二人の正体
クラン戦争の翌日、ハヤトはエシャとアッシュをログハウスへ呼び出すことにした。
理由はもちろん、二人のことを自身の口から聞くためだ。
あの後、ログハウスに転送されたハヤトは放心状態のままログアウトした。その後もしばらくは放心状態だったが、運営にメールを送る。
内容は、クランに入れたNPCが銃を使ったりドラゴンだったりするのは問題のある行為なのか、だ。
このゲームには色々な罠があるとハヤトは考えている。システム的に可能でも、やっていいかどうかはまた別の話なのだ。
それは以前あった「メイドさんハーレム事件」で判明している。やれるからと言って実際にやってしまうとゲームを遊べなくなってしまう可能性があるのだ。
このゲームでは運営がアカウントを停止することはない、と言われている。だが、ゲーム内で行動を間違うと遊べなくなるほどの状況に追い込まれる。現実の世界でアカウント停止などのお咎めがなくてもゲーム内で似たような状況に陥るのだ。
朝、ハヤトがメールを見ると、運営からの返信が届いていた。その内容はこうだ。
「ゲーム内で可能な行為は本人の責任においてすべて許容されます」
そんな答えを聞きたかったわけじゃないが、あれはバグでも不正でもないと言うことだけは判明した。ただ、やるなら自分の責任でやってね、という意味だ。
ハヤトは困った。このままNPCを使うことでゲーム的に詰む可能性があるのかどうか判断できなかったからだ。それにもう一つ懸念がある。
確かにハヤトは強いNPCを求めていた。だが、あれは反則と言っていい。あれが他のプレイヤー達にばれたら暴動が起きそうなレベル。これは普通のゲームではなく、賞金が得られるゲームなのだ。不公平すぎる戦力があれば、それは炎上案件と言えるだろう。
エシャの銃はまだ許容範囲だ。超強力なクロスボウ的な何かということで批判も少ないだろう。それにプレイヤーが手に入れられるチャンスがあるなら逆に盛り上がる要素だ。
だが、アッシュは違う。明らかにオーバースペック。クランの定員枠を使って仲間にしてもいいのか微妙、というかほぼアウトだとハヤトは考えているのだ。
(モンスターテイマーとして考えてもダメだろう。あんな強力なモンスターを使役出来るなんて聞いたことはない。イベントで発生する大規模戦闘の巨大モンスター並なんだから当然ダメに決まってる)
このゲームでは定期的にイベントが発生する。その一つに大規模戦闘と呼ばれるものがあった。
スタンピードと呼ばれる大量のモンスターが町へ襲撃してくるものや一体の巨大なモンスターを討伐する、プレイヤーが集団で戦うイベントだ。百人、千人といった集団で戦うため大規模戦闘と言われている。
ハヤトは生産職としてそれに参加したことはないが、強力なモンスターが出るのは知っていた。そんな大規模戦闘に出てくるモンスターを仲間にする。はっきり言ってチートだ。
ハヤトは敵の情報よりも味方の情報の方が危険だと考えている。二人を呼び出して、どういう人物なのかをちゃんと聞こうとゲームにログインするのだった。
三十分後、エシャとアッシュがログハウスへやってきた。
テーブルを挟み、ハヤトはエシャとアッシュの前に座る。二人が座ったのを確認してから、コーヒーを二人の目の前に置いた。
「二人とも昨日はありがとう。君達のおかげでクラン戦争に勝つことが出来た。まずその礼を言わせてほしい」
ハヤトは座ったまま頭を下げた。二人からは「お気になさらずに」「仲間なんだから当然だ」と言う回答があった。
頭をあげ、二人を見つめる。
「それはそれとして、聞いておきたいことがある。それは――」
「みなまで言わずとも分かっております。祝勝会ですね。私への褒美として星五のウェディングケーキをお願いします。食べたいだけなんだから勘違いしないでよね、と言っておきます」
「祝勝会には妹を呼んでもいいか? ハヤトに直接礼を言いたいそうだ。治ったのもそうなんだが、なぜかスイッチ型パッシブスキル、ドラゴンカースというスキルを覚えたから、その礼もしたいと言ってるのだが」
「ちょっと君達黙ってくれる? 聞きたいのはそんなことじゃないから」
ハヤトはちょっと息を吐きだしてから二人を見つめた。
「君達二人のことをちゃんと知っておきたいんだ。二人をクランに入れちゃったんだけど、このままでいいのか心配になってね。二人とも町の住人とかに嫌われているとかないよね? どこか出入り禁止になっているところとかない?」
ハヤトが一番危惧しているのは町の住人、つまりNPC達に嫌われることだ。それはこのゲームで確実に詰む。町に入れないどころか、牢屋に入れられるということもあり得るので二人の状況を確認する必要がある。二人を仲間にすることで自分も同類と思われる可能性を否定できないからだ。
「ご安心ください。私は王都の有名飲食店でほぼ出入り禁止です」
「何を安心するの? でも、その程度か」
「俺はそんなことないぞ。ドラゴン達には嫌われているけどな。とはいっても強硬派のドラゴンだけだ。穏健派のドラゴンには嫌われてないから安心してくれ」
「強硬派のドラゴンなんているのかよ。そのドラゴン達に嫌われているけど安心しろっておかしいよな?」
