夢
こんな夢を見た。
どこまでも終わりが見えない階段の麓に、私は立っていた。
辺りには薄い霧が立ち込めて、湿った空気が体全体にまとわりついてくる。
注意深く耳をすませると、お経が聴こえてきた。
「般若波羅蜜多心ーーー」
どうやら近くにいた黒髪の女が、俯き加減に唱えているようだ。一瞬目を見張ったが、この世界では、それが普通で、当たり前であるという気持ちに、不思議となっていた。
階段の方へ目をやると、上る人々の列があった。皆、言葉を話さずに、黙々と上へと向かう。階段の脇の、影となった木々が、何かを代弁するように揺らめいていた。
呼応するように、心臓がざわざわと音を立てる。
私の体は見えない力に吸い寄せられ、階段の列へと加わった。
前の人の足元を見ながら、階段を上る。
古い木の板から飛び出す草々は、露で濡れていて、私の足を濡らした。
いつの間に、裸足になっていたのだろうか。
最初は靴を履いていたはずなのに。
濡れた板の、ひんやりとした温度が心地いい。
上って火照った体に、足裏の冷たさが染みた。
足は怠く、体も暑くなっていたが、不思議と息は苦しくならなかった。
風が吹いた。目の前の霧が、少し晴れた。
すると突然、前のお爺さんが上るのをやめた。荒い呼吸を繰り返している。どうやら休憩をしているようだ。
「もし、大丈夫ですか?」
返事は返ってこないまま、荒い息だけが繰り返される。
私は、この人の目が爛々と輝いていることに気がついた。
獣のようだ、と思った。最期の時をじっと待つ獣の。
再び風が吹いた。今度は髪を攫うほどの強い風だった。
風に呼ばれるように、ふと顔を上げた。後ろから先頭の方まで見渡してみると、暗い顔をした老人たちが俯きながら蠢いているのが見えた。
目覚ましが鳴った。何時間も過ぎたように感じた夢は、たったの15分だった。