事情の説明
夕方、ハヤトは王都に近い新しい拠点にエシャとアッシュを呼び出した。事情を説明するためだ。
とくに待つこともなく二人は現れる。
二人はこれまでのログハウスとは打って変わって大きな砦の拠点をハヤトが持っていることに驚いた表情をみせていたが、とくに何も言わずに椅子に座った。
ハヤトはテーブルの上に人数分のコーヒーを置いてから、これまでの事情を説明する。
一通り説明が終わったところでハヤトは自分のコーヒーをのみ、ようやく一息ついた。
「このエシャ・クラウン、ご主人様の手腕に感服いたしました。最高と言わざるを得ません」
「え、そうかな? 確かにクラン戦争に誘い込めたのは良かったと思うけど」
「ご謙遜を。それはただのフェイク。ご主人様を追い出したクランを騙してこの拠点を奪ったのですね? 私達に前のクランメンバーは仲間と言っておきながらのこの仕打ち。敵を騙すには味方から。今日ほどこの言葉の意味を理解したことはありません」
「話を聞いてた? この拠点を餌にして剣を取り返すんだって。上手く行ったら剣も拠点もネイに返すんだよ」
「またまた。みなまで言わずとも分かっております。拠点を奪い、たとえ剣を奪っても返すことはないのでしょう? さすが私のご主人様。なんと素晴らしい悪の所業」
「だから違うって」
「ハヤト、それは人としてどうかと思うぞ」
(AIから人としてどうかと思われたぞ。それこそ人としてどうなんだ?)
ハヤトはややショックを受けながらも反論する。
「そういう筋書きとかじゃなくて、本当にそうするつもりだから。ここの拠点も一時的な物だから、汚したり壊したりしないようにね」
「……あの、本当に剣を取り返すために拠点を借りただけなのですか?」
「そうだね」
「……マジで?」
「……マジで」
エシャは盛大な溜息をついた。そしてちらりとハヤトを見て、また大きな溜息をつく。ハヤトが見た中で過去最高の溜息と言えるだろう。
「とんだヘタレご主人様ですね。どれだけ甘ちゃんなんですか。あれですか? みんなに好かれてないと死んじゃうような人なんですか? これだけの仕打ちをされて怒らないことといい、しかもそのクランの自業自得な問題のために相手にやり返すなんて、生ごみ野郎と言われても仕方ありませんよ?」
「傷つくからもうちょっとオブラートに包んでくれる?」
「分かりました……ご主人様は馬鹿なんですか?」
「そのオブラートは破れてるよね?」
とはいえ、ハヤトも確かに甘いとは思っている。
(でもなぁ、ゲームが開始されてから二年半。それなりに楽しくやってきたメンバーなんだ。クランを追い出されたくらいでそのすべてが怒りに変わるような話でもないと思うんだけどな。別に有無を言わさず追い出されたわけでもないし……そう考えるのが甘いのか)
「エシャ、あまりハヤトを責めるな。ハヤトは面倒見がいいタイプなんだろう。それにそれくらいの奴じゃないと、お前を雇えるわけがない。ハヤト以外ならお前なんて一日で解雇だぞ?」
「それは盲点でした。確かにその通りですね。ご主人様は最高です」
「うん、もう少し気持ちを込めようか。でも、まあ、自分でもちょっとは甘いかなと思ってはいるから」
「ちょっと? 砂糖にハチミツをかけたレベルの甘さですよ? でもまあ、元のクランメンバー全員を説教したくだりは良かったと思いますよ。それでも甘いとは思いますけど」
ハヤトは殲滅の女神との交渉後、黒龍のメンバーを呼び出した。そして状況を伝える。そこでとある事情が分かり、ハヤトはメンバーを説教したのだ。
その事情とはハヤトをクランから追い出した理由だ。
黒龍は同ランク内ではランキングが低いと言っても、そこはAランク。賞金が貰えるクラン戦争では、上位クランを称賛する人もいれば、嫉妬、ひがみ、妬み、やっかみ、色々な負の言葉を浴びせる人もいる。
とくにモンスターの狩場では酷かった。本来、狩場は先に来た方に優先権がある。パーティが多いとせっかく来ても帰らなくてはいけないのだ。プレイヤーによっては無駄足を踏んだことに怒り、嫌味のように先にいたパーティに罵声を浴びせる場合がある。
黒龍は何度か「装備は一流だが、メンバーは三流のクラン」という言葉を受けた。
そんな言葉は無視すればいいのだが、クランメンバーはそれが事実であると重く受け止めていた。ハヤトの作る装備やアイテム、料理や薬品は確かに最高品質の物だったからだ。
そんな時、よく狩場で一緒になるプレイヤーに提案をされる。ハヤトが抜けた状態でクラン戦争に勝てば、その批判を払拭できるのではないか、と。
ハヤトをクランから抜くなんて出来ないと最初のうちは否定していたが、最後の戦いでハヤトが敵を道連れにして倒したことが決定打となった。
自分たちはハヤトの生産スキルに頼っているだけでなく、戦闘力のないハヤト自身からも守ってもらえていると考えたのだ。それにハヤトが戦闘スキルを鍛えないのもあらゆる生産スキルで不甲斐ない自分達を守るためなのだと考えた。
そしてハヤトはプレイヤーとして一流だが、自分たちは三流という考えにシフトする。
残念なことにクランリーダーのネイは思い込んだら止まらない。ハヤトと同じクランで肩を並べるためには自分達が一流であることを証明しないといけない、という謎理論に取りつかれ、ハヤトを追い出しクラン戦争に勝利しようとした。
そしてハヤトなしでクラン戦争に勝てたら戻って来てもらうつもりだったという。
それを聞いたときのハヤトの胸中は酷い物だった。
