異世界で義両親に会ってみよう
前女王・王配は娘たち、つまり現女王とアリアさんと談笑してた。
リカルド王は親子水入らずで話せるようにと気を遣い、娘さんと遊んでるそうだ。
そこにいるだけで周囲威圧しちゃうもんね。ルークや女王の親がビビるとは思えないけど。
ルークはあきらかに気乗りしない様子で部屋に入った。私も続く。
前女王が顔を上げた。
「あらルーク、遅かったじゃないの」
おお、これまた美女。
ていうか、現女王とよく似てる。さすが親子。
前女王は娘よりキツめで、いかにも『女王様』って感じの美人だった。年齢不詳。黒に近い紫のストレートロングヘア、赤いツリ目、真っ赤なルージュ。深紅のタイトなドレスは体にぴったりした作りで、それ着て堂々と足を組み、まさに鎮座ましましてた。
おお、女の私でも大胆なスリットからのぞくスラッとした足には見とれてしまう。
うらやましいなぁ、細くてスタイル抜群。私もこんな美人だったらなぁ。
前女王は頬杖ついて嫣然と微笑んだ。
まさに女王の風格。
あ、言っとくけどSの意味含むよ。そのテの人には拝まれそうだ。
しかしまぁ、これだけ強そうなお母さんだから、ルークも何か怒られるんじゃないかって恐くて来たくなかったのね。思いあたること多すぎだろうし。
この兄が何をどうしたらあのマイペース漫画家兄になるんだろう。
ルークはため息つきつつソファーに座った。さりげなく私の膝狙ってたのは肘鉄で阻止し、私も隣に座る。
しぶしぶだ。そこしか席ないから。
「……ミドリとデートしてたんだよ。邪魔しないでほしかったな」
「ふぅん? ああ、アンタもらってくれる奇特な人が現れたんですってねェ? すごいわー。正直諦めてたわよ。そちらのお嬢さんがそうなのね?」
前女王様はにこやかというより獲物見つけたみたいな、満足げな笑みを浮かべた。
ひっ。
豹か虎に睨まれたみたいな感じ。
「初めまして。私はこの愚息の母、フレイヤよ」
ぴったりな名前ですよね。
初代女王は和風で、種族の容姿は天使と洋風で、前女王の名前は異国の女神か。ごちゃまぜだね。
「……こちらこそ初めまして。天木美鳥です。それと断っておきますが、私はこの変人を引き取るつもりもないですし、妻でもありません」
「あら」
前女王は眉を上げた。
そんな動作一つでも優雅で絵になる。
「私に平然と相対せるだけでも珍しいのに、反論までできるなんてねェ。なかなかすごいじゃないの。気に入ったわ」
あ、ミスった。
行動の選択誤ったと気づいても後の祭りである。
気に入らないでください。むしろ「息子の嫁として認めん!」って帰してもらったほうが助かります。
「ルークは変だし奇矯な行動取るしバカだけど、頭は良くて金もあるわ。何事にも無頓着なだけに、これと決めると一直線の猪突猛進タイプでねぇ。貴女一筋だから安心していいのよ」
「安心できません。むしろ他にこいつが気に入る人いたら、大喜びで熨斗つけて進呈します」
「やだー! 俺はミドリじゃなきゃやだよー」
うん百歳年上の外見は天使が暑苦しくすがりついてきた。
うっとうしい。
ぐいと無言で押しやる。
「大丈夫よ、ルーク。やっと見つかった愚息のお嫁さんを逃すわけないでしょう」
前女王陛下の背後に大蛇が見えた。←幻覚
シャーって音たててチロチロ舌出してるやつね。捕食一歩手前。
……え、ちょ、まさかの母親まで諸手あげて賛成派?!
生意気な小娘だ!、って突っ返してよ!
いやいや待てよ、まだ望みは残ってる。前王配だ。
一縷の望みをかけて前王配をうかがった。二人初対面の男性がいるけど、教授に写真見せてもらったんでどっちがどっちか分かる。
黒髪長髪眼鏡の、いかにもクール系『研究者』タイプが前王配だ。
長髪美形、きましたよ。お待たせしました。←待ってたって誰が?
わざと伸ばしてるんじゃなく、めんどくさくて伸びるままに放置してるようだ。最初のルークが髪の毛長かったのも同じ理由で、紛れもなく親子。
聞いた話では「さすがに仕事の邪魔でしょ」とフレイヤ様が結んであげたのがきっかけで以後まとめてるとか。
職業は学者。科学・化学・生体工学・機械工学、あらゆる学問をマスターした天才という。蛙の子は蛙。
こっちを見もせず、ずーっとパソコンいじってる。キーボード打つ指がものすごい速さだ。
もう一方の細身・銀髪、常に笑顔な芸術家風、大人しそうなのが現王配。職業は作曲家・ピアニスト。
とにかく温和で人畜無害な人だそうだ。余計なことを言わず一歩後ろに下がってる、政治的にも一切口出ししない『理想的な王配』ともっぱらの評判。
前王配は老先生に言わせると、
「基本的に他者に対して無関心。ただし嫌いな人・物に対しては態度がはっきりしておる。家族に害をなすと判断するとえげつな……断固排除する苛烈な面もある」
えげつないって言いかけてたっけ、老先生。
でもむしろ私はそうしてもらったほうがありがたい。異世界人である私は排除っつっても、地球に帰してしまえばそれで済むからだ。
さあ! 「帰れ」って言って!
待ってると、前王配が口を開いた。
「解剖させてくれないか」
「…………」
斜め上過ぎる発言にのけぞり、サッとルークの後ろに隠れた。
え? ルークも変人だけど、こっとのほうがまだマシ! 少なくとも私に危害は加えないって信用してる。
ていうか、こういうヤバイ人なら教えといてよ!
