王子殿下、妃の美術館作り計画して怒られる
ある日の昼下がり、俺は提案した。
「ミドリ、この前こっちの世界の工芸品作ってみたいって言ってたよね。やる?」
ミドリは家庭の事情をぶちまけてからというもの、思い出して不快になったのか、ちょっと落ち込み気味だった。元気づけようとしてあれこれ考えた結果、物作りがストレス発散だと言ってたのを思い出し、提案してみたんだ。
案の定、目を輝かせて即答した。
「やる! やりたい!」
俺に対して普段は軽蔑の眼差し向けてくること多いから、貴重である。
「ミドリは器用だから、たいていのは楽にできると思うんだ。見本一通りそろえてある。どれがいい?」
ずらっと机上に並べた見本を指す。
石を彫って作った宝石箱。背面に伝統的な手法で絵画の描かれた三面鏡。タイルアートの宝石箱。特殊なガラス製のえックレスト指輪のセット。ステンドグラスの窓のミニチュア(本物は文化財指定の史跡にあり)。からくり細工の箱。蝋や植物で染めた生地、etc……。
女性が好みそうなジャンルそろえてみたよ。
「うわっ、これ全部もしかしてあんたが作ったの?」
「うん。あ、一応、家具類とか大型なのはやめといたよ。小ぶりで比較的時間のかからないものに絞った」
「いやいやいや、それにしたって。数十はあるじゃん。こういうの、作った後はどうしてるの? 屋敷のどっかに倉庫作って詰め込んでるの?」
「工芸品は依頼主にあげたり、売ったりするのが多いかなぁ。それ前提で依頼されるし。例えばこれとか、姉さんに頼まれて作った国宝のレプリカ」
精巧な金細工で、イミテーションの宝石がちりばめられたネックレス。約五千年前の珊瑚でできた竪琴。一万年前の遺跡から発掘された、いまだに彩色鮮やかな土器。
「本物は厳重に保管して、美術館に飾るためのレプリカが必要でさ」
来歴を聞いたミドリは絶句してた。
「れ、レプリカっていってもうかつに触れない……」
「よくできてたって偽物だよ。年代測定すりゃ、一発で分かる代物だし」
これらは普段美術館に飾ってあるが、姉さんに訳話して「貸して」って頼んだらアッサリ貸してくれた。姉さん、ミドリに甘すぎ。
ミドリを逃したら、二度と結婚相手見つからないって必死だなぁ。
「で、どれやりたい?」
「うーん、迷うー。どうしよー」
真剣に悩むミドリかわいい。
すかさずポケット内のリモコンを操作し、隠しカメラのシャッター切っておいた。
愛する妃を守るため設置した警備システムの応用。役得、役得。
「じゃあさ、片っ端から順にやろっか」
「ほんと? うん!」
素直にうれしそうなのがまたかわいい。
まず練習用に端っきれのクズ石を出した。図案もカタログから選んでもらう。
「図案はトレーシングペーパーで写して、ノミとトンカチで少しずつ彫る」
コツコツ削る地道な作業。
「あー、さすが石。固い」
「勢い余ってケガしないよう気をつけて。削った破片が飛ぶこともあるし」
革細工やったことあるというミドリはトンカチの使い方も慣れたものだった。
「なかなか削れないー」
「んー、もうちょっと力入れた方がいいんじゃないかな?」
ミドリの手に俺の手を添えた。
え、下心? 違う違う、純粋に教えるためだって。
……まったくないとは言い切れないけど。
上から包みこんでびっくりした。
ほっそ!
うーわー、指細い、長い! やわらかい……っ。
前から思ってたけど、指長いよなー。スラッとしてて、指輪したらさらに映えそう。でもプレゼントしたところで、「作業の邪魔」とかいってはめてくれないんだろうな。
興奮をおくびにも出さず、真面目に力の入れ具合と角度を教える。石にも木目みたいなのがあってさ、削りやすい方向とかあるんだよ。
ミドリは真剣に聞いてて、ちっとも嫌がらなかった。
その時ひらめいた。
教えるためなら、堂々とミドリに触れられるんだ。
なんってすばらしい大発見!
―――やべぇ、気づいた俺天才か!
背後でガッツポーズして快哉を叫んだ。
よっしゃ。普段手もつながせてくれない妻にベタベタできるチャンス!
