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女神様んちの家庭の事情

「パパとママはあたしよりしんせきの人のほうが大事なんだ!」

 ……ああ、お姉ちゃんが泣いている。

 古い記憶が蘇ってきた。

 当時姉は小学生、私は保育園児だった。

 その頃両親は例の『親戚』の支援者をやることにしてしまい、しょっちゅう外出していた。最初は私達を連れてってたらしいけど、すぐやめた。邪魔だったからだ。

 両親にとって『親戚』を助けることは崇高な使命で、そのために実の子供たちをないがしろにしてたことに気付いてなかった。

「我慢してね。お姉ちゃんなんだから、妹の面倒みるのよ」

「食事は勝手に食べなさい」

 コンビニ弁当やパン、カップ麺とポットにお湯を置いていくのが常。そのうちそれすら面倒になったらしく、お金だけぽいっと置いてくようになった。

 姉は泣いてとりすがった。

「やだやだ! 行かないでぇー!」

 いくら姉が泣いても、二人とも行ってしまう。

 支援者になるという間違った選択をしてしまったのに気付いても、むしろ姉を諭す始末だ。

「仕方ないだろう? 行かなかったら障がい者に不親切な人間だと言われるかもしれない。職場に言いふらされたらどうする」

「差別主義者だと後ろ指さされるのよ」

 後で聞いたところ、『親戚』は自分の主張だけをネット上に投稿し、『援助』をやめた家族を悪く書いてたらしい。しかも、安易に実名や個人情報載せて。

 ネットの恐いところは、書かれてるのが事実ばかりとは限らないことと、一度拡散したら止められないこと。

 彼らは「体の不自由な家族を見捨てた」「差別主義者だ」と投稿を鵜呑みにした人々に糾弾されてたらしい。中には犯行予告を送りつけるケースもあったとかで、警察に相談するまでになってたそうだ。

 それを目の当たりにした両親は、自分たちまでやられたくないとますます『援助』をやめるわけにはいかなくなっていく。

 まず本人がネットに投稿できないように対処すべきだったと思うけどね?

 そうせず、『支援者』たちは言いなりになった。

「うっ……うっ……」

 閉じたドアの前で姉が号泣している。

 心細さと不安は幼い私にも分かった。

「おねえちゃん……」

 私も涙を浮かべながら近づくと、思いきり振り払われた。

「さわらないで!」

 私は愕然として姉を見た。

「なんで……なんであたしがあんたなんかみてなきゃならないのよ。うるさいし、いうことぜんぜんきかないし! あたしだけだったらいい子にしてるんだからつれてったもらえたかもしれないのに、あんたさえいなければ! ……もうやだぁ! パパ、ママぁ!」

 姉は叫んで家を飛び出した。

 両親を呼ぶ声がどんどん遠くなっていく。

 姉がどこに行ったのか分からない。姉自身も行き先なんて知らないだろうし、追いかけられるはずもなかった。

 独りぼっちで残された私は恐怖のあまり泣きに泣いた。

「うわぁーん! おねえちゃーん!」

 恐くて、姉のように外に飛び出すこともできない。かといって、独りで家にいるのも恐い。

「どうしたの?!」

 異常に気付いた隣のおばさんが、開け放したままのドアから入ってきた。壁の薄いマンションでよかった。

「まぁまぁまぁ……お父さんやお母さんはどうしたの?」

 おばさんはどうにかこうにか私の言葉と推測から状況を把握し、すぐ110番してくれた。

 駆けつけた警察が急いで姉を探す緊急配備をしく。

 両親も警察から連絡を受けてさすがに焦ったようで、飛んで帰って来た。

「あのねぇ。子供置いて行くとか、何考えてるんだね。しかもしょっちゅうやってるって?」

「今回は隣のお宅が気づいてくれたからよかったものの……」

「美鳥ちゃんお腹空かせてたから、ごはんあげましたよ。すごい勢いで食べてました。普段ちゃんとごはんあげてるの?」

 警察や隣人、騒ぎを聞きつけて集まって来た近所の人たちみんなに怒られ、両親は平身低頭して謝った。

「でもその、体の不自由な親戚がいまして、助けてほしいと言われたら……」

「そのために自分の子供をほったらかしにしていいのかい? おたくのやってることは育児放棄にあたるんだよ。児童相談所にも通報させてもらうからね」

 第三者から指摘されて初めて気づいたようだ。

「お願いします! それだけは!」

「そういうわけにはいかない。その親戚さんは、公的支援を受けることをお勧めするよ。住んでる自治体の担当者に相談しなさい。きっといい方法を教えてくれる」

「……はい……」

 両親がホッとしてたように見えたのは私だけじゃなかったと思う。

 姉が見つかったのは翌日のことだった。

 飛び出したはいいもののアテもなく、迷子になった姉は一晩中さ迷い続けてたという。見つかるまでに時間がかかったのは、山に向かったからだった。

「あたしはパパとママに捨てられた……。あたしは愛されてないんだ。あたしなんか、いないほうがよかったんだ。そうすれば、パパとママはだいじなしんせきの人とずっといっしょにいられて、すぐそばでたすけられるんだもん。……きっとあたしなんか死んじゃえばいいって思ってるんだ!」

