とある日の日常
キャラクターの呼び方は時期で少し変わっています。
一話から数週間後の話です。
001
「なんだ、颯海か」
とある放課後の部室に向かう途中、俺は下校する女生徒にイケメンスマイルを振りまく御曹司様に声をかけた。
「……申し訳ありません。どなたでしたか?」
「夜世響! お前一年近くの付き合いでそれは傷つくぞ!」
「傷つけるのが目的ですので」
「ひでえ!」
会うたびにこんな軽口を言う男だが、成績は優秀で身体能力も高いお金持ち。だというのに正確は悪ふざけが大好きで人を罵るのも大好きな男ときたもんだ。扱いが面倒すぎるよ。
「ところで、本日は何を? 天音さんから何かお聞きしていませんか?」
「いや別に何も聞いてねえよ。天音は何かしらするつもりらしいけどな」
「ふむ。そうですか。やはり下っ端のあなたには、細かいことは教えませんよね」
「おい待て誰が下っ端だ」
「間違えました。奴隷でした」
「ふざけんな! なんでそんな身分まで落ちなきゃならん!」
「ねえそこのバカと颯海くん」
「はいなんでしょう?」
「何で俺だけバカで颯海は普通に呼んでんだ天音!?」
「別にいいじゃない」
「よくねえよ!」
唐突に廊下に現れ俺のことを歯牙にも掛けない様子の天音に抗議する。
「何よ。いいじゃないあなたの処遇とか身分とかなんて。何様?」
「少なくとも同じ生徒だろ!」
「あたしは部長よ?」
「む……!」
い、言い返せねえこと言いやがって……!
「ぶ、部長権限で人を蔑ろにしてはよくないだろう!? 人をバカにしやがって!」
「あたし学年十位には入るわよ?」
「僕もなので、この中では一番あなたが下ですね」
「くそっ! 颯海まで敵にかよっ!?」
こいつらの成績はなんと学年トップクラスで十位内入らないことを見たことがない。英才教育とか受けてそうな颯海はともかく、この天音の成績が凄いってのはなんか気に食わないんだよなあ。
ちなみに俺の成績は詳しく明記はしないが、こいつらに教えてもらって雲泥の差になるとだけ言っておこう(つまりこいつら教えるのも上手。なんてこったい)。
そして天音に対する反論がなくなりかけている。何かないか、とは思うが、天音は運動神経も良い方だし成績も良く、演劇部ではしっかり部長も頑張っている。幼馴染の俺が言うのもなんだか整った容姿もスレンダーな体型も非の打ち所がないしな。
くそ、これはチェスで言うところの詰みか……?
って、いや待て。そうだ。
「そうだ、天音! お前の弱点! 未だに夜寝るときぬい――」
「それ以上言うなーっっっ!!」
ドゴッ! と鋭い拳が顔面にのめり込む。
やばい。今一瞬目の前がフラッシュした。
「それをここで言わせないわよ……!」
「あだだだだっ!」
顔を真っ赤にしながら俺を四の字固めでキメる天音。しまった禁句だったか……!
が、負けるわけにはいかないので強引に四の字固めを解いてSTFで首を絞める。
「お前が人のことバカにしてるからだろ! 大体前の時のあの劇だってかなり恥ずかしさマックスだったんだからなっ!」
「おうぇええええっ!」
およそ女の子の出してはいけないような声で叫ぶ天音だったが、すぐさま彼女の頭の後ろにある俺の顔に頭突きをかまし、不意をついて俺の背後に回って腕ひじき逆十字固めを繰り出してきた。なんとか技がかかるのを食い止める俺。鍔迫り合いのような駆け引きが続く。
「このアホ女……!」
「この間抜け……!」
「ふーむ……仲がよろしいですね。お二人とも」
「「良いわけあるかっ!」」
二人揃って颯海にツッコミを入れてから、俺たちのいつもの攻防はそれから約十分程に渡って行われた。
そして十分後。少し落ち着いてきて、終わらせられそうな頃合を見計らってプロレス技の応酬をやめた。
「ぜぇ……ぜぇ……ってか、今日あんたに用があるんじゃないわよ……」
「はあ……つっても……はあ……言い方あんだろ……はあ」
「今度からは……ぜえ……気をつけるようにするわ……」
「そう……はぁ……かい……」
たまにするこういった小さな喧嘩も、もう慣れたものだった。慣れたくなかったが、十年近いしな。
息を整えた天音は颯海を捕まえ、
「ねえ颯海くん。劇に使う小物買いたいんだけど、予算教えてくれない?」
「はい、了解しました。こちら、資料です」