(どれだけ俺を信頼してるんだ。たとえ他のクランにいたとしても、俺なら絶対に戻ると信じていたみたいだし。ちょっと怖いくらいなんだが……まあ、戻った可能性は高いけど)
クラン戦争が始まってからハヤトに戦闘スキルを覚えろと言っていたのは、ハヤトにもっと自由にやって欲しいという意味だった。追い出す事情を説明しなかったのも、ハヤトは優しいから事情を知ったら見えない形で支援してくる可能性があると心を鬼にして追い出したとのことだった。
それを聞いたハヤトはそういうのはちゃんと言葉にして言え、とメンバーを説教したのだ。あと、ネイには暴走するなとかなり説教した。
(自分が大人だとは言わないが、みんなはまだ子供なんだろう。このゲームはクラン戦争前から人気があったし、ヘッドギアも安めだ。若い人が始めるにはハードルが低かったと言える。クラン戦争が始まると賞金のおかげで多くの大人、しかも悪い大人が増えた。クラン戦争が始まる前までは気にしなくていいようなことも気にしなきゃいけなかったんだろうな)
人が増えれば治安が悪くなる。ゲームも同様だ。それにお金がかかっている。悪意を持って接する人がいないなんてことはない。
ハヤトなしで勝てばいいと教えてきたプレイヤーは剣を盗み、相手に渡したスパイだった。ハヤトの代わりに一度だけ黒龍に入り、クラン戦争に参加すると提案してきたのだ。つまり最初から黒龍に忍び込むためにメンバーを前々から唆していたことになる。
(黒龍はそいつ一人に負けたと言ってもいいだろうな。戦いじゃなくて話術で崩壊させた。褒められた行為じゃないが、敵ながらあっぱれか。しかし、賞金が貰えるのは嬉しいが、クラン戦争は余計なことをしてくれたよ)
色々と話し合いをした結果、黒龍は解散することになった。
メンバーはお金欲しさでクラン戦争に参加してはいなかった。ハヤトが負けられないことを言っていたので、そのために頑張っていたのだ。だが、ハヤトはAランクのクランにも勝てそうなクランを作った。なら黒龍は解散して、クラン戦争には参加せず、ゲーム内で遊ぶだけにしようという結論に至ったのだ。
他にも事情を知ったハヤトが「メンバーが一流か三流かなんて関係ない、俺はお前達とこのゲームで遊びたかっただけだ」と、のちに恥ずかしさで身悶えるようなセリフを言いのけたことも少なからず解散に影響している。
そしてハヤトは解散の決定に異は唱えなかった。
黒龍のメンバーがクラン戦争というイベントは向いていないと思えたからだ。そもそもメンバー全員が他人と競うような性格をしていない。クランを組んでいる時に使える共有アイテムなどのシステムは使えなくなるが、やや不便になるだけで特に問題はない。なので、ネイは特になんの未練もなく解散した。
ハヤトはそれを見ながら、二年以上続いたクランを簡単に解散するなんて軽いな、とは思ったが、クランと言うシステムに縛られなくとも友達とか仲間だという意識があるから関係ないんだろう、と考えを改めた。
そしてネイは「これからはもう一緒に遊んでも大丈夫だな!」といい笑顔になり、みんなを連れて拠点を後にした。
その時のことを思い出し、お前はもっと反省しろとは思いつつも、ハヤトは少しだけ笑った。
それとは逆にエシャは溜息をつく。
「追い出されたクランを解散させ、拠点を奪い、上位クランと戦ってランキングも奪う予定。完璧な結果なのに、ご主人様がヘタレすぎてがっかりだと言っておきます。ご主人様が悪なら、私もメイドから悪の女幹部というポジションにつくつもりでしたのに」
「今でもそんな感じだけどね?」
「俺はハヤトの行動が好きだぞ。男は細かいことなど気にしないくらいが格好いいもんだ」
「そう言ってもらえると助かるよ。さて、それじゃ事情は説明したから今後のことを決めたいんだけど」
「確か妹の力を借りたいんだよな?」
「そうなんだ。剣を奪い返すには強制的に装備を解除させる必要がある。以前聞いた呪いの効果を使えるのか確認してほしい。もし可能なら今度のクラン戦争に参加してほしいと思ってる」
「分かった。明日、妹をここに連れてこよう。スキルに関しては俺も良く知らないから本人に聞いたほうが早い」
「頼む。それとは別に窃盗スキルが100の知り合いはいないか? 装備が外れてもそれを盗めなければ意味がないんだ」
ハヤトのその言葉に二人は沈黙した。だが、アッシュがエシャのほうへ不思議そうな顔を向ける。
「言わないのか?」
「何のことでしょう?」
「いや、エシャにならそういう知り合いがいるはずだと思ったんだが」
「いえ、記憶にありませんね」
「エシャ、知り合いに窃盗スキルが100の人がいるのか? ならぜひとも紹介してほしいんだが……紹介してくれたら、望んでいた星五のウェディングケーキを用意しよう」
「なかなか交渉がお上手ですね。実は昔の仲間にそういう人がいることはいるのですが、色々面倒なので紹介したくないのです」
「面倒?」
「私の天敵とも言えますね」
ハヤトは頭を下げる。
「エシャ、アッシュの妹さんが俺の望んだスキルを持っていなくても、別の方法で強制解除させる。ただ、どちらにしても窃盗スキルが最高の人が必要なんだ。ぜひその人を紹介してほしい」
エシャはハヤトを見つめると、今日何度目になるか分からないため息を吐いた。
「分かりました。明日、アッシュ様の妹様が来る前にその人のいる場所へお連れしましょう……ウェディングケーキに目がくらんだだけなんだからね、とだけ言っておきます」
翌日、メイドのエシャがハヤトを案内した場所は、王都のバトラーギルドがある建物だった。