後編
名前は「トミー」にしました。
男女どちらでもいけますし、何より呼ばれ慣れていますからね。
家の端末で見た姿より細部がきちんと作り込まれていて顔がにやけます。
「あ、いけない」
今は自分の表情もゲームのアバターに反映されます。
気をつけないと変態っぽくなったりしますからね。
でもすごいですね、最近のゲームというのは。
自分自身はただ椅子に寝そべっているだけなのに、動いてるんですよ。
考えただけで行動出来る、現実もそうだったらいいのに、なんて思ってしまいました。
中世ヨーロッパ風の石畳、石と木で出来た建物の街並みです。
まるで本当に自分の足で歩いているような感覚。
自分で自分の姿を見る時は立ち止まってパネルを操作する必要がありますが、さっきの姿はちゃんと意識しています。
背筋を伸ばし、大股で歩きます。
ここにいるのはNPCと呼ばれるゲーム会社が製作したAIのアバターと、私と同じようにゲームをしているプレイヤーです。
他にもGMという、AIではないゲーム内を監視しているキャラクターもいるはずです。
まあ、今は何も考えずに自分のやりたいことをやりましょう。
「とりあえず、チュートリアルかな?」
少しウロウロして、NPCらしき住民に話を聞いてみます。
ゲームの中だと思えば日頃の人見知りは何とかなりそうです。
ゲームのやり方を教えてくれる学校があるそうです。
学校は目立つ位置にありました。
そりゃあ、ゲームを楽しむためには少しはレベルを上げないといけませんからね。
初心者にやさしい設計のようです。
「ようこそ、我が校へ。 料金はかかるが制服や必要な物が配布されるよ」
受付のおじさんにお金は取られましたが、かなり丈夫な上下の制服と帽子、それに付近の地図がもらえました。
これはうれしいな。
初心者用チュートリアルは、だいたいがお使いクエストと相場が決まっているそうです。
幼馴染の香苗がそう言ってました。
「そうか。 それで地図が必須なんだな」
指定された場所に行って人に会ったり、店に物を買いに行ったりします。
そうやって町の中の主要な場所を覚えていきます。
同じような服の人たちが何人かいるので、あれはきっとプレイヤーなんでしょう。
大柄な男性の身体にシンプルな上下の制服は、何だか子供服を無理矢理着てるようであんまり似合わないですね。
早く卒業したいです。
ある程度、物価やこの町の構造のお勉強が済みました。
次はどうやら戦闘の授業のようです。
長剣をもらいました。
ゲームで定番のロングソードという物です。
ここからは少し覚悟しなければいけません。
私はスポーツでのボクシングや剣道など見るのは好きですが、自分でやろうとは思いません。
でもゲーム内ではレベルを上げるために、対人戦闘や魔物討伐なんていうものは必ずあります。
それは分かっているんですが。
「ふう、少し休憩」
学校の側に広場があり、その中央に噴水があったので私はそこに腰かけました。
周りにも何人かそうやって座っている人がいます。
基本的にBGMなんていうものはありませんが、噴水の水が落ちる音は涼し気です。
物売りの声や人の話し声も遠くに聞こえてきます。
ここが本当に異世界で、こんなところで男として生きていけたら。
例え無理でも、そんなことをふと考えました。
楽だとか、損得とかではなく、ただの無いものねだりのワガママなのかもしれません。
だったら体験してみようじゃないですか。
私はただ男になりたかった。
その夢を叶えるために来たんですから。
「よし、そこで一突きだ」
教官の指導の元、町の郊外に出て盗賊と戦っています。
合同での授業だったようで、周りには同じような制服を着た人が数人います。
それぞれ担当の教官が付いているようです。
チュートリアルですから、そんなに苦労することなく倒せました。
しかし、一人の女性のアバターが戦闘に苦労しています。
先に終わった者は何故かその場から動けず、座って待っていました。
しばらくしてようやく終わったみたいで、女性が待っていた生徒たちの側にやって来ました。
「お待たせしてごめんなさい!」
勢いよく頭を下げて謝っています。
黙って立ち上がり、すぐに移動していく者。
「まったく、待たせやがって」と舌打ちをする者。
女性はおろおろと「すみません、すみません」を繰り返しています。
彼女もプレイヤーだし、他の生徒たちも同じはずなんですが。
私は最後に立ち上がり、
「謝る必要はないですよ。 皆、初心者なんですから」
と彼女に笑顔を向けました。
そのまま、二人で町までゆっくり歩いて行きます。
教官は指導が終わるとすぐに消えてしまいました。