言い忘れていたが、颯海はこの部の会計で予算管理も行っている。今回はそれ関係の話だろう。俺はあまり理数系が得意ではないので、放置されている状態だ。
しっかし、元気なのは相変わらずか。さて、暇だし部室にでも行くかな。
「ん、ああ凛。よっ」
「よっ」
部室へと赴く途中、妹がいつの間にか背後にいたので挨拶をすると、それを真似したような動作で返事をしてきた。ただ、若干違和感が……。
「おい凛。俺の動作完全に真似なくていいんだぜ? なんか不自然だ」
「失礼しました。どう返せばよいか分からなかったもので……」
「やっぱ天然だよな、凛は」
「失礼な。違います」
頬を小動物の頬袋のように膨らませる凛。
「まあ、正直に言ってくれるだけいいさ」
凛は結構天然入っていて、見た目は賢そうなため、たまにボケると普段とのギャップで可愛く感じてしまう。ボケると言っても本人はあまり認めておらず、何言いたいか分からない時は素直に言ってくれと言ってある。まあ、俺がお前の意図が分からないんだ、といった感じで、凛のプライドを守らなければならないけどな。
実際クールというより、なんだろう、イメージはそんな冷たい感じじゃないんだよな。
あ、イメージといえば、
「なあ凛。気になっていたんだけどさ、何で天音の補佐みたいなことやってるんだ?」
「といいますと?」
表情を変えないまま先を促す凛。感情が見えにくいが、長い付き合いなので話に興味を持っていることくらいは分かるようになっていた。まあ、家族だしな。
「いや、運動部とかでも女子マネージャーとかって多いからさ、俺自分でやるのが好きだから、あんまりマネージャーとか補佐とかの魅力みたいのが分からねえんだよな。だから、女子と男子でそういう感じ方違うのかなーって」
「そうですねえ……」少し考えるように顎に手を当てた後、
「例えばスポーツなどでは、そのスポーツは好きだけど自分は出来ないからマネージャーになる方が多いと聞いたことがあります」
なるほど。男子のようにサッカーや野球の部活がどこにでもあるわけじゃないし、やるだけがスポーツでもないからな。そういう考え方もあるのだろう。
「でも、私はそういった理由ではないですよ?」
「なんだ、違うのか? じゃあ凛、お前はどんな理由だ?」
「知的に見えるからです」
「……は?」
一瞬思考がフリーズした。
えーと、この二つの髪束の黒ストッキングガールは何て言ったっけ?
「ですから、その……マネージャーとかって、知的に見えるじゃないですか……だからです……」
少し目を逸らしながら、心なしか恥ずかしそうに言う凛。
「…………」
ちょっとした状況整理を行おう。
えーと、俺の妹の凛は、俺の幼馴染である天音の補佐みたいなことをしており、その理由が知的なイメージがあるからだと。
確かに、眼鏡をかけて、社長補佐をしている美人秘書みたいなのは知的なイメージがあるが……。
「それを理由にしたら知的も何もなくね?」
「……え? そうなんですか?」
本当に驚いたように、目を見開いて俺を見上げる凛。珍しく表情が変わっている。
だが久々に見たのがこんなアホ面とはついているんだがないんだか。
「なんかどっかの人間くさいキャラが言ってた気がするんだけど、『何かになるためには、それになろうとした時点で失格』なんだと。この場合の何かって何だっけ……あ、英雄だ。まあともかく、そうして目指すのはいいが、なった気になって、実はなってないってのが一番失敗するパターン、っていう意味だと俺は思うんだよ」
今の凛がまんまそのパターンな気がする。
「な……い、いえ、そんなことは……」
無表情ながらも足をガクガクと震えさせ、目に見えて動揺が分かる凛。どうやら図星だったようだ。なんというか本当にアホな妹だなあ。
あ、でもアホとか天然とか言うからこんなアホな行動に出たのか。
なんにしろアホだな。
「ん、ておい。そういやお前、高校入ってから眼鏡かけ始めたよな。もしかして……」
「ぎくっ」
「おい。自分で言ってりゃ世話ねえぞ。ちょっと貸せそれ」
「あ、兄さん、それは……!」
珍しく慌てた様子の凛で、俺がこいつから奪った眼鏡を奪い返そうとする。だが甘い。比較的小柄で華奢なこいつが俺の手から眼鏡を取ろうなど百万年速いぜ!
