異世界で知人(男)と再会してみよう
お城に就くと、通されたのは王族のプライベート空間だった。この前みたく大臣の居並ぶ会議室じゃなく、身内しか入れないとこ。
「え、ちょ、私入っていいの?」
「ミドリは俺の妃なんだから当然じゃん」
「いや、あんたのお妃じゃない」
中で待ってたのは女王と、もう一人の女性。
見るからに身分の高そうな清楚系美人。まさに天使。長いブロンドのストレートヘアに青い目。頭に輪っかのっけてても驚かないどころか納得する。穏やかで公正な真面目系。
駄目だ、綺麗すぎて貧弱な私の語彙じゃ表現しきれない。
女王とどこか似てるし、血縁者だろうか。女王が凛とした『強い女性』で大輪の赤い薔薇イメージなら、彼女は清廉な白百合。
どうしてこうもアンジェ族は美人ぞろいなのか。羨ましい。
正統派ヒロイン系天使様は万人が虜になる笑みを浮かべた。
「初めまして、ミドリさん。わたしはルークお兄様の妹、アリアです」
「はぁ、初めまし……ルークあんた妹いたの?!」
仰天して振り返った。
なぜか今日はやたら『妹』に会う日である。
「お姉さんだけかと思ってた」
「うん、いるよ。外国に嫁いでて、たまにしか会わないけど」
それで聞いたことなかったのか。
「ミドリさんには感謝しかありませんの。お兄様はご存知の通りかなりおかしい人で、結婚の知らせ受けた時は下手な冗談だと思ってました」
あ、今はっきり『かなりおかしい』って言った。
遠慮なくいうあたり、間違いなく兄妹だと確信した。
「だって、さんざん世界中探してもお嫁さん見つからなかったのに、あきらめきった今頃見つかるとは思わないでしょう。実際会ってようやく今、事実だったと信じました。でもまだ幻覚じゃないかと不安が」
「お兄ちゃんに対してひどくないか?」
「ひどくありません。これまでの行いを顧みてください」
「そうよ。私だって夢じゃないかと一週間くらい眠るのが恐かったわ」
ボロクソにけなしてる姉と妹。
そこまでコイツ、胃が痛い存在だったのか……。
「まぁ、俺自身が信じられないしなぁ。まさに理想だよ。特に何がいいってふ」
くおらぁ!
私は速攻で王子殿下の口を塞いだ。物理的に、両手でがっちりと。
同時に女王の手刀が弟の後頭部に炸裂した。
太ももの脂肪って言いかけたわね?!
「どうなさったの?」
「いえ、何でも」
無理やり笑顔作ってごまかす。
「うん、何でもないわよー。ハエがとまってた気がしたのー。それより、あなたの旦那様も紹介しないとね。呼んできて」
アリアさんは首をかしげながらも反対方向にある扉を開け、外で待ってた夫を招き入れた。
その瞬間、室内の空気が重くなった。
―――うっ。
思わずうめきたくなる重さ。なにこれ。
発生源は超大柄な男性だった。それもただの長身というわけじゃなく、威圧感がものすごい。そこにいるだけで「問答無用」「有無を言わせぬ」って言葉がふさわしい重量級の圧力。
強面とはこういう人のことを言うんだろう。2m以上はあろうかという巨体に、今から戦争に行きますって感じの実用重視フル装備な格好。甲冑つけてないのが不思議なくらいだ。
これだけ強そうな人なら防御アイテムいらないんだろうな。素手で熊倒せそう。
トドメが左目の大きな傷跡ときた。お約束。
……こういうタイプ好きそうな人多そうだが、いかんせんオーラが恐すぎるわ。
同じくらい高身長なルークは威厳どころか落書きのお花でも散らしてそうな感じなのに。ちょっとはあんたも見習えば? 多少は王子らしくしたほうがいいと思う。
いかにも『王様』な男性は口を開いた。
「……お初にお目にかかる」
無表情で端的。
おう、一言。
たぶんこれがデフォルトなんだな。強面軍人は無口と相場が決まってる。
そんで、実はかわいいものが好きで、守ってあげたい系美女を嫁にする、と。テンプレですな。
アリアさんまさしくそうだもんね。私でも可愛い女性と思うもん。守ってあげたい系美女だ。
スズネちゃんは年齢的に小さいし、『守ってあげたい子猫』に対し、アリアさんは自立した女性だけど騎士道精神をそそる感じとでもいえばいいかな。
「わたしの夫でドラゴン族の王、リカルド様です。あの、外見は恐いかもですけど優しい人何ですよ」
アリアさんと並ぶと『美女と野獣』に見える。体格差カップルってやつですね。
私は特に怯えず、立ち上がってお辞儀した。
「はあ、初めまして。天木美鳥です」
全然恐がらないんで皆びっくりしたようだ。
「ミドリ、平気なのか」
「私、小学校の先生やってたでしょ。児童の中には成長速くて私より大きくて荒っぽい子もいたもの。さっきの件じゃないけど、モンスターペアレントもいたし? ヤクザかって手合いが怒鳴りこんできたの応対したこともあるのよ。慣れちゃった」
「けっこう肝据わってるよね」
「そう?」
「ルークの奥さんになってくれる人だもの、度胸あるわよね」
「私はこいつの奥さんじゃありませんよ」
訴えは華麗にスルーされた。
「さすがお兄様の妻……!」
あれ、アリアさんがめっちゃキラキラした目で見てくる。
「すごいです、うれしいっ! この人いつも外見で誤解されてるんです。恐がらずにいてくれるなんて。よかったわね、あなた!」
「……うむ」
猛獣のうなり声みたいなのが聞こえた。表情筋もまったく動いておらず、死んでいる。
こりゃ誤解されるのも無理はない。
大丈夫? アリアさん「バリバリ食われそう」とか「生贄か」とか言われてない?
