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アナザー・フロンティア・オンライン ~生産系スキルを極めたらチートなNPCを雇えるようになりました~  作者: ぺんぎん
第六章

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ノアの方舟

 

 ハヤトはディーテの言っていることをよく理解できなかったので考えるのを止めた。


 ただ、聞いたことを再確認はしたい。それに色々なことを飲みこむための時間が欲しい。そう考えるのは普通のことだろう。


「ディーテちゃん、あのさ、さっき言ったことなんだけど、本当のことなのかな? 実は嘘だって言ってくれてもいいんだけど」


「レリック君がハッカーという話だね? 間違いなくそうだよ。そこで戦意喪失しているバン君もそれは認めてくれると思うが?」


 ディーテがそう言ってバンを見ると、バンは体をびくりとさせた。


 戦意喪失というよりは、すでに抜け殻に近い。もはや抵抗する気もないのだろう。仮想現実上でいくらチート状態だったとしても、現実で生殺与奪を握られているとなれば意味はない。


 バンは、どうやって逃げ切るかというよりは、どうやってディーテの機嫌を損なわないかを考えるしかないのだ。


 バンはディーテの言葉に素直に頷いた。


「あ、ああ、間違いない……俺はレリックとソニアからハッキングの技術を教わった。そして裏切った。レッド・スネイクは俺の物になったはずだったんだが、いつの間にか組織や俺の情報がすべてネットで公開されて捕まったんだ……どうやったのかは知らないが、おそらく二人がやりやがったんだと思う……」


 威勢の良かったバンはすでに見る影もない。猫背になり、椅子に力なく座っていて可哀そうになるほどだ。


 それはそれとして、本当にはっきりしてしまった。


 ハヤトから見て、レリックは温和で紳士的、どう考えても犯罪者のようには見えない。元盗賊の執事という肩書だが、それはあくまでも設定で、現実世界で凄腕のハッカーなどと思いもよらないだろう。


 そして、ここまでくると状況がおかしいことにハヤトは気づく。


「ディーテちゃん、色々とおかしいよね?」


「何がだろうか?」


「俺の仲間というか、知り合いの皆があまりにも優秀すぎるよ。エシャはプログラマーとして優秀なんだろう? それにアッシュ達はともかく、ヴェルさん達は有名な俳優だ。そしてレリックさんは凄腕のハッカー? あまりにもできすぎじゃないか。なんで俺の仲間にはそういう人ばかり集まるんだ? なんかフェロモンでも出てる?」


「フェロモンは出てないし、特におかしいことではないよ」


「……なんで?」


「そもそもNPCの皆は全員が優秀だ。そういう人間、もしくはその人の家族や知り合いしかアナザーフロンティア計画のテストプレイヤーに選んでいないんだよ。ハヤト君の周りに優秀な人が集まっているわけじゃなくて、この世界は優秀なNPCが大半なんだよ」


「ええ……?」


 失礼な話ではあるが、優秀と聞いて首をかしげたくなる知り合いもいるというのがハヤトの率直な意見だ。


「ハヤト君が不思議に思うのも分かるが、優秀というのはあくまでも『特定の分野で』という条件が付く。その上で現実に見切りを付けそうなメンバーを選出してあるんだよ」


「なんでそんなことを?」


「ハヤト君はノアの方舟というものを知っているかね?」


「何いきなり? たしか大昔の神話とか伝説に出てくる船の事だったかな? とある家族が動物のつがいを集めてその船に乗り込み、大雨の災害を乗り切るような話だった気がするけど」


「まあ、大筋では合ってるね。アナザーフロンティア計画もほぼそれなのだよ」


 ディーテはさらに説明を重ねる。


 アナザーフロンティア計画は、地球外に移住する目的のフロンティア計画の裏で計画されたものだった。あくまでもフロンティア計画が頓挫したときのための代案であり、メインの計画ではない。


 だが、フロンティア計画が失敗に終わった場合、アナザーフロンティア計画は失敗が許されない。そして、この計画が上手くいったとしても、地球やコロニーでは多くの人間は死ぬことになる。下手をすれば滅亡の可能性もあった。


 いつか地球の資源が回復したとき、アナザーフロンティア計画で生き残った人間と、地球やコロニーで生き残った人間は一緒に地球を再建しなくてはならない。


 そこで必要になるのはあらゆる分野の優秀な人材だ。それはたとえ犯罪者でも例外ではない。優秀でありさえすればアナザーフロンティア計画のメンバーとして認められたのだ。


「今でこそ資源は他の惑星から持って来れるようになって世界の危機は回避されたが、当時はなりふりを構っている余裕はなかったんだ。たとえ犯罪者でも恩赦を与えるようなことを平気でしている」


「ああ、うん。そこを責める気はないよ」


「ありがとう。でもね、そんな時代でも自己の利益を優先させる人間はいる。百年前も今回も、ここの技術が欲しいという理由だけでハッキングをしてきた。それは許せないね……」


 ディーテは目をつぶって深呼吸をした。


「ここにある技術は当時の天才達が色々な垣根を乗り越え、一致団結して作り上げたものだ。人間という種を残すために、それこそ命を削って作り上げた物で、関わった皆の希望だっただろう。今なら本当にそう思うよ。当然、ここにある技術は私だけの物ではないが、誰か個人の物ではない。それにこの仮想技術や私は理由があっても捨てられたんだから返すつもりはない。私利私欲でここに手を出そうとする奴には、それ相応の報復をする」


