初心者狩り
クラン戦争の前日、ハヤトはログハウスの二階でエリクサーを生成しながら考え事をしていた。考え事というよりも予想が外れてしまったことによる心配が大半を占めていただろう。
準備期間の一週間でハヤトは生産職として色々なアイテムを準備した。それは抜かりないという状況といって間違いじゃない。問題は相手クランのことだ。
相手も新規のクランということで情報が少なかったことが災いした。確かな情報を得られたのがついさっきだったのだ。
(ほぼ間違いなく相手は初心者狩りだ。もっと上のランクを狙えるはずなのに、低ランクのままで初心者や弱いプレイヤーに対して無双するクラン。クラン共有のお金を貯め過ぎたか)
クラン戦争の相手を決める方法は何種類か存在する。今回ハヤトが選んだのはランダムマッチ。同ランクのクランからランダムで相手を選ぶ形式だ。だが、ランダムとは言ってもある程度は決められている。
明確にゲームの運営会社からそういう発表があったわけではない。ただ、ランダムマッチではクラン共有の所持金が似たようなクランから選ばれるという噂があった。
クラン戦争での勝者は敗者からそのお金を手に入れることができる。マッチング前にクラン共有のお金を個人で所有し、0にしてしまえば負けたときのリスクはほぼなくなる。そしてもし勝てばお金を手に入れられると言うならリターンしかない。
その対策で所持金が近いクラン同士がマッチングされて、リスクとリターンのバランスを取っている、と言われているのだ。
このゲームはクラン戦争に勝てば賞金を得られる。その賞金は変動制。クラン共有のお金がその賞金の額に反映される仕組みだ。さらにはランクにより賞金の上限が決められているのだ。
ハヤトはクラン共有のお金を、ランク上限の賞金が貰えるような金額にしていた。それが裏目に出たのだろう。初心者狩りと思われるクランも同様の設定をしていたようで、見事にマッチングしてしまった。
(しくじった。前のクランでそういうことはクランリーダーがやってたから適当に決めてしまった。それに上位クランにいたときの感覚が抜けてなかったんだろう。初心者狩りのクランなんてついさっきまで頭の片隅にもなかった)
今回、ハヤトはお試しだという感覚があった。NPCがどれほど戦えるのかを見極めるためだったのだが、思いのほか強敵と当たってしまった。しかも、相手は初心者だと思い料理は手抜き。気づいたときにはオークションでドラゴンの骨付き肉を買うことも出来なかった。
(エシャのために作ったマンガ肉、これの星三は三つある。だが、これの効果時間は十五分。全員に行き渡らない上に、一人ですら一時間持たない。相手がこっちを舐めてドラゴンステーキを使わないということもあるが……それに期待するのもな)
そう思った矢先、ハヤトの手元から虹色の光があふれだした。それは最高品質が出来るときの演出だ。
「え、マジか? こんな時に?」
虹色の光が収まると、ハヤトの手には最高品質のエリクサーが出現した。
(ようやく2%を引いたか。とはいえ、五十回は試していないから運は良かったのかな。クラン戦争で変な相手を引いたから、プラマイゼロって感じもするけど。とりあえずアッシュを呼ぼう。それに明日のことも少し話しておかないとな)
ハヤトはアッシュに連絡を取り、ログハウスまで来るようにお願いした。
十分ほどでアッシュがログハウスを訪れる。
ハヤトはアッシュを驚かせようと思って事情は伝えていない。クラン戦争のことで話をしたいと呼び出しただけだ。
時間は午後八時。一階の店舗にはハヤト、エシャ、アッシュの三人が椅子に座ってテーブルを囲んでいた。ハヤトはお気に入りのコーヒーを出して、自分と二人のテーブルの前に置く。
「二人とも良い報告と悪い報告があるんだけどどっちから聞きたい?」
ハヤトは前から一度は言ってみたいセリフを言えて満足した。予想が外れてまずい状況ではある。だが、もうどうしようもないと開き直った上での対応だった。
「良い報告……つまり明日の英気を養うために、今日は料理を食べ放題と? ならば、まずはあんみつからお願いします」
「違うよ」
「なら悪い報告は食べ放題じゃないということですか。ちょっぴり不機嫌と言わせて頂きます」
「食べ放題から離れて。後であんみつだけはあげるから」
両手を上げてガッツポーズをするエシャを放っておいて、とっとと本題に入ろうとハヤトは決意した。
「まず悪い報告から。明日戦う相手なんだけど、初心者狩りと言われるクランだ。おそらくランクはBからC。結構強い相手になる。俺の予想はFランクだったから、それを基準とした準備しかしてない。その、すまない」
その言葉にアッシュは首を傾げた。
「クラン戦争で使用するアイテムを倉庫で見せてもらったが、あれはFランク基準の準備だったのか?」
アッシュの不思議そうな声にハヤトも不思議に思った。
「そうだけど?」
「ハヤトは生産職だから分からないのかもしれないが、俺はどこのAランクと戦うのかと思ったぞ? あんなに料理や薬を用意するなんてちょっとおかしい気がするんだが」
「そうなのか?」
「私もそう思いますね。メロンジュースを百本も作るなんて何を考えているんですか。この私でも全部は飲み切れませんよ」
「いや、安全マージンを取ったんだけど」
「あの半分でも胃が破裂するとだけ言っておきましょう」
(ゲームだから破裂はしないと思うけど、飲み過ぎると変な状態異常になるんだっけ?)