「ほんっとーにお兄様をお願いしますねミドリさん! 中身どうしようもなくて変人で変態で、取り柄といったら金くらいのものですけど。ミドリさんには尽くすと思うんです。さんざん利用して金もバンバン使っちゃってください」
がしっと手を握られて不穏当なこと言われた。
「……よくないですよそれ。あのー、私別に贅沢しようとか思わないですし……」
そもそも富にたいして欲はない。あたしは普通にのんびり平凡な庶民の暮らしができれば満足な人間だ。
「いいえ、この愚弟押しつ……面倒見てもらう慰謝料だと思って。それと、いくら酷使しても構わないわ」
今、押しつけた慰謝料って言おうとしませんでした女王様?
「ええ。好きなように使っていいですよ」
「いやあのだから……」
「おーい。どんどん悪化してる」
「何よお兄様。ああ、まともな身なりしてればもう一つ、顔って取り柄があったわね。あまりにヤバイ状態が続いてたから素顔忘れてたわ。その状態維持できてるのもミドリさんのおかげなんでしょう? ああ、涙出てきそうだわ」
「分かる分かる。私も感謝で泣きそうになったわー。コイツまっとうな格好してれば鑑賞用としては役立つのよね。ただし口開いたり動くと残念極まる」
姉と妹はディスりまくり始めた。
別にルークがいくらけなされてても事実だしどうでもいいが、このままじゃ終わらなそうだ。話題を変えることにした。
「あの、ドラゴン族ってことはドラゴンの特性持ってるんですか?」
「あ、ええ。そのせいでこういう強面というか」
立ちっぱなしもなんだと、私とリカルド王も着席した。リカルド王の席はもちろんアリアさんの隣である。
私が腰を下ろしたタイミングを見計らい、ルークが当然のごとく寝転がった。膝枕で。
「…………」×4
……オイこら。
「……」
「……」
私と女王は無言で視線を交わした結果、同時に協力してアホ王子を壁までふっ飛ばした。
無駄にできる殿下は華麗にムーンサルト決めた。なにその無駄な特技。
飄々として戻ってくる。
「何でふっ飛ばすんだよ」
「当たり前でしょうが! なに当然とばかり頭乗っけてんのよ!」
「だから再チャレンジすんなー! 今度は顔面にやるよ?! その数少ない取り柄に!」
めげずに狙う天使様を全力で押し返す。女王が防波堤用クッションを間に設置、私にも一個渡した。
「先生、これでも膝に置いて抱いて、物理的にスペース塞いで。ルーク、あんたもクッション乗り越えたら殴るわよ!」
「……えー」
ものすごく残念そうな目を無視し、ありがたく膝に大きな四角いクッションを立てて防御した。
「…………お、お兄様……?」
ありえないというか信じたくないといった声がする。
アリアさん。口の端めちゃくちゃひきつってる。
彼女は震える指で兄を指し、
「い、今何を……」
「ミドリに膝枕してもらおうとしたら駄目だって」
「膝枕?!」
ショックで後ろにひっくり返りそうになってる。
そりゃあ実兄がそんなことしようもんなら卒倒するだろうよ。
もし私に兄がいてやったら、まずは一発殴って、兄嫁に頭下げて謝るな。アクロバティック土下座でもなんでもやってやるわ。
「ミドリの膝ってちょうどいいんだよなー。弾力と温度が最適にリラックスできる環境で、たくさんアイデア思いつく」
「デブで悪かったなぁ!」
やかましいわ!