コロコロ笑ってる場合じゃないですよフレイヤ様。旦那が危険極まりないこと言ってるじゃないですか。私はモルモットか。
「マッドサイエンティストが! 本物がここにいる!」
「ミドリが頼ってくれるなんてうれしいなぁ」
「盾としては使えるでしょ。あんたが来るの渋ってたわけ分かったわ」
「分かってくれた? 父さん、やめてくれる? ミドリが恐がってるじゃないか」
前王配ヒューゴ様は真剣な顔で眼鏡をくいっとやって、
「いいや、実に興味深い研究対象だ。異世界の人間なんだろう? 解剖が嫌なら他の方法で調べたい。体のつくりはどうなってるのだ? 我々とはどう違う? なぜどの動物の能力も持たないのか。CTスキャンと脳波測定、それから血液測定をまず」
エイリアンに捕まった地球人の心情がよく分かった。
分かりたくないわ。
なおも隠れつつ拒否した。
「絶対嫌です! 断固お断りします! ルーク、止めてえええ!」
「うん。俺も父さんとはいえ、他の男がミドリに触れるのは嫌だなぁ」
ルークがさりげなく180°回転して腕回してきてる気がするけど許す! これだけガタイよければ立派な盾になる、うん。
「代わりにこれあげるよ」
ルークはほい、と父親にUSBメモリっぽい記録媒体を放った。
ん?
「む?」
「父さんが知りたそうなデータ、それに全部入ってる」
「ほう。さすが我が息子」
父子は満足げにうなずきあった。
……んん?
しばし考え、意味を理解した私は思いっきりルークの胸倉ひっつかんで揺さぶった。
「いつ調べた――?! ていうか、私いいなんて言ってない!」
「え、ミドリが来て割とすぐの頃に。俺も別世界の人間て興味あったし。頼んでも断られるだろうなーと思ってこっそりと」
「それ犯罪!」
「自分の奥さんのことは何でも知りたいもんじゃん?」
「私はあんたの奥さんじゃないっ! 何でもって、どこまで調べた?!」
「血圧、血糖値、白血球と赤血球の数、各臓器の機能、心拍数、肺活量、脳波、筋量と筋肉の付き方、骨密度、骨の数……」
「健康診断か!」
人間ドックか。
現女王は「うわぁ」ってうめいて父親と弟を見、前女王はアハハと豪快に笑ってる。
「そうかも。診断結果は健康的で何も問題なし」
「そりゃどうも! 無断で調べてるほうが余計怒るわ!」
「じゃ、ミドリも俺のこと調べていいよ。何からやる?」
「やらない! いらない! シャツ脱ごうとするなぁぁぁ!」
頭ひっぱたいて、シャツのボタン全部とめた。
誰かこの変態なんとかして!←切実
あれ、前王配ヒューゴ様はどうした。見れば、パソコンとにらめっこして、ものすごいスピードでキーボード打ってる。
解剖はされずに済んだようだけど、これもよくはない。
現女王は安心させるように、
「お父様はこうなると研究以外どうでもよくなるのよ。これ以上先生に迷惑かけることはないと思うわ。ルークが適当に知的好奇心満たす程度の情報あげるでしょ」
ちっとも安心できないんですが?
「そ。渡しても平気なデータだけだよ。俺だけが知ってればいい情報は渡さない」
特上ロイヤルスマイルがうさんくさすぎる。
「ちょっと待て。あんたが持ってる他のデータって何」
天使様は返答を拒否した。
「こらああ! 帰ったら見せなさい! 全部廃棄してやる!」
ガクガク揺さぶって猛抗議。
「やだ。死んでも捨てない。俺の宝物だもん」
「大人の男が『だもん』とか言うなっ」
数百歳越えの大人が!
地球なら超超超高齢者だ。ていうか、仙人レベル。
「俺、中身は子供だってよく言われるしー。ん~、照れて怒るミドリもかわいいなぁ。撮っとこ」
「撮るんじゃない!」
出しかけたスマホを無理やりポケットに戻させる。
あれ、そういえば一言もしゃべってないのが一人いるな。無口なリカルド王なら分かるけど、今いない。
現王配はどうした……と思って見れば、彼は一心不乱に五線譜書き散らしてた。
スイッチ入った時のモーツァルトやベートーヴェンってこんな感じ? 鬼気迫る勢いでオタマジャクシ書きまくってる。
「よし、できたー! 新曲ができたよアストレア!」
「あらそう、よかったわねマテウス」
現王配は周りなんてガン無視で作曲に没頭するのがよくあることだ……って教授が言ってたっけ。
「ルーク君とミドリさん見てたらインスピレーションわいてね。彼女大好きな男と素直になれないツンデレ彼女のラブソング」
ゲフッ!
血ぃ吐くかと思った。
「お、さすが義兄さん。よく分かってるじゃん」
クラシック音楽かと思いきや、現代若者向けの曲かい。
「全然違います! 私はこんな変人ちっともこれっぽっちも微塵もカケラも好きじゃありません!」
例のごとくスルーされた。
「ただ義兄さん、ミドリは俺のミューズだから。あげないよ」
「大丈夫。僕も妻以外興味ないから」
「ならよし。ところでその曲売り出す時は、ジャケットカバーは俺とミドリね」
ぎゃああああああ!
「ああ、何かポスターやって、評判良かったんだって? いいね、そうしよう」
「絶対嫌――!」
さらにガクガク揺さぶってくいとめようとしたのに、新曲リリース計画勧められた。
だからなんで誰も聞いてくれないの?!
