クラン戦争の交渉
ハヤトのスジが通っているようでまったく通っていない発言に相手のクランメンバーは白けた感じになった。
そして混乱しているのはネイだ。
「ま、待ってくれ、ハヤト。今日来たのはそれが理由なのか? でも、それじゃ剣を返してもらえない――」
「ネイ、ちょっと来い。ええと、レオンさん、少しの間、席を外しますよ。拠点のことで話をしておきたいので」
(俺が拠点の所有権を主張したことで向こうは面食らったはずだ。少しは時間を稼げるだろう)
ハヤトはネイを連れて、レオン達に話が聞こえない場所、二階へ上がるための階段まで移動した。念のためにレオン達の状況を確認してから小さな声でネイに話しかける。
「あのな、拠点とアイテムをどうやって交換するつもりだ? システム的にそういうトレードは出来ないだろう?」
拠点と拠点のトレードは出来る。アイテムとアイテムのトレードも出来る。だが、拠点とアイテムのトレードはシステム的に出来ない。やるとすれば、どちらかが先に渡し、その後に渡してもらうしかないのだ。
「こちらが拠点を渡したあとで剣をトレードしてもらう予定になってるんだが――ハヤト、痛くもダメージもないがなんで頭にチョップした?」
「気分だ。いいか、そんな約束を守る奴がどこにいる。お前が拠点を渡したところで向こうが剣を返す保証はないだろうが。実際に拠点を渡す前で良かったよ、本当に」
「ええ? 約束を破る奴がいるのか?」
「お前のその答えにびっくりだよ。スパイに騙されたのに、また騙されるつもりか。ポンコツにもほどがある」
「……ハヤトにポンコツと言われるのも久しぶりだな――なんでチョップする?」
「嬉しそうにしてる場合か。あの男が剣を腰に差しているのをみただろ? アイテムバッグに入れてるんじゃなくて装備しているんだよ。剣を返そうっていう奴が装備なんかするか。性能を気に入って装備してるんだから返すつもりなんてないんだよ。たぶんだが、拠点を先に渡したら剣を返すと言われたんじゃないか?」
「その通りだ」
「お前、本当に……まあいい、それにここにいるのはネイ一人だろう? 向こうが指定したんじゃないか? 交渉の場にはお前一人って」
「すごいな。まさしくその通りだ――そう何度もチョップは食らわないぞ。見切った」
「お前のそのドヤ顔にイラっとする。ちょっとは痛い目に遭え……今、遭ってるのか。詮索するつもりはないが、お前、バリバリのキャリアウーマンって嘘だろ。どう考えてもお嬢様学校に通うような学生だ。しかも箱入り」
「ち、違うぞ、全然違う。都会で一人暮らしして、実家に仕送りしてる感じの出来る女だ。お嬢様の大学になんか通ってない」
(出来る女のイメージってそれなのか? それに大学って言っちゃったよ、コイツ)
「出来る女ならこんな状態にはならないんだよ。出来る女をロールプレイしたいなら、もうちょっと頑張れ。まあ、それはいい。今は剣を取り戻すことが先決だ……なんでさっきから嬉しそうにしてるんだ? 状況は最悪だぞ?」
「いや、やっぱりハヤトは頼りになるなと思って。ついさっきまでは心細かったけど、今は全然平気だ」
(そんなに信頼してるのになぜ俺を追い出した? いや、生産職だからか……まあいい、どうやって剣を取り戻すかを考えないと――盗み返すしかないよな)
ハヤトはそう思ったが、今の状況でそれは無理だと考えた。レオンはすでに剣を装備している。つまり窃盗対策。盗まれないように注意しているのだ。
この状態ではたとえ窃盗スキルが100だったとしても盗むのは不可能。つまり何らかの形で装備を外させなくてはいけない。しかもそれをするにはクラン戦争中でしかない。対人戦はクラン戦争中だけなのだ。
考えられるのは、剣の耐久力を限界近くまで減らして自分から外す状況を作る、もしくは装備の条件を満たせない状況にして強制的に装備を解除させる、の二つだ。
(あの剣は耐久が多い。クラン戦争中にギリギリまで減らすのは無理だろう。なら強制解除だ。たしかあの剣の装備条件はSTRが60以上。戦士系なら間違いなくSTRが100か……STRを41以上減らすなんて無理だよな。呪詛系の魔法を使っても減らせるのは最大で二割だったはず。強制解除も無理か……)
ハヤトはそこまで考えたとき、アッシュの言葉を思い出した。アッシュの妹のことだ。