これ以上人前で傷えぐるな!
思わずクッションで殴りかかった。あっさり受け止められる。
「全然デブじゃないって。証拠見せようか。ほらこれ、ミドリと同い年の国内の女性の身体データ」
KYどころじゃない王子様はしれっとデータ出してきた。
「……は?」
「体重身長の数値見てみなよ。平均値はこれ。あ、ちゃんと羽は除いた数値だよ。ほらほら、今日のミドリの状態は平均とほぼ同じじゃん。小数点以下が違うだけ。ね、だから標準体型だよ」
「…………」
絶句してる女王たち。私は怒りのあまりその紙ひっちゃぶいてやりたくなった。
もうどこから怒っていい?!
この馬鹿あ!
「どうやってこんなデータ集めたのよ?! つーかそもそも! 何で私の身長体重なんて知ってる! しかも今日の数値って!」
「見れば分かる」
ルークは当然とばかりに答えた。
ひっとうめいて逃げたくなった。見ただけで長さと重さ分かる能力とかマジいらない。
女王がまた遠慮なく弟をしばいた。誰も止めなかった。
リカルド王ですら、残念なものを見る目を向けてた。
「……えー、いい加減に本題に入るわよ。まったく出鼻くじかれまくったわ。今日集まってもらったのは他でもないの。ここにいる全員に関係ある、重大なことを話し合うためよ」
女王は真剣な口調になり、座りなおした。
私の前に一枚の写真が差し出される。
「先生、この男に見覚えは?」
「え、私ですか?」
手に取ってよく見る。
写っていたのは一人の男性。二十代半ば~後半だろうか。黒髪に黒い目と日本人のような色合わせだ。一般的にはイケメンの部類に入ると思われる容姿。
昔なら私もイケメンだと見惚れたかもしれないが、いかんせんこっちに来てから美の基準が崩壊している。今さっきも超美人のアリアさん見た直後だし、並の美男美女じゃ驚かないわ。
冷静に見れたからこそ、写真の男性の自己愛に気づいたのかもしれない。
傲慢さを感じる口元の笑み、ちっとも笑っていない目。それどころか他者を見下すような色すらある。
……あれ?
この顔に似た人、どこかで……。
「―――あっ、崇壌……?!」
直感でひらめいた人物名を口にした。
「崇壌愛王翔、通称ナル」
小学校時代一番人気の男子で、バレンタインにあの事件起こした張本人だ。
今でも受けた仕打ちは忘れない。
それだけじゃなく、人を嘘つき呼ばわりして攻撃してきて。なぜあんな男を一時でも好きだったのか分からない。
……思い出すだけでムカムカしてきた。
ていうか、改めて字で見るとものすごいキラキラぶりだ。
「やっぱり」
女王はうなずいた。
「こいつはナルって名前だった。一致するわ。……ところで本名がアオトなら、どうしてナルだったのかしら? てっきり本名がナルだと思ってたわ」
「ああ、『愛』の字は『なる』とも読むからですよ。確かそう呼び出したのはクラスの男子。たぶんあんまりいい感情持ってなかったんでしょうね。『ナルシスト』にもひっかけてたんだと思います」
逆によくナルシストなんて単語知ってたな。
「ていうか、うわぁ……。異世界行ってまでナルシストだって公言してたの? そりゃ本人はあだ名の二重の意味知らなかっただろうけど、痛い話。気づいてないのもどうかと思うけどね。だってあいつももう大人じゃん」
普通に本名名乗ればいいものを。
「それはちょっとイタいわね。ルーク、何であんたまで眉間にシワ寄せてるの」
え?
見れば、なぜかルークはムスッとしてた。
「ルーク?」
「子供の頃とは外見変わってても気付くんだな。それほどミドリの心の中にいるとか……不愉快だなぁ。ミドリは俺のことだけ考えてればいいのに」
「はあ?」
ついにトチ狂ったか。
いや、とっくに頭おかしいか。
もはや呆れの域に達した目を向ける。
「あいつ大嫌いなんだけど」
「嫌いって感情でもミドリの心にいるってことじゃん? ミドリは俺の奥さんなのに、他の男のこととか考えてほしくない」
「いや、あんたの奥さんじゃないし」
女王とアリアさんに助けを求めようとしたら、スッと視線そらされた。
「うーん、ほんと、夫婦仲良くてなによりねー*棒読み」
「そうねー*棒読み。お兄様って好きな人できるとこうもしつこくなるんだったのねー」
「ちょっと、棒読みじゃないですか?! 助けて下さいよ!」
「あれ、ちょっと待ってよ。もしかしてコイツこれが初恋?」
「あ、それなら暴走するのも分かるわ、お姉様」
聞き捨てならないことが聞こえた。
三百歳超えて初恋て!
