この装備の強制解除を行ったうえで、武器を窃盗スキルにより奪うところまでがハヤトの作戦だ。
ここで問題になるのが奪われた剣、エクスカリバー・レプリカの装備条件だ。これはSTRが60以上あれば装備できる。つまり、相手のSTRを59まで下げなくては装備の強制解除はできない。そして相手はほぼ間違いなく戦士系のプレイヤー。そのSTRはどう考えても100なのだ。
ハヤトの知っている弱体魔法の効果は最大でも二割減らすだけ。そして同じ弱体効果は重複しない。相手のSTRが100なら80までしか落とせない。
そこで鍵となるのがアッシュの妹だ。
ドラゴンの呪いというバッドステータスの効果は自分とその周囲の敵味方関係なくステータスを半分にするという話だった。ハヤトが作った最高品質のエリクサーによりその呪いは治ったが、ドラゴンカースというスイッチ型のパッシブスキルを覚えたというアッシュの言葉をハヤトは覚えていた。
もし、ステータスを半分に出来ると言うスキルなら、STRが100であっても50になり、エクスカリバー・レプリカの装備条件を満たせなくなる。ハヤトはそこに目を付けた。
(本当にそんなことが出来るのかどうかが分からないな。ステータスを半分、自分や味方を巻き込むとは言っても破格の性能だ。チートと言ってもいいだろう。相手の装備をほとんど外せるってことだからな)
プレイヤーの強さを決める一番の要素はスキル構成だという人は多い。だが、二番目に来るのが装備と言うのはほぼ全員の意見だろう。特に武器がない場合、素手での戦いを強要されるため、格闘スキルを持たなければ碌にダメージをあたえることが出来なくなる。
もともと素手によるダメージは低いのだが、スキルが上がると素手によるウェポンスキルが使えるので、いざという時のためにそのスキルを習得するプレイヤーもいるが、かなり少数派といえる。
(アッシュの妹さんがチートであることを祈るしかないな)
ハヤトはそう考えて、アッシュ達が来るのを待った。
午後二時、アッシュ達が拠点へやってきた。
ハヤト、エシャ、アッシュ、そしてアッシュの妹の四人が砦の中にある食堂で顔を合わせる。
アッシュの妹の名前はレン・ブランドル。
見た目は十五歳、アッシュと同じ金髪碧眼。腰のあたりまであるストレートの髪型で、服装は黒のローブを身に着けている。妹は呪術師と話を聞いていたハヤトだが、典型的な魔法使いのイメージに思えた。
(これがアッシュの妹さんか。幼い感じはするけど、将来は美人さんになりそうな顔立ちだな。NPCが歳をとるかどうかは知らないけど。それにこの子もドラゴンなんだよな。アッシュと同じようにドラゴンに変身してブレスが吐けるのだろうか)
ハヤトはそんなことを思いながらレンを見る。そしてレンは笑顔でハヤトを見つめ返した。
「ハヤトさんのおかげで元気になりました。本当にありがとうございます」
「元気になってよかったね。でも、お礼ならアッシュや傭兵団にしたほうがいいかな。俺はエリクサーを作っただけで、材料を揃えてくれたのはアッシュ達だからね」
「もちろん感謝しています。でも、なんといってもエリクサーは作るのが大変ですからね。一番に感謝しないといけないのはハヤトさんですよ」
丁寧にお礼をされてハヤトもまんざらではない気分だった。自分の作った物で誰かが喜んでくれる、ハヤトは生産職をしていてこれが一番嬉しい時だと思っているのだ。
それにレンに関しては現時点で好感度が高い。第一印象でしかないが、レンがまともに見えたからだ。ハヤトの周りにいる女性は何かと個性的だ。本人に言うことはないが、はっきり言って疲れる。
「ご主人様、なぜ私を見てため息をついたのかご説明頂けますか。千文字以上で」
「言いたいことがたくさんあることは分かってくれてるんだ? まとめるから三日くらい待ってくれる? 超大作にするって約束する」
(とはいえ、こういうやり取りするのも悪くはないよな。気を遣わなくていいのはありがたい……そもそもNPCに気を遣うってどうなんだ?)
