バトラーギルド
バトラーギルドとは執事を雇うためのギルドだ。
表向きにはメイドギルドとバトラーギルドに確執はないのだが、似たようなギルドということもあり、お互いをライバル視し、覇権を争っている、と言われている。
そんなバトラーギルドにハヤトと一緒に現れたメイドのエシャ。
バトラーギルドにいる執事達は少しざわついた。
そんな状況をまったく意に介さず、エシャはハヤトを連れ受付へと移動する。受付の男性は訝しげな顔をしていたが、すぐに笑顔で応対した。
「いらっしゃいませ。本日はどういった御用でしょうか?」
「レリック・バルパトスに面会したいのですが」
「……失礼ですが、お名前を伺っても?」
「エシャ・クラウンです。こちらは私がお仕えしているハヤト様です」
受付の男性が驚きの顔になる。そしてなぜかハヤトのほうを見て、残念そうな顔をした。
(やっぱりエシャは有名なんだな……しまった、メインストーリーを確認してなかった。今は忙しいから、今度の戦いで剣を取り戻したら、ネイに聞こう。でも、俺はなんでこの受付に残念そうな顔をされたんだろう?)
受付の男性は「少々お待ちください」と席を外した。そして一分ほどで戻ってくる。
「お会いになるそうですが、今は手が離せないようで、少し時間がかかるようです。応接室でお待ちいただけますか?」
エシャはハヤトのほうを見た。ここで待たないという理由はない。ハヤトが頷くと、エシャはそれを確認し、受付のほうを見た。
「では、それでお願いします。応接室には美味しいお茶菓子を期待します」
受付は複雑そうな顔をした後、またハヤトのほうへ残念そうな顔をむけた。
(エシャは強いから雇ってるんだよ。他にも強いメイドがいるならそっちにしたい。まあ、あまりにもメイドっぽくされたらそれはそれで困るからこのレベルでいいのかな……)
ハヤトはそんなことを考えながら、男性の案内に従った。
応接室は二十畳ほどの広さだった。そして部屋の中にはセンスのいい調度品や机、革張りのソファなどがある。
受付の男性にソファへ座るように促されて、ハヤトはそのまま座った。そして目の前のテーブルにはコーヒーとお茶菓子が出てくる。
男性にお礼を言うと、「しばらくお待ちください」と言って出て行った。
そしてエシャは何も言わずに隣に座りお茶菓子を食べ始める。
それを咎める理由もないので、ハヤトはコーヒーを飲みながら部屋の中を見渡した。ゲーム内ではあるが家具職人と言ってもいいハヤトはそれらを見てシンプルだがセンスがいいなと判断する。
少々上から目線なのは、品質が星五ではないからだ。褒めたのは家具の配置や選択。自分ならこの状態ですべて星五を揃えるなどと考えていた。
部屋のチェックが終わったと同時にエシャもお茶菓子を食べ終わったので、ハヤトは話を聞いてみることにした。
「えっと、ここへ来る人が窃盗スキル100の人なのかな?」
「はい、その通りです。もう七十歳を超えた老人ですが腕は確かですよ」
「そうなんだ? でも、窃盗スキルが100あるのに執事なんてやっていいの? 普通なら雇ってくれないと思うんだけど」
泥棒の技術を持っている執事を雇うもの好きはいない。もちろんハヤトだって通常であれば雇いたくはなかった。
「さあ? 前のクランで一緒のときは違ったのですが、なぜか執事になりまして。仕事してるんですかね?」
(エシャも似たようなものだと思うけど。それはいいとして理由は知らないのか。もしかして同じクランだったけどそんなに仲は良くない?)
その後もエシャに情報を確認した。
名前はレリック・バルパトス。七十二歳。男性。
執事になる前は盗賊だった。盗賊とはいっても、いわゆる義賊で悪徳な貴族や商人からしか盗んだことはない。また、盗む前は予告状を出すタイプで怪盗とも言われていた。捕まったことはなく、今では引退しているが、全盛期は知らない人がいないという程有名だったという経歴の持ち主だ。
(全然知らない。これもメインストーリーをやっていれば分かるのか? 良くは知らないけど、クラン戦争で優勝したっていう経歴があるならエシャと同じように強いかも。今回だけのつもりだけど、もし強いなら正式にクランへ入ってもらいたいな)
そこまで考えたところで、ドアをノックする音が聞こえた。
ハヤトは慌てて「あ、はい」と言いながら、椅子から立ち上がった。エシャも同様に立ち上がる。
そして「失礼します」と、男性が入って来た。エシャが言っていた特徴と同じ男性だ。
白髪のオールバックで髪を後ろで結び、鼻の下には整えられた白髭がある。執事服を着て、白い手袋をはめ、背筋をピンと伸ばした180cmほどの長身。歴戦の戦士を思わせる眉間から右の頬にかけた傷跡。そして七十歳を超えた老人と聞いていなければ、五十代でも通ったほどの若々しさ。
ハヤトは訳アリの執事というイメージが詰め込まれていると思った。
老人はハヤトとエシャにそれぞれ視線を向けてから、丁寧にお辞儀した。
「レリック・バルパトスと申します」