私は彼女一人を置いて帰る気になれなかったのです。
「あ、ありがとうございます」
その女性はモジモジしながら、
「ニージェです」
と、名乗ってくれました。
このゲームは、人物の頭の上にカーソルやら名前が表示されることはないのです。
個人情報ですからね。
知りたいときは基本的に本人か誰かに聞くことになります。
「私はトミーです。 よろしくお願いします」
同じ初心者同士、またどこかで会うかもしれませんしね。
彼女を見ていると微笑ましいというか、女性のかわいらしさが溢れています。
「私、ゲームはあまりやったことなくて」
「そうですか。 私もドラ〇エぐらいですよ」
普段は知らない人とは全く話なんて出来ない私でも、ここはゲームの世界。
そして、私は今、違う姿をしているんだと思うとちゃんと会話も出来ました。
「トミーさんみたいなやさしい人に出会えてよかったです。
あの、もし良かったらフレンドになってもらえませんか?」
「えっ、 でもフレンドなら、初心者よりベテランの人とかのほうがいいんじゃないですか?。
ゲーム内で護衛をしてくれそうな強い人とか、役立つアイテムを作ってくれそうな生産者とか。
そういった先輩プレイヤーと知り合いになるほうがいいと思いますが」
そういうと彼女は首を振ります。
「いいえ、私、別に強くなりたい訳じゃないんです」
どうやら彼女も人見知りが激しく、ゲームの中なら友達が出来るんじゃないかと始めたそうです。
「そういうことなら、よろしくお願いします」
初日から、かわいい女性アバターとフレンドになってしまいました。
心の中でうれしくてニヤニヤしていますが、悟られないように少しだけ微笑みを浮かべておきます。
学校に戻ると卒業となりました。
二人で顔を見合わせてお互いに「おめでとう」と声を掛け合いました。
制服はそのまま自分で持っていても良し、道具屋に売っても良し、だそうです。
まあ、皆、序盤は金欠ですからね。
私も金策が必要になった時のためにとっておきますかね。
学校から出て広場に出ると、「あ、あの」とニージェさんが声を掛けてきました。
「はい、何でしょう?」
「私、今日はもうログアウトします。
今日は本当にありがとうございました」
「いえいえ、何もしてませんよ」
彼女とは、ただ楽しくおしゃべりしただけだったので。
「それで、あの、トミーさんはゲーム内で何を目指すんですか?。
剣士ですか?、それとも商人?」
そんなことを訊かれてしまいました。
「んー、まだ何も考えてませんね」
そうなんです。
私、男性アバターを作ることばかり考えていて、ゲーム内で何をしたいかなんて考えていませんでした。
「そうなんですか」
少し意外そうに見上げていたニージェさんは、どうやら料理人を目指しているようです。
「いつか料理人になったら味見してもらえませんか?」
かわいらしいお願いに私はニッコリ笑って頷きました。
「もちろんですよ。 その時は是非、コールしてください」
うれしそうに手を振って彼女がゲームの世界からログアウトしていきました。
「そっかあ。 何になりたいか、か」
私は噴水に座って考えます。
「料理人かあ、いいな」
現実の自分は家事なんて何も出来ないのでうらやましいです。
「ああ、そうか。 現実で出来ないからゲームでやるんだ」
忘れていました。
私は実際にはなれないからゲームで男性をやろうと思ったんでした。
現実では出来ないことをやる。
それがゲームじゃないでしょうか。
女性を守る騎士になってみたい。
でも、それには戦闘慣れしないといけないですね。
いつか克服できるかもしれませんが、今はまだ無理のようです。
商人クエストをいっぱい熟なせば商人にはなれます。
そこから料理、縫製、鋳造、錬金など生産職に分かれて行くのです。
「そうですね、とりあえず生産者目指しますか」
しばらくの間は商人としてのレベルを上げていくことにしました。
レベルが上がれば、値切り交渉や購入数を増やしたり出来るようになるのです。
「ふふっ、楽しみになってきました」
ゲーム内で男性としてフラフラするぐらいしか考えていませんでしたが、少し目標が見えてきました。
「あー、でも。
もしかしたらニージェさんって本当はか弱い男性だったりするのかな?」
まあ、現実の彼女が男性だろうと女性だろうと、ゲーム内でしか会わないのですから問題無いでしょう。
そんなことを考えながら、私もログアウトすることにします。
今日はきっと家に帰っても心から笑っていられるでしょう。
だって私は一つの夢を叶えたのですから。
~完~
お付き合いいただきありがとうございました。