ハヤトはそんなことを考えたが、そろそろ本題に入ろうと考えた。まだクラン戦争まで期間があるが、やらなくてはいけないことが多い。それにもしレンのスキルで対応できなければ、別の手を考えないといけないのだ。
「えっと、呼び方はレンちゃん、でいいかな?」
「はい、構いません。傭兵団の皆からもそう言われていますから」
「私は今後エシャ様でお願いします」
「このみかんを食べてていいからちょっと黙ってて。それでレンちゃん、アッシュから聞いたんだけど、ドラゴンカースとかいうスイッチ型パッシブスキルを覚えたって聞いたんだけど、その効果を教えてくれないかな?」
スイッチ型パッシブスキルというのは、パッシブスキル、つまり常時発動型スキルを任意で別の効果に切り替えられるスキルだ。
剣術スキルを上げると覚えられる「構え」のパッシブスキルは、攻の型、守の型のどちらかの効果を得られるスイッチ型パッシブスキルだ。攻の型は攻撃を10%、守の型は防御力を10%それぞれ増やすことができるが、効果はどちらかしか得られない。それを状況に応じて切り替えられるのだ。戦士系のプレイヤーはこれを上手く使い分けるのが必須と言われている。
「ドラゴンカースはステータスを半分にする効果ですね。ただ、以前の呪いのように味方を巻き込んだり、全部のステータスを下げたりする訳じゃなくて、STR、DEX、MAGのいずれかから下げるステータスを任意で選べるようになりました。それと対象は一人だけです」
「任意で一つ、それに一人だけということだね? STRを一人だけ半分下げられるならそれで十分だ」
ハヤトは光明が見えた気がした。これならエクスカリバー・レプリカの装備を強制解除できるからだ。
「アッシュ、レンちゃんを次のクラン戦争に参加させてもいいだろうか? どうしてもお願いしたいんだが」
「その気がなければそもそもここまで連れてくるわけがないだろう。だが、一応、レンに聞いてくれ。その、俺が勝手に色々決めると、後で怒られるから」
ハヤトは怒られたことがあるんだなと思いつつ、レンのほうへ視線を動かした。
「レンちゃん、次のクラン戦争に参加してもらいたいんだが、了承してもらえるかな?」
「はい、もちろん構いません。お兄ちゃんから大体の話は聞いています。助けてもらった恩を返しますよ!」
レンが胸元で両手にそれぞれ握りこぶしをつくり、ふんすふんすと鼻息を荒くしている。
「ありがとう。よし、あとは――」
執事のレリックの心を奪う程の装飾品を用意すればいい、そう思ったところで、レンが右手をちょこんと上げた。
「レンちゃん、何か質問かな?」
「あ、あの、ハヤトさんは色々な生産スキルを極めているんですよね?」
「まあ、そうだね。料理に鍛冶に木工に製薬、裁縫や細工もスキルは100あるよ。かなり苦労したといえるね」
「な、なら、ハヤトさんに五寸釘を作ってもらってもいいですか……?」
「ごす……? えっと?」
「あ、もちろん、材料はこちらで用意します。今回のクラン戦争に参加する条件でもありません。ちょっと前の釘が壊れたので新しい装備が必要だなって思ってたところでして。あ、あの、も、もしよろしければ、ワラ人形もお願いしたいのですが……」
レンは頬を染めて控えめに言ってはいるが、言っている内容にハヤトは混乱する。
「ごめん、材料を知らないんだけど。というか五寸釘って装備品なの? 呪殺系魔法のチャージアイテムとかじゃなくて?」
「ご存じなかったんですね? なら、作り方と材料の内容をお渡しします」
レンは紙に何かを書き、それをハヤトに渡す。何となく受け取りたくはなかったが、そういう訳にもいかず、ハヤトは受け取った。
(五寸釘は鍛冶スキル、ワラ人形は細工スキルで作るのか。でも、ワラ人形の作り方って。もし現実で五寸釘とワラ人形の作り方を渡されたら恐怖以外の何物でもない)
「五寸釘ならオリハルコンが最適だと助言します。ミスリルだと呪いダメージの持続時間が増えませんから」
「エシャさん、良く知ってますね! 実は私もオリハルコンの五寸釘が一番いいと思ってるんですよ! アダマンタイトだと物理攻撃力が上がるだけで意味がないんですよね!」
「あ、うん、それは良い情報だね。なんでエシャが知ってるのか不思議だけど使ったことがあるの?」
「使ったことはありませんが、メイドの嗜みです。おやつをあまりくれないご主人様に出会ってしまった時の対策と言っておきます」
「……今日のおやつは星五のチョコレートパフェを用意しよう。もちろんレンちゃんにも」
エシャとレンが二人同時に両手をあげてガッツポーズをする。
ハヤトはやれやれと思いつつも、チョコレートパフェの作成を始めるのだった。