「ごめんね先生。うちの男どもってみんな我が道を行くタイプで」
「変人ばっかじゃないですかっ!」
アリアさんがものすごくうなずいて、
「というのも、王配に権力や金銭的欲とは無縁な男を選ぶって伝統の結果なんですのよ」
「……無欲ってことですか」
この国において王は女王であり、王配はその補佐。それが実験握っちゃまずい。
「初代女王ヒミコ亡き後、男性が王になって国が荒れたのはご存知ですわね? 女王イヨが立ったことにより戦争は終結しました。以後、王配は権力を握ろうと考えない人を選ぶようにというのが家訓になりまして」
「そしたらなんでか変人ばっかになっちゃってねぇ。変人だから自分の興味のある分野以外どうでもいいんでしょうけど。夫もこの通り作曲バカだし、父もマッドサイエンティスト」
「伯父も変人ですわ。漫画家でしてね」
「さっき会いました……変な人でした」
ルークの連続徹夜おかしいテンションで作った作品を喜んで庭に飾れる神経は普通じゃない。
「あら、そうですか。ね、でしょう?」
王配がみんなそういうタイプだから、王子もみんな変なのかも。もしかしたら無意識に、歴史上の国を乱した王みたくならないようにしてるのかな。
だとしてもルークは変な方向に行きすぎだと思う。
前女王様は笑って、
「アハハ、さしずめルークは変人ハイブリットってとこね。よくまァお嫁さん見つかったもんだわ。あきらめてたわよ」
「凝縮しなくていいです。あと、私はこいつの嫁じゃありません」
「―――ねぇ、ミドリ。そんなに俺の妻になるの嫌?」
ルークがおもむろにたずねた。
いつものふざけた調子とは違う、真剣な声で。
驚いた。
「……な、なによ。急にシリアスに」
「そろそろ真面目に聞いてみたいと思ってたんだよね。ねぇ、そんな俺のこと嫌い?」
「…………」
答えようとして言いよどんだ。
これははぐらかせないって分かる。いつもみたく叱り飛ばせない。
……本音は……。
別に……嫌いではないわよ。
最初からそうだ。奇行も人助けのためだったわけだし、いや大半は地だけど、悪い人じゃないのは分かってる。言動がおかしくてドン引きはしてるけど。
私は目をそらして沈黙した。ぎゅっと両の手を握りしめる。
「……ふー」
ルークは大きく息を吐くと立ち上がり、私の前にしゃがんだ。
固く握りしめてた私の手をそっとはがす。
まるで貴婦人の前に跪く王子様みたいな状況に、うっかりドキッとしかけて慌てて押し込めた。
いかんいかん、こいつは外見はよくても中身は変。極めつきの変人だ。だまされるな。
ていうか、本物の王子だった。
「こっちの世界には緑を傷つけるお姉さんも親もいないよ。ミドリがこれまで誰とも付き合ったことないのは、姉さんたちに遠慮したんだよね? あえて大切な人を作らないようにしてた。自分が幸せになれば、お姉さんの精神状態が悪化してしまうから」
…………。
「……そうよ」
ずっと心の奥底深く封じ込めてた思いを言い当てられ、唇をかんだ。
馬鹿な私。無駄なのに期待してたの? 私が我慢して常に姉より『下』でいれば姉も満足し、良くなるかもしれないって。
もう一度仲のいい姉妹に戻れるかも知れないと。
「ミドリは家族思いだよね。えらいよ。それだけのことをされてなお、まだ相手を思いやって行動できるなんて。……でもさ、もうがんばらなくていいんじゃないかな。お姉さんたちはいないんdなし、そもそもミドリは何も悪くない。幸せになってないが悪いのさ」
「……けど……」
何年病院に通っても、姉は良くならないのに。
「真面目なミドリのことだから、自分だけ幸せになるのは気が引ける? 別にいいじゃん、お姉さんは理想の家族作って、自分が一番で幸せにしてるんだろ? 妹を追い出して、親の愛情まで全部手に入れて。これ以上何を望むんだよ。大体自分が不幸だからって人の幸せまで奪っていい理由にはならない」
「……うん……」
それは私が姉に言ってやりたかったこと。
もう十分幸せだろうに、どうしてまだ私の人生を無茶苦茶にするのかと。
「だーいじょうぶ。お姉さんには分かんないんだし、ミドリが気に病むことないよ。来れないんだから、キレて攻撃してくることもない。ね? 安心して暮らせるよ? こっちにいたほうがよくない?」
「……それは」
そうだけど。
うなずけたらどんなによかっただろう。
こっちの世界にれば私は自由だ。何の気がねもなく幸せな人生送れるかもしれない。
なのに、いまだに私の中で小さいあの時の私が家族に愛情求めてる。
お願い、お姉ちゃんだけじゃなく、私も見てよと―――。
ルークは何もかも見透かしたように、私の唇に指をあてた。ついドキッとする。
「な、なに?」
「あんま噛んでると血が出るよ」
「……ああ、そうね」
上体を後ろに引き、後ずさった。
ルークは気にせず、
「でさ、どうかな。俺って我ながら掘り出し物だと思うけど。結婚してくれない?」
真剣にプロポーズされたのは、これが初めてかもしれない。
―――っ。
耳まで赤くなってどもった。
いつもの「断る」ってフレーズが出てこない。どうした私。
うれしいと思ってる。
…………………………あああああああああ!
心の中で絶叫した。
悲鳴っていったほうが正しい。
いやあああ! おかしいでしょ自分! 相手はあのルークよ? 奇行だらけの超絶変人よ?!
本心言い当てられて慰めてもらって、外見が好みだからってチョロすぎでしょうがっ。
落ち着いて考えろ。こんなやつの嫁になったら、確実に毎日大変。生活指導に教えること山積みで、教師としてはやりがいがあるかも……うわあああ何この思考?! ないよ! やりがいはないよ!