「か、返して兄さん……!」
「いや待てよ――って、やっぱ度入ってねえ!」
「う……」
ばつが悪そうに目を逸らす凛。呆れて物も言えねえとはこのことだ。
「ったく。ほら返すよ」
「おっとっと」
俺が少し乱雑に投げた眼鏡を危なげなくキャッチする凛。
「粗末に扱わないでください。兄さん」
「はいはい。ったく、んなことしなくてもお前素顔可愛いんだから、無理に知的にしなくてもいいだろうに」
素顔になった凛にそう言ってやる。そういえば最近家でもずっと眼鏡してたから見ていなかったが、細い首に小さな童顔で、可愛らしい顔立ちが際立っている。無理に大人ぶらなくてもそれで十分だと思うんだがなあ。
「……兄さまに褒められたって、嬉しくありませんよ」
凛はそう言ってぷいっと無表情のまま、顔を背けてしまった。
そんな凛に苦笑して、忘れていた話をし始めた。
「そういえば、今日は何する予定なんだ?」
「……せっかく午後が空いているので、天音さんが小道具などの調達をしようと仰っておりました」
顔を背けたままだが答えてくれた凛。なるほど、新しい劇などの衣装とかも揃えたいし、今日は職員会議だかなんだかで午前までの授業だった。空いた時間を有効活用するのは良いアイデアだ。
ただ、あいつと行くと少し面倒そうなんだよなあ。まあ断っても意味ないだろうけど、一応訊いとくか。
「なるほど、拒否権は認めてくれたか?」
「訊かれた場合、『そんな物あるわけないでしょ』と答えるようにと言われました」
予想通りすぎてもうやだよ。
しかしさっき伝えろよあの部長。いや俺が言えなくしたんだっけか。
「へいへいそりゃそうだよな。じゃ、部室の奴らに伝えてくるか」
「お願いします。私は天音さんに呼ばれているので、それでは」
「おう、じゃあな」
少し辟易しながらも、天音達より一足速く部室に入ると、中には日本のライトノベルを読んでいるアイリスと、部室の物ではない白いパソコンで何やらカタカタと文字を打ち込んでいる雫が見えた。
俺が入るなり二人共「こんにちわー」と言ってくれたが、アイリスの方はすぐにライトノベルに没頭し直してしまった。まあ日本語の本なのだから、あいつは読むのに一苦労しているのだろう。それと面白いという理由もあるのか、金髪碧眼の碧い澄んだ目がキラキラと輝いており、邪魔はしないでおこうと思った。……見覚えある背表紙だ。後で声をかけてみよう。
「紅茶入れるっす!」
「ああいや、何かやってるならいいぞ?」
「いえいえ! 紅茶は雫の属性っすから!」
「結構ここのオタク率も高いよな」
俺は割りと中途半端だから、少し羨ましかったりもするが。属性て。
そんなこんなで雫の入れてきてくれた紅茶を席に座って啜ってから、雫に何を書いているか聞いてみた。
サイドテールを揺らしながら、後輩ははにかんで照れくさそうに、
「いやーその、小説を書いてまして……」
「小説!? そりゃまたどうして」
「いやあ、やっぱり脚本家になるにはどうしたらって考えて、起承転結のあるストーリーを書いてみようって思ったんす。自慢じゃないっすけど絵は下手なんで、こうして文章で……」
「へえ、まあ確かにな。どんなの書いてるんだ? SF? 推理モノ?」
「そ、そんなんじゃないっすよ! と、とりあえず読みやすそうなので……ら、ライトノベルを……」
顔から湯気が出るんじゃないかってくらい真っ赤に顔を染めて、両手を股の間に入れてもじもじして、目を逸らしながら俺に教えてくれる雫。正直、彼女は少し恥ずかしがりやな所があるので、こういった表情をされるとこっちまで恥ずかしい。
空気を変えよう、無理を承知で聞いてみた。
「なあ雫。それ、完成したら俺が読んでみてもいいか?」
「だ、ダメっすよっっっ!!!!」
すると雫は今にも顔から火が出そうになりながらも、断固拒否するように言って、パソコンを俺から遠ざけた。
その仕草が可愛らしくなった俺は、ちょっとした悪戯心が芽生えていた。
「えー、いいじゃねえか。面白そうだし」
「でもダメったらダメっす! 先輩以外の人に見せるんすよ!」
「ちぇー。けちー……と見せかけて!」
俺は諦めたフリをして、さっとパソコンを奪い取ろうとする。
だが雫の反応が予想より早く、さっとパソコンを持ち上げ、たたんで胸に抱えてしまった。
「危ない!? も、もうダメっすでば! 先輩のバカバカバカバカーっ!」
「あたた、悪かったって!」
顔を真っ赤にして、頬を膨らませてぽかぽか俺を殴る雫。別に痛くはないのだが、からかうと可愛らしく怒るため、ついついからかってしまうのだ。
「オヤ、らぶこめデスカ?」
「な、なななち、違うっすよアイリス先輩っ!」
「Oh、デモ顔真ッ赤ネ。catch a cold ?」
「のののの、ノーっす!」
ラノベから顔を上げたアイリスに質問されて、挙動不審に答える雫。おろおろした様子がまたなんとも楽しい。
少し雫が落ち着いてきて、「見ちゃダメっすからね!」と言って作業を再開した。俺は微笑みながら頷き、再び文庫本サイズのライトノベルを開いたアイリスに声をかけてみた。