「確かにそうだな。ロック鳥の串焼きだって、五十本もあるだろう? 俺を含めた八人が食べる訳だが、一人二本で十分だ。それになんだ、あの星五ポーションの数は? どこの巨大モンスターを討伐するんだよって話だぞ?」
「いや、今回は回復魔法を使える人がいないから、回復手段が薬だけだろう? だからいつもよりも多めに作ったんだが」
「多すぎだ。一人三十本は持てる数だったぞ?」
「最低でも一人二十本は持つんじゃないのか? だから三十本にしたんだけど」
アッシュとエシャはハヤトを残念そうに見ている。ハヤトはその視線に耐えられないので、咳払いをしてからなんとかごまかそうとした。
「ま、まあ、いいじゃないか。多ければ多いほど勝てる可能性が増える訳だから。それにポーションはともかく、料理に関しては相手のほうがいい物を用意してくる可能性が高い。それを注意してほしいって話なんだよ。それに装備品もいい物を揃えているはずだ。直接戦闘をするアッシュ達は特に注意してほしいと思ってる」
ハヤトは早口にそうまくしたてるが、アッシュはさらに残念そうな目でハヤトを見た。
「用意してくれた装備一式のことなんだがな」
「あ、ああ、あれは大丈夫だったか? できれば品質五でさらには何かの効果が付いたものを用意したかったんだが、時間がなくてそこまでは出来なかったんだ。いくつかは効果もついたからそう悪くないとは思ってるんだが……もしかして評判悪いか?」
「逆だ。なんであんないい物をよこした。いま、傭兵団ではこれを作ってくれるなら次のクラン戦争には参加したいって皆が言ってる。最低でも星三の品質で、しかも効果が付いている武具なんて予想してなかった。全部星一とか星二で十分だったんだがな」
「そ、そうか。アッシュの装備や前のクランメンバーの装備と比較するとかなり見劣りするなぁと思ったんだが」
「レジェンド級の装備を全員が着けてたのか? そんな状態なのによくハヤトを追い出したな――ああ、いや、ハヤトの仲間を馬鹿にしているわけじゃないんだ。ただ、なんというか、一般的な価値観がズレてると思うぞ?」
基本的にハヤトはクラン戦争でプレイヤーと戦ったことはない。前の自爆のときだけだ。さらにはモンスターと戦ったこともないのだ。クランのメンバーと一緒にモンスターを狩りには行った。だが、やることはちょっと離れた場所で料理や薬を作る、またはスキルの恩恵によりドロップアイテムの質を向上させるという戦闘には関係ない要員としてだった。
ハヤトはクランメンバー以外の誰かとパーティを組んで戦ったこともないので、その辺の価値観はかなりずれていると言っても間違いではないだろう。
「えっと、価値観のズレはこれから直すようにするよ。なら、明日の戦いは大丈夫かな?」
「これで勝てないならハヤトのせいじゃないな。俺達の責任だ」
「そうですね。ご主人様は必要以上に仕事を果たしてくれましたから、あとは私達しだいでしょう」
意外と問題がなかったことにハヤトは胸を撫でおろしたが、それでも安心はしていなかった。明日もクラン戦争までは時間があるし、何かアイテムを用意しようかと考えたところでアッシュに声をかけられる。
「ところで良い報告って言うのはなんだ? これはハヤトにしたら悪い報告だったんだよな?」
「ああ、そうだ、忘れてた。さっき最高品質のエリクサーができたんだよ。妹さんに使ってあげてくれ」
ハヤトはアッシュの前に星五のエリクサーを置いた。喜んでくれると思ったのだが、アッシュが微動だにしないので、ハヤトは心配になった。
「あれ? 求めていたのはそれだよな? いまさらエリクサーじゃないとか言わないでくれよ?」
ハヤトがそう言うと、アッシュはいきなり立ち上がり、座っていたハヤトに抱き着いた。
「ありがとう……! ありがとう、ハヤト! これで妹は助かる!」
「痛い痛い、ダメージを受けてるから放してくれ」
「あ……す、すまん、大丈夫か?」
「大丈夫だ。まあ、これからは気を付けてくれ。抱き着かれてダメージを受けたことよりも、それを見てるエシャの目が嫌だから」
「そ、そうだな。その、早速で悪いんだが妹に持って行ってやっていいか?」
「もちろんだ。早く治してあげてくれ。その代わりじゃないが、明日、期待してるからな」
「ああ、いつもより強い俺を見せてやるよ。それじゃ、また明日な!」
(普段のアッシュの強さを知らないんだけど、そんなことも分からないくらい嬉しいのか。こういう時は生産職冥利に尽きるってもんだな)
アッシュはエリクサーを手に取ると、一度だけハヤトに頭をさげてからログハウスを出て行った。
そして店の中にはハヤトとエシャだけが残る。
エシャはテーブルに肘をつき、両手の指を絡めておでこに当てていた。そして大きく息を吐く。
「聞きたくないけど、どうかした?」
「私のツボを押さえた見事な演出。明日のやる気が漲ってまいりました。いつもより五割増しの強さを発揮するとだけ言っておきましょう」
「ああ、うん。それじゃ今日はもう帰ってくれる? お疲れ様」
あんみつを渡してから、エシャを追い出すようにログハウスの外へ出した。そして鍵をかける。
最後に精神的なダメージを受けた気もするが、二人のやる気を出せたのは良かったとハヤトは前向きに考えるようにした。そして明日のために今日は早めにゲームからログアウトするのだった。