ドン引きだが、同時に納得もした。
「そっか、ルークあんた、初めて人間に興味持ってテンション上がってるだけよ。落ち着いて冷静になりなさい。研究対象に近い『興味』を恋愛感情と取り違えただけだって。ほら、最初会った時もあんた不眠と栄養不足でフラフラだったじゃない。そこにちょうどいい枕……ええい、恥を忍んで言うわよ、脂肪ついてていい感じのクッション見つけて気に入った。この枕じゃないと寝れない的な? ね、普通の状態じゃなかったから強烈にインプットされたに決まってる。てわけで私をか」
「ミドリに恋してなきゃここまであらゆる手使って囲い込んでないよ? 絶対帰さない」
憎たらしいまでににこやかな笑みでかぶせられた。
私を帰してって言おうとしたのに。
くそう。けっこうがんばって息継ぎナシでたたみかけたのに!
「いやー、国中の独身女性や諸国の王族女性と引き合わせまくっても見向きもしなかったのが、誰かを『好き』って言うとはねぇ。お姉ちゃん感激」
「そういやそれ、あんまり効果ナシだったから男性も会わせてみたって聞いたんですけど……あのう、もし反応示したらどうするつもりだったんですか?」
おそるおそる聞いてみたら、あっけらかんと答えられた。
「別に? そしたらそしたで話進めたわ」
「いいんですか?!」
マジで?!
「? 同性婚も可能よ?」
「ちきゅ……私のいたほうじゃLGBTの人とかに対してまだまだ批判的な人も多くて……法律じゃ認められてません」
「へえー、そうなんだ。こっちの人間はホラ、元々動物の特性持ってるじゃん? 種族によっては、例えばハチみたいに『女王のみが子を産む』ってシステムのとこもあるんだよ。だからそういうのは問題にならないな」
「本人の意思で性別変えられる体の種族もいるわ。一夫多妻制どころじゃない国もあるし。色々よ。そういうのは気にもとめたことないわね」
はー、なるほどね。
文化や種族の違いだね。
「理解しました。で、タカツチの写真が何であるんですか?」
カタカナ表記なのは、漢字じゃまず読めないから。当時も皆カタカナか平仮名で書いてた名残だ。
そう、タカツチも私と同じく地球人。
なぜ……。
と考えて察した。
―――まさか。
女王がうなずく。
「ええ。この男もこっちに来たのよ。二百年以上前のことだけど」
「二百?!」
うそでしょ!?
びっくりその2。
言うまでもないが私と崇壌は同級生=同時代の人間だ。もちろん世界間を移動した時期が違うからタイムラグが生じるのは当然としても、そんなに離れるなんて。写真から察するに、今の私とそんなに年齢が違うようには見えないのに。
……そこまで時間差が生じるとは。
冷や汗が流れた。
現時点で『神殿』に行き、王族に道を繋げてもらったところで、私は元の時代に帰れるのか―――?
……まずい。本気で計画変更したほうがいいかもしれない。
必死に考えてると、ふと女王が妹に気づかわし気な視線を投げた。
?
アリアさんは苦笑して、
「大丈夫よ、お姉様。話しても」
「……そう? 悪いわね。避けては通れないことだから」
???
女王は大きく息を吸って話し始めた。
「では、始めるわね。これから話すことは我が国最大の恥でもあるんだけど―――」
私は居住まいを正して聞く姿勢を取った。
「この男がいつどこでこっちの世界に来たのか、正確なことは分かってないの。奇しくも先生のおかげでその方法が分かったわけだけど、当時は知る由もなかった。表舞台に現れたのはこの写真の頃……28歳と本人は言ってたわ。本当はどうだか知らない。肩書はある公爵家の息子だったの」
ん? 地球人のタカツチがどうして別世界の貴族に?