レリックの紹介に合わせて、ハヤトとエシャも挨拶する。それが一通り終わると、レリックは柔和な笑顔になった。
「エシャ、貴方から私を呼び出すとは驚きました」
「会いたくなかったのですが、ご主人様が泣いてお願いするので仕方なく」
「頭は下げたけど、泣いて頼んではいないよね?」
レリックはそのやり取りに少し驚いた顔をする。
「ご主人様、ですか。貴方が誰かの下につくなんて、それだけでも驚きです。ハヤト様は一体どんな手を使ったので?」
「……餌付け?」
この場に沈黙が訪れる。だが、次の瞬間にレリックはむせるほど笑い出した。
「な、なるほど、た、確かにそれなら、エシャも従いますね、く、くくくっ」
「ご主人様、月が出ていない夜道にはお気を付けくださいと忠告させて頂きます。むしろ太陽が出てても注意したほうがいいです」
「月が出てる夜道しか安全じゃないってこと?」
そんな会話をいくつか繰り返し、ようやく場が収まった。緊張感の欠片もない雰囲気になったが、ハヤトとしてはありがたい状況だと、少しだけエシャに感謝する。
そして本題に入るべく、真面目な顔をしてレリックのほうをみた。
「レリックさん、本題に入らせてもらってもよろしいですか?」
「もちろんでこざいます、ハヤト様。ただ会いに来たという訳でないのはエシャを見れば分かります。私にどんな御用でしょう?」
「まず確認したいのですが、窃盗スキルが100あるのは間違いないでしょうか? エシャからそう聞いているのですが」
「ふむ? 確かに間違いではありません。すでに盗賊稼業は引退しておりますが、スキル自体は100でございます」
「なら次のクラン戦争で手を貸してもらえないでしょうか?」
「クラン戦争で? どういう理由か伺っても?」
ハヤトは少しだけ躊躇した。NPCではあるが、まだクランに入ってもいないレリックに事情を説明してもいいか迷ったのだ。
エシャやアッシュはなんとなく信頼できるので説明したが、これは情報が漏れたらまずい話である。相手が剣を装備してこない状況になったら作戦が水の泡だからだ。
「ご主人様、レリックは情報を漏らすような人物ではありません。そう思っていたらそもそも連れてきませんから」
「貴方からそんなに信頼されているとは驚きですね。ですが、その信頼には応えましょう。言葉だけではありますが、ここでの話は漏らさないと誓います。事情を説明してもらってもよろしいですか?」
ハヤトは頷き、これまでの事情を説明した。レリックはそれを遮ることなくハヤトの言葉に耳を傾ける。
大まかではあるが、十分程度で説明が終わった。
「いかがでしょう? 剣を取り返すために、レリックさんのスキルが必要なのです」
「事情は分かりました。ただ、お聞きしたいのですが、よろしいですか?」
「何でも聞いてください」
「剣については同じ物を作って差し上げれば良いのではないですか? 確かに素材集めやらなにやら大変なことは多いと思いますが、ハヤト様の腕なら同じものを作れるのでは? 奪い返すよりもはるかに楽だと思いますが」
ハヤトは自身でも同じことを考えた。無理に取り返さなくても、同じものを作ってやればいい。
だが、その考えはハヤトの中ですでに否定している。
おそらくネイは認めない。前に皆で作ったあの剣じゃなきゃ嫌だ、と言うに決まっているとハヤトは思っている。そしてハヤト自身もネイと同じ考えだ。たとえデータ上完全に同じものを作ったとしても意味はない。あの剣でなくてはいけないのだ。
「それじゃ癪ですし、同じものが欲しいんじゃないんです。あれを取り返したいんですよ」
取り返したいのは感情的な理由だ。たとえ難易度が高くてもやらないわけにはいかない。駄目だった時は仕方ないが、何もせずに諦める訳にはいかないのだ。
レリックは少しだけ驚いた顔をしていたが、すぐに笑顔になる。
「なるほど、エシャが貴方を気に入るのも頷けますね」
「意味が分かりませんが?」
「いえ、こちらの話です。そうですね、お手伝いするのは構いませんよ」
「本当ですか!」
「ええ、本当です。ですが、条件があります」
「条件? なんでしょうか? さすがに盗んだ剣をくださいと言われるのは困るのですが」
「そんなことは言いません。そうですね――私は美しい物が好きなのですよ」
「照れますね」
「エシャ、貴方のことを言ってるわけではありません。人ではなく宝石や装飾品のことを言っているのです。ハヤト様、貴方は生産系のスキルが高いとのこと。私が心を奪われるような装飾品を作れますか? それを用意することが出来るならお手伝い致しましょう」
その言葉を聞き、ハヤトの職人魂に火が付いた。そんなことを言われて引き下がれるわけがない。
「ええ、用意しましょう。貴方の心を奪う装飾品を用意して見せます」
ハヤトとレリックの視線がぶつかる。
これはセンスを問われた戦い。ハヤトに戦う力はない。だが、自称だが職人としてこういった戦いで負ける訳にはいかないのだ。
ハヤトはそう考えてどんな装飾品を用意するべきかと、これまでに作ったことのある作品を思い出していた。