 そう、思いつめて。

 発見された時、警官から逃げようとしてたっていうし、両親と再会した際も叫んでた。

 ボロボロになって自殺したいと絶叫する娘を見て、ようやく両親も完全に目が覚めた。

 その後、公的機関や警察など司法の介入もあり、『親戚』の件は片付いた。居づらくなった両親は引っ越して新しい生活を始める。

 ……だけど、一晩中暗い山をさ迷い、心を病んだ姉は元に戻らなかった。

 罪滅ぼしのために両親は姉を溺愛した。「愛されてない」と嘆く姉を安心させようと必死だったんだね。

 私? 私はまだ小さくてどうせ覚えてないだろうって、重視されなかったよ。

 それに、姉は自分だけが明確な愛情をいつも満足に得られてないと駄目になってたから。少しでも私をが褒められることがあると、「やっぱりあたしなんかいらないんだ!」ってヒステリーを起こす。

 年々それはひどくなり、最初は泣き叫ぶレベルだったのが、手当たり次第に物を破壊したり人を殴ったりと暴力的な行為にエスカレートしていった。

 でも、一旦は落ち着いたのよ。彼氏ができたから。

 発作を起こさなければ姉は頭もよく美人で、人当たりもいい。学校一のイケメンと付き合うようになって安定してたんだ。

 だけどいずれバレる。どこかで何かをきっかけに発作は出る。

 ストーカーと化し、異常な行動を取るようになった姉を、彼氏は恐れた。

 折しもタカツチの事件が起き、再び引っ越すかもしれないと漏らした姉の言葉に彼氏は飛びついた。

「遠恋なんて無理。別れよう」

 遠距離恋愛なんて口実に過ぎなかったのよ。

 ただ身の危険を感じた彼氏が逃げたかったの。相談にのってくれてた女友達のほうと付き合いたくなったってのもあると思う。

 正直、責められない。

 さらに過激な行動を始めた姉。ついに彼氏は警察に相談した。ついに訴えられたんだ。

 両親は慌てて、両者弁護士をはさんで何度も話し合った。結果、賠償金はなしにする代わりに姉は一生近づかない関わらないって誓約書が交わされる。さらに専門家にもみせるよう約束した。

 彼氏のほうも相当追い詰められてて、しばらく精神科に通ったそうだ。

 ……姉は今でも、タカツチの事件で私が証言するなんて余計なことしたせいで引っ越しになり、それが原因で彼氏と別れる羽目になったと思い込んでる。何年も専門家による治療を受けてなお、自分の非を認められてない。

「あんたのせいであたしの人生めちゃくちゃよ!」

 自分より下の存在と思ってる私に責任転嫁すれば楽だったに違いない。

 姉を落ち着けようと、両親もそれを否定せずほったらかしにした。担当医が「妹さんは精神的に強い。受診する必要はないでしょう。何があっても耐えられます」と言ったのを幸いと、私には何やってもいいと勘違いしたわけ。

 私はもはや怒りを通り越し、凪いだ気持ちで全てを受け流した。

 ……私が怒ったり拒絶したりすれば、何か違ったのかな。それとも悪化するだけだったのかな。

 分からない。

 ともかく嫌気がさして、高校進学を期に独り暮らしを初めて以来ずっと実家を出てる。年末年始ですら帰らない。帰ると姉が発作を起こす。

 自分が妹を追い出した罪悪感があれでもあるらしい。私を見ると罪悪感に苛まれてパニックになるとみえる。

 実家に私の物は何一つ残ってない。写真すら、私の写ってるものはない。姉が発作を起こすからと、独り暮らし早々に下宿先に全部送られてきた。

 今じゃ天木家は一人っ子だと思われてる。なんと、姉の旦那さんすら私の存在を知らなかった。私も姉の結婚を知らず、知ったのは姉から自慢げな式の写真やら何やらを郵送されたから。

 存在を抹消され、式にも呼んでもらえなかったことを恨む気持ちはない。出席しても欠席しても、姉は怒ったに違いない。むしろ出欠の返事を出さずに済んでホッとしたくらいだ。

