シンデレラという名の何か
基本的に、彼らの能力は高めです。全体的に。
006
困ったことになった。
というのも、昨日、台本を読んでおくこと、と言われたのだが、英語の課題をし忘れて(昨日遅れたのもそのため)、今日提出なのだが、それをしていたら台本を読み忘れてしまった。
なので、朝はいつもよりかなり早く出て、台本を読みながら通学中である。周りに気を付けなければならないが、まあ、覚えるのはそう難しくもないだろう。
と、思っていたのだが、
「昨日…………りすぎてなかったかなぁ…………うーん……ってきゃ⁉」
「お、おっと、わりい、前見てなかった」
台本に目を通そうとしていると、目の前の誰かにぶつかった。この軽めの感触はおそらく女子だろうと台本から目を離し、前を向く。
「ってあれ、天音? よう」
「ああ……い、戦くんね。お、おはよう……」
俺の挨拶に、まるで君が犯人だと言われた推理ドラマの犯人のごとく動揺しながら、天音は答えた。
というか、俺何かしたか? そんなに挙動不審にならなくとも。
そしてなんだか、雰囲気がいつもと違う気がするのだが……。
「どうした? 大丈夫か?」
「う……うん。大丈――って、大丈夫に決まってるじゃない!」
あ、いつもの天音に戻った。
しかし、さっきのおどおどした雰囲気、妙に懐かしい気がしたのだが……。
「…………」
と、俺が沈黙しながら思考していると、そんな俺を見かねたのか飽きたのか、天音が腕を掴んでずんずんと歩き出した。
「お、おい天音⁉」
「いいから、さっさと行くわよ。遅刻しちゃうでしょ!」
「あ、ああ……」
俺は天音に腕を引っ張られている体勢のため定かではないのだが、天音の耳が真っ赤だったのは、気のせいだろうか?
そう思いながら、俺たちはいつも登校している道を、歩いて行った。
007
そして放課後。
昼間の授業はどうしたとかそういうことを言ってはいけない。
別に面倒だから省いたというわけではない。ただ、眠くてあまり覚えていないだけなんだから(それはそれで問題か)。
さすがに二日連続で部室に入って蹴りを入れられるということはなかったが、その理由が、正確にはされなかったではなく、できなかったという方があっているかもしれない。
いや、それも間違っているか?
何せ部室には、俺と颯海と雫しかいなかったのだから。
「あれ、颯海に雫、他はどうした?」
部屋で優雅に紅茶を嗜みながら読書にふけっている颯海に聞いてみる。ちなみに雫は俺が入るなり「こんにちは、先輩」と言いながら、紅茶を淹れていた。
「天音さんは凛さんと共にパソコン室で台本のちょっとした修正をすると言われていました」
「アイリスさんは学校側から留学についての話があるそうで、少し遅れるそうです。はい先輩」
「お、サンキュー」
颯海と雫からの返事を聞き、納得する。
天音はあの台本(とはいえまだあまり読めてはいない)に何かしらの不備や不満があって直しているのだろう。アイリスも留学生というのは中々忙しそうだ。
「ま、しゃーねえ。じゃあ俺は、今ある台本だけでも」
「出来たわよ! 今回は《シンデレラ》! さあ始めましょうか!」
「…………」
天音はどうしても俺に台本を読ませたくないようだった。
008
まあ知らない人もほとんどいないと思うが、《シンデレラ》の詳細を説明しよう――とも思ったが、《シンデレラ》という話は派生がたくさんあるらしい。《灰被り》やら《サンドリヨン》などとも呼ばれ、多種多様なものがあるのだが、ガラスの靴が出るスタンダードなものをやる予定だ。
なのであらすじを説明すると、
1、シンデレラは、継母とその連れ子である姉たちに日々いじめられていた。
2、あるとき、城で舞踏会が開かれ、姉たちは着飾って出ていくが、シンデレラにはドレスがなかった。
3、舞踏会に行きたがるシンデレラを、不可思議な力(魔法使い、仙女、ネズミ、母親の形見の木、白鳩など)が助け、準備を整えるが、12時には魔法が解けるので帰ってくるようにと警告される。
4、シンデレラは、城で王子に見初められる。
5、12時の鐘の音に焦ったシンデレラは階段に靴を落としてしまう。
6、王子は、靴を手がかりにシンデレラを捜す。
7、姉達も含め、シンデレラの落とした靴は、シンデレラ以外の誰にも合わなかった。
8、シンデレラは王子に見出され、妃として迎えられる。
という感じだ。ちなみに俺たちは、3の不思議な力を魔法使い、靴をガラスの靴として、劇を始める。
既に俺以外はある程度台本を読み終わっているようで、これでは台本を直す時間もあったものではないが、そんな俺の考えなどなんのその。各々準備運動と発声を終え、天音が指揮を執る。
ちなみにアイリスも帰ってきて、しっかり六人勢ぞろいである。
「ある程度セリフとかは補完してあげるから、安心して通すわよ! それじゃあ、スタート!」
