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天使の王子殿下、猫になる ~イミフ~

「猫になってみようかなぁ」

 ある日の昼下がり、俺は唐突に思いついた。

「…………」

 向かいでダンがものすごい顔した。「何言ってんだコイツ」って書いてあるな。

 何言ってんだって、猫になろうかなぁって言ったんだよ。

 ああ、ダンはまたフラれたグチこぼしに&酒たかりに来たって体で、実際は業務報告中。誰もこの口実を疑わないのは笑うとこか。

 ダンはちょっとあっちやそっちに視線を巡らした後で聞いてきた。

「……一応聞くけどさぁ、何をどうしてそんな結論が出たんだ? 最初から順を追って説明してくれ」

「ミドリの故郷では猫を飼ってるんだそうだ」

「うん。それで?」

「よく膝の上に乗ってきたんだって。居心地いいもんで猫同士争奪戦。大体二匹乗ってたらしい」

「ふーん、てことは三匹以上飼ってたんだな」

 そこでダンは気づいて、

「お前まさか」

「俺も猫になれば嫌がらず膝に乗っけてくれるかなーと」

「お前バカなの?」

 非常に残念なものを見る目された。

 幼馴染にひどいな。

「ていうか、猫は喜んで乗っけてくれるのに俺は駄目とかおかしくない?」

「おかしいのはお前の頭だよ」

 容赦ないダンのツッコミにもめげる俺じゃない。

「ミドリの膝ってさ、ちょうどいいんだよなぁ。弾力と温度がほどよい」

「そりゃ遠まわしにデブって言ってると勘違いされてもおかしくねー発言だぞ」

 なんで?

 心底不思議に思って聞いた。

「ミドリはデブじゃない。普通だろ。むしろ少しやせ型」

「一般的に見ればな。けど女の子ってのは実際以上に自分を太ってると思い込んでるもんなんだよ。嫁ちゃんは小さい頃さんざ男子にからかわれてたんだろ? その年頃の男子なんて痩せてる子にもデブって言うけど、女子にしてみりゃ傷つくよなぁ。で、すっかり自分はデブでブスだと思い込んじゃったってとこだろ。例の件もあるし」

「そいつら全員消してこようかな」

 半分冗談で言ったら必死で首を横に振られた。

「冗談だよ冗談」

「半分は本気だろ?! ……はぁ、ともかくお前はそういう機微分かってねーから発言には気をつけろや」

 フラれまくってるとはいえ優秀な諜報員が言うなら正しいんだろう。

「ルーク、お前しょっぱなからそういう発言かましたんだろ? そりゃー嫌われるわー」

「何で?」

「遠まわしに太ってるなんて人前で言う男に好感抱くわけねーだろ。その上、超ど級の変人だ。初対面の時の格好もヒドイ。どこに惚れてくれる要素があるんだ?」

「…………」

 思い返し、理解した。

 あれが好感度の高い格好と思わないだけの常識はある。

 うーんとうなる。

「難しいなぁ」

「お前、女の子に好かれたいって思ったことねーもんな。あの男のゴタゴタで婚期逃しただけでも痛いのに。仕方ねー、オレがレクチャーしてやるよ」

「フラれそうな気がするからいいい」

 ひでぇと泣き真似してみせる幼馴染。俺に演技は通用しないぞ。

「話戻すと、たまには優しくしてほしいなぁと思うわけだ」

「それで猫になりたいって? やっぱお前おかしいよ。つーか、なれねーよ」

「それができるんだな」

 ポケットから小瓶を出した。

「動物になれる薬発明してみた」

「……天才ってなにやらかすか分かんねぇ……」

 ダンが天を仰ぐ。

「嫁ちゃんに甘えたいためにそんなん作ったのかよ!」

「いや、これは別件やってた時にたまたまできた。人語しゃべれない種族と意思疎通図るために『言葉が分かる』薬研究してたら思わぬ副産物が」

 ダンは疑わしそうに、

「……人体に害ねーの?」

「実験済みだ、ないよ。副作用もなし。ただし欠点があって持続時間が短い。小一時間かな」

 もっと長いとうれしいが、ひとまずこれでよしとしとこう。

「やめろっつってもやるんだろ……」

 当然。

「てわけで、つじつま合わせよろしくな」

「おおい! オレを巻き込むなっ!」

 俺はさっさと薬を飲みこんだ。


   ☆


 さて、無事猫に変身した俺は仕事場へ向かった。ちなみにさっきまでいたのは屋敷の中にある執務室だ。

 ……一応別にあるんだよ? 諜報活動のほうは機密情報が多く、色々安全に保管しないといけないんでね。

 現在の俺の姿は真っ白で美しい毛並みのオス猫。長い尻尾を揺らめかせながら優雅に歩く。

 もちろん四足歩行だ。長靴履いて二足歩行できないわけじゃないけどしない。猫っぽくないじゃないか。

 ミドリは納品するアクセを作ってるはず。卵の殻を使ったあのクラフトが珍しく、最初の在庫があっという間にはけてしまったからだ。元々アンジェ族では鳥の何かを使ったものは「縁起がいい」とされるんだ。