ルークが疑問に答える。
「公爵に取り入って養子になったと後で判明したよ。庶子だってことになってた。この公爵は贅沢好きな典型的駄目貴族でね、騙すのも簡単だったみたいだ。子供がいなかったから跡継ぎになった」
「質問。貴族にいきなり庶子が現れたら、財産狙いの親族が黙ってないんじゃない? DNA検査されたら一発でしょうに」
「公爵本人が詐称に協力してたもの。偽造した検査結果見せて納得させたのよ。まぁそれもこいつの差し金だったわけだけど。こいつは公爵を手始めに、親族もあっという間に傾倒させたわ。崇拝といったほうがいいかもしれない。……そう、そしてとうとう新興宗教を作って教祖になったのよ」
「はいい?」
小学生時代の同級生の将来に愕然とした。
いやいやいや、元クラスメートが教祖になったっつったら、普通どうしたらいいか分かんないよ。
「この男は演説が上手くてね」
「ああ、それは分かります。そういうとこありましたね」
当時は皆の人気者だった。あの頃からその才能の片鱗が見え隠れしてたんだろう。
ただしまだ子供だったことで色々ツメが甘く、自滅したが。
「妙に人を惹きつけるしゃべりと、宣伝が上手なのよ。後で冷静に思い返してみるとたいしたこと言ってないんだけど、その時はすばらしく感じてしまうのね」
それってその……第二次世界大戦あたりの某国の誰かみたいな才能ですか。
「秘密を言い当てたり、予言したことが現実になるのが続いて、どんどん信者を増やしてったの」
「予言って、まるで占い師みたいですね」
「その通りで、最初は占いが上手いと自称してたわ。わざといかにもな格好して女性に占ってあげると持ちかけてた」
「もちろんインチキさ。種を明かせば、事前に情報を仕入れてたんだよ。この男はコンピュータを操るのに長けてた。ウイルスを自作し、あらゆるとこに仕込んで情報を集めてたってだけ」
コンピュータウイルス? そんなの作れるようになったのか。
「その頃はまだコンピュータが普及して間もない時代でね。セキュリティも甘くて、盗み放題だったのよ」
うわぁ。異世界行って、占い師から予言者になって教祖様に転身し、裏じゃハッカーか。
もうどこからつっこんだらいいやら。
てんこ盛りっていうか、イミフな設定盛りまくり。
「こっちでも犯罪に手を染めてたとか……全然懲りてなかったのね」
当時きちんと反省し更生してれば、そうはならなかったものを。
残念だ。
「ちなみにハッキングされてたの気づいてウイルスやっつけるプログラム作ったのは俺」
「だと思った」
そこは予想してた。
「ま、そもそもパソコン発明したの俺だし。設計ミスの後始末っつーか」
……そこは予想してなかった。
コンピュータまで作ったんかい、この万能の天才は!
「予言も全部、収集したデータと裏工作・情報操作の結果だったの。そうとは知らずに多くの人が騙され、この男に金をつぎ込んだ。『これを買えば幸せになれる壺』とか売ってたのよ?」
「モロですねー……」
「信者に精神統一とかいって奇妙な体操やらせたり、謎の呪文覚えさせたり。予言を聞くためにも一回百万円、自分が身に着けた服を高値で売って着させたり」
アウターならまだしも、インナーなら嫌だな。完全に変態じゃないか。
ルークを上回る生理的な気持ち悪さに鳥肌が立った。
腕をさする。
「要職にある者すら何人もが信者になって、そいつらの手引きでついに城へ出入りするようになったわ。そしてとうとう―――」
女王は言葉を切った。再びエマさんに視線を向ける。
アリアさんは覚悟を決めたように口を開いた。
「わたしが言うわ。この男は独身で王位継承第二位にあったわたしを手に入れてお姉様を殺し、この国を牛耳ろうとしたのよ」
「…………」
私はあっけにとられた。
開いた口が塞がらないとはこのこと。
……駄目だ、もうツッコミが追いつかない。
何そのバカげた計画。
そこで顎に手をやって、
「ん? てことは、アリアさんと結婚しようとしてたってこと?」
うなり声が聞こえた。
違った、リカルド王の不快げなつぶやきだった。
アリアさんは夫の腕を押さえ、
「あなた。落ち着いて。過去のことよ」
「……うむ」
それだけ言って黙る。
許せないって丸わかり。殺気がものすごい。今相手がここにいたら文字通り八つ裂きにしそうだ。素手で。
「ええそうなんです、ミドリさん。当時お姉様はすでに結婚していましたが、まだ子供はいませんでした。お兄様は男性なので継承権はありません。もしお姉様に何かあった場合はわたしに順番が回ってくることになっていました」
アンジェ族は女性しか王になれないもんね。
「……わたしは愚かで何も知らない小娘でした。確かに継承権こそ持っていましたが、実際わたしに回ってくることはありえないと誰もが思っていました。わたし自身すらそうで、甘やかされて育った末っ子でしかなかったんです。そんなわたしを操るなど、あの男には簡単だったでしょう」
アリアさんは自嘲した。
私は何も言えなかった。
「あの男の囁く上辺だけの愛の言葉を真実と思い込み、従順に何でも言うことをきいてしまいました。……お姉様があの男は信用ならないと何度も警告してくれたのに」
「カンで何となくね。証拠さえあれば、もっと早く対処できてたわ」
ふと疑問に思った。
「ねえ、その頃ルークは何してたの?」
「俺?」
「あんたみたいな悪辣な男なら、すぐ怪しいって気づいて潰しておかしくないのに」
「ミドリは俺のことなんだと思ってるの?」
そう言いつつ、ルークはバツが悪そうに頭をかいた。
「……俺も若かったしさ。今よりもっと研究と発明に打ち込んでたんだよ」
え、あの状態よりさらに上があったの。
初対面時の惨状を思い出す。
……限度って知ってる?