「…………」
不安が残る俺をよそに、劇は始まった。
カーン! というカチンコの音と共に。
009
《シンデレラ》冒頭。
姉三人がシンデレラを苛めるシーンだ。
「まったく、シンデレラ、あなたは本当にダメな子ねえ。いっそクズね」
「アハハ! 無様デース!」
「這いつくばって許しをこいなさい。まあ、僕は許しはしませんけど」
「はい、すいません――ってちょっとまてぇぇぇぇっ!」
カーン! と、シンデレラがカチンコを鳴らした。
開始三十秒である。
そして、シンデレラこと俺がである。
「配役おかしーだろ! なんで俺がシンデレラやってんだよwhy⁉ そして颯海が姉役やってるのもおかしぃっ!」
「あーもう。途中で止めないでよ! 昨日は一発OKでやってたのに……このクズ! 灰被ることすらできないこのクズ!」
「酷い言いようだな……」
しかも昨日もNGにしたいシーンは数えきれないほどにあったわ。
「ったく、しょーがないわね。元々男二人をどう配役しようかと悩んでたっていうのに」
「俺か颯海が王子役って案はなかったのか⁉」
「あったけど、なんかあなたに王子役やらせるのは嫌だなーって思って」
「主観すぎるだろ! 大体それなら颯海を王子役にしろよ似合ってるだろ似合いすぎだろ!」
「だーって、あなたを苛めるのに最適なパーティってこの三人だと思って」
「だろうな俺もそう思うよ。罵倒大好き颯海に悪ノリ大好きアイリスが集まったらそうなるだろーな。けど俺の配役はおかしー!」
「はいはい。わかったわよ。配役変えたわ。凛ちゃん。台本回して」
とゆーか、違う台本まで用意してるじゃねーか。まあ人を変えただけだからそんな面倒な作業じゃないだろうけど。
「はいそれじゃあテイク2スタート!」
010
同じく冒頭、姉たちがシンデレラを苛めるシーン。である。
とはいえ、俺はなぜか王子役で、颯海は姉ではなく三人の内唯一の兄役。
そしてシンデレラはまさかの天音。
姉二人はアイリスと凛。
雫は魔法使いのようだ。
「シンデレラ。こちらの掃除もお願いしますね。這いつくばりながら」
「シンデレラッ! 肩モミ頼ムヨ!」
「シンデレラさん。さっさと動けこのカスが」
「お前ら人に指図してねえで働けやーっ!」
カーン! 言うまでもなくカチンコの音。
今度は開始五秒で止まる、他に類を見ないテイクとなった。
011
「おいおい沈まれ天音」
「こんにゃろー!」
怒り心頭のご様子の天音。それを羽交い絞めでなだめる俺。しかしいくら罵倒されたからって、自分の設定したセリフにそんなにキレるなよ……。
「キレるわよ! 台本読めばわかるわ! ほら」
「ん?」
と言いながら渡された台本の冒頭部分を読んでみる。
兄(颯海)「シンデレラ。掃除をしてください」
姉1(アイリス)「シンデレラ。しっかりするのよ」
姉2(凛)「ちゃんと隅々までやるのよ」
「…………」
まあ確かにセリフは違うわなあ……キレるほどかは微妙だが。
「キレるわよ! その後のやり取りに支障が出るじゃない!」
「ああ、なるほど」
珍しく正論を言う天音。
だとすると、
「颯海からおかしくなったんだよな」
「そして僕からアイリスさんに続き」
「悪ノリしていったと……ってゆうか颯海。そういうのは日常会話の中だけにしろ。アイリスも肩揉んで欲しいなら俺に言えやってやるから。凛は……」
「本音です」
「「「⁉」」」
その場にいた凛意外の全員が目を見開いた。
「……え、静ちゃん。あたし、そんなこと言われるほど酷い人間なの?」
「冗談です。と、私は真顔でそう言った」
「真顔だと冗談だかわっかんねーよ。てゆーか、なんかそのセリフに似たようなの聞いたことあるな」
なんか、クローンとか式神とかでいた気がする。
でも、凛って、そんなにアニメとか好きだっけか?
「と言えと、アイリスさんは私に命令した、と凛は説明します」
「貴様かこのアニヲタアメリカ人!」
「ohバレマシタカッ!」
しかしそんなとある物語を知っているとは……っていや有名どころだったな。忘れてた。
「ったく、お前ら、最低でも普通にやろうぜ。とりあえず全部一回通そうぜ。それで悪いとこ言うから」
「あら、私の作品に悪いところなんてあるわけないじゃない」
「その自信はどこから来る……」
逆に尊敬しちゃうよ。
「じゃ、まあいいわ。次行くわよ。埒あかないし、少し気分転換もかねて少し先のシーンやりましょうか。それじゃ、スタート!」
011
今度は天音演じるシンデレラが姉&兄に置いていかれるシーンから始まる。
……はずだったが、「そのドレスよこせやぁぁぁっ!」というキャラ崩壊を起こしかけたシンデレラをなんとか止め、やっとストーリーが進む(長かった。マジで)。
そしてシンデレラが魔法使いに出会うシーン。
「シンデレラ。舞踏会に連れて行ってあげましょう」
「え、面倒くさい」
カーン!