色々とツッコミは入れたが、それくらいなら大丈夫かな、とハヤトは判断した。だが、ハヤトは二人が何かを隠しているような気がしている。今度はそれぞれにどういう人物なのか聞いてみることにした。
ハヤトはアッシュのほうを見た。
「アッシュ、今更なんだが、アッシュはドラゴンなんだよな?」
「本当に今更だな。そうだ、死龍アッシュ・ブランドル……自国の王の名前より先に覚えろと言われているくらいなんだが、本当に知らないのか?」
「全然知らない」
「そ、そうか、結構有名だと思っていたんだがそうでもないみたいだな……そういえば、傭兵ギルドで驚かれることもなく登録できた気がする」
「そもそもなんでドラゴンを殺してるんだ? 派閥があるみたいだけど、同じ仲間というか同胞じゃないのか?」
「ドラゴン界隈にも色々あるということだ。人間を支配しようとするドラゴンと、共存しようとする派閥に分かれていてな、俺や妹は共存を目指す穏健派だ。だから敵対派閥のドラゴンを狩っている。そしていつか父を俺の手で――」
「あ、そういうのはいいから。アッシュがドラゴンを殺す理由が分かったからもういいよ」
「……そうか。ここからがいいところなんだが」
ハヤトは極力面倒なことに首を突っ込みたくない主義だ。それにハヤトは生産職。戦闘を行うようなメインストーリーやクエストはすべて切り捨てている。今回もどうせそういう類のクエストだと切り捨てた。
「それでアッシュ。悪いんだが、あのドラゴンの姿は出来るだけやらないでくれ。やるとしても俺が指示したときだけだ」
「それは構わないが、理由を聞いても?」
「強すぎる。あれを使ってクラン戦争を勝ち上がるのは不正と言われてもおかしくない。というか、あれをやってるだけでこれから全部のクラン戦争に勝てる気がする」
「それは無理だろう。下位クランでもあれを止めることは出来るはずだ。昨日やって見せたのは、相手が逃げ出したからだぞ? そもそもあれは発動までかなりの時間がかかる。その間にノックバックさせられたら発動せずに終わってしまうんだ」
あんな巨体がプレイヤーの攻撃でノックバックするのかよ、とハヤトは思ったが、ゲームだから可能なのかと考えを改める。
「それに味方を巻き込むし、使い勝手は悪いんだ。昨日は色々な条件が揃ったからやれただけで、毎回やれるわけじゃない」
「そういうものなのか」
「それにクラン戦争中はドラゴンへの対策がされているのか、本来の姿だとMPが減っていくんだ。昨日確認したが、0になると人の姿に戻るみたいだな」
「なるほど。強力ではあるが、それなりに制限もあるのか。それなら問題ないかな」
ハヤトは胸を撫でおろした。そういうデメリットがあるならプレイヤーからの文句も少ないと考えたからだ。もちろん、デメリットが周知の事実として知られていないと意味はないのだが。
次にハヤトはアッシュからエシャへ視線を動かした。
「エシャ、次は君のことが知りたい。タダのメイドじゃないんだろう?」
「お気づきでしたか。実はタダのメイドではなく、美少女メイドなのです」
「よし、解雇」
「お待ちください。メイドギルドから来月もちゃんと雇われろと涙ながらに訴えられましたので解雇は困ります」
「どんな状況ならそんなことになるの?」
「うっすらとお気づきかもしれませんが、このエシャ・クラウン、メイドの技能を全く持っていないのです」
「よし、解雇」
「ですからお待ちください。そんなわけで、私はどこにも派遣されずメイドギルドでタダ飯を食う日々だったのです。それはそれで美味しかったのですが、そんな時、ハヤト様から『文字の読み書きと計算が出来る可愛いメイド』と依頼されたので、条件に合う私が派遣されたのです」
「可愛いなんて要望は出してないけど? それにメイドの技能がなくていいなんて言ってない」
「まあ、それは誤差のようなものです。それから三週間、特に問題なく働けているのでメイドギルドからとても応援されております。ちなみにハヤト様はメイドギルドで英雄扱いです。感謝状を贈りたいからメイドギルドへ足を運んで欲しいと言われているのですが、いつ受け取りに行きますか?」
(いらねぇ……それにこれもはぐらかしているな。そもそも、だ。ドラゴンだったアッシュがエシャの名前を聞いて驚いている。普通のメイドの訳がないんだ)
「エシャ、メイドギルドのことはいいから、本当のことを言ってくれ。エシャは本当にメイドなのか? アッシュがここに来た時、エシャの名前を聞いて驚いていた。その時はそんなに気にしなかったけど、アッシュがドラゴンなら話は別だ。それは普通の事じゃないはずだぞ?」
「そういえばそうでしたね。でも、メイドなのは間違いないですよ。ちょっとだけ有名なのです――分かりました。雇われないとメイドギルドを追い出される可能性があるので話しましょう。でも、本当に大した話じゃないんですよ?」
エシャはハヤトを見つめた。
「実は三年前のクラン戦争で優勝したクランの一員なんです。その時に名前が知れ渡っただけなんですよ。しかし、私やアッシュ様のことをまったく知らずにクラン戦争に誘うとは――さすがご主人様と言わざるを得ません」
ハヤトはゲームのメインストーリーをちゃんと確認しておこう、と心に誓った。