スパイ
ハヤトはクラン「黒龍」の拠点である黒石の砦へやってきた。
クランが負けた直後に行くのは嫌味に取られるかもしれないと思ったが、その負け方が完全試合だったため、事情を確認するために来たのだ。
完全試合とは味方が誰一人倒されることなく相手を殲滅したときの勝ち方だ。今回の場合は逆。誰も倒すことなく、味方が倒された。Aランク同士の戦いでは珍しい結果だ。
完全試合をすることで特に何かがあるわけではない。称号が得られるとか、アイテムがもらえるとか、賞金が増えるとか、そう言ったことは全くなく、単にどういった勝ち方をしたかを示す情報でしかない。
今回、ハヤトもその完全試合で勝っている。誰一人倒れることなく、相手を殲滅した。つまり完全試合での勝利。だが、本来それをやるには相手との実力差がなくてはできない。ハヤトの場合は味方と敵の実力差があったともいえるが、どちらかといえば初見殺しだった。
初見殺しとは初めて見せる戦術により相手に対策を取らせない戦い方だ。
アッシュの広範囲ドラゴンブレス。これも初見殺しだといえるだろう。対策はある。味方を巻き込ませるようにアッシュを一人にさせない、ノックバックで攻撃をキャンセルする、などの方法はあるが、初めて見る相手がそれを知っているわけがないからだ。知らなければほぼ何もできずに食らうことになる。
今回はそのおかげでハヤトは完全試合をすることができた。だが、黒龍はAランクなのだ。確かにAランクでもランキングは下の方だが、たとえ相手がランキング一位だったとしても、完全試合で負けるのはよほどのことだ。
(初見殺しをされた可能性はあるが、みんなは慎重派だ。最高品質のポーションが大量にあるわけだし、拠点に近い場所でまずは相手の出方をみる戦術を取る。そう簡単にはやられないだろうし、この時期にAランクに対して初見殺しが出来るほどの戦術があるとも思えない。それにあの剣がある限り誰も倒せないなんてことはないと思うんだが)
ハヤトはそんなことを考えながら、扉をノックした。
「ハヤトだ。開けてくれないか」
扉の向こう側から「ハ、ハヤト!?」と言う声が聞こえた。ハヤトはその声からクランリーダーのネイだと判断した。そしてハヤトの耳には聞きなれない男の声も聞こえた。
「入ってもらったらどうですか? もう話は済みましたから、別に構いませんよ」
数秒後、扉の鍵が開く。驚いた感じのネイが顔を覗かせた。やや疲れ気味の顔をしているネイにハヤトはなにかがあったのだろうと推測する。
「ハ、ハヤト、ど、どうしてここに?」
「クラン戦争の結果を見た。ちょっと心配になって来たんだよ。まあ、他にも理由はあるけど。もしかして客がいるのか?」
「あ、ああ、客というか――」
「そんなところにいないで中へお入りください。ハヤトさんにはお礼をしておきたいですから」
(お礼? 何を言っているんだ? 俺の知ってるやつなのか?)
ハヤトは疑問に思いながらも扉をくぐり、中へと足を踏み入れた。
一ヵ月ぶりの拠点にハヤトは懐かしさがこみ上げた。内装が一ヵ月前とまったく変わっていなかったのだ。
中世の薄暗い食堂をイメージした造りで、光源は天井にあるロウソクのシャンデリアのみ。中央には木製の長机が白いテーブルクロスに覆われ、同じ木製の椅子が机の両サイドに五脚ずつ、そして周囲には壁に沿ってそれらに見合う家具が置かれていた。
その内装はすべてハヤトが木工のスキルで作り出したものだ。ハヤトはこだわり過ぎだと仲間に苦笑いをされた記憶がよみがえり少しだけ笑顔になる。
少しだけ思い出に浸ってから、ハヤトは中にいる人を見た。二人の男性と一人の女性だ。
騎士のような装備をした男を中心に、右側に白いドレスを着た女性、そして左には世紀末にいそうなトゲトゲの肩パットをしたモヒカン男が座っていた。
(面識はないはずだが、誰だ?)