 ミドリが俺の妃だと知れ渡ってることもあり、予約が殺到。作っても作っても追いつかない状況だ。

 なお、卵の中身捨てるのはもったいないんで知り合いのケーキ屋に売ることにした。お互い助かる解決法だ。食べ物を捨てるともったいないお化けが出るぞ。

 仕事場のドアをサイコキネシスで開け、こっそり中へ入る。

 ……いたいた。

「ニャー」

 猫っぽく鳴いてトコトコ近寄った。

「あれっ、猫?」

 ミドリが驚いて立ち上がる。

「駄目だよ、入ってきちゃ。危ないものたくさんあるんだから。どこの子?」

「にゃーん」

 のどを鳴らして足にすり寄る。

 ミドリが微笑んだ。

「人懐っこいね。飼い猫かな?」

 うーん、俺には一度も向けてくれたことのない純粋な笑顔と優しい声。なんか悔しい。

「どこの子、ってこのうちの子に決まってるか。他に家ないもんね。……さすがに猫は飛んでこられないわよね」

「にゃー」

 それは無理だな。

「ルークがペット飼ってるなんて知らなかった。いても怪しげな実験で作り出したヤバイ生き物かと。飼ってるっていうか、地下室で檻に入れて観察してそう」

 心外な。そんなもんいないよ。

 しゃがんだミドリが手を差し出してくるから、スリスリした。

「かわいい……っ」

 ひょいと抱き上げられたかと思うと、頬ずりされた。

 ふおおおおお!←心の叫び

 さらに当然のごとく座った膝の上に乗せてくれる。

 おおおおお。

 こんなに早く願いが叶うとは!

 のぞき見してるダンが膝から崩れ落ちて号泣してるけどほっとこう。

「にゃーん。にゃあーん」

 ゴロゴロすりすり、めいっぱい甘えてる猫を演じる。俺がやったら速攻で鉄拳制裁くらわされることも、猫なら許してくれるミドリ。むしろ撫でてくれた。

 安心して丸まる俺。

 あー、落ち着く。

 猫が争奪戦繰り広げてたってのも当然だ。安心できる人の傍で眠るって至福。

「ふふ、ほんとに人懐っこいのね。この子、事情があって預かってるだけなのかな? だったらやだな、飼いたい」

 それは願ったりかなったり……と言いたいとこだけど困る。だって俺だもん。

 ていうか待てよ。

 猫飼ったら、ミドリはそいつを可愛がる。俺に今やってくれてるみたいに。

 ―――絶対ペットは飼うまい。

 固く決意した。

 ミドリが俺以外の存在をかまうとか許せない。

「もふもふ、ふわふわー。毛並みサラッサラね。撫で心地いーい」

「ふみゃーん」

 もっと撫でてー。

「よしよし、いい子ねー。ちょっと休憩しよっかな。おいで」

 ミドリは俺を抱っこして日当たりのいいソファーまで移動した。

 仕事場にソファーはなかったが、ミドリが来てから運び込んだ。だって必要じゃん。俺が寝転がってミドリに膝枕してもらうのに!

 ……と力説したら、屋敷中の人間にゴミを見る目を向けられた。

 大丈夫、それくらいじゃ俺は諦めない。

 細かい作業で疲れたらしいミドリは横になると俺を抱き寄せた。抱き枕代わり?

「……ふあぁ。ちょっと疲れた。一緒におねむしよ、猫ちゃん」

「にゃー」

 天国か!

 なに、俺死ぬの? 幸せすぎて死にそうなんだけど!

 ダンがさらに顔覆ってプルプル体震わせてるけど無視しよう。

 うう、ミドリは俺の前じゃ警戒してうたた寝なんか絶対してくれない。

 感激してたらミドリはいつの間にか眠っていた。

 俺もこのまま寝たい。でもヤバイな、制限時間が。バレたら殴られるじゃ済まないことは分かってる。

 断腸の思いで血の涙を流しつつ外に出て人間に戻った。

 ダンが床につっぷしてた。

「何やってんだ」

「何じゃねーよ! おまっ、お前、オレ泣きてーよ!」

「もう泣いてるじゃないか。ていうか、それなら見るな」

「不憫すぎる! も、もう駄目だ。気の毒とかそういう言葉しか浮かばねえ!」

 嘆く幼馴染。

「……んん? 感激して泣いてたんじゃないのか」

「なんで感激なんだよ?! 情けなさすぎてかわいそうで涙を禁じ得ないんだよ!」

 どこがかわいそうなのか分からない。

「か、仮にも王子が猫に化けて妃に優しくしてもらいたいとか。しかもそのために猫のフリがんばるのが涙ぐましい。女王陛下が聞いたらマジ泣きするぞ」

 だから何で?

「そんなことよりブランケット取ってくる。ミドリが風邪ひくといけないからな」

 いそいそと取ってきた。メイドたちにも泣かれたのはなぜだろう。

 ブランケットかけてもミドリは起きなかった。

「かわいいなぁ。寝顔撮っとこ」

「それ盗撮な」

 自分の妃の寝顔撮るののどこが?

「ダンは入室禁止な。お嫁さんの寝顔、他人に見せる気はない」

「うわ、マジだこいつ。いや、入らねーよ。それくらい分かってる」

 ミドリが寝てるのに傍で話したら起こすって心配は無用だ。小声でやってる。

 ふいにダンが真面目な声音になった。

「ルーク、やっと嫁さんできて有頂天になってるとこ悪いけどさ、誰も言わないからこそあえて言うぞ。嫁ちゃんもそろそろ家が恋しいんじゃねーか?」

「―――」

 俺はスマホをしまった。なお、シャッター音は鳴らないようにしてある。諜報活動する時に邪魔だからだ。

「嫁ちゃんにしてみれば無理やり連れて来られて帰してもらえない状態だろ。オレも皆も帰ってもらっちゃ困るからそこんとこ黙ってるけどさ。お前は嫁ちゃんに寂しい思いさせてるの忘れるなよ」

「―――分かってる」

 的確に核心を突いてくる、優秀な腹心だ。まったく。

 ため息つく。

「寂しいなんