First show -開幕-
初投稿です。
愉しんでいただければ、幸いです。
間違えました。楽しんで。
001
未だ日を残す午後、放課後のチャイムが俺の歩く廊下に反響する。
とはいえ平日の放課後では、かなりの生徒が部活動に励むことだろう。
一般的で、平均的。
俺もその一人だ。
演劇部所属の高校二年生。俺のプロフィールを作るとすれば、その一行で事足りる。
と思うものの、自分への他人からの評価と自分の評価は何かしらの相違があるのが常なので、もしかしたら俺にはさらにダメな短所や、良い長所があるのかもしれない。
だが、他人に見せる自分が本当の自分とは限らない。
というか、自分を偽って生きている人は、かなり多いだろう。
偽り。
嘘。
虚構――いや、演技とも呼べる。
まあ、だから、人と過ごすために、社会で人を欺いていこうという信念を持っているから、演劇部などに所属しているわけではない。
そんな真面目な話ではない。というか、もっと軽くて普通の理由。
楽しいから。
それだけで、実際大概のことは説明がつくと思う。
とはいえ、自分の部活へと歩む道。いつもいつも快活で愉快な気分とはいかない人も多いだろうが、俺は自分の所属する部活を割と気に入っている。
楽しいから。
単純だろ?
だがそれがいい、と俺は思う。疲れることも多いけど、好きなことだしな。
とはいえ。
とはいえ、部室に入るなり、
「遅い!」
「ふげらぁっ⁉」
と、俺に向かって鋭いライダーキックっが飛んでくるとは、予想だにしない(わけでもない)ことだったのだが。
――そんな俺たちの青春が、始まる。
002
「何やってるのよ夜世響。言ったでしょ、今日はすぐに次回の劇の打ち合わせと練習するって。なのに何無防備に時間に遅れて入ってきてるのよ。頭大丈夫?」
「お前のキックで頭割れそうなんだよ天音!」
不意打ちに対して非難の声を上げる俺。当然だ。
「生意気ね」
「常識を知れ!」
「それを言うなら良識でしょ?」
「どっちも欠けてるんだよお前は!」
そんな会話? をしながら、俺の目の前で仁王立ちする暴行犯。肩にかかる程度の短めの髪に、 スレンダーな体型が特徴的で、勝気そうな目の俺の幼馴染、光矢天音。
幼馴染であまり気兼ねなく話せる数少ない女友達なのだが、子供のころの内気な性格はなんのその、とても破天荒な性格になってしまった少女である。元気なのは良いにしても、もう少し常識も学んでほしかった。
「大体、メールで遅れるって言ったろ! 今日クラスの方で用事があったんだよ!」
俺の言葉に、スカートのポケットから流れるような動きでスマートフォンを取り出す天音。妙に気品があるのは、この演劇部で研鑽を積んだ賜物だろうか。
「あら本当ね。じゃ、さっさと座って」
だが気品はあっても気遣いはないようだった。
「俺に対してのフォローそれだけ⁉ 酷っ!」
「はいはい黙って黙って。始めるわよー! 皆いるー?」
「「「はーい」」」
「ぞんざいだなぁ俺!」
と言いながらも、しぶしぶ自分の席に座る。自分は少し優しい人間なのだ。だから大丈夫。
というか、そう思わなきゃなってらんねえ。
ちなみに、この部室は俺たちがいつも授業を受けている校舎の対面にある特別棟で、その一階の部屋を俺たち演劇部が使わせて貰っている。
ロッカーや冷蔵庫に冷房など、OBたちが残してくれたものがとても便利で、中々快適な空間だ。もうすぐ夏休みが始まるこの時期でも冷房が効いて涼しいのだから、快適なことこの上ない。
思っていると、横に座ってにこやかな笑顔を浮かべていた部活の友が話しかけてきた。
「ところで、哀れに這いつくばっていた響くん。頭は大丈夫ですか?」
間違えた。悪友だったなこいつわ。
会うなり罵倒してくる奴など悪友でも優しい。
俺より高い長身に、しっかりと引き締まった体。その体に支えられている顔には、さらさらした髪が揺れ、その下の風貌はアイドルか何かと見間違うような美形であり、目は大概の時は笑っているように細目になっている。口調も同年代にも礼儀正しい敬語を使い、一目見れば好青年という印象を持ってもおかしくない男――その名は幸坂颯海。
無駄に長い説明だな。
ちょっと後悔。
そしてどうでもいいが大会社の社長だったりする。こっちの方が重要な気もするが気のせいだろう。
が、別に俺は好青年だとは微塵にも思ってはいない。
性格の問題で。
「お前なぁ、心配してんのかしてないのかわからない言い方じゃねえか。どっちなんだよ」
「おや、やはり頭の中身は残念のままでしたか」
このように性格がアレなのだ。この男は。
「なんでそうなるんだwhy⁉ やっぱり悪意満載だろ!」
「oh! イイ発音ネIKUSA!」
「確かに。アイリスさんの言う通り、無駄に上手かったですね」
唐突にカタコトの日本語が会話に挟まったのは置いといて。
「無駄にとは何だ無駄にと――」
「うっさい黙りなさいよ!」
「あだっ!」
俺や颯海が言い合っていると、天音からのチョークがミサイルのように投擲され、おでこ強打。割と凄い頭痛が走る。というかコントロールいいな。そしてチョーク投擲なんていつの時代の攻撃だ。
ちなみに、さっきの会話に入ってきたアイリスというのは、アメリカからの留学生で、天音がスカウトしてこの演劇部に入れた一人だ。ロングな金髪やパッチリとした目元やグラマラスな体型は天音とは対極にいるような美人だ。まあ、あいつも美少女っちゃ美少女だけど。
「ってゆーかおい天音! なんで俺だけなんだよ! 他にもすかした顔の男とか金髪ガールがいるだろ⁉」
「おや、何のことでしょう?」
「ワタシ、何モ知リマセーン」
「せこっ! お前らせこっ!」
「はーい話続けるわよー」
「無視かよ!」
俺の存在がないかのように天音はパンパンと手を叩き、
「はいはいもういいでしょ。さあ、一年組はまだだけど、始めましょうか」
「ん? なんだ、一年の二人は何やってんだ?」
「二人とも委員会。もうすぐくると思うけど」
と天音が言うと、二人ともすぐに部室のドアを開けて入ってきた。
「はぁ……はぁ……すいません。遅れました」
「委員会が長引いてしまいました。すいません」
息を切らしている方は、黒髪のツーサイドアップに、小柄な体の高校一年生(ちなみに天音、颯海、アイリスは二年生だ)の、秋雨雫だ。頼りなさそうな瞳と童顔が特徴的な少女だ。
もう一人の冷静に謝罪をした方は、背中にかかる程度の茶髪に、メガネをかけている少女、夜世雫だ。小柄で表情にあまり起伏がなく、人形のよう、という表現が一番合う女の子だと俺は思っている。ちなみに俺の妹でもある。
しかし、二人とも気の毒に。あの天音がいるこの部に遅れてくるなんて、どうなることやら。
という心配は。
「じゃ、二人とも席に座って」
杞憂だと理解することになる――って、は?
「っておい! 俺の時は跳び蹴りなのに何のお咎めもなしかよ!」
「なによ。一刻も早く始めたいんだけど」
「じゃあさっきのは何だったんだよ!」
「暇つぶしよ」
「はぁぁぁぁぁっ⁉」
俺たちのやり取りを「いつものこと」として見ている後輩たちを他所に、俺は絶叫するのだった。
俺たちは校舎に挟まれた中庭で、準備運動や発声練習などをしていた。演劇部は文化部の一つとはいえ、かなり体やのどを使う部活だ。こういったことをしっかりしておかないと怪我したりのど潰しちゃうからな。
「で、今日はどうするんだ? 天音」
「とりあえずいくつか演目やって、それで文化祭でどれをやるかを決めるわ」
文化祭においての俺たちの発表会は、宣伝も兼ねた重要な劇だ。それの演目選び。これは自然と緊張しそうだ。
「とりあえず、有名な演目や童話なんかを私の見事な脚色で現代風にアレンジしたから、安心して。これは脚本家のあたしの腕の見せ所だわ」
さて、天音は部長とはいえ基本的には演技しかしていなかったことしか俺の記憶にないのは、気のせいかな?
「いつから天音さんは脚本家になったのでしょう……」
「さあ」
幼げな顔に苦笑いを浮かべる雫のツッコミに、俺は若干不躾に答える。知らんそんなこと。
ちなみに、雫はこの部では俺に並ぶ常識人だ。
頼りなさそうな感じの奴ではあるが、割と本気で貴重なツッコミ要因である。
他の奴らの個性が強すぎるとも言えるが。
「じゃ、始めましょうか」
「まず何をやるんだ?」
「王道だけど、《赤ずきん》をしましょう。雫ちゃん。台本回して」
「はい」
ちなみに、メガネが似合う雫は天音の補佐のような役回りになっている。無表情だからか、妙に似合ってはいるのだが、不満とかはないのか?
正直、マネージャーなどの自分が動かない仕事は苦手だ。男子と女子とで違うのだろうか、そういった感情は。
そう思いながら、天音を見てみる。
「…………」
「何? あたしじゃなく台本を見てほしいんだけど。何よ。漢字読めないわけじゃないでしょ。面倒なことさせないでよね」
「…………」
男子と女子というより、やはり人柄というべきか。
と思っていると、台本が回ってきた。
「赤ずきんがあたしで、狼が颯海くん。響が猟師で、アイリスさんが赤ずきんにお使いを頼むお母さん役。雫ちゃんがおばあちゃん。台本読んだー?」
ちなみに、俺たちは妙に能力が高く、記憶力や演技が上手い奴ばかりだ(俺は普通レベルなのだが、緊張に強い分普通よりマシかもしれない。でもこいつらほど見ただけである程度キャラを固められるような力はない)。
そして、カメラや照明は、人数が六人なので、手が空いた奴がやることになっている。今回は《赤ずきん》で、四人しか役がいないのだから、雫と雫と俺で手が回るはずだ――前半は。後半はアイリスが出番ないだろうし、何とかなるだろう。
「それじゃ、一回通すわよー。スタート!」
「おっしゃ」と俺。
「わかりました」と颯海。
「了解です」と雫。
「は、はい!」と雫。
「all right, let's go!」とアイリス。
カーン! と、カチンコの音が響き、天音脚本の《赤ずきん》はスタートした。
主人公は主にツッコミ担当です。