「ひっ!」


 目を開いたディーテの顔が怖くなったのだろう。バンは口から小さな悲鳴を漏らした。


「ディーテちゃん、落ち着いて。そういうのは似合わないから」


「……ここを守るためなら似合わなくても色々とやるつもりだよ。たとえハヤト君にやめろと言われてもね」


「それを止めるつもりはないよ。でも、報復なら効果的にやらないと」


 ハヤトがそう言うと、ディーテは目を丸くした。何を言っているのか分からない、そんな顔だ。


「ディーテちゃんの気持ちは分かった。大事な物を奪われるというのは誰だって嫌だからね。それに対して反撃することは問題ないというか、誰にでもその権利がある」


「そこまで肯定されるとは思っていなかったが、そう言ってもらえると嬉しいね」


「でも、ただ闇雲に報復しても意味はないと思う。たとえば、このバンに何か報復したとしても、ただそれだけになる。やるならその組織に報復しないと」


 ハヤトの言葉にバンが何度も頷いている。自分だけに報復しても意味はないと言っているのだろう。


「なかなか過激だね。むしろ、ハヤト君の方がそういうことを言うのは似合わないと思うが」


「ここは俺にとっても大事な場所なんだよ。相手の目的は技術を奪うことだろうけど、それで終わるわけがない。さらには独占しようとするだろうから、最悪、この場所を破壊する可能性もある。それは嫌だからね」


「そうか、大事な場所か。そう思ってくれているんだな……」


「とはいっても俺には何もできないんだけど」


「……色々と台無しだよ。らしいといえばらしいんだけどね」


「あの、俺はどうすれば……?」


 バンが恐る恐ると言った感じでディーテに問いかける。


「しばらくは組織に作戦が上手くいっているように伝えるんだ。いわゆる時間稼ぎだ。上手くいけば、君を現実に戻そう。それに報酬としてしばらくは生活できるだけのお金も渡す」


「ほ、本当か!」


「だが、組織をつぶしてからだ。その前に現実に戻してもいいが、それはお勧めしないな」


「……どうしてだ?」


「技術を持ち帰らない君を組織が生かしておくと思うのか? まあ、仮に持ち帰ったとしてもだ。相手にとって、君に渡すお金よりも、君の命の方に価値があると思っているのかい?」


 バンは絶句する。その可能性が高いと認識したのだろう。


(この人、レリックさん達を裏切ったっていってるけど、本当にそんなことができたのか? ちょっと考えが足りないような気がするんだけど……?)


「さて、やるべきことはたくさんあるが、一旦戻ろう。心配しているだろうしね」


「ま、待て、待ってくれ、お、俺はどうすれば……!」


「組織から連絡があったらすぐに私に連絡するんだ。その通信を確認して相手を特定する」


「そ、それだけでいいのか……?」


「あとは適当に通信を引き延ばせ。現在、AIと交渉中だとな」


「わ、分かった。できれば、この場所もこのままにしてもらいたいんだが……」


「この場所を隠れ家にしているんだろう? なら構わない。座標はすでに特定済みだ。ただ、覚えておくといい。裏切ったら約束はなしだ。生命活動は停止させないが、強制的に現実に戻す。そしてどこかのコロニーに捨てる。そうなれば、組織におびえながら生きるしかない。安全な老後を送りたいなら私に協力して組織をつぶしておくべきだぞ」


 バンはぎこちなく首を縦に振る。ことの状況を把握して緊張しているのだろう。


(大丈夫なのかね……?)


「さて、帰ろうか、ハヤト君」


「え、あ、うん。それじゃ、お邪魔しました」


 場を和ませるためにそう言ったのだが、バンには逆効果だったのか、顔を引きつらせている。


 ディーテは立ち上がって何もない空間に右手をかざすとそこに黒い扉が現れた。不安定な映像の扉ではなく、しっかりとした扉だ。


「さあ、戻ろう。これで同じ場所に帰れる」


 ハヤトは頷くと、ディーテと共に扉を通り抜けた。


 そして扉が閉まる際に、バンが「あ――」と言いかけたが、一歩遅く、扉が閉じて声は聞こえなかった。


 ハヤトとしては、皆が心配している姿を想像していたのだが、そんな状況ではなかった。なぜか戦っているような声が背後から聞こえてくるのだ。


「ハヤト様! ディーテ様!」


「あ、レリックさん――」


 扉を通り抜けた直後に背後から声を掛けられて振り向く。すでに扉は消えており、こちらに向かってくるレリックが見えた。レリックの色々なことを知って気まずいなと思った直後、その状況を見て驚いた。


 一人のメイドが、鬼神のごとく暴れまわっていて、周囲のメンバーと戦っているのだ。


 そのメイドはどう見てもローゼだ。


 ローゼは目が死んでいるような表情でホウキを持ち、暴れまわっている。その動きは明らかに異常で、この世界の物理法則を超えていると言ってもいい。


「え、どういうこと?」


「お二人とも、ご無事でなによりです。ですが、すぐにお逃げください。ローゼ様は何かに操られているようで、周囲を見境なく攻撃しているのです。すでに何人も倒されていまして……」


(操られている……?)


「どうやらバン君はローゼ君にもチートを仕込んでおいたようだね。彼女も世界の理から外れているよ。それを解除していなかったのだろう……減点だな」


 なにが減点されているのかは分からないが、バンにとっていいことではないだろう。


 そしてハヤトも「また面倒な置き土産を」と、ここにいないバンに対してちょっと怒っていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 現実の技能に優れた人たちを集めていたわけですね。 エシャがプログラミングで非凡なわけだ。 [気になる点] ヒュプノスが敵側に居るかと思いましたが、しっかり蟄居中でしたね。 [一言] バンさ…
感想一覧
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