決着
ハヤトは砦の屋上からアッシュ達の戦いを眺めていた。
戦闘で何が起きているのかは分からないが、アッシュが強いことはハヤトにも理解できた。簡単に言えば、アッシュは一人で相手の突撃を止めたのだ。
最初に相手が突撃してきたとき、アッシュの周りには誰もおらず一人で迎え撃つことになった。アッシュの一番近くにいた団員も、ギリギリ間に合わない状況だったのだ。
クランストーンの破壊だけを目指す戦略だったとしても、目の前に一人だけいる敵を倒さない理由はない。しかも九対一。相手クランは全員でアッシュへ攻撃しようとした。
だが、アッシュはウェポンスキルと呼ばれる技の一つ「ワイルドスイング」で相手の出鼻をくじく。
ワイルドスイングは両手剣で使える技の一つ。ダメージは少ないが、複数の対象をターゲットにできる範囲攻撃でノックバックという相手を少しだけ後退させる性能を持つ。そしてそのノックバックにはもう一つ、相手の攻撃をキャンセルさせるという性能があった。
相手が九人の塊で突撃してきたと言っても、三人横一列が三列あるだけ。先頭にいる三人にノックバック効果を与えると、後方にいる三人もノックバックする仕様なので、それが連鎖して九人全員がノックバックにより攻撃はキャンセルされた。
つまりアッシュは一撃で敵の突撃を止めたと言うことになる。その間に横一列に展開していた団員達はアッシュの元へ駆け寄ることに成功していた。
そんな説明をエシャからされて、なるほど、とハヤトは感心した。
「すごいね」
「申し訳ないのですが、これは常識的なことです。あまりにもオーバーアクションで感心されたので、逆に馬鹿にされたのかと思いました。銃の引き金には私の指がかかったままであることを思い出してください、と言っておきます」
「怖いことを言わないでくれる? 馬鹿になんてしてないから。前のクランでみんなの戦いを見てはいたけど、細かいことは良く知らないんだよ。ノックバックを誘発する攻撃を適切に使えれば戦いは勝ったも同然って前のメンバーが言ってた気はするけど」
「間違いではありませんね。相手の大技を発動前に潰せるのは間違いなく効果的です」
「なるほどね。そういえば、みんなノックバック無効の防具が欲しいとか言ってたから全員に用意したことがあったな。あれは後退したくないって意味じゃなくて技をつぶされたくないって意味か」
「そんなことも知らないご主人様にちょっとドン引きです。というかランダム効果でしか作れないノックバック無効効果の防具を全員に用意したって、ちょっとどころかかなりドン引きですね。アリがゾウにタイマンで勝つレベル」
そんな会話をしながらハヤト達はアッシュ達の戦いを改めて見る。
どう見てもアッシュ達が優勢だ。一人、また一人と相手のメンバーが光の粒子となって消えていく。そしてこちらは誰も倒れない。
「アッシュ率いる傭兵団は強いね。誰も倒れないよ」
「どう見てもご主人様が作った防具の性能だと思いますが?」
「いや、それはないと思う。相手もいい武具を用意している。あのリーダーっぽい人の装備はオリハルコン製の武具だ。アダマンタイトには劣るけど相当いい武具といえる。こっちが用意したのは、品質は高くてもアイアン製だからね。どう考えても相手のほうが装備品としては上だ」
「なら相手の武具は品質が星一なのでしょう。素材の差を品質で埋めているわけですね。それに全部ではないようですが、ご主人様が用意したいくつかの武具には有能な効果が付いているとか。その辺りも影響しているのでしょう」
「品質が星一? 確かに品質の低い装備は素材が良くても弱いけど、星一の装備なんかでクラン戦争に参加するかな?」
「参加したんでしょうね。よく見てください、傭兵団の皆さんはダメージが少なそうです。回復力の低いポーションを飲んでいるだけでしのげているようですから。アッシュ様にいたってはポーションすら飲んでいません。ちなみにMPは全快しておりますがメロンジュースを飲んでいいですか? 仕事の後でなくともメロンジュースは格別」
メロンジュースのくだりは無視して、ハヤトは色々と考え始めた。
