ペナルティ
ハヤトは王都「アンヘムダル」へ足を運んでいた。
六つある国の中で最も栄えていると言われている王都はプレイヤーが大量にいる場所としても知られている。プレイヤーが集まる一番の理由は狩場へのアクセスがいいことだろう。
テレポートなどの瞬間移動魔法が使えるとは言っても、どんな場所でも行けるという訳ではない。それは登録されている場所だけだ。プレイヤーが倒されたときに復帰する場所、つまりクランの拠点や教会、神殿などだ。
そのため、モンスターを狩るような場所へは徒歩や乗り物で移動するしかない。そしてこの「アンヘムダル」はあらゆる場所へのアクセスが楽なのだ。
そんな場所にハヤトがいる理由、それは前に所属していたクランの拠点へ行くためだ。
ハヤトが所属していたクランの拠点は王都のすぐそばという一等地だ。ハヤトは一度王都の神殿へ転移してから、その拠点へ向かっている最中だった。
エシャとアッシュの話を聞き、メインストーリーを確認する必要があると判断したハヤトだったが、いまさら最初からメインストーリーのクエストを進めようという気持ちはなかった。そもそもハヤトはメインストーリーを進めることが出来ない。
クエストの大半は戦闘が必要になる。そしてハヤトには戦闘力が一切ない。それに武具を装備するために必要なステータスであるSTR、つまり筋力にほとんど数値を振っていないため、大半の武具を装備できないのだ。
ステータスはスキルと同じように合計値が決まっている。その中でやりくりするわけだが、生産特化のハヤトは器用さであるDEXを100にしているため、筋力のSTRや魔力のMAGは最低値なのだ。しかもその値に連動してHPやMPも低い値になっている。
(ナイフを装備して攻撃してもダメージは最大でも1だろう。それに反撃されたらすぐにやられる。誰かと一緒にクエストを進めるという手もあるけど、確かどこかでソロクエストになるんだよな。簡単らしいけど俺には無理だ)
ソロクエストは一人でしか戦えない。強力な仲間がいたとしても戦闘に参加できないのなら意味はないのだ。
これらの事情から導きだしたハヤトの答え。それは、メインストーリーの内容を誰かに聞く、だ。
以前はストーリーをまとめているサイトがあったが、それはクラン戦争が始まった頃に消えてしまった。どういう理由なのかは不明だが、それらもクラン戦争を勝ち抜くための情報になると思われたのではないか、とハヤトは推測している。
そんな理由からメインストーリーをやっていた前のクランメンバーに話を聞こうと考えたのだ。
(準備期間になる前に代わりの仲間を入れたとか聞いたし、戦力だけなら俺がいたとき以上だろう。負けたってことはないと思うから行っても大丈夫だと思う。でも、負けてたら俺が嫌味で笑いに行ったってことになるのか……? クラン戦争の結果を一応見ておくか)
ハヤトは拠点へ向かうのを止め、クラン戦争での結果が分かる施設のほうへ足を向けた。
施設はレンガで出来た四階建ての大きな建物だ。その入り口では多くの人が出入りしている。
クラン戦争直後は結構な人でにぎわうので人混みが苦手なハヤトはあまり近寄りたくない。だが、今日は仕方ないと割り切ってその施設へ足を踏み入れた。
ハヤトの予想通り、その施設内は多くの人でごった返していた。ここはクラン新設の申請を行う場所でもあるので、ハヤトもクランを抜けたときに一度だけここへ来たことはあるのだが、それとは比較にならない混み様だった。
早速、クラン戦争の結果を確認しようとハヤトは掲示板に近づいたが、その時、「ふざけるな!」という大きな声が施設内に響き渡る。
プレイヤーと受付のNPCが言い争っているようだが、どちらかといえばプレイヤーが一方的に怒っている状況だった。人だかりができて詳しい内容は聞こえてこないが、問題が発生しているのはハヤトにも分かった。
ハヤトは面倒なことに関わりたくはないと思いつつも、好奇心に負けた。近くにいた蛮族のような恰好をしたプレイヤーに声をかける。
「何かあったんですか?」
「ん? ああ、なんだかクラン新設の申請書を出したようだが拒否されたようだよ。そのペナルティに納得いかなくて騒いでいるみたいだね」
「ええ? そんなことがあるんですか? クランの新設が出来ないって」
「周りの人の話だと、あの申請書を出したプレイヤーが所属していたのは初心者狩りのクランみたいなんだ。ほら、初心者狩りをするクランはメンバーを変えずにクランの新設と解散を繰り返してFランクを維持するでしょ。解散させたクランリーダーは一ヶ月新しいクランを作れないけど別のクランに入ることは出来るし、メンバーはクランを作れるからね。メンバーが交代でクランリーダーをやりながら常に新しいクランにしていたみたいなんだけど、それが不正だって言われたみたいだね」
(初心者狩り? もしかしてあれって昨日の対戦相手か?)
