戦闘開始
クラン戦争当日、ハヤト達は開始時間三十分前にバトルフィールドにある砦へ転送された。
バトルフィールドとはクラン戦争を行うための隔離されたフィールドだ。ここには自クランのメンバーと敵クランのメンバーしかおらず、他のプレイヤーどころかモンスターも一切いない。あとは拠点となる砦が味方と敵にそれぞれ用意されているだけだ。
バトルフィールドは一キロ四方と決められているが、その地形は当日にランダムで決定される。今回の場合は単純な草原地帯。クランのランクが上がるほど危険なギミックがある場所となるが、今回はFランク同士の戦いのために何の変哲もない普通の場所であった。
ハヤトは拠点となる砦の中で、メンバー全員を見渡す。
メイドのエシャに、傭兵のアッシュ、そしてそのアッシュが率いる傭兵団の七人。今回のクラン戦争を勝ち抜くための仲間だ。それがNPCだとしても、ハヤトにとっては普通のプレイヤーと違いはない。
この三週間、ハヤトはエシャをはじめ、多くのNPCと関わった。その思考はAIなのかもしれないが、ハヤトには普通の人にしか思えなかったのだ。それにハヤトの持っている包丁と同じだ。たとえNPCがプログラムやデータに過ぎないものであろうとも、ハヤトにはすでに思い出と言えるものがある。
「えっと、それじゃ、皆さん、よろしくお願いします」
ハヤトが頭を下げると、なぜか周囲から笑いが起きた。
「ハヤト、お前はこのクランのリーダーなんだから、もうちょっと俺達の士気をあげるようなことを言ってくれ」
「いや、そんなことを言われてもな……分かった。俺がやれることなんて一つしかない。勝てたら皆にいい武具を作ると約束するよ。もちろん、材料はそっちで用意してもらうけど」
傭兵団の団員から歓声が上がった。
「なるほど。でしたら、私には最高品質のスイーツを食べさせてくれると言うことですね?」
「ああ、そうだね。いいよ、最高品質を用意しよう。リクエストがあるなら後で聞くから」
エシャは無言で右手を上げガッツポーズをする。
そんなやり取りを見ていたアッシュは笑い顔から真面目な顔になった。
「ハヤト、確認だが戦いの指揮は基本的に俺に任せてくれるんだな」
「もちろんだ。今までもクラン戦争中は見てただけだし、俺に指揮をとれるはずもない。気になることがあれば連絡するが、基本的にはアッシュが全て仕切ってくれ」
「任された。ならハヤトとエシャはこの砦でクランストーンを守ってくれ。ここまで相手を侵入させるつもりはないが、絶対とは言えないからな」
「お任せください。私も敵をこの近くに寄せ付けるつもりはありません。クランストーンをしっかり守るとお約束いたします。あと、ご主人様も」
「俺をついでみたいに言わないでくれる? 確かに俺よりもクランストーンの方が大事だけど」
クランストーン。砦の屋上にある巨大な青い石のことだ。クラン戦争ではこれを破壊されると負けとなる。
クラン戦争で負けるときの条件は二つ。クランストーンを破壊されるかメンバーが全員倒された時だ。
通常、HPが0になったプレイヤーは拠点や教会、神殿などで復活する。だが、クラン戦争中は一度でも倒されると復帰することは出来ない。なので、敵を倒すよりも、倒されないプレイングが重要とされている。
そしてハヤトは戦闘力がない生産職。どちらかといえば、守るのはクランストーンの方だ。
「エシャの冗談にいちいち付き合っていると疲れるぞ? それじゃ俺達は配置につかせてもらおう。それじゃまたな」
アッシュは傭兵団のメンバーを連れて、砦を出て行った。
「それではご主人様、私達はクランストーンのある砦の屋上へ行きましょう。あそこでしたら、私もアッシュ様達を支援できますから」
「そうだね、その辺は任せるよ」
ハヤトはそう言い、エシャと一緒に屋上へ向かった。
ハヤトとエシャは砦の屋上から全体を見渡す。全フィールドの手前半分が自陣であり、奥半分が敵陣だ。クラン戦争が始まる前にプレイヤーは自陣内であればどこにいてもいい。クラン戦争はその場所からのスタートとなる。
「アッシュ様達はまず相手の出方を見るようですね。自陣中央に横一列で迎え撃つご様子です」
「それがベストだろうね。どんな攻撃をされても対処ができる陣形だ」
「ちなみに相手はどう出てくると思いますか?」
「相手はこっちを初心者だと思って舐めている可能性が高い。もしかすると十人全員で中央突破してくるかもしれないな。いわゆる瞬殺。クランストーンだけを狙う作戦だと思う。初心者が対応できない戦法だ」
ハヤトが予想している瞬殺と言うのは、クランの全員が一つの塊となって開始直後に突撃する戦法だ。相手陣営の目の前に全員を配置して、開始と同時に対戦相手には目もくれず、クランストーンだけを目指し破壊する。この突撃が上手く行くと、一分もかからずにクラン戦争を終わらせることができるので瞬殺と呼ばれているのだ。
上位クランなら当然その対策をしているため、成功させることはほぼ不可能だ。だが、初心者のクランは違う。どのように対処していいかも分からず、何もできずに負ける可能性があるのだ。