(アッシュのドラゴンイーターはブラッドウェポンの効果でHPが回復するからな。ポーションすらいらなかったか。だが、これで分かった。アッシュ達、というかNPC達はちゃんと戦える。むしろプレイヤー以上に。これならランキング上位を目指せるんじゃないか? クラン戦争は今回を含めないと後五回。今後はランダムマッチではなく、上位クランと戦えるマッチングを選ぼう。勝てればランクを一気に上げられるはずだ)
「しかしアッシュ様はずいぶんと力を抑えているみたいですね。あの程度の相手ならアッシュ様一人でも問題ないと思いますが」
「それは言い過ぎでしょ。さすがに一対九は無理だと――ああ、そうそう、防具によるセットボーナスの物理無効は極力使わないようにお願いしているよ。あれはもっと上位クランと戦う時に使って欲しいからね」
「そんなのもありましたね。ですが、そのことを言っているわけではなく――おや、敵が逃げ出したようですね」
エシャの言葉に反応してハヤトはフィールドを改めて見る。
そこには敵陣へ引き返していく五人が見えた。四人やられた時点で不利を悟り砦へ引き返すのだろうとハヤトは判断する。
だが、ハヤトには気になることがあった。団員たちがアッシュをその場に残して後退を始めたのだ。
「あれはどういう戦術なのかな? 追撃するのかと思ったら引き返してきてるんだけど? これも常識だったりする?」
「常識ですね。あそこにいたら巻き込まれますから」
「巻き込まれる? 何に?」
ハヤトはエシャのほうを見て質問した。それに対しエシャは左手の人差し指でアッシュがいるあたりを指し「あれにです」と答える。
ハヤトがそちらへ視線を向けると、なぜかそこには金色に輝くドラゴンがいた。後ろ足が太く、前足が小さいタイプの直立型ドラゴン。
そのドラゴンが大きく翼を広げた後に、前足を地面につけ、四つん這いのような恰好で口を大きく開いた。すると、上顎と下顎の間になにかエネルギーのようなものが可視化して集まっているようなエフェクトを出し始める。
「あれ、何? えっと、何? なにかの召喚獣? もしかしてアッシュってサマナーだったの? そんなスキルはなかったはずだけど」
サマナーとは魔物や精霊、悪魔などを召喚して戦わせる者の総称。ハヤトはあのドラゴンをアッシュが召喚したのだと考えたのだ。だが、それを聞いたエシャは「お前、何言ってんの?」みたいな顔をする。
「えっと、なんでそんな顔をするのか分からないんだけど、よく見てなかったんだよ。あれってどういう理由で召喚されたの? なにかのアイテム?」
「まさかとは思いますが、ご主人様はアッシュ様のことをご存じないのですか?」
「え? いや、知ってるよ。三日月の獣とか言う傭兵団の団長だよね?」
「このエシャ・クラウン、本日最高のドン引きです。太陽が西から昇るレベル」
「どういうこと?」
「あのドラゴンはアッシュ様です。ドラゴンを殺すドラゴン、死龍アッシュ・ブランドル。ブランドル兄妹と言ったらドラゴンが裸足で逃げ出すほど有名なのですが」
「はい?」
敵陣へ逃げたプレイヤー達からの悲鳴がハヤトの耳にまで聞こえてきた。全長十メートルほどのドラゴンだ。それがいきなり現れたら確かに悲鳴を上げるだろう。しかもどう見ても攻撃態勢に入っている。砦まで逃げなければ一瞬で勝負がつく、そう思わせるほどの攻撃モーションなのだ。
そして敵のプレイヤーが砦に到着するほんの手前でドラゴンから巨大なレーザーのようなものが放たれた。エシャが撃った光の玉レベルではなく、太く長い光線が扇形に左から右へ薙ぎ払われる。
敵プレイヤー達は砦に到着する前にその光に薙ぎ払われて、光の粒子となって消えてしまった。
ファンファーレと共にクラン戦争に勝ったことを証明する紙吹雪が舞った。そしてハヤトの後方では花火があがる。
「おめでとうございます。さすが私のご主人様」
ハヤトの耳にエシャの言葉は届かない。ハヤトは思考が止まっていたのだ。
エシャがハヤトの目の前で手を何度振っても正気に戻ることはなく、結局、この砦から拠点であるログハウスに転送されるまで、ハヤトはずっと立ち尽くしていたのだった。