え、スケベ? 俺だって健全な男だよ。奥さんとイチャイチャしたいの当然じゃん。
それからというもの、きちんと教えつつ密かな企みも並行した。
作るものの数が増えていくのに従って、こっちもレベルアップしてみる。
「ここに陰影つけると立体的になるよ」
アドバイスしつつ、後ろから絵筆を握る左手とる。ついでにさりげなく肩抱いてみると、集中してるミドリは抵抗しない。
「ガラスは一気に膨らますんだよ。こうやって」
熱したガラスを膨らますのに悪戦苦闘するミドリ。一旦もらい、少し膨らませて返した。
「私、肺活量少ないのよ」
「慣れだよ。俺だって息だけで2m級膨らますのはさすがに無理で、サイコキネシス使った」
「何を作るのにそんなデカくすんの? つーか、あんたなら素でそれくらいできそうで恐いわ」
ツッコみつつ、も一度チャレンジするミドリ。
間接キスって言ったら殴られるだろうなー。
バレないようだから、色々試してみよう。
「ね、ずっと作業してたら疲れない? おやつ食べようよ。はい」
一口大のチョコを妻の口に入れる。何も考えず食べる妻。
「ありがと。ん、おいし」
「もっと食べなよー」
『はい、あーん』なんて、普段絶対やらせてくれないもんな。わーい。
「近づきすぎるとヤケドするよ」
染色で煮込み中の鍋にかがみこむミドリを慌てて抱き起こす。腰がっちりホールドしても、危ないからと思ってるらしく無抵抗。
俺はどんどん調子に乗ってきた。
「髪の毛つかないよう、結んであげる」
とかすと髪質良くなる櫛*買えば結構な高級品もちろん自作、で髪をとかしてあげる。
うわああ、髪サラッサラ! きれーで手触りいいなぁ。
ミドリが失敗したステンドグラスの破片をリメイクし、俺の羽を入れて作った髪飾りでまとめる。
ふふ、これで俺の妃だって明示するものが二個~。頭の後ろじゃ気づかないもんね。
「―――って感じでさぁ。合法的にミドリにいちゃつける方法考え出したわけ。俺って天才じゃね?」
ダンがガァン!と勢いよく机に突っ伏した。
報告に来たからついでに雑談つきあわせてたら、いきなりの奇行。俺みたいに危ないぞ。
ブツブツとあきらかに俺を罵倒する文句を吐いてたダンは顔を上げた。
「お前バカだろ! もうどこからつっこんでいい?! まず合法的って何だ。スケベな方向に真面目に優秀な脳みそ使ってんじゃねーよ!」
「ええ? あ、そっか。勝手に届け出だして法律上れっきとした夫婦だから、そもそも違法じゃないか。だってさー、俺も健全な成人男性だしー。妻とラブラブ新婚生活送りたいと思って何が悪いんだよ」
「『勝手に』って時点で違法だろーが! 状況は分かってるし、法律上も嫁ちゃん保護しなきゃいけないってのは理解してるけど!」
ダンもそうだもんな。スズネの保護のために届け出だした。
「お前のどこが健全なんだよ、変人の極みじゃねーか!」
俺がまったく人に恋愛感情抱かないの文句言っといて、いざ目覚めたらこうだよ。
「初恋に浮かれてる、脳みそ花畑状態じゃ仕方ないだろ」
「自分で言うな」
「ミドリはこうじゃなきゃ触らせてもくれないんだもんー。外出時にお姫様抱っこするのさえ睨まれるんだよ? ミドリは飛べないからしょうがなくない?って言っても。ああ、妃だからお妃抱っこが正しいかな」
「どっちでもいーし。興味もねぇ」
冷たく突き放された。
「ま、そんなミドリもかわいいんだけど。恥ずかしさと悔しさで真っ赤になりながら睨んでくるの。超かわいい。額に入れて飾っときたい」
にまにましながら壁を見る。
もちろんここにも例のレイングッズポスター貼ってある。額装済みだ。
「お前まさか、これと同じように飾る気か。ていうか、もう撮ってあるのか。どこでどうやって撮った。いやいい、言わなくて。犯罪のにおいがプンプンする。やめてやれ、嫁ちゃん憤死するぞ」
「えー? ああまぁ、飾るとなるとあれもこれもありすぎて迷うよな。隠し撮りアルバム、ついに十冊超えた」
どーんと積み上げる。
ダンが天に向かって思いきり俺を罵倒した。
「色々言いたいことがありすぎる! 隠し撮りってなんだ!」
「防犯上の理由で、元々屋敷の内外に監視カメラとかつけてたろ」
一応スパイ組織の本部だからな。
「ストーカーっていうんだ、お前のは!」
「どこが? 警護の記録として撮ったの、捨てるのもったいなくてとっといてるだけだって」
「嘘つけ!」
「でさ、他にも映像やら何やら大量のデータがまだまだあって……あっ、そうだ! 美術館作ろう!」
手をたたく。
再びダンがいい音して顔面打ちつけた。どうした。
「土地いくらでもあるし! 作ろう。まず、ミドリが好きそうな場所をリストアップし、手持ちになければ買う。もし誰か住んでたら立ち退き料と引っ越し代払って、美術館のデザインも考えて、それから……」
「待て。待て待て待て! 関わりたくないし、全力で逃げたいけどオレしかいねーから止めるぞ!」
何が問題なんだ。
首をかしげる。
「絶対やめろ!」
「なんで?」
「なんでじゃねーよ! ……ええとそうだ、ンなことしたら隠し撮りしてたの嫁ちゃんにバレるぞ! 嫌われるぞ!」
ハッ!