 私の存在を知った義兄は仲直りを勧め、年末年始や何かに実家に集まる際は私も呼ぶ。再三言われて、義兄の顔を立てて仕方なく行ったものの、姉の子供自慢を聞かされるのには辟易した。

 ……自分たちのせいで姉がおかしくなったと、両親は姉の望みを何でも叶えようとする。一人にひたすら尽くし、他をないがしろにするところはちっとも変ってない。

それで姉がああなったのに、都合よく見ないふりだ。

まったく。

「―――だからね、私がいなくなったところで心配する人もいないんだよ」

 私は苦笑して締めくくった。

 逆にいるのは、喜ぶ人かもしれないな。


   ☆


「そんな、ミドリさんのせいじゃないじゃないですか!」

 アリアさんが憤る。

 対して本人である私は苦笑しただけだった。

「私は家族に何も期待してないんでいいですよ。というか、家族と言えるのかなぁとすら思いますし。姉も分かってるんですよ。本当は理解してるからこそ、罪悪感にかられて自己嫌悪してループしてる」

「失礼ですけど、何年も治療受けててそれって、医者を変えたほうがいいのでは?」

「そうね。先生にそういう診断下したせいで状況が悪化したのに平気でいるあたり、信用できないわ」

「親が担当医をやたら信頼してて。あの先生が言ってるなら大丈夫、って妄信してるんですよね。ほら、まさに私はほっといて構わないって『お墨付き』をくれたわけだから」

 自分たちの行動を正当化する理由をくれる『お医者様』を変えたいわけがない。

 沈黙してたルークが立ち上がろうとした。

「やっぱ、手紙じゃなく直接乗り込んでシメて」

「こんでいい」

 すばやく首根っこつかんで、無理やりソファーに戻した。

「親もさ……一つのことしかできない、不器用な人たちなんだと思う。昔は『親戚』のことしか目に入らず、次は姉。それに、心の底から私を捨てたわけじゃないと思うんだ。だって、大学まで学費や生活費は出してくれたわけだし」

 世間体もあっただろうけど、そこは言わないどく。

「それは親なら当然じゃないか」

「言ったでしょ? 小学校の頃、宿題チェック表の保護者確認欄のところにただサインするだけじゃなく、イラストとか描いてくれたって」

 出張授業の時に話したエピソードだ。

「あれは姉にはしてなかった。親なりに、すまないって気持ちがあったんじゃないかな。姉ばかりで構ってやれなくて……って」

 まぁ、気づいた姉がその後ヒステリー起こして以来やってくれなくなったんだけどね。「わたしにはやってくれなかったのに、妹だけ! やっぱりわたしなんかどうでもいいって思ってるんだ!」って暴れて大変だったなぁ。

「ともかく、うちの家庭の事情はそんなんでね。ルーク、あんたが本だの血迷った手紙だの送ってみなさいよ。姉が嫉妬で何やらかすか分かんないわ。止めに行けないのに困る」

 無関係な人たちに被害が出たらまずい。

 下手したら、今度こそ人が死ぬぞ。

「なるほど。自分より下だと思ってるミドリに天才イケメンセレブ王子の夫ができて、ラブラブ新婚生活送ってるって分かったら妬まれるな」

「自画自賛にもほどがある上に、ラブラブじゃないし、私はあんたの妻じゃない」

 冷たいツッコミ入れておいた。

 つーかコイツ、天才だのイケメンだの、自分で言うか。

「単に、転職して海外に住むことになったから当分会えないとか書いときゃいいのよ。それが一番無難でしょ。怒りの矛先が私に向くならまだしも、まったく関係のない人たちや、義兄や甥に向いたらどうするの」

 ため息ついて説明すれば、ルークも渋々納得した。

「……分かった。誰かが被害こうむるのは俺も本意じゃないから、仕方ない」

「分かってくれたようでなにより」

「代わりに本作ったらミドリにプレゼントするよ!」

「はい?!」

 目をむいた。

 こいつ全然分かってないどころか、また斜め上にかっ飛びやがった!

「あ、直接渡すなら紙媒体でなくてもいいよな。データならもっとたくさん記録できる。超大容量の記憶媒体作って……」

「いらない」×3

 女性三人そろって断固拒絶した。

 が、それでめげる天使様じゃない。

「え? ああ、記録したものじゃなく俺に目の前で言ってほしいの? もちろん大歓迎だよ! 立体映像にしたってしょせん偽物だし、本物のほうがいいに決まってるよな!」

「重すぎる! この愚弟!」

「キモイですわ、お兄様」

「本物もいらない! 絶対に嫌ああああああああ!」

 いつの間にやら話題がまったく変わったものになり、イケメン天使様のヤバさとキモさに一同ドン引きして終わるという結末になりましたとさ。


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