生産職は戦力にならない
黒いレンガに囲まれた部屋で二人の人物が対峙していた。
一方の名はハヤト。
短めの黒髪に黒と緑の迷彩バンダナを着け、防御力が低そうな黒い布製の装備に身を包んでいる二十歳くらいの男性。
そしてもう一方の名はネイ。
銀色のプレートアーマーで全身を固め、金髪をポニーテールにしている碧眼の女性だ。
「ハヤト、すまないがクランを辞めてほしい」
「マジか」
ハヤトが朝早くゲームにログインしたところ、所属するクランリーダーであるネイに呼び出された。
ログインしたゲームはフルダイブ型VRMMORPG「アナザー・フロンティア・オンライン」。ヘッドギアを装着することで五感をほぼ完全にシンクロできるヴァーチャルリアリティゲームだ。
このゲームにはプレイヤー同士が結成するクランというシステムが存在する。数多くあるクランの一つ「黒龍」。その拠点となる黒いレンガで出来た砦での出来事だった。
クランを辞めて欲しい。言われたハヤトとしては寝耳に水という訳ではない。それは半年前に行われた大型アップデートが原因だ。そのアップデートでクラン戦争と呼ばれるクラン同士の戦いが開始された。
世界初のVRMMORPGと言うことで以前からこのゲームは人気だったが、クラン戦争が始まったことで人気にさらなる火がついた。そして大半のプレイヤーはクラン戦争に勝つことがゲームの大きな目的となる。
このゲームではスキル構成と本人の身体能力でプレイヤーの強さが決まる。
スキルはポイント制で一つのスキルにつき0から100までの値があり、全体で1000のポイント上限から構成を考えなくてはならない。中途半端な構成は弱いという認識があるため、基本はポイント100のスキルを10個で構成するのが主流だ。
ハヤトはそのスキル構成を生産系スキル、またはその補助スキルだけで構成していた。
武器で攻撃するスキルや魔法を使うスキル、もしくはモンスターを召喚したり、使役したりするスキルがあれば戦力になるのだが、ハヤトはそういうスキルを一切持っていない。つまりクラン戦争では全く戦力にならないのだ。
これまではそれでも良かった。のんびりと気の合う仲間とゲームの世界を冒険するだけだったので戦力がなくても問題はなかったし、何かを作り出せるというスキルは貴重であり、このクランに貢献できていたからだ。
だが、クラン戦争に勝つことが大きな目的となったクランでは戦闘能力のないプレイヤーは足手まといでしかない。
ハヤトはこの半年、クランメンバーから現在のスキル構成を変更して戦闘スキルを覚えるように言われていたが、頑なにスキル構成を変更しなかった。
そのような事情からハヤトはクラン脱退を要求されているのだ。
「すまないとは思ってるが、これはクランの総意なんだ」
「俺もクランの一員なんだけど総意なのか」
そんなとぼけたことを言いつつも、ハヤトはここまでだな、と早々に諦めた。
クランリーダーにはメンバーを強制的に脱退させる権限がある。ここでハヤトが駄々をこねたとしても有無を言わさずに脱退させることが可能なのだ。
(俺に脱退をしてほしいと言ったのは、強制的に脱退させたときのペナルティが大きすぎるからだろう。強制脱退の場合、プレイヤーは一ヶ月、どこのクランにも所属できなくなる。一回分のクラン戦争に参加できなくなるわけだ)
クラン戦争は一ヶ月に一度行われる。一ヶ月どこのクランにも所属出来ないということは、クラン戦争に参加できないということだ。それは今のハヤトにとって問題がある。
(クラン戦争で負けられないことを前から言ってたから強制的に脱退させるのはまずいと思ってくれたわけか。追い出されてしまうからどっちにしても似たようなものだけど、これは優しさだと思うべきだろうな。それにスキル構成を変えないのは俺のわがままだ。仕方ないといえば仕方ないか)
「ハヤトには世話になったし、このクランが大きくなれたのもハヤトのおかげだ。だが、このクランがさらに上のランクを目指すにはどうしても戦力が必要なんだ。戦闘用のスキルがあるならこんなことは言わないんだが……」
「分かってるよ。再三言われたのに生産スキルだけで構成しているのは俺のわがままだ。そのせいで前のクラン戦争は負けそうになったからな」
三日前に行われたクラン戦争では、防衛するべき場所に敵クランの一人が侵入してハヤトと一騎打ちになった。戦闘スキルを持たないハヤトは貴重なアイテムを使うことでなんとか撃退はしたが本当にギリギリで勝てたのは運だったと言える。
