勇者と魔王に命令できる人
「兄さん!」
アッシュがどこからか撃たれ、地面を転がる。
それを見たレンは驚いてアッシュへ駆け寄った。隕石が落ちてきている場所ではまずい行為だが、そんなことは気にならない程、気が動転していたのだろう。
同じように行動したのがハヤトだ。
「アッシュ! レンちゃん!」
ゲームとは分かっているがこれは現実と変わらない程の仮想現実。それで友人が撃たれたとなれば当然の行為だろう。ハヤトはエシャとディーテの制止を振り切って倒れたアッシュの方へ駆け寄った。
ハヤトとレンは倒れたアッシュの顔を覗き込んで首をひねる。
「平気そうだな……?」
「あれ? なんで平気なの?」
「事情は後だ。まずはメテオの範囲外へ逃げよう。俺はともかくハヤトやレンがまずい」
アッシュは何でもないように立ち上がって、ハヤトとレンを促しエシャ達がいるメテオスォームの範囲外へ逃げだした。
ハヤトがいた場所に戻ってくると、エシャは南側の絶壁、その上の方へベルゼーブを構えて銃撃している。そしてハヤトの方を見ずに口を開いた。
「ご主人様はもっと落ち着いてください……まあ、あの状態で冷静にされていても困りますけど」
「えっと、もしかして褒めてる?」
「けなしてます」
「あ、そう……ところでアッシュは大丈夫なのか?」
ハヤトが見た限り、アッシュは激しく吹き飛ばされた。アッシュはノックバック無効の指輪をつけているので、いわゆるノックバック属性の攻撃で吹き飛ばされることはない。
だが、それでも体を衝撃で吹き飛ばされるような状況はある。速く重い攻撃を受けたときなどがそれだ。ゲーム上のノックバックのようにウェポンスキルをキャンセルするような効果はないが、いわゆる物理法則に従うような攻撃は得てしてダメージが高い。
エシャのデストロイのように一撃必殺の攻撃ではないだろうが、アッシュはアグレスと戦闘をしてHPが減っていた。その状態であれほどの衝撃を受ける攻撃を食らえば倒されていてもおかしくはなかった。
アッシュは少しだけニヤリとしてから左手の人差し指で鎧を指した。
「物理無効の状態になってるんだよ。メテオスォームは派手だが物理属性の攻撃だ。パットに撃たれたのだろうが、あれも物理属性だったんだろうな」
ハヤトはそれで気づく。
アッシュが装備している死龍の鎧シリーズは任意で一分間、物理攻撃が全く効かなくなる状態になる。アッシュはメテオスォームを使われたときにそれを使用して範囲外へ逃げようとしていたのだ。
そこに狙撃された。物理属性の攻撃以外なら危なかっただろうが、物理攻撃なら衝撃で吹っ飛んでもダメージはない。
「……なんだ、心配して損した」
「心配を損とか言わないでくれよ――レン、痛くはないけど、脇腹をパンチしないでくれ」
「上に狙っている人がいるんですから、なごんでないで手伝ってください。私の銃口がそっちに向きますよ?」
エシャは今も絶壁の上の方を狙って攻撃している。それは当てるというよりも相手に攻撃をさせないためだろう。
「すまん。でも、どうする? パットがいそうな場所は山のもっと上だろう? ここから行くには遠すぎないか?」
断崖絶壁の上まではかなりの距離がある。あの場所まで行くには山の周りをぐるりと半周くらいしながら登る必要があるのだ。
「ならマリス達に頼もう。空を飛んでいるならすぐに行けるはずだ」
「どう考えても撃たれますよ。撃ってくれと言っているようなものです」
ハヤトの意見はエシャに却下された。弓やクロスボウよりも銃の攻撃は到達が速い。テイマーとしては優秀なマリス達だとしても躱すのは至難の業だろう。
なら、ミスト達ならゾンビアタックができるとハヤトが考えたところで、レリックから音声チャットがあった。
「私とメイド長様で上にいる狙撃者を倒しましょう。エシャ、相手が顔を出せるように攻撃の手を止めてください」
「なるほど、縮地ですか。それなら一瞬で相手の目の前に行けますね。分かりました。ならメイド長、お願いしますよ」
「任せなさい。レリック様との共同作業。今の私は無敵と言っても過言ではありません」
「はぁ、そうなんですか? まあ、いいですけど。それじゃ攻撃を止めますよ」
エシャがベルゼーブによる攻撃を止める。すると、パットが顔を出した。そしてアッシュを見て不思議そうにした後、銃口を向ける。
だが、弾が出る前に、レリックとメイド長がパットの前に現れた。顔を出したのが運の尽き。レリックとメイド長にターゲットにされたのだ。
パットは崖から見下ろす感じだったので、その目の前は空中なのだが、レリックもメイド長も素早い身のこなしで絶壁の一部に手と足をかけて登り切った。
驚いたパットが身を引いたためハヤト達からは見えなくなったが、崖の上では戦闘が繰り広げられている。
「あの二人を相手に勝つのは無理でしょうからもう気にしなくていいと思いますよ。そのうち、上から敵が落ちてくると思います」
「怖いこと言わないで。確かにレリックさんとメイド長さんを相手にはしたくないかな……なら今度はメテオスォームを使ったオドをなんとかしよう。でも、上じゃないよな? あそこからアグレスを中心に魔法は使えないはずだ」
魔法は使用可能な距離というものがある。距離が無制限ならどんなに離れていても攻撃できてしまうからだ。そう考えればおのずと場所は決まってくる。アグレスの周辺にメテオスォームの魔法をつかいつつ、さらに攻撃範囲外の場所。
「あそこだな」