(初心者狩り……褒められた行為じゃない。だが、意図的ではないにしろ、俺がやっている行為も似たようなものだ。追い出されたとはいえ、もともとは上位クランにいたんだからな。相手が本当に初心者のクランだったら気が引けたんだけど、この相手なら遠慮をする必要はないだろう)
ハヤトがそう考えたところでカウントダウンが始まった。
そして戦いが始まる。
「お見事です、ご主人様。相手は予想通り中央突破のようですね」
開始と同時に敵陣のプレイヤーが可視化される。自陣と敵陣の境目ギリギリのところに相手が出現した。そして一つの塊となってこちらへ向かって移動してくる。
それを迎え撃つのはアッシュ達だが、中央にはアッシュしかおらず、横一列になっていた団員は急いで中央へと移動し始めた。
「いや、残念ながらハズレかな。中央には九人しかいないみたいだ。あれは囮でどこかに一人、隠れているんだと思うよ。向こうの砦にはいないみたいだし、フィールドのどこかに隠れてこっちに向かって来てるんじゃないかな――ああ、あそこだ。皆が中央に寄ったところで、フィールドの端っこを移動してる」
ハヤトから見てフィールドの右端を高速で移動しているプレイヤーがいた。中央突破だけでなく、それが失敗しても別の単独プレイヤーがクランストーンを破壊する作戦なのだろうとハヤトは考える。
さて、どうしたものかな、と考えたときに、エシャが一歩前に出た。
「ここはお任せください。どうやら相手は機動力を増やすスキル構成のご様子。防御力は低いと見ました。なら私にもやれるでしょう」
エシャのスキルはなぜか100を突破しているものがある。その一つが魔法だ。おそらく威力の高い魔法を使うのだろうとハヤトは考えた。だが、疑問に思うことがある。
(そういえばエシャの武器って見たことがないな。魔法主体なら杖とか本の装備があると思うんだが)
ハヤトの疑問をよそにエシャは砦の手すりがある場所まで近づいた。その手すりにエシャは右足をかける。そのポーズにより、メイド服のロングスカートから革製の黒いロングブーツが姿をのぞかせていた。
だが、ハヤトにはそれが目に入らない。他の物に目を奪われていたのだ。
いつ取り出したのかは分からないが、エシャが持っているものはどう見ても銃。銃身が長いライフルという類の銃だ。
エシャはそれの引き金を右手の人差し指にかけ、左手で銃身を支えた。そしてライフルについているスコープを覗く。
「クリティカルショット」
エシャがそう言うと銃口に小さな魔法陣が展開される。そして花火が破裂したときのような音がした瞬間、魔法陣から光の玉が高速で放たれた。その光球はこちらへ向かって来ていたプレイヤーを貫く。
貫かれた相手は一瞬で光の粒子となって消えた。それは相手のHPが0になった証。エシャは一撃で相手を倒したのだ。
エシャは引き金に指をかけたまま、構えを解き、銃身を右肩に乗せた。そして左手でメロンジュースを取り出し、それを一気に飲む。
メロンジュースが入った瓶をほぼ垂直にして、上を向いたまま喉を鳴らして飲む姿はとてもワイルド。ハヤトは思考がまとまらない頭でそんなふうに思いながらエシャを見つめていた。
だが、直後にハヤトは思考を取り戻す。
「うおい! ちょ、えっと、そう! 世界観! 世界観をもっと大事にして!」
「何とおっしゃいました? 何を大事に? そんなことよりも、メロンジュースは美味しかったです。仕事の後の一杯はいつも格別」
(もしかして世界観って言葉がAI保護対象なのか? なんで? いや、そんなことよりもこれはダメだろ? 銃なんて――いや、魔法陣みたいなものが銃口に見えたから、これは火薬で撃ち出すものじゃないのか? それにエシャはメロンジュースを飲んだ。つまりMPが減ってる? MPで撃つ銃ってことか?)
「あの、その武器ってなに?」
「これですか? これは『ベルゼーブ666・ECカスタム』です。ちなみにECはエシャ・クラウン」
「名前はどうでもいいの。それって、その、銃だよね? おかしいよね? おかしいって言ってくれ」
「確かにこれは魔法銃と呼ばれるものですがおかしいですか? あまり出回ってはいませんがおかしくはないですよ。むしろ可愛いと言って欲しいですね。このリボンがチャームポイント」
(このゲームの世界観がよく分からない。でも、そもそもマンガ肉もそうか。この世界に漫画があるとは思えない。あまりこだわっても意味はないんだが、なんかこう変じゃないか? もしかして運営とか開発のお遊びみたいなものなのか?)
「ご主人様、そろそろアッシュ様達が戦うみたいですよ」
(考えても仕方ないか。いまは置いておこう。このクラン戦争に勝つこととNPCである皆がどれほど戦えるかを見極めることが目的なんだ。エシャが戦えるのは分かった。次はアッシュ達だ)
やや納得できないもののハヤトはアッシュ達のほうへと視線を向けることにした。