奇行で有名な変人で容姿は天使な王子様から膝枕阻止しつつ、あれこれ教える永久就職?
どういうジョブチェンジよ!
異世界モノは数多あっても、こんな奇天烈な話あるか――!
しかも住まいは忍者屋敷も真っ青の要塞レベルな、迎撃システムまで搭載されてる情報局本部だよ!
頭抱えて叫びたくなったところで気づいた。
ルークの母・姉がじーっとこっち見てて、妹と義兄は見て見ぬフリしてて、父は黙々とパソコンいじってる。
……ぎゃああああああ!
そういや思いっきり人前だった―!
涙目になって手振り払い、後退してソファーの背もたれにしがみついてつっぷした。
「もうやだー! 人前で何なのよこのバカああああ!」
「あ、我に帰っちゃった」
残念そうな声出すな、この確信犯!
頭はよかったんだよね、ああそうだよね!
「……ルーク。わが弟ながら腹黒すぎてあきれるわ」
「ちぇ~」
「お兄様。プロポーズするにしても、状況は考えてくださいな。女性にとっては重要ですのよ?」
「えー、これ駄目?」
ブーたれた王子殿下は肩をすくめ、隣に腰かけた。
さりげなく戻るな。
「残念。あ、でもさ、一つだけミドリに頼みたいことがあるんだけど」
「膝なら貸さないわよ!」
がばっと顔あげて断固拒否する。
「俺っていうと必ずそういう発想なの? うんまぁ、それも貸してほしい」
姉と妹の手刀がルークの後頭部に炸裂した。
ありがとうございます。
「いてて。真面目な頼みなのに。あの男をおびき出すための作戦の一つで、ミドリの協力が必要なんだよ」
「あ、なんだ。それならそうと言いなさいよ」
「奴はミドリを逆恨みしてるじゃん?」
「要するに囮ってことね? いいよ、どうせもうターゲットにされてるんだし」
迷わず了承した。
前女王フレイヤ様が嫣然と微笑む。
「ふふ。そういう男前なとこ、まずます気に入ったわ」
「はあ、ありがとうございます……? で、ルーク、具体的にはどうすればいいの?」
「実はすでに同じ作戦をアリアとリカルド王にやってもらってるんだ。ああいう奴は、相手が幸せになってたらぶち壊してやろうと必ず出てくる。徹底的に怒らせてミス誘うんだ。ズバリ『ラブラブ夫婦っぷり公開大作戦』!」
「……………………」
スーッと顔色が赤から青へ一直線。
「……今何て言った?」
目が据わってた自覚はある。
「俺とラブラブ夫婦のフリして♪ってこと。あ、演技ってバレないようしっかりね。その様子をマスコミやネットにばらまきまくるんだ~」
「は!?」
これでもかってくらい顎を下げた。
ルークとラブラブな演技しろって?!
できるかぁ!←即答
―――ん?
待てよ。
考えてみれば、これって逆にチャンス? もし万が一、好意が出ちゃってても演技って思ってもらえるよね。
そうか、ごまかせるのか……!
渋々といったふうにうなずく。
「作戦なら……仕方ないわね」
女王夫妻とアリアさんがなぜか微妙なまなざし向けてきた。
?
「先生、なんて素直なのかしら……」
「真面目なんだねぇ」
「大丈夫かしら……」
ルークは満面の笑みで、
「ほんと?! じゃ、さっそくやろ!」
「ホホホ。さぁ、おやりなさーい」
すかさずスマホ構える前女王。
「ちょ、いきなりですか?! って、ひぃああっ!」
ルークに大型犬みたくじゃれつかれた私は悲鳴をあげた。
や、やめんかぁ! 心の準備が!
心臓が自分でも分かるくらいドキドキバクバクいってる。
恥ずかしすぎて死ぬ!
「あら~、飼い主にじゃれてる犬みたいねェ」
「のんきに言ってないで止めて下さいよフレイヤ様!」
「えー? ラブラブ夫婦のフリするんでしょ」
「うっ……」
言い返されて詰まった。
ルークが耳元で、
「ほら、ミドリ。演技演技」
うひゃぁっ、耳元でささやくな!
ゾクゾクしたわ。
フツーにしてればイケボなんだといまさら気づく。
声まで好みだったよ。奇行のせいで分からなかった。
「うう……」
これは演技。作戦だ。がんばれ自分。
必死に言い聞かせ、赤面しつつも耐える。
ひーん。
真っ赤になってプルプル震えてる私とは対照的に、王子殿下はうれしそうだ。
人が困ってるの見て喜ぶとか、この根性悪!
「ねー、ミドリは俺のこと好き?」
ぐはッ。
血吐くかと思った。
ただでさえいっぱいいっぱいなのに、さらに精神力削るセリフ投下してきやがった。
容姿と声は好みな、しかももしかしたら好きかもしれない男に言われたら、どう返せばいいのか。恋愛事から意図的に遠ざかってた私に分かるわけもない。
そりゃ漫画原案じゃいくらでもヒロインと相手役のラブラブ光景書いたけど、あれはあくまでフィクションだ。現実とは違う。
この場合、作戦としては否定しちゃいけないところなのは理解できる。
……でも、できるかっ!
ああだけど、やるって引き受けた以上、きちんとしなきゃ。信義に反する。
女は度胸だ。
意を決して口を開く。
「す……っ」
それはもう美麗な天使様の笑顔に固まった。
顔、近っ!
あと、犬の耳としっぽがパタパタしてるのが見える。幻覚だ、幻覚。
さらにその後ろにニヤついてる御母堂と、ルークをあきれて見てる姉妹・義兄と無関心なお父上が見え、悲鳴あげたくなった。
いやいや、お父さんのように無関心は大歓迎です。
みんなそうしててよ!
全力で押し返して叫んだ。
「あんたなんか好きじゃないっ! ばかあぁぁぁぁぁっ!」
うわーん。私はそもそも演技なんてしたことないんだ。無理。
ルークは口をとがらせた。
「ちえ、失敗。上手くいくかと思ったのに」
「アッハハハ。いーんじゃない? 口ではそう言ってても、態度で『大好き』って分かるわァ、ミドリちゃん」
「そんなの示してませんよ?! どこをどうしたらそうなるんです?!」
「真っ赤で照れながら目泳がせてどもってたじゃないの。そういう恥ずかしくて本心言えないのをツンデレって言うのよねェ」
「定義は知ってますよ! 私やってませんっ!」
ね?!と他の人たちに同意を求めるも、生温かい目線返された。
「じゃあミドリ、もう一回」
さも当然のごとく、ルークが人差し指上げた。
「は? 何がもう一回?」
「上手くできなかったじゃん。てわけで再チャレンジしよ。テイク2」
……再チャレンジ?
……テイク2?
何を?
「無理――! 無理無理無理無理無理無理無理無理」
全力で首を横に振りまくる。
「まーまーそう言わず。協力してよ。作戦なんだってば」
「ぐっ……」
失敗したのは確かに私の責任だ。
ドラマや映画の撮影でも、ミスったら撮り直しは当たり前。
「わ、分かったわよ」
「ミドリさんって律儀ですわね……。そうやって真面目すぎるとお兄様につけこまれますわよ」
「アリアさん? 何が?」
「アリア、余計なこと言うな。ねぇミドリ、難しいなら他のパターンにしてみる? そうだな~……ダンとスズネがやってたことならハードル低いよね」
コトンと置かれたのは生クリームたっぷりハート型ショートケーキ。
これは確か、スズネちゃんとこの新商品。私がアドバイスしたやつだ。
「どっから出した」
「スズネにメールして取り寄せた」
才能の無駄遣いとはこういうことを言う。
「あんた、これまでテレポートなんて使ってたっけ?」
「実はけっこう使ってたよ。いつもはポケットから取り出してたフリしてただけで」
「え? あ、どうりで」
四次元につながってるポケットかと思ってたわ。
「大っぴらにやると面倒なんだよ。王子が強い力持ってるって分かると、あれこれ言ってくるのが一定数ね」
「ああー……」
女王しか王になれないこの国で、王子が強い力持ってたら面倒なことになる。
「でも、さっき街中で堂々と使ってなかった?」
「大事な妃を守るためだから。そういう時使わないで、何のための力だよ」
「……っ」
顔にさらに血が上った。
そ、そういうことをサラッと……っ。
「ま、本気出しても姉さんには敵わないんだし、そんな心配することないんだけどさ。街中で使ったのは、ミドリに俺っていう強くてイケメンな王子の夫がついてるって見せつければ、あの男もムカついて出てくるかもーって」
「自分で言うか」
あきれてちょっと冷めた。
「事実じゃん。さー、食べさせて♪」
「……はい?」
みなまで言わずとも分かる。スズネちゃんがやってるみたく、『はい、あーん』で食べさせてほしいってことだ。
期待に満ちた目で待ってる天使様。
「……っ」
ケーキを凝視する。
やれと?
あれを?
恥ずかしいわ! なんでそんなイチャイチャ定番やんなきゃなんないの?!
まぁ、そんなシーン書きましたけどね!
ヒロインはよくできたなぁ。えらい、と自分の創作したキャラの肩をたたいてあげたい。
「無理! 理由言おうか? あのね、スズネちゃんみたいな猫耳美少女幼な妻はOKでも、私みたいなデブブス平凡女がやったらキモイだけなの」
「ミドリはかわいいし、細いよ? 自己評価低いよね。はい」
ルークはフォークをつかみ、ケーキ切って私の口元に近付けた。
「ミドリ。あ~ん」
「……へっ? あ、私が食べる側?」
「食べさせあいっこしよーよ。まず俺がやったげる」
「…………」
食べるだけなら……簡単かな?
うん、口開けて閉じるだけだし。
あむ。
大人しく食べる。もぐもぐ。
「おいし?」
「そりゃまぁ」
「よかった。じゃ、もう一口」
「うん」
ぱく。
甘くておいしい。さんざん怒って叫んだ後だから、エネルギー回復できるわ。
「……わが弟ながら、なんて悪辣な手口……」
「ほんと素直すぎですわミドリさん……」
「頭はいいんだよねぇ、ルーク君て」
? どうしました?
半分食べたところで、ルークは柄をこっちに向けてきた。
「次はミドリの番」
「あ、うん」
一口サイズ切り取って食べさせる。
「ん~。大好きな奥さんが食べさせてくれると倍おいしいなぁ。結婚してよかったと思うの、こういう時だよね」
「う……」
これは演技。作戦。耐えろ。
「もっとちょーだい?」
「……わ、分かってるってば。せかさないでよ」
ケーキが片付いた頃には、私の精神力残量は限りなくゼロだった。
き……きつい……っ。現実はこんな精神力ゴッソリ持ってかれるもんだったとは……。
思えば、私が原作者としてもそんなに売れなかったのはこれが理由かも。しょせん人気の構成やシーンを解析して作り上げた想像だったから。
うーん、そう考えると納得……。
真剣に過去作を分析してると、ルークの指が唇の端に触れた。
ヒィと叫ぶのをどうにかこらえ、のけぞる。
「な、何?!」
「お約束の『唇の端にクリームついてる』まででワンセットだよね」
「セットにしなくていい! ついてないしっ」
「あ、指じゃなくて舐めたほうがよかった?」
「余計悪いわー!」
思わず素で頭ひっぱたく。
しれっととんでもない代案出すんじゃない!
「うわぁ……」ってあんたの姉妹が軽蔑してるぞ。
やっぱこいつとラブラブ夫婦のふりなんて無理―――!
☆
……って言えたらよかったんだけどなぁ。
つくづく自分の性格がうらめしい。
撮られた動画やら写真やらが公開されたあくる日のこと。
「もうやだ死にたい恥にもほどがあるー!」
私はテーブルにつっぷして悲鳴あげた。
「まぁまぁ。すごい人気で評判いいじゃありませんの」
「そうですよ、うらやましいですっ」
おっとり言うアリアさんと、どこかズレてるスズネちゃん。
現在二人と城にてお茶会中です。
ラブラブ夫婦のフリしろと言われても、どうすりゃいいのか分からないから知ってそうなこの二人に相談してみたわけ。すると、聞きつけた前女王様が嬉々として部屋貸してくれた。本人は「姑がいたら話しづらいでしょ」っていない。
男子立ち入り禁止でブーたれてたルークは、ダンさんにお願いして連れ出してもらった。文字通り引きずってった。
私はがばっと起き上がり、
「いくら演技ったってねぇ、あれが全世界に公開されてるんですよ!? やだもぉーっ!」
引き受けなきゃよかったぁぁぁ!
頭抱えて嘆いてると、「く~ん」って鳴き声がして白犬が足にすり寄って来た。
真っ白な毛の、ゴールデンレトリバーくらいの大型犬で、ルークが連れ出された後入って来た。追いかけてきたダンさんいわく、情報局で訓練中の捜査犬だそうだ。麻薬探知犬とか災害救助犬みたいな。
人懐っこくていい子だから、いていいよって言ったら言葉が分かるのかすごく喜んでた。
こっちの世界の人間は動物の性質を持ってるんだから、動物のほうも言葉が分かるのかもしれない。
「なぐさめてくれるの? ありがと」
よしよしとなでれば、うれしそうに尻尾振ってる。
「いいなぁ。犬とか猫、飼いたかったんだよね」
でもうちは姉さんが怒るから駄目だった。自分以外に親しい人の注意や愛情が向くと発作を起こす姉。動物も例外じゃなかった。
「この前、かわいい猫もいたっけ。あ、そっか、こっちなら姉さんいないんだから気にせず飼えるのか」
でも、ペットは責任もって終生面倒みないと。帰るんなら飼っちゃ駄目だな。
と考えてたら、アリアさんがすばやく割って入った。
「それはやめたほうがいいですわ」
「え、はい。でも何で?」
「お兄様の面倒みるだけでも大変でしょう。それにお兄様はそこらへんに危ないもの平気でほっぽらかしとく癖がありますし、間違って食べちゃったら」
「それは危ないですね」
「ええ。あれ以上の珍獣はいませんしね」
実の妹に珍獣扱いされとる。
クゥンと白犬が鳴いた。
同意ってことかな。
「ところでミドリさん。演技って言ってましたけど、本当にそうですの? 本心に見えましたわよ」
「ひょえっ?!」
変な音出た。
慌てるあまり、カップひっくり返しかける。
「ななななななにを、アリアさん?!」
「うれしいですわ。あの馬鹿で阿呆で変人で奇人で変態で生活習慣身についてなくて人の話聞かなくて無鉄砲で何日も風呂入らなくても平気で顔も洗わない歯磨きもしない奇天烈な美術品と言い張る物体作るお兄様を好きだとようやく自覚してくださったんですね。奇跡に涙が出るかと」
「違いますよ?! 私はあいつのことなんか好きじゃありません! ていうか、一息ですごいですねアリアさん。……ん? ようやく?」
どういう意味?
スズネちゃんがアッサリ首を縦にした。
「え、お姉さまとっくにルーク様のこと好きでしたよね」
「……は?」
何をおっしゃる子猫さん。
「だって、好きでもない人と一緒に暮らしたり、いくら移動できないからって抱っこ許します? あたしだったら絶対嫌です」
「…………」
「嫌いならデートもしませんし、まして膝枕なんてキモくて断固拒否ですわよね」
「…………」
「アリア姫、旦那様にはして差し上げるんですか?」
「そうねぇ、ふふ。あの人ったら見かけは恐いけど純情なんですもの。自分からは絶対そういうこと言えないの。前にやってあげたら珍しく表情筋が大きく動いてたわ。スズネちゃんもやってあげるといいわ。きっと喜ぶわよ」
「はい、やってみます……!」
スズネちゃんがアリアさんに背中押されて何やらやる気出してるけど、私はそれどころじゃない。言われたこと理解するので精いっぱいだ。脳みそが動くの拒否してるのか、全然働かない。
ようやく遅ればせながら理解して、顔から火が出た。
いやほんと、物理的に発火したんじゃないかってくらい。
その通りじゃないか―――!
最初、いきなり膝枕要求されてドン引きして逃げ出したみたいに、心底嫌いならああするはず。なのに私はあれ以降本気で脱走しようとしたことがなかった。
もちろん飛べなくて逃げる手段がなかった、ってのもある。でもすっかり同じ家で暮らすことに慣れ、研究室兼アトリエで二人っきりになってても平気だし。工芸教わるためでも、触られても平気だったし。二人で出かけるのも傍から見ればデートにあたる。
レイングッズ販促ポスター写真も、照れて恥ずかしがってるみたいに見えて嫌だったんだけど、あれはそう見えただけっていうか、自覚ないうちに本音が出てただけ……?
逃げ出して落ちて助けてもらった時、ついうっかりキュンとしたのを思い出す。
あれはおかしな奴がイケメンに変身したギャップ萌えだと思ってたん……そうじゃなかったってこと? まさかあの頃から実は好きって気持ちが生まれ始めてましたと? そういうこと?
しかもそれを周りは知ってたと?
「うわああああ」
両手で顔を覆う。
穴があったら入りたい。
突き抜けて地上まで落ちてもいい。いや、いっそ自分で掘るから誰か埋めてくれ!
あえて恋愛事から遠ざかってた私は鈍い。自覚はある。そりゃそうだ、自分でそういう感情ブロックしてたんだもん。
だからって、鈍すぎだろう。本当に嫌いなら、世界中の女性が「アレはない」ってお断りしたようにダッシュで逃げるはずだ。そうせず同じ屋敷で暮らしてるわ、一緒に出掛けてるわ、トドメはやむなくとはいえ膝枕許してやるわ。好意持ってなきゃやらない。
アリアさんとスズネちゃんから、何とも言えない生温かい視線を感じる。
「ほ、ほんとに違いますから!」
泣きそうになりながら反論するも、我ながら説得力はない。
「かたくなに認めませんわねぇ」
「当たり前じゃないですか! だってそれじゃ、あの変人をす、好きってことですよ?!」
「ええ。お兄様はまごうことなく変人で変態ですわ」
「まったく同感です」
誰もが認める王子の低評価。
「ですよね! それを好きだなんて認めたくない!」
「分かりますけど」
「ものすごく理解はできます」
「だったら言わないでくださいぃぃぃ」
頭抱えてうなる。
「ていうか、世界中の人にアレと結婚は嫌だって断られた、いわくつきまくりな男じゃないですか! それ好きかもとかありえないでしょ!」
「まぁまぁ。残りものには福があるって言いますわよね」
「絶対ないです」
あるのはろくでもない要素ばっかだ。断言できる。
「くぅ~ん」
「ワンちゃんも分かってくれる? うん、だよねぇ……」
「まぁそうですわよねぇ。あのお兄様を好きになっただなんて、絶対何かの気の迷いだと思いたいですわよね。でも事実なのであきらめてくださいな」
サクッと厳しいな、アリアさん。
「今さら恥ずかしいのも分かりますけど、これで仲良し夫婦の演技のフリして本音出せますわね」
「いやいやいやいや、あの奇人とイチャイチャしたいなんて私思ってませんよ?!」
そこは明確に否定させて!
「お姉様、あたしたちの前ではほんとのところぶっちゃけていいんですよ? 誰にも言いません」
「正真正銘の本心だってば!」
だってそしたらあいつ、さらにどれだけとんでもない奇行に走るか分かったもんじゃないじゃないかっ。
「ええと、それでどうやったら『ラブラブ夫婦』だと見せかけられるかでしたわよね?」
「人の話聞いてます?」
「まずはベタでも基本中の基本、自分の好意をはっきり伝えることですわ。態度であれ言葉であれ」
羞恥と怒りとあと色んなもので卒倒しそう。
「あたしのは効かないんですよね……。でも、お姉様がルーク様に言ったら効果覿面だと思いますっ」
こうかはばつぐんだ?
つい口の端がひきつる。
「無理」
「ミドリさん、照れ屋ですものねぇ。なら、軽いボディタッチは? 手をつなぐとか、近くに立ってる時にすり寄るとか」
「それもハードル高いです」
「今さら何を、この前あれだけケーキで……なんでもありませんわ。恥ずかしいけど、それをこらえて自分から行動するっていうのがうれしいんですのよ? あの人ってばシャイなんだから」
ふふ、と笑うアリアさん。
射殺しそうな眼光放ってるのがデフォルトなリカルド王、やるんだ。めちゃくちゃ恐い外見なのに、実は純情で恥ずかしがりだもんねぇ。奥さん好きで仕方ないってのは見てりゃ分かるし。
「大丈夫でしょうか? ルーク様の手って、怪しげな薬品ついてもほっぽらかしてそうで恐いです」
「確かに心配だわ」
そっちかい。
「納得しちゃうんですかアリアさん。えーと、一応実験や製作終わったら手洗うようしつけたからそれは大丈夫かと」
最初の頃、メリーゴーランドの木馬の塗装で汚れた状態で歩き回ろうとしたんで、洗面所連れてって洗わせたんだよね。以降、ちゃんと綺麗にするようになった。
アリアさんが感激して、
「あのお兄様に手洗いを教え込めるなんて……!」
数百歳越えの成人男子ができるようになって喜ばれるのが手洗いと身ぎれいにすること、ってどうなんだろう。
「さすがですわ! なら問題ありませんわね! お兄様もさすがにミドリさんをペンキや薬品で汚すのは嫌でしょうし。あ、格好といえば服を選んであげるのは?」
「いいですね! あたし時々ダンにショッピング連れてってもらって服選ぶんですけど、好きな人が似合ってるって褒めてくれるのすっごくうれしいですっ」
「お兄様もマトモな格好するようになったのはものすごくうれしいことなんですけど、いつも同じ白衣スタイルなんですって? 家ではよくても、外でいつもはねぇ。次はファッション改造してやってくださいな」
いつも白シャツ+スラックス+白衣はどうかと私も思ってた。
「何日も着っぱなしよりマシかと放置してました。でも、私ファッションセンスないですよ」
姉の注意を引かないよう、あえて地味にしてたから。
「そうね、買いに行けばいいじゃなーい。そんでデートしてきなさい!」
バーン!と勢いよくドア開けて登場なさったのは、前女王陛下。
おなりでございます。
つか、聞いてましたね?
わぁ、マトリョーシカもといダンさんの妹たちゾロゾロ引き連れて。みんな服やらアクセやら大量に持ってるのはなぜ?