「そう言えば、アイリスは何読んでるんだ?」
「ン? 『と○る魔術○禁○目録』ッテ作品ヨ!」
「お、俺もそれ好きだぜ。面白いよなあ」
俺の場合は雫に進められたのだが、予想以上に面白かったので、アニメも原作も殆ど見てしまった。どれも面白くて主人公のヒーロー性が凄いんだよなあ。
「ソーソー! マズ主人公格好イイヨネ! デモ、チョットムズイ言イ回シアッタリスルヨ……」
「なんだ、それなら俺が教えてやるよ。結構話せるようにはなってるけど、まだ読む方は難しいもんな」
「Oh! 手伝ッテクレルノヒビキ! Thank you!」
アイリスがいるからこそ分かったことだが、やはり言葉というのは話すのは結構ニュアンスや単語を重ねるだけでも出来るものだ。ただし読み書きはそうはいかない。まして小説だからな。言い回しや比喩なども多くて、アイリスには少し酷だったろう。
「で、どんなとこが分からなかったんだ?」
「リストアップシテミタヨ!」
「おや、そうなのか、どれどれ」
俺はアイリスに渡された紙を見てみる。
「…………」
絶句した。
量が半端ではない。軽く一〇〇はあるっぽい。
ま、まあ、アイリスのことだから、簡単な文字もたくさんあるはずだ。大丈夫なはず。
と思っていた俺の予想は外れ、予想以上に難しい言い回しなども多く、結構日本人でも分からないようなのも多い。
何より普通の文章程度なら軽く読めるようになっていたアイリスには驚いた。賞賛を送りたい気分だぜ。まだ日本に来てから数ヶ月だというのに、この進歩はすごい。
「なあ、よく勉強できたなアイリス。なんでこんな頑張ったんだ?」
「ダッテ、早くアニメや漫画ヤライトノベル読ミタインだモノ!」
「へえ……」
頑張ってるんだなあ。そういえば、心なしかカタコトの喋り方も日本人らしくなってきている気がする。
日本のサブカルチャーってすげー。
「あ、そういえば言い忘れてたけど、今日はなんか劇の道具買うって言ってたぞ」
「え、そうなんすすか?」
「OK、響、何買ウノー?」
「いや、まあそれは分からん。でもまあそろそろ来るだろ」
俺のそんな予想は当たり、雫がパソコンをバックにしまい(やはり自前の物だったらしい)、俺がアイリスのラノべの翻訳を手伝い終えかけた頃に、天音、颯海、凛の三人は帰ってきた。
「さぁ今日は、足りない部品買いに行くわよ! 準備はいい?」
「唐突だが準備はできてるぜ」
「私はりんちゃんと愚民を信じていたから問題ないのよ」
「誰が愚民だ!」
「認めている時点で、言い返せないと思いますよ」
「ぐぬぬ……」
颯海の正論に言い返せなくなった俺に、天音は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、
「それじゃ、行きましょうか」
002
向かった先はこの学校近くのショッピングモール。機材などよりは、セットに使う大道具や服に使う材料などを買うためによく利用しているショッピングモールだった。
ちなみに、衣装などは手先の器用な天音や雫が縫ったりして作ることが多く、たまに業者にも頼むが、衣装に関しては彼女達が作ることが多い。
ただまあ、天音に任せるとただのコスプレ衣装がたまに出来るのだが……(部室のロッカーの中にはそうして出来たコスプレ衣装が多くあり、たまに着て楽しんでいる)。
俺は学生鞄をかつぎ、他も学校から必要最低限なものを持ってきた学生服で、ショッピングモールに並んでいる。周りを見るとチラホラと同じ制服の生徒が見えた。まあ、午前しか授業がないのだから、ここで時間を潰す奴も多いのだろう。
「で、今日は何を買うんだ?」
ショッピングモールに入ってすぐのベンチに集まり、俺は天音に聞いてみた。
「衣装に使う布と、後木材。それに、脚本の書き方の奴が欲しいってしずちゃん言ってたわよね? それも買おうと思ってるわ」
「え、いいんすか!?」
「ええ。別に部活に必要なもんだし、部費で買えるわよ」
「やったっすー! じゃあじゃあ、じゃあじゃあ!」
個人的に欲しい物を買ってもらえてはしゃぐ雫。実際、将来雫には何かしら書いてもらいたいし、買って損はないだろう。
「じゃあ雫は三階の本屋行けばいいんすねっ?」
「ええ。あ、颯海くんか響はついていってあげてね。この子、迷いやすいから」
「ええっ!? 大丈夫っすよ。子供じゃないっすし」
頬を膨らませて抗議する雫に俺は呆れて、
「いや新入生入部の日に演劇部はどこですかーって涙目で探してたお前が言うな」
「ち、違うっすよ! あれはそう、事故っすよ!」
必死で弁明しようとしているところ悪いが、他にも小道具買いに行かせたら迷って逆方向にいた、なんてこともよくある彼女だと、あまり心配はできない。方向オンチなんだよな。
「いえ、男手は必要でしょうし、ならば私がついて行きましょうか」
「「「!?」」」
凛の一言に、その場にいる全員が凍りついた。
(おいやっぱ自覚してねえじゃねえか天音! 言っとけって言ったろ!)