「だから少しはストーリーを進行させろやぁぁぁぁっ!」
なんなんだ⁉ こっちはさっきツッコンだシーンをわざわざカットしたっていうのに何でまたツッコミ入れなあかんのだ⁉
「落ち着いてくださいせんぱいぃぃぃ⁉」
雫が静止させようと頑張るが俺は彼女を引きずってでも憤りを抑えられん。ってゆーか雫。お前の役も大変だな色んな意味で。
「hey! 静マリタマエboy!」
「こんなときでももののけの姫のネタを入れるたぁあふれるアニメ好き精神だな!」
そしてリアルでもツッコミ入れなあかんのか。おい大阪弁っぽくなってきたぞ俺の口調。
「わかったわよ。次こそ大丈夫。ってゆーか、あそこからでもストーリーは続いたのに」
「とどのつまりどーやってだよ」
「あそこから軽快なトークで魔法使いがシンデレラを説得するコメディ&ためになるシーンなのに」
「それ必要か⁉ 《シンデレラ》に必要か⁉」
「いや、ベタすぎるじゃない普通にやったって。なら何かしらの個性を入れるべきじゃないかしら」
「納得のいくようで微妙な納得しかできないセリフだ!」
いや、言いたいことは分かるけれども! けれども性格が違いすぎやしませんかね⁉
「そして俺の出番はいつからだ……まあ今回は、役回り的に出番がなくなるこたぁないだろうけどさ」
「え? 魔法使いとの百合エンドとかも考えてたんだけど」
「はぁぁぁぁぁっ⁉」
それは最早シンデレラですらない気がする!
「ったく面倒ねぇ。じゃ、少し飛ばしましょうか。このシーンは確かに必須だけど、早替えとか面倒だし」
「いやお前簡単にできるじゃねえか」
「あんまりいいもんじゃないのよ。というか大変よあれ」
「まあいいが……で、どこからだ? ってゆーか、颯海やアイリスは? 何時の間にいないけど」
見ると、いつの間にかあの二人は部室から消えていた。神出鬼没じゃあるまいに、どこいった?
「いや、ガラスの靴をね。持ってきてもらったのよ」
という言葉とともに、颯海やアイリスが小道具を持って部室に戻ってきた。
なぜか音楽プレーヤーなどもあるが、BGMにでも使うのか?
「遠からず似てるけど、ほら、舞踏会用のよ」
「ああ、なるほど」
確かに舞踏会に流れる演奏というのは演出上欲しいものだ。
「それじゃ、始めるわよ。まずはあたしが舞踏会に到着するところから」
スタートという掛け声と、カーン! という音が同時に上がった。
やっと、やっと出番が来たぜ!
012
俺は王子役ということで、部室で机などで作った急場しのぎのセット。その上の椅子に座り、周りを見下ろしている。結構眺めいいなこれ。部室じゃなく外でやりたい気分だぜ。
そして彼女が舞踏会場(ここでは部室)に入ってくる。それを見計らってこの場から下り、その彼女を踊りに誘うという流れだ。
その彼女――シンデレラを。
荘厳かつ中世の雰囲気を思わせるBGM。
そして、扉が開き、彼女が入ってくる。
さて、王子役としてやっときた出番だ。頑張りますかね。
「こんにちは、王子」
と、意気揚々、颯爽とシンデレラのもとへ向かおうとしていた俺の目の前に、ハンサムボイス&イケメン面が現れた。
え、なにこれ? なんで颯海(シンデレラの兄役)が俺に話しかけてんの? 舞踏会なんだからそこらの女子に声をかける的なキャラクターでいいじゃないの?(パニクリ中)。
「すいません。実は僕、あなたに一目見たときから恋心を抱いてしまって」
何言ってんだ、コノヤロー(某海賊漫画のマスコットキャラ風)。
「なので、公衆の面前で言います。僕と夜を共に過ごしませんか?」
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ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaああああああああああaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaああああああ「ぎゃああああああaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaああああああああああああ嗚呼あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああaaaaaaaaaaaaaaaaaaあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaあああああああああああああああああああああああああああああああああaaaaaaaaaaあああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼⁉‼⁉⁉」
「ああ、先輩の心の声までもが表に⁉」
「おや、やり過ぎましたでしょうか? 凛さん」
「はい、おそらく。というか普通に」
「ウーン。面白イト思ッタンデスケドネー」
「アイリスが悪いんじゃないわ。あたしの責任……あれでも、本当にやばいかも?」
意識を失う俺の傍らで、そんな会話が聞こえた気がした。
読んでくださってありがとうございます。
まだ少しだけ続きます。