(いや、確かアッシュの妹が呪い系のパッシブスキルを覚えたとか言ってたか? 効果は知らないが、確か呪われていた時に自分を含めた周囲のステータスを半分にしたとか聞いた気がする。もし同じ効果ならいけるか? STRが半分になるなら確実に装備が外れる。くそ、確認したいところだが、そんな悠長なことをしている時間はないな。仕方ない、それに賭けよう。駄目なら諦める)
「おい、ハヤト、考え込んでどうした? やっぱり剣を返してもらうのは無理か?」
「まだ考え中だ、もう少し待ってくれ。ところでネイの知り合いに窃盗スキルが100の奴って――」
(いや、ダメか。たとえ剣を盗めてもそれをこちらへ返してくれる保証がない。NPCだって返してくれる保証はないが、そちらの方がまだ可能性はありそうだ。探すしかないな。となると後はアイツらとクラン戦争をするように持っていかないと。どうやらアイツらはこの拠点を狙っているみたいだから、それを賭けの対象にすれば食いつくだろう)
拠点が自分の物だと主張したのは交渉の場を荒すための嘘だったが、それを餌にクラン戦争に持ち込もうとハヤトは考えた。
「ネイ、この拠点を俺にくれ。いや、貸してくれ。さっきの主張を本当にしたい」
「ハヤトに拠点を渡すのは構わないと思ってる。皆もそうだろう。でも、この拠点がないと剣が――」
「まだ言ってんのか。拠点を渡しても剣は返ってこないんだよ……ええと、俺とアイツ、どっちを信じるんだ?」
(めっちゃ恥ずかしい。こういうのってログに残るのかな……うお、ネイの目がキラキラしてる。こういうセリフに憧れるタイプだと思っていたが、チョロすぎだろう。引かれるよりはましだが、これはこれでキツイ。黒歴史確定だ)
「もちろんハヤトを信じるぞ!」
「声が大きい。でも、なによりだ。ならすぐに拠点のトレードをしよう。安心してくれ、上手く行ったら全部返す。あくまでも一時的な交換だ」
(早く拠点を預かっておかないとすぐに渡しそうだから危険だ)
「そうなのか? いや、なんでもいい! ハヤトを信じるぞ!」
(お前の将来――いや現在が心配だよ。詐欺とかに引っかかってないよな?)
ハヤトとネイはシステムメニューからトレードを選択し拠点のトレードを行った。一瞬で拠点と設置している家具の所有権が全て移り、クランの共有倉庫も入れ替わる。これでこの拠点はハヤトの物になった。そしてログハウスは黒龍の拠点となる。
(とりあえずこれでいい。あとはこれを餌にクラン戦争に持ち込むだけだ)
ハヤトとネイはレオン達がいる部屋に戻った。
レオンはニコニコと笑顔だが、左右の二人はどう見ても不機嫌そうな顔をしている。
「お話はまとまりましたか? そもそも拠点を建てたからと言って所有権を主張するのは無理があると思いますが」
「盗んだ剣と拠点を交換するのも無理があると思いますよ」
ハヤトとレオンはお互いに笑顔、言葉遣いも丁寧だが、明らかにお互いをけん制している。周囲が重い雰囲気に包まれた。
「盗んだと言ってもこれはゲームシステムに則った正当な行為です。批判される謂れはないと思いますが?」
「ええ、もちろんです。批判なんてしてませんよ。スパイについても同様です。ただ、詐欺は良くない。返すつもりのない剣を餌に拠点を奪おうとするのはいけませんね」
「失礼ですね。ちゃんと拠点と剣を交換すると言ってるじゃないですか」
「なら先に剣を渡してもらえますか? その後で拠点を渡しましょう」
レオンは答えに詰まる。だが、まずいと思ったのか、すぐに口を開いた。
「剣を返した後で拠点を渡してもらえる保証があるのですか?」
「そのままお返ししましょう。拠点を渡した後で剣を返してもらえる保証があるのですか?」
ハヤトはそう言って微笑む。
(うう、胃が痛い。こういうやり取りをするのが嫌で会社を辞めたのに。でも、ここで引くわけにはいかない。とりあえず、その剣にはもう興味がないという形にして、なんとかクラン戦争をするように持ち込まないと。剣に興味があると思われたらクラン戦争で装備をしてこない可能性がある。まあ、クラン戦争に持ち込んでも絶対に取り戻せるって保証はないんだよな。それに下手をしたら拠点も奪われる。分の悪い賭けって言うか、ただの無謀と言われても間違いじゃないな。俺、ゲームで何やってんだろう?)
レオンはネイのほうを見た。先ほどと違って元気を取り戻しているネイを不思議に思いながらも、構わずに口を開く。
「ネイさん、ハヤトさんはこう言ってますが、同じ考えですか? 先に拠点は渡せないと?」
「もちろんだ。それに拠点はもうハヤトに渡したから、私にはもう何の権限もない。でも、剣を返してくれたらハヤトは間違いなく拠点を渡すから安心だぞ」
その言葉に三人は驚く。あれほど執着していた剣を取り戻すチャンスを棒に振り、拠点をハヤトに渡したからだ。普通ならあり得ない。
「マジだ、拠点の所有者がハヤトの名前になってる……」
モヒカンの男がシステムメニューからその情報を見て結果を口にする。そこで初めてレオンの顔が笑顔ではなくなった。だがすぐにニヤリと口角を上げて笑う。
「タイミングが悪かったですね。トレードが終わるまで貴方を入れなければ良かった」
「俺はタイミングが良かったよ」
「でしょうね。さて、どうしましょうか。ハヤトさん、どうです? 剣と拠点を交換しませんか? もちろんそちらが先に渡す形ですが」
「保証があってもレオンさんとは嫌かな」
「嫌われたものですね。しかし困りました。せっかくここまで来たのに手ぶらで帰るのも癪ですね」
(やはりこの王都に近い一等地は魅力的か。なら釣れるかな?)
「そんなレオンさんに提案だ。俺は次のクラン戦争でこの拠点を賭けてベッティングマッチを行う。それに挑んでこないか?」
レオンは目を細めてハヤトを見る。そしてちらりと腰に差している剣を見た。
「この剣を賭けて挑んで来いという意味ですか?」
「いやいや、その剣はもうレオンさんの物だよ。賭ける必要はない。適当なナイフでも賭けてくれれば十分。俺が欲しいのはランキングでね」
「ランキング?」
「『殲滅の女神』はAランクなんだろ? ジャイアントキリングのルールで下位クランは上位クランに勝てばそのランキングをそっくり貰えるからね。今日ここに拠点を貰いに来たのは、上位クランと戦うために賭けの対象が欲しかったからなんだ。この拠点が賭けの対象なら、上位クランは下位クランと戦う理由になるだろう?」
ランキングが欲しいというのは本当だが、拠点が欲しかったというのは嘘だ。辻褄が合いそうな嘘を吐くことでより信ぴょう性を持たせている。
「Aランクに勝てる自信があると? たしかハヤトさんはクランを抜けたばかりのはず。そもそも所属クランのランクは?」
「Fだけど、昨日勝ったからEかな。ランダムの同ランク対戦だったからポイントが足らずにまだFかもね」
ハヤトのEやFという言葉に、モヒカンの男性とドレスの女性が笑い出す。だが、レオンは真面目な顔でハヤトをジッと見つめた。
「何を企んでいるんです? どんなクランなのかは知りませんが、私達に勝てるとでも?」
「昨日の戦いでこれは行けると思ってね。アニバーサリーの賞金を狙いたいと思ってる。どうかな? そっちも勝てる自信があるなら合法的にこの拠点を貰えることになるよ? 負けたらランキングは落ちるが、剣はそのまま。それに詐欺まがいのことをして変な噂を立てられるよりは遥かにましだと思うけどね?」
レオンは顎に手を当てて考える。
そして数秒後、笑顔になるとテーブル越しに右手を差し出してきた。
ハヤトも同様に右手をだして握手をする。
交渉が成立した瞬間だった。