相手は潜入系のスキルで構成されていたようで、もしハヤトに戦闘系のスキルがあれば撃退は難しくなかっただろう。貴重なアイテムを使ってしまったことを責められることはなかったが、微妙な空気になったのは間違いない。
ハヤトは大きく息を吐きだした。
「分かった。クランを抜ける。別のクランに移るよ」
「そうか! あ、いや、すまん。喜ぶことじゃないよな……」
「まあ、仕方ない。このまま残っていても雰囲気が悪くなるだろうし、潔く抜けるよ。でも、俺が抜けて料理とか薬の準備、それに武具の修復は大丈夫か?」
「それは大丈夫だ。みんながそれぞれサブとして生産系のスキルを一つは持ってる。みんなでスキルを持ち寄ればハヤトの代わりはやれるからな」
「それはそれで寂しいな――そうだ、抜ける代わりと言っては何だけど、生産するときに有用なアイテムを持っていってもいいか? さすがに体一つで出ていくのはきつい」
「もちろんだ。クラン共有のアイテムで必要な物はなんでも持っていってくれ。ただ、レジェンド級の武具は置いていって欲しいんだが……」
「そんなのを持って行っても俺には使えないからいらないよ。俺が欲しいのは生産に使える便利アイテムだ」
「そんなものがあるのか? その辺りは詳しくないがもちろん構わないぞ。あとクラン共有のお金も半分は持って行ってくれ。別のクランに入るのか、それとも新しいクランを作るのかは分からないが何かと入り用だろう?」
「追い出されるのは困るが、それはありがたい。それじゃいくつかを見繕ってから脱退するよ。今までありがとうな」
「それはこっちのセリフだ。でも、すぐに抜けるのか? みんなに挨拶してからでも――」
「いや、いいんだ。クランの掲示板に挨拶を書き込んでおくだけにするよ。別に俺が嫌いって理由じゃないんだろ? クランは別々になるが、喧嘩別れじゃない。二度と会わないってわけでもないんだからそれで十分だ」
「そうだな。追い出しておいてなんだが、落ち着いたら遊びに来てほしい。いつでも歓迎するから」
「ああ、たまには遊びに来るよ。でも、俺が抜けたらランクが落ちたとかいうことがないようにしてくれよ? そんなことになったら笑うぞ?」
「確かにそんなことになったら笑い者だな。そうならないように頑張るよ」
その後、ハヤトは必要なアイテムを持ち、クランを脱退して拠点となる建物を出た。そして外まで見送りに来てくれたクランリーダーと拠点にいたメンバー全員と握手をしてから、近くの町に向かって歩き出す。
ハヤトは拠点が見えなくなってからがっくりと肩を落とした。
後腐れなく去ってはいたが、ハヤトの心は危機感にあふれているのだ。
(ヤバい。あと半年は大丈夫かと思っていたら思いのほか早く追い出された。早急にクラン戦争に勝てる状態にしないと色々ヤバい)
なぜ焦っているのか。それはハヤトにとってクラン戦争に勝つことは重要なことだからだ。生死に関わると言ってもいい。
このゲーム「アナザー・フロンティア・オンライン」には、他のゲームにはない特徴がある。それはクラン戦争のシステムが導入されたときから開始された。
他のゲームにはない特徴、それは賞金が貰えることだ。当然、賞金を得るには条件がある。
それはクラン戦争に勝つこと。
そして最近、ハヤトは勤めていた会社を退社した。
簡単に言えば、ハヤトにはこのゲーム以外に収入源がないのだ。
(多少は貯えがあるけど、それだっていつまでもつか分からない。すぐにでも勝てるクランを作らないと。それに半年後の最終ランキングで上位に食い込めばクラン戦争の1stアニバーサリーで一億円が手に入る。それを狙うしかない!)
ゲーム運営会社から半年後のランキングで上位五チームのメンバーそれぞれに日本円にして約一億円の賞金を進呈するというアナウンスがあった。そのせいでどのクランも戦力の増強にいそしんでいる。
一億円。税金でいくらかは取られるし、それだけで一生遊んで暮らせるわけではないが、目指すだけの価値がある値段だ。
(やるしかない。人生の一発逆転とまではいかないが、賞金を手に入れることができれば夢だった喫茶店のマスターをやる足掛かりになる。でも、半年後にランキングに入れなかったらちゃんと働くか……いや、もう誰かに使われるのは御免だ。絶対に賞金を手に入れよう)
ハヤトはそんな決意をしてその場を離れた。
そんな決意から一週間後、ハヤトは新しく作ったクランの拠点でたった一人、頭を抱えていたのだった。