アッシュがその場所を剣先で指す。赤銅色の岩肌だらけの場所だが、アグレスがいるところのそばに少しだけ岩が屋根のようになっている場所がある。
たとえ隕石が落ちてきてとしてもここは仮想現実。フィールド上の岩は壊れることがない。メテオスォームの安全地帯だと言えるだろう。
「でも、誰もいないぞ?」
「悪魔召喚研究会も似たようなことをしてただろ? 同じことをしているんじゃないのか?」
ハヤトはその言葉に納得した。
クラン戦争時、悪魔召喚研究会のメンバーは姿を消した状態で悪魔を召喚していたのだ。オドも同様に姿を隠すアイテム「インビジブル」を使っていると推測する。
あれはその場所から動かなければ何かの行動を起こしても姿が現れない。消えた状態で魔法を使い放題なのだ。
「でも、あの場所ってアグレスのそばを通らないと行けないぞ? 次のメテオが来るだろうし、行けるか?」
すでに隕石が落ちるのは止まっているが、状況から考えてオドはすでにメテオの詠唱に入っているだろう。そしてアグレスはすでに体勢を元に戻しており、こちらに向かってドラゴンブレスを連発していた。
ハヤトのいる場所までは届かないが、イヴァンやルナリアを近づけさせまいと牽制しているようで、あれをかいくぐるのは困難だろう。さらにはいつ隕石が落ちてくるのかも分からないので、迂闊に近づけない。それに十中八九あの場所に居るとは思うが、いないという可能性もある。
「エシャならあそこまで射撃できる?」
エシャは首を横に振った。
「残念ながら届きませんね。もう少し近づけば届きますけど、それだとドラゴンブレスの餌食です。アグレスの気を引いておいてもらえれば何とかなるんですけど」
「なら我々に任せてもらえますか?」
仲間全体への音声チャットなのでハヤトやエシャの声も全員に届いていたのだが、そこにアドリアンが割り込んできた。
「アドリアンさん、何か手があるんですか?」
「ええ、もちろん。この場所に公爵級の悪魔を召喚します。あの悪魔ならメテオでも耐えられますし、あのドラゴンの相手も数分は持つかと」
ハヤトは、確かにいい作戦のように思えたが、問題もあると思っている。
そもそも公爵級の悪魔を召喚すると、召喚者はその代償として命を落とすのだ。そのせいもあり、公爵級の悪魔は制御が利かない。こちらに敵対する可能性がある。
「公爵級の悪魔がアグレスを狙いますかね? ボスキャラが二体になるとこっちは撤退するしかないんですけど」
「そこはやり方次第ですよ。あのドラゴンはどうやらドラゴンブレスでこちらに近づけないように連発しているようですからね。上手く召喚すれば、悪魔に攻撃が当たり、まず間違いなくドラゴンを攻撃します」
「ドラゴンブレスが当たる位置に召喚してヘイト値を稼ぐと?」
「そうですね。この召喚で勝つわけではなく、気を引くだけですから最初にダメージを受けても問題ありません」
ハヤトはそれに賭けることにした。あまり長い時間考えていると逃げられる。やれることはやったほうがいい。
「分かりました。それでお願いします。皆、聞いての通り、これから公爵級の悪魔を召喚する。ドラゴンブレスの軌道上に召喚する予定だから、イヴァンやルナリアさんは相手にバレないようにしつつ、攻撃を引き出して」
「すげえ無茶言ってないか?」
「ハヤトさんは魔王にもっと敬意を払って」
「え? 俺には無理だけど、二人なら余裕だと思ったんだけど?」
「そう言われちゃやらないわけにはいかねぇな!」
「フッ、たやすい」
「よし、それじゃ、アドリアンさん、よろしくお願いします――あれ? 大丈夫ですよね?」
アドリアンからの返信がないので、ハヤトは首をひねってから、実際にアドリアンがいる方を見た。
アドリアンの方は驚きの顔でハヤトを見ているようだったが、視線が合ったので慌てた感じになっている。
「あ、え、ええ。すみません。すぐ準備します」
「はい、お願いします」
何に驚いているのかをハヤトは理解していなかった。だが、アッシュ達が呆れたような顔になっていた。
「え? なに?」
「いや、ハヤトはすごいなと思ってな」
「なんで?」
「忘れているかもしれないが、あの二人は勇者と魔王だぞ? その二人に命令するのもすごいが、二人がハヤトの言うことに従ったからさ。そんなことをできる奴がどこにいるんだって話だ」
「ああ、そういう」
よく考えなくてもあの二人は人型のキャラとしては最強を誇る。その二人に命令、さらには言うことを聞かせることができる人物などいないと言ってもいい。ハヤトの株が上がったのか下がったのかは人それぞれだが、周囲からは一目置かれたというのは間違いない。
(今回の戦いは俺が主催しているようなものだから従ってくれただけだと思うんだけどな。まあ、いいや。考えるのはアグレスの討伐だけだ。俺は何もできないけど、気を引き締めよう)
今回倒せなくとも、チャンスはある。だが、メンバーの時間調整が困難だ。これを逃すと、一週間は戦えない。ならここで決着をつけるべきだとハヤトは考えている。
「召喚します!」
アドリアンの声が聞こえると、地面に魔法陣が現れる。そしてイヴァンとルナリアがそこから逃げ出した。だが、アグレスはドラゴンブレスのモーションに入っていて、止めることができない。
笑い声を出しながら出現した公爵級の悪魔にドラゴンブレスが当たった。完璧なタイミングだ。
悪魔は笑い顔から一変。憤怒の顔でアグレスの方へ移動を始めるのだった。