「貴女もいつもそんなよく言えばシンプル、悪くいえば地味な格好なんですって?」
「はぁ……あまりファッションに興味ないので」
今日も飾りっ気ナシの白いシンプル&スタンダードなワンピース型にクリーム色のボレロ合わせただけの簡素なものだ。
フレイヤ様は大げさにため息つき、
「ルークってばダメな子ねェ。妻が服装にこだわりないなら、自分好みのたんまり買って着せて楽しみゃいいものを」
「しれっとすごいこと言ってません?」
ていうか、旦那様にそれ実践してるんですか、ご自身は。
「親子ですねぇ。ルークのやつ、最初に山と買って来て、一部屋埋まってますよ。私が断って着てないだけです。物作る時に汚れたらまずい格好は困るので」
「その時だけ着替えればいいだけじゃない。ふーん……やっぱり貴女に足りないのは自信よねェ」
はぁ。フレイヤ様みたいな完璧プロポーションなら自信持てるんでしょうが、私じゃねぇ。
「よし、ミドリちゃんも見た目改造するわよ」
「ええ? いいですよ、そんなの」
「だぁ~め。そんな格好でラブラブ夫婦動画撮って映えると思う? 人にそう思わせるには、視覚の作用って大事なのよ」
ビシッと指さされた。
「つまり衣装よ衣装。女優だって役に応じた格好するでしょ」
「ああ……。それは分かりますが」
「でしょ? てわけで、仲良しラブラブ夫婦を演じるのに適した衣装をそろえるわよ!」
待ってました、といわんばかりにマトリョーシカたちがキャスター付きワードローブを押してきて、ズラッと並べた。どこの楽屋だ。
かかってる衣装はどれもフレイヤ様みたいな大胆なデザインばっかり。
「ギャー――!」
「わんっ」
そこの白犬、うれしそうに尻尾振るな! あんたのご主人様はそこの女王様か!
私はマジで必死に首を横に振る。
「無理無理無理無理ですってば! 胸元開きすぎ、スリットもいらない、ミニスカも勘弁してください! 私の年と顔でやったらそれ公害! ひっ、これも背中が腰までぱっくり開いてるじゃないですか!」
具体的にどういうドレス並んでるかは描写したくないんで各自想像して。
「お母様……昔、私にも着せようとしたことありましたわね……」
アリアさんが遠い目になってる。
「ふ、ふわあ、大胆すぎです……っ」
「アラ、スズネちゃんのもあるわよ。ほ~ら、どう? これなんかロング丈だけど……」
「ひょえええっ?!」
「お母様、さすがにスズネちゃんはまだ小さいんですのよ、やめてあげてくださいな」
「あぁら、私は十六にはもうこういうの着てたわよ」
「ご自身を基準にしないでください」
まったくだ。
「あのですね。私は肩も二の腕も、脂肪たっぷりな太ももも断固隠したいんです」
出血覚悟の主張。
「そお? ルークなら大喜びするわよォ?」
「ぐっ……いやいや、目的はあいつを喜ばせることじゃなくて作戦ですよね?」
危ない、騙されるところだった。
「アラ、残念。ま、好みは人それぞれで、強要するのはねェ。じゃ、他のタイプならどう?」
ガララ―ッと次に並べられたのは色んなジャンルの服。清楚お嬢様系やフェミニンといったごく真っ当なもの。
「ああ、これなら無難……っと思ったら途中からなんか違う! 侍女服、白衣、ゴスロリ、女性用軍服ってあきらかに変でしょ?! コスプレ衣装じゃないですか!」
どこでこんな大量に色んなテイストの用意したの、ってダンさんち忍者だったな。普通に家に潜入用としてありそう。
「お母様。息子の嫁に勧めるものじゃありませんわ」
「あの子は年頃になっても全然興味示さなかったから、逆に心配でねェ。健全な反応するか、むしろ知りたいわ」
「わふっ」
白犬が尻尾ちぎれんばかりに振って、私の前に次々服を持って来ては積み上げる。
「受け取らないよ?! 運ばないで!」
「ほっほーう。まずはあの子の瞳にあわせたブルー系王道お嬢様ドレス、職業からの連想でガヴァネス風、タイトなロングドレスときておそろい白衣ときたか。いい趣味してるわ」
「あら? お母様、その白衣、サイズ大きくありません? ……まさかお兄様の?」
「そーよォ。あの子のクローゼットから勝手に持ってきたわ」
「うっわ」
露骨に顔しかめるアリアさん。
「ちょ、ルークの白衣を私に着ろってことですか?!」
「彼シャツは男の夢っていうじゃない。あ、白衣だけじゃなくシャツも着たい?」
「どっちも嫌です!」
全力で拒否。
そんなベタなのできるかぁ!
原案やった漫画じゃ、ヒロインにやらせたけどね!
「ちゃんと洗濯済みなやつよ。清潔」
「気にするとこはそこじゃないです。それも大事ですが」
あいつ、私が来る前は平気で一か月同じ服着てたらしいからね。
「くぅ~ん……」
しょんぼりした白犬が、ウルウルお目目で見上げてくる。
昔流行った某CMか。
くっ……か、かわいくても無理なもんは無理っ!
ぐぬぬぬと抵抗してたら、両側からマトリョーシカにつかまった。
「まぁまぁ」
「さー、どんどん試着してきましょーねっ」
「着せ替えがいがあるわぁ」
「アクセや靴もコーディネートしましょ」
「化粧も任せてね」
「磨けば光る素材よね~」
「ルーク様きっと大喜びしますよ」
「あのほんと結構です! 嫌って意味での結構ですよ!?」
抗議もむなしく、いつ設置したのか簡易更衣室につっこまれた。
視界の端でアリアさんが白犬つまみ上げて外に出すのが見えた気がした。