「元々俺に王位継承権はない。好き勝手にやってても、役に立つものを発明する限り誰も咎めないじゃん。産業革命って言われた時代で、科学技術が爆発的に進歩した時期でもあったしさ。やることは山のようにあったんだよ。ほとんど人と会わず、作業場にこもりきり。もちろん外のことなんて何も知らなかった」
ルークはすまなさそうに妹を見た。
「今でも後悔してるんだ。俺がもう少しちゃんと色んなこと見てたら。そうすれば、未然に防げたんじゃないかって―――」
常に陽気で阿呆なルークにしては珍しく、真剣な口調だった。
「……ごめんな、アリア」
アリアさんは静かに首を振った。
「……いいえ。洗脳されていたといっていいほど、あの男にのめりこんでいたわたしがいけなかったのよ」
女王が手を振り、
「アリアの様子がおかしいし、重臣たちも会議の度に『予言者様のご意向』とかって言い出すもんで、さすがにヤバいと思ってね。作業場乗り込んでって、愚弟ブン殴って引きずり出したのよ」
想像がつく。
思い出したのかルークが青ざめてた。顔面にくらったのか、頬さすってる。
「うん……あの一撃はマジやばかった……三途の川見えた……」
「それくらいやんないと目覚まさないじゃない。そうやって引っ張り出して対応させたのよ。コイツ、そういうのは得意だからねー」
「うん、まぁ。詐欺の証拠集めに証言かき集め、けっこうハードだったよ。とにかく一刻でも早くやらなきゃならなかった。最終的には姉さんの命令で軍隊率いて乗り込んだんだ。まきあげた金で宮殿レベルの豪邸建ててて、すごかったよ。酒池肉林ての?」
元クラスメートが異世界行って教祖様になって酒池肉林築いた挙句、軍隊に踏み込まれました。衝撃です。
「狂信者たちと乱闘になって。そんな中、あの男、信者の一人を人質に取って逃げようとしたんだ。大混乱になって、大爆発しちゃってさー」
「さらっと大爆発って出せる単語だっけ?!」
大惨事じゃないか!
ルークは飄々と手を振った。
「あ、大丈夫大丈夫。とっさにバリア張ってケガ人皆無だよ。いや、一人だけいたか。張本人だけが自爆したわけで行方不明」
「ええとそれは、木っ端みじんっていう……」
スプラッタは勘弁してほしい。
「そこらへんの土地ってさ、地下に自然にできた空洞があったんだよ。後で分かったことだけど。だぶん大昔は川が流れてたんじゃないかな。その真上で爆発したもんで、空洞にたまってたガスにも引火して余計大規模になったっぽい。豪邸も何もかも崩壊して巨大な穴に落ち込んで、跡形もなくなった。あれじゃさすがに捜索不可能だよ」
うわああ。
「よくあんたも生きて帰れたわね」
「俺はミドリと会うために生まれてきたんだよ? それくらいで死ぬわけないじゃん」
「超理論すぎてまったく意味が分からない」
ずばっと切り捨てた。
ルークは不満なようだ。
「……えー? 女性ってこういうこと言われたら、ときめくんじゃないの?」
「誰に教わったその知識。うれしい人もいるだろうけど、あんたの中身知ってる私には逆効果。キザったらしくて引くわ」
「これミドリ原作の漫画であったセリフだよ?」
―――ビキィッ。
私は擬音を発して固まった。
いやほんと。
……何で知ってる?!
それ、地球にいた頃に作ったネタよ?!