瞬間的に冷静になった。
堂々とカメラ構えて撮ってたら怒られたからコッソリやってたけど、これも怒られるのは分かってる。
「無理! ミドリに嫌われた生きてけない!」
ダンはものすごく何か言いたげだったけどやめた。
「よし、コレクションは俺がひっそり個人的に楽しむだけにして、隠し部屋の一つをコレクション部屋にしよう」
「それそのまま封印しろ」
隠し部屋があることについてはツッコまないダンだった。
大型スクリーン設置して、再生できるよう環境整えとこ。
「ダンはいいよな。いっつも奥さんといちゃつけてるから、こんな心配なくて」
「は?」
ダンは心底不思議そうに眉寄せた。
「食べさせあいっこしたり、移動はおんぶだったり」
「妹たちに離乳食食べさせてたのと同じだけど? 今でもあいつら、うまいものは交換こしてるぞ」
「姉妹同士ならな」
「移動する時背中に乗っけるのも、小さい頃妹たちによくやってた」
抱っこ紐で前に一人、後ろに一人、さらに両サイドに二人抱えてるのがダンのスタンダードだった。
よく持てるな、バランス感覚すごいと思ってた。
ダンが女性の扱い上手いのは妹たちに囲まれてたからで、恋愛感情に持ち込ませず情報引き出すのもこれゆえだ。
「スズネは戸籍上配偶者でも、オレにとっちゃ末の妹か娘みたいなもんだぞ」
「それ本人に言うなよ。あのさぁダン、真面目な話、スズネに手出そうとか思ったことないの?」
本気の攻撃が飛んできた。
サイコキネシスで空気圧縮してる。超ガチじゃん。
くるりと指で円を描き、テレポートさせて回避した。
とりあえず高度数万mの上空に移動しておく。
「おーい、マジでやるなよ」
「スズネを変な目で見るんじゃねぇ」
殺気立つなよ。これでどうして自覚ないんだか、ほんと不思議だ。
「安心しろって。俺はミドリ一筋だ」
「それは知ってる。こんだけ変な方に加速してりゃあな」
ものすごく納得された。
変な方向ってなんだよ。
肩をすくめ、仕事の話に戻った。
「で、例の件は片付いたのか」
「おう。嫁ちゃんの出張授業を隠れミノに、上手く片付けたよ」
トラブルメーカーがいると分かってる学校をなんで選んだのか、ミドリが不審がってたな。カンがいい。そう、あれわざとだったんだよ。
ただし狙いはあの保護者じゃない。別の児童の親だ。
フリージャーナリストのフリした麻薬の売人でね。けっこうな大物。取材と称してあちこち入り込み、売り歩いてたんだ。なかなか尻尾つかめなかったのが、このほどようやく証拠つかんだ。
ただ、頻繁に移動してて捕まえづらい。家にも滅多に帰らず、妻子すら前に会ったのは一年前だっけ?というレベルだ。
そこでエサを蒔いた。変り者で有名な俺の妃が初めて授業するとなれば、しかもそれが我が子の通う小学校とあれば、ジャーナリストである以上来ないわけがない。念のため、こいつの記事よく買ってる新聞社にも要請しておいた。
「密かに確保して、牢に入れといたぜ。あの保護者が注目集めてたもんで、楽だったよ」
あの保護者は当日たくさんのカメラに向かい、とうとうと我が子自慢と持論展開をして、みんな辟易させてた。誰も彼らのために来たわけじゃないし、興味もないのにな。
ま、おかげで助かったよ。
「嫁ちゃん、隠れミノにされてたと知ったら不快がるんじゃね?」
「ていっても、仕事だからなぁ。それに、たぶんミドリは納得してくれるよ。真面目ないい子だから、悪人逮捕のためなら構わないって言ってくれると思う」
「まぁ、そうか」
「それでそいつはあの男の手がかり持ってたか?」
ダンは首を振った。
「残念ながら空振りだ。けっこう裏社会で顔のきくやつだから、知ってるかと期待したんだけどなー」
「すんなり手がかりつかめるようなら、とっくに捕まえてるか」
チッと舌打ちした。
「あの男に関しては容赦ねーよな。アリア姫のことだけでも相当なのに、嫁ちゃんのこともあっちゃなおさらかぁ」
「ああ。今度こそ確実に死亡を確認しないと」
「……消すって意味じゃないよな? おい、さすがに殺人はもみ消さねーぞ?」
「ははは。やだなぁ。俺がそんなことするわけないじゃん」
笑い飛ばしたけど、ダンは疑わしそうになおもブツブツ言ってた。