受付で大きな声を出しているプレイヤーは昨日戦った一人のように思えた。着ているオリハルコンの鎧に見覚えがあったのだ。
「どうやらクランの仕組みを悪用している可能性があると、そのクランにNPCの審査が入るみたいだね。必要以上にクランを作り直すとか、メンバーの強制脱退が多いとか、メンバーの入れ替えが多いとか、そういうのは審査対象になるっぽいよ」
「仕組みの悪用ですか。でも、やむを得ずそういうことをしなくてはいけない場合もありますよね? そういうのもすべて処罰対象ですか?」
「分からないけど、だからNPCが審査するんじゃないかな? 審査して不正が認められたらクランが作れなくなるって事みたいだね。そうそう、さっき聞こえたけどね、クランを作れないペナルティを解除したい場合は一億G払えって受付が言ってたよ」
「一億!? 上位クランならそれくらいあるかもしれないですけど、普通のプレイヤーにそんなの無理なんじゃ」
「そうだね。さらに不正利用していた罰金として毎月百万Gを不正した期間と同じ六ヶ月間納めろって言ってたよ。しかも払えなければアイテムや装備品を没収するってさ」
「……なんかすごいですね。ちょっと同情したくなる」
「そうだね。でも、初心者狩りってあまり褒められた行為じゃないからね。やむを得ずそうなる場合もあるだろうけど、彼らは意図的にやって賞金を得ていたわけだから自業自得ともいえるかな。ペナルティが軽いか重いかについては、判断が難しいところなんだけど」
ハヤトはその言葉に頷く。
(これだ。システム的に可能だとしても、やってしまうとペナルティを受ける可能性がある。それならシステム的に最初からやれないようにすればいいと思うんだが、ゲームプログラム的に難しいと言うことなのだろうか。ゲームにはNPCのAIも連動しているわけだし、簡単に修正はできないってことなのかもな)
「そうそう、そういえば面白い話もしてたよ」
「面白い話?」
「なんでもクラン戦争で巨大なドラゴンが出現してレーザーで薙ぎ払われたみたいだよ。それは不正じゃないのかって文句を言ってたね」
「……へー」
「もしかしたら相手は不正クランを殲滅するためのクランで、運営が用意したんじゃないかってみんな噂してるよ。まあ、これまでの運営から考えると介入している可能性は低いだろうけど」
「そうかもしれませんね。ところでドラゴンについて受付はなんて言ってました? それも不正とか?」
「いや、そんなことは言ってなかったね。それの何が悪いんですか、くらいの回答だったよ。まあ、テイマーやサモナーだってモンスターを使ってクラン戦争に参加してるんだから当然だよね。そのドラゴンが何のドラゴンなのかは知らないけど、みんな探そうとしているみたいだよ。金色で人型になれるドラゴンって言ってたかな。君、知ってる?」
「初耳ですね」
「そっか。さて、それじゃ僕はそろそろ行くよ。クラン戦争も終ったし、しばらくは普通に冒険したいからね」
「あ、はい。どうもありがとうございました」
プレイヤーは軽く手を振ってから施設を出て行った。
受付と言い争いをしていたプレイヤーも受付に「衛兵を呼びますよ」と言われて退散した。そのプレイヤーがいなくなることで、人だかりは自然と解消される。そして今度はクラン戦争の結果が張り出されている掲示板に人だかりが出来た。
(アッシュは大丈夫みたいだけど、色々やっちゃいけないことが多いみたいだな。NPCをクランに入れること自体は問題なさそうだが、いつかなにかやらかしそうで怖い。たとえば魔王をクランにいれたら人間と敵対して町に入れないとかありそう。これからはちゃんと審査したうえでクランに入れよう)
ハヤトはそんなことを考えながら、当初の目的である所属していたクランの勝敗情報を探した。
クラン「黒龍」はAランクだが、その中でも順位は低い方だ。なので、ハヤトはAランクの勝敗をランキングの下から一つ一つ確認していく。
そして見つけるが、その結果にハヤトは目を見開いて驚いた。
(おいおい、嘘だろ? 完全試合で負けた? 誰も相手を倒すことなく全員がやられたのか? Aランク同士の戦いで?)
掲示板には「黒龍」の横にLOSEと表示され、対戦相手にはWINと言う文字に、完全試合の勝ちを表すPERFECTの赤い文字が斜めに重なって表示されていたのだった。