パニクッた脳が高速回転する。
あれはプロットを担当編集者に送って、それを基に漫画家さんに描いてもらったものだ。つまり紙書籍でしか世に出てない。
こっちに『音漏れ』するのはネット上にアップした情報だ。紙媒体のが見られるわけが……。
ハッとした。
―――電子書籍か!
膝を打つ。
今時、たいていのコミックスは紙だけじゃなく電子書籍でも売ってる。そっちのデータが何らかの原因で漏れたのか。
ルークはにこにこして、
「だよね?」
私は唇をかんだ。
王手。
―――……と思った?
私は体勢を立て直した。
「甘い」
「え?」
「私がセリフまで考えることはまずないのよ。例えばミステリー系ので、その言葉がカギになるとかなら話は別だけど。私が作るのはキャラの設定や粗筋までで、それを担当さんに送ったらあとは一切ノータッチ。どういう漫画に仕上がるか、出版されるまで知らないの。つまりそのセリフも漫画家さんや担当編集者が考えたものであって、私が作ったものじゃないってわけ。ほら、こっち来てからの原作だってみんなそうやってるでしょ?」
現在複数同時に原案送ってるが、どれも粗筋までだ。
思い出したらしく、天使様は目に見えてガッカリしてた。
「なーんだぁ……ミドリが言ってほしい理想のセリフじゃなかったのかぁ」
「ふふん」
残念だったわね、と胸をそらす。
……ヤバかったヤバかった。
小説掲載サイトに上げてたやつだったら、セリフまで私が考えたやつだもん。そっちだったら本当に詰むとこだった。
内心冷や汗かいてたのは内緒。
「で、タカツチは見つからなかったのね。まぁ私と同じ普通の人間なら防御する方法なんかないでしょ。それとも『お神酒』飲んでたの?」
「それ飲めるのは色々申請や許可が必要なんだよ。まだだった。逆に言うと、申請通る前に大急ぎで防いだっていうか。だから奴は死んだと思ってた」
「え?」
「実は最近生きてるらしいと分かったんだよ」
「…………」
んん?
私はきょとんとした。
「ちょっと待って。事件が起きたのは何百年も前よね? タカツチが長命種になってないんだとしたら、その時助かってたとしても、とっくに寿命で死んでるはずじゃないの」
地球の人間は生物学上何百年もは生きられない。
「あ、もしかして他の長命な種族の力を得たってこと?」
「かもな。とにかく今、探して確保するべく全力で動いてる。国際指名手配してあるしな。引き渡し条約結んでる国々に協力してもらってる」
リカルド王がうなずいて同意した。
「そのうち見つかるだろうが、ミドリはあの男に恨まれてるんだろ。注意したほうがいい。まぁ、俺の傍にいれば安全だよ。俺なら何があっても守ってあげられる」
「安全?」
おおいに首をかしげたい。
むしろ別意味で一番の危険人物じゃないか。
「……ああまぁ、戦闘能力はあるでしょうね」
地面陥没するレベルの大爆発起きてもかすり傷一つ負わないんなら。
「うん。ミドリに不快な思いさせる奴は、二度とそんなこと考えないよう教育しとくから大丈夫だよ」
ちょっと待て。何する気。いやいい言わなくて、聞きたくない。
「てわけで文字通りずーっと一緒にいようね」
「すいません、女王様、アリアさん。コイツ以外のボディガードいませんか」
二人はサッと視線をそらした。
おぅい。
「ええと、そのー、そう! これで勘弁してくださいな!」
アリアさんが顔をひきつらせながらも、どーんとカタログの山を積み上げた。
何ですかこれ。
服とかバッグどかのカタログ?
表紙見る限り、高級ブランドの宝飾品や服飾雑貨のカタログらしい。
宝石、もちろん本物……だよね。え、いくらするの。大きさが拳くらいあるのもあるじゃん。
「有名どころの今シーズンのカタログですわ。お兄様のお金でいくらでも買ってください。迷惑料です。大丈夫、お兄様はお金だけはありますから湯水のように使っても」
「使いませんよ。贅沢に興味はないです。ただ、見てもいいですか?」
「どうぞどうぞ!」
私はぺらぺらとページをめくり、気に入ったのが載ってるやつをより分ける。
「これもらっていいですか? デザインの参考資料にしたいんで」
「もちろ……え? 参考資料?」
「載ってるのが欲しいんじゃなくて?」
女王とアリアさん二人そろって不思議そうにきく。
「ええ。こういうの作ってみたいじゃないですか。どうやって作ってるんだろ。素材と製法が気になる」
「……『買いたい』んじゃなくて『作りたい』んですか?」
「そうですよ?」
それ以外に何があると?
ルークがうんうんとうなずいた。
「だよなぁ。俺もそう思う。んー、この透かし彫りは俺作れるよ」
「ほんと?! 教えて!」
手を組んで頼む。
変態の残念イケメンでも、腕だけは信用できる。
「……目キラキラさせて上目遣いとか、無意識でやるんだもんなぁ。完成品あげても喜ばないのに、製法教えて作らせてあげると喜ぶって複雑。普段俺に絶対そういう顔見せてくれないし……」
「え? 何かブツブツ言ってるみたいだけど小さすぎて聞こえない。もっかい言って」
「何でもない」
なんなんだろ。
やりとりを見て、女王とアリアさんは納得したらしい。
「なるほど。ミドリさんも『職人』気質だからお兄様と気が合ったんですね」
「作るのが好きなんですよ。自分の手で作り上げるのって楽しいじゃないですか。それから後半は否定します、コイツと気なんてまったく合ってません」
「またまたー」
一体どうしたら仲がよさそうに見えるんですか。
「だろ? 俺は最高の妻を得たと思わないか?」
「そういえばお兄様。ミドリさんのご家族に挨拶はしたの?」
これにはルークも私もきょとんとした。
「え?」
「え?じゃないでしょ。ご家族にきちんと話しておくのが筋じゃなくて」
「姉さんが話したろ? ミドリは別世界の人間だ」
私はちら、とルークを見た。
話の流れからしてたぶん話したんだろうなとは思ってた。最高機密だけどアリアさんは身内だし、タカツチの起こした事件の犠牲者だからだね。リカルド王も事情知っといた方がいいって判断だろう。
「こっちから向こうに行けるかどうか分からない。行けたとしても、帰れるかどうか。それに行ったが最後、ミドリに逃げられるかも……」
「逃げられる行動取ってる自覚はあるのね。あのね、物理的に行き来するのでなく、手紙を送ったらどうかと言ってるのよ」
手紙。
リカルド王除く全員がポンと手を打った。
そっか。そういう連絡手段があった!
「手紙! そうよ、何で思いつかなかったのかしら。それなら安全ね!」
「もしきちんと届かなくてもダメージはないですし。念のためいくつも発送しておいて、どれか一つくらい届くの期待しましょう」
宛先の住所氏名書いて「料金受取人払い」とでも明記しとけば、極端な話、そこらの道端に出現しても誰かがポストに入れてくれるだろう。私が来たのと同時代の日本でありさえすれば。
外国だったら無理だろうな。誰かが拾っても日本語読めないだろう。
「そうね。ルーク、こっちもきちんと手紙書くけど、あんたも書きなさい。先生も書いてね、同封するわ」
「手紙かー。ナイスアイデアだな。ただ、ミドリがいかにすばらしい妻か、またミドリを生んで育ててくれた感謝を示すには便せん足りるかな。百……もっといくな。それだけ枚数多いとバラけそうだ。いっそ製本しちゃえばいいか。金箔押しの豪華詩集として製本」
「しなくていい」×3
女性陣で断固阻止した。
「そんなもん送りつけられた誰でも引くわ! 気味が悪いっつーの!」
謎の小包からそんなの出てきたらどうしたらいいか分からないよ。
「ミドリさんのご家族に気持ち悪いって思われてもいいの?!」
「ご家族だって心配してるだろうから、なるべく早く送るのよ。本なんか作ってる暇もないでしょ!」
…………。
私はあることを言いかけて、迷い、やめた。
が、ルークは目ざとく気づいた。
「どしたのミドリ」
「いや……もう一つ、やめたほうがいい理由があってね」
「なに?」
「実は……私さ、姉と仲が悪くて」
言うのやめたことをしぶしぶ白状した。
―――『あんたのせいで、あたしの人生むちゃくちゃよ!』
姉の叫びが蘇る。
追いかけるように、両親のものも。
―――『二度と厄介ごとは起こすんじゃない』
―――『あなたが余計なことしなければ、こんなことにならずに済んだのに……』
かつて投げつけられた言葉が頭の中をこだまする。
「…………」
思い出すだけで不愉快になり、眉をしかめた。
……地球でタカツチの起こした事件はあれで終わりじゃなかった。張本人たちはいなくなっても、それですべてが終わったわけじゃない。私にとってはまだ続いていた。
あの事件の後―――。
―――……姉が……おかしくなったんだ。