(何よ私だって言ってるわよ。でもりんちゃんちょっと天然なとこあって……ってか、あんたは生まれた時から一緒にいるんだから、何とかしなさいよ!)
何を言ったか。それは、凛が迷子になることだけに関しては世界の誰にでも負けないであろうという、あまり欲しくなかった才能のことである。
言い方を分かりやすくすると、彼女は迷う天才なのだ!
凛は興味のあるものがあると、風に流される風船のようにフラフラどこかに行ってしまう癖があるのだ。悪癖とも言う。
(どうするよ。また群馬とか行かれて颯海のヘリ使うなんてやだぜ?)
(僕もヘリを毎度のようにチャーターできるわけではありませんからねえ)
(ウーン。ヤッパ不安ダワ。凛がコンナニ自分二無頓着ダと……)
(雫と凛ちゃんの組み合わせって、そんなにヤバイっすか!?)
(あなたの方がまだ可愛いわよ)
「……?」
凛は俺達が何を危惧しているのかなど露知らず、首を傾げていた。
「あーなら俺が雫と行く! だから凛は天音たちといていいぜ!」
話していても埒が明かないので、俺が雫の案内人を名乗り出た。その提案に他の部員たちもホッとする。凛は迷いやすいといっても、誰かの傍にいるのは好きなため、一人でなければ大丈夫なはずだ。
という俺の目論見は、
「大丈夫です」
と無表情で否定された。
って、何だと!?
「え、何でだよ凛、男手はどうせそんなに時間もかからないだろうし、すぐ行くぜ!?」
「そ、そうよりんちゃん。こいつは使いっぱしりがちょうどいいんだから」
天音の言い分には物申したかったが、そこはあえてスルーだ。
「……いえ、何というか、少しバカにされてるような気がして……」
「……っ」
天然なくせに、感は鋭い奴だな! あれか、女の勘ってやつか? それとも兄妹特有の以心伝心って奴か?
そして凛は一度決めると頑固なところがあり、そうそう説得しそうな雰囲気でもない。これはどうしようかと悩んでいると、天音が助け舟を出してきた。
「じゃ、こうしましょう。私、アイリス、颯海くんで木の台とか布とか探してくるから、本は残りのりんちゃんしずちゃん響で行ってきて。これならいいでしょ?」
「まあ……はい」
少し腑に落ちない様子の凛だったが、特に断る理由もなくなったらしく、渋々口をつぐんだ。
「じゃ、少し分かれるか」
「ですが、あなたはしっかりエスコートできますかね?」
「出来るさ。颯海、お前俺が何度ここにきてると思ってんだ」
颯海はあごに手を当て、考えるような演技をしてから(実際考えてなんてない)、
「一度?」
「十数回単位で来てるわ!」
学校に近いショッピングモールというのは、中にあるファミレス、本屋や服屋をよく学生がたむろっていたりするが、俺もそうしてよく放課後にきてるんだ。新入生の一年たちはともかく、それで俺が迷うなんてことはありえないぜ。
「じゃ、後でな。行くぜ、凛に雫」
「はいっす」「了解です」
「じゃ、買ったら場所教えるから、ケータイに連絡お願いね」
そう言って、俺達は二手に分かれることになった。