ハヤトの不思議そうな顔に、騎士の男性は笑顔で返した。そして自分の家のように椅子へ座るようにハヤトへ促す。その態度にちょっとイラっとしたが、ハヤトは言われるままに椅子に座った。そしてネイも同じようにハヤトの右隣に座る。
「まずは自己紹介をしましょう。Aランククラン『殲滅の女神』のクランリーダーをやっているレオンと申します」
男が椅子から立ち上がり頭を下げる。礼儀は正しいが、ハヤトにはそれがわざとらしく見えた。
(殲滅の女神? 完全試合をしたチームの名前だよな? なんで敵チームがここに? それに腰に差している剣。なぜそれを持っている……? いや、まずは話を聞くべきか)
「ハヤトです。初めまして。ところで俺に礼をするとか聞こえたのですが?」
「ええ、今回、黒龍に勝てたのはハヤトさんのおかげと言ってもいいので。その節は助かりました。ありがとうございます」
「……理由を聞いても?」
「黒龍から貴方が抜けたおかげで私達は勝てた、ということですね。黒龍のクランリーダーさんも信用できない相手をクランに加えるのは危険だと気づけたでしょう。いい勉強になったと思います」
その言葉にネイは悔しそうに下を向く。ハヤトはそれを横目で見たが、それは一旦置いておくことにした。
「もう少し具体的に説明をしてもらっても?」
「構いませんよ。貴方が抜けた後に入ったメンバーは工作員、つまりスパイだったんですよ。まあ、私達のクランとはまったく関係のない工作専門の方ですね。クラン戦争前にその方から連絡を頂いたので裏切ってもらいました。なかなかのお値段でしたが、それで勝てるなら安い物です」
(そういうことをしている奴がいるとは聞いたことがあるが本当にいたんだな。つまり、クラン戦争を九対十一で戦ったようなものか。クラン戦争では一人抜けただけでも痛手だ。しかもその一人が敵に回ったら勝ち目はないだろう。でも、その剣を持っている理由にはならない)
「事情は分かったけど、もう一つ聞きたい。その剣を持っている理由は? それは俺が仲間のために作った剣だと思うけど?」
「ああ、これですか。たしかにハヤトさんが作ったものですね。いや、素晴らしい。エクスカリバー・レプリカ。片手剣の中で最強の一角ともいえるこの武器を星五で作れる運に驚きですよ」
「質問の答えになってないかな」
「失礼。簡単に言えば、クラン戦争でもらいました」
「もらった? ベッティングマッチだったのか?」
ベッティングマッチとは、いわゆる賭け試合だ。クラン戦争でお互いにアイテムなどを賭け、勝った方がそれを手に入れられるマッチングの一つ。
何かを賭けている場合は、同じように何かを賭けているクランを自由に選べるため、主に下位クランが上位クランに戦いを挑む時に使われている。お互いに対戦許可を出せば晴れて対戦だ。
ただ、クラン戦争に勝てば現実世界で賞金が得られるため、八百長防止のために相手を選んでもそれが認められるためには多くの審査がある、と言われている。現実世界のつながりは追えないが、ゲーム内におけるプレイヤー同士の繋がりやこれまでの戦績、色々な要素から判断されているのではないか、と言われているのだ。
「いえ、ベッティングマッチではないですよ。もらったとはいいましたが、正確にはクラン戦争中に盗んだものですね」
(盗んだ? 窃盗スキルの事か? でも、それは無理だろう。窃盗スキルは相手のアイテムバッグにあるものしか盗めない。装備している物は盗めないはずだ。その剣はネイのメイン装備。クラン戦争中に装備を外すわけがない……いや、耐久が落ちて破壊を免れるために外したのか?)
ハヤトは色々と考えを張り巡らせる。さらに考えようとしたところで、隣に座っているネイが体を少しハヤトのほうへ寄せた。
「スパイがずっとその剣をアイテムバッグに入れて持っていたんだ……戦いが始まると同時に敵陣に走って行って、相手の砦で盗ませた……すまない、みんなが素材を集めて、ハヤトが作ってくれた剣だったのに……」
ネイが蚊の鳴くような声でそんなことを言った。
ハヤトはその言葉を聞き理解する。
クランでは任意でアイテムをクラン共有アイテムという設定にすることができる。クランメンバーなら誰もが使えるアイテムとなり、ログアウトするたびにクラン倉庫という共通のアイテムボックスに戻る仕組みだ。
クラン共有アイテムを誰かに売ったり渡したりすることはできない。持ったまま脱退してもクラン倉庫へ戻ってしまうし、クランを解散した場合は元の持ち主に戻るため、たとえクランメンバーになったとしても盗むことはできないのだ。
だが、クラン戦争で相手に盗ませることはできる。
スパイだったプレイヤーは、ネイがログアウトした後、アイテムバッグにエクスカリバー・レプリカを入れ、そのままログアウトせずにクラン戦争に参加。そして相手に盗ませたのだ。
憶測ではあるが、ハヤトはそう考えた。
(ネイにあげた物なんだから固有のアイテムにしろって言ったのに、頑なにクラン共有のアイテムにしてたからな。状況はなんとなく分かってきたけど、コイツらがここにいる理由が分からないな)
「だいたいの状況は分かったよ。それでレオンさん達は何をしに来てるのかな? まさかそれを返しに来たって話?」
「ええ、その通りなんですよ」
(マジかよ……いや、それはないな。スパイを使うような奴がそんなことをする訳がない。なら、なにか交換条件か?)
「この剣はお返しします。ただ、欲しい物がありまして、それと交換してほしいと思いましてね。その交渉に来てました。まあ、すぐに了承していただけましたがね」
「交換してほしい物? なにか聞いても?」
「この拠点です。ここは王都に近い一等地だ。今なら一億以上の値段が付くでしょう。そしてこの剣も似たような値段が付く。等価交換と言うことです」
(盗んだもので等価交換か、冗談のセンスはあるね……いや、待て。了承したっていったか? もしかして応じたのか?)
「ネイ、その交換に応じたのか?」
「……拠点も大事だが、その剣だけは返してもらわないといけない。皆が作ってくれた大事な剣なんだ。メンバーにも許可を貰ってるから、砦を譲渡する見返りに返してもらうつもりだ」
「このバカ」
「え?」
「ええと、レオンさんだっけ? 悪いね、剣と拠点の交換はなしだ」
「どういうことでしょう? そもそもハヤトさんはこのクランを抜けている。そんなことを決める権限はないと思いますが?」
「残念だがある。この拠点は俺が作った。クランを抜けた後でそれを思い出してね。今日はこの拠点を返してもらおうと思ってきたんだよ。この拠点が欲しかったら俺と交渉するしかないね」
(面倒なことに首を突っ込みたくはない……でも、俺が作った物で変なことをされるのは許せないし、仲間をコケにされたのも許せない。何とかしてやらないとな)
ハヤトは剣を取り返す手段を考ようと頭をフル回転させた。