盗賊団の頭
王都アンヘムダルから遥か西、そこに「ピレリア峡谷」という場所がある。
茶褐色の岩しかないような場所だが、王都アンヘムダルからもう一つの王国へ向かうにはその場所を通る必要がある。しかし、それは昔の話。今は転送装置があるためにそこを通る必要性はない。
今は廃れた道となっているが、そこに無法者が集まる様になり、たまにそこを通る旅人などを襲っていた。通る必要もなく、通れば危険な状況が続き、誰も近づくことはなくなった。
結果、その渓谷を根城とした大盗賊団ができあがり、周辺の町などを襲うようになった。
ただ、その場所は国の境ということもあり、どちらの王国も大規模な討伐隊を編成することができずにいた。下手に編成してしまえば、侵略行為とみなされるからだ。
それにお互いの国も無法者が同じ場所に居てくれる方が監視はしやすい上に、侵攻されたときの壁になるということで、見逃されていたのだ。
資源などが見つかれば話は別なのだろうが、そこには何もないということが判明しているため、まあいいか、と言うことで放っておかれている――という設定だ。
その場所が盗賊団「強欲の炎蛇」の拠点となっているのだが、ローゼとハヤトを交換する場所もそこを指定してきた。
ハヤト達は「ピレリア峡谷」の東側にいる。
「ここでいいのかな? こんなところに盗賊団の拠点があるの?」
「メイド達が調べたところ間違いありません。この峡谷ですが、一部の岩を掘り、そこで雨風をしのいでいるようです。ただ、かなり掘っているようで中はかなり複雑な形になっており、アリの巣のような状況だとか」
(それをメイドさんがどうやって調べたのかというのを知りたい)
メイド長の説明に疑問を持つハヤトだったが、そんなことは後回しにしようとさっそく作戦を確認する。
とはいっても作戦なんてあってないようなものだ。索敵必殺。盗賊を見つけ次第倒す。
一応、峡谷の西側をロザリエ達が見張っている。盗賊が西側へ逃げ出したときの防波堤だ。
「よし、ハヤト! さっそくメイドさんを助けよう! 盗賊なんて滅殺だ!」
「ネイはちょっと落ち着こうか」
(ネイはこういうのが好きだよな。弱きを助け、強きを挫く任侠のような考え方というか。でも、財団の血縁者なんだよな? 財団の他の知り合いなんかいないから分からないけど、こういう人が多いのか? 正直、権力を笠に着た横暴なイメージしかなかったんだけど)
世界を支配していると言ってもいい十二の財団。ネイはその一つの血縁者だ。
地球にある中央管理局「セントラル」で重要な案件に対して決定権を持つ評議会。ネイはそのメンバーの一人ということになる。
(十二の財団はお互いを監視しているとも言われているし、別の財団に隙を見せたら潰されるとかいう話を聞いたこともある。どんなふうに教育されたのかは知らないけど、正義感があって俺個人としては好感が持てるな……ちょっとポンコツというか猪突猛進なところがあるけど――おっといかん、そんなことを考えている場合じゃなかった)
ハヤトはネイの言う通り、まずはローゼを助けなくてはと思考を切り替える。
サルベージからの流れなのか、今回の盗賊団討伐に関してもハヤトがリーダーのようになっている。ハヤトが号令をかけないと、誰も突撃できないのだ。
「えーと、それじゃ皆さん、盗賊団をやっちゃいましょう」
ハヤトがそう言うと、その場にいたほとんどは掛け声とともに峡谷へと走って行った。
この場には峡谷から盗賊が逃げられないように一部のメンバーが残る。
メンバーはハヤト、ディーテ、ソニア、そしてトレハンギルドのメンバーが十名だ。
トレハンギルドのメンバーはそれなりの武闘派でそこそこ強い。逃げてきた盗賊を倒す程度なら問題ないだろうとのことだった。
ハヤトはそもそも戦力にならないのでここに待機、ディーテはトレハンギルドのメンバーに回復役がいないとのことでその役を買って出た。ソニアは、ここはレリックに譲ると言って、ここで待機している。
しばらくすると、渓谷に声が響いた。そのほとんどは悲鳴に近い。おそらく外で待ち構えていた盗賊達が倒されているのだろうとハヤトは考える。
(こうなるのは誰にでも分かるはず。なのになんで盗賊団はこんな真似をしたんだろう。盗賊団というよりは、バンという人が決めたことなんだろうけど)
レリックやソニアから聞いたバンは、才能にかまけた傲慢な人、というイメージがある。それならば、何かしらの理由があってこの戦いに勝てると踏んだのだろう。
(設計図はともかく、俺自身を要求してきたのは飛行船を造らせるということだと思うんだけど、バンは大監獄の設計図を持っているってことなのか? それともこれから?)
色々と疑問は浮かぶが答えは出ない。考えすぎはいけないとハヤト自身も思っているが、これは性格によるものだろう。
ハヤトは、これはいけないと深呼吸をしてから、まずはローゼを救い出すことに集中しようと考えた。
その直後、近くで何かが地面に落ちる音が聞こえた。
ハヤトが音のした方を見ると、トレハンギルドのメンバーの一人が地面に倒れていた。地面に何かが落ちた音ではなく、倒れた音だったのだ。
「え?」
よく見るとHPバーが0になっている。つまり何かしらの攻撃を受けて倒された。
ハヤトは慌てて周囲を見ると、峡谷の方から人が歩いてきた。
身軽そうな黒色のベストとズボンの恰好で三十歳かそこらの男性。茶色の髪はぼさぼさで薄ら笑いをしている。右手で小石を軽く上に投げて遊んでいた。
「バン……」
ソニアがその男性を見てそうつぶやいた。
(この男がバンか……でも、なぜここに? いや、どうやって?)
つい先ほど、ネイ達が向かったのだ。それから逃げてきたというよりは、普通に歩いてきた。
「よう、ばあさん。会うのは久しぶりだが、見た目だけは若いな。レリックのおっさんと一緒にアジトへ行くかと思っていたんだが当てが外れたよ」
「アンタの当てが当たったことがあるのかい? 私の記憶じゃいつも外れてばかりだったけどね?」
「記憶ね……まあ、いいさ、そんな話をしに来たんじゃない。お前がハヤトだな? こっちに来い。身柄を預かる」
バンはハヤトを見ながらそう言ったが、その言葉にソニアは鼻で笑った。
「何言ってんだい。そんなことをさせるわけがないだろう? 盗賊系スキルとちょっとした戦闘系スキルしか持っていないアンタ一人だけで、ここにいるメンバー全員に勝つつもりかい?」
「そのつもりだが?」
「……なんだって?」
「おいおい、若いのは見た目だけで、耳は悪くなったのか? お前らに勝てるって言ってんだよ。大体、今、そこで一人倒したろ?」
ハヤト達は倒れたメンバーを見る。
HPが減っている以上、何かしらの攻撃を受けたのは間違いない。それを目の前にいるバンがやったということであれば、怪しいのは右手に持っている小石だろう。
(投てきスキルか……? でも、石を投げて倒した? 全然見えなかったし、狙撃スキルや投てきスキルが100だったとしても、戦闘系スキルを持っているキャラを投てきで倒すなんてあり得るか?)
ハヤトがそんなことを考えていると、ディーテがそばに寄って小さな声でハヤトに話しかけた。
「ハヤト君、すぐに強制ログアウトしろ。まずいことになっている」
「え?」
「急ぐんだ。この辺り一帯のフィールド設定が強制的に変えられそうになっている。このままだと転移もログアウトもできなくなる――だめだ、遅かった」
「え? 何言ってんの?」
「言った通りの意味だよ。やられた。まさかそんな手で来るとは……そうか、このためのハッキングか。いや、常套手段とも言えるのか……外部に仲間を作るとはね」
「ディーテちゃん、さっきから何を言って――」
「おいおい、何を普通に話し込んでんだ。ハヤトと言うのはお前だろう? とっとと来い」
ディーテと大事な話をしていたというのもあるが、バンのあまりにも命令口調なところにハヤトは少しだけ反発した。
「……嫌だって言ったら?」
そう言った瞬間、バンは小石を投げた。それがトレハンメンバーの一人に当たると、一瞬でHPが0になって倒れる。
全員がそれを見て驚くが、バンだけはニヤニヤしながらハヤトを見ている。
「あと11回は嫌だと言えるが、とりあえず言ってみるか? 一応お前は最後にしてやるが、運ぶのが面倒だから立ってるうちにとっとと了承してほしいもんだな」
トレハンギルドのメンバーがすでに二人倒れている。残りはハヤトを含めて11人。拒否するたびに一人ずつ倒され、最終的にはハヤトも倒すと言っているのだろう。
(でも、そうなれば拠点へ「死に戻り」ができる。俺を倒す意味がないと思うんだけど……)
ハヤトはちらりとディーテの方を見る。
ディーテはその視線の意図に気づいたのか、バンに気づかれない程度に小さく顔を横に振った。
(もしかして死に戻りもできない? 一体バンは何をしたんだ?)
ログアウトも、転移も、死に戻りもできない。
それは以前ディーテにされたとき以上のことをされていると言っていい。管理者であるディーテ以上のことができるとはどういうことなのだろうかと、ハヤトは驚いている。
「ちょっといいだろうか?」
ディーテが軽く右手を上げてバンへ問いかけた。
「誰だ、お前?」
「私はディーテという者だ。ハヤト君を連れて行くなら私も連れて行って欲しいのだが構わないかね?」
バンはディーテを見つめるが答えない。どうするべきか考えているのだろう。
「どうだろう? 連れて行ってくれるならハヤト君を説得しようじゃないか」
「……お前、その恰好をみると教会――神に仕えている立場か?」
「確かにその通りだが、何か問題かね?」
「いや、問題はないな。むしろ好都合だ。いいだろう、二人とも連れて行ってやる。余計なことをせずにこっちに来い」
「分かった。行こう、ハヤト君」
ディーテが歩き出そうとしたところで、ソニアが止めた。
「待ちなよ。ここでハヤト達を連れていかれたら、私が皆に怒られちまう。どうだい、バン。ついでに私も連れて行かないか? 正直、アンタがハヤトをさらってどうする気なのか興味があるんでね」
「ばあさんはいらないな」
バンはそう言うと、持っていた小石をソニアに向かって投げた。
ソニアはその石を間一髪で躱す。だが、バンはすでに二投目を投げていた。
さすがにそれは躱せないと誰もが思ったのだが、その石はソニアには当たらなかった。いきなり上空から剣が落ちてきて、その石を弾いたのだ。
「おいおい、女性に対して石を投げるなんて男として一番やっちゃいけないことだぜ?」
ハヤト達の後方からイヴァンの声が聞こえてきた。どういうコントロールをしているのか分からないが、エクスカリバーを投げて石がソニアに当たらないようにしたのだ。
「イヴァン!」
「よお、ハヤト。ようやく着いたぞ。状況は分からないが、アイツが盗賊で間違いないか?」
イヴァンがゆっくり歩いて来て地面に刺さったエクスカリバーを抜く。そして構えた。
「勇者か。よくもまあ、こんな奴まで呼べるもんだな」
二人が戦おうとしているのを止めるようにディーテが間に割り込んだ。
「やめたまえ。バン君には勝てない」
「確かディーテだったな? 俺が盗賊に負けるって言ってるのか? どういう理由だ?」
「……彼は今、世界の理から外れている。誰であろうとも倒すことはできない。ハヤト君、行こう。これ以上、無駄な戦いをする必要はない」
ディーテはハヤトの背中を押すようにしてバンの方へ歩き出した。
「ディ、ディーテちゃん、一体どういう――」
ディーテはハヤトの背中から小さな声でハヤトに囁いた。
「バン君は今、自分の設定を変更して一撃必殺を繰り出せる状態だ。ゲーム的に言うならチート状態だということだね」
ハヤトは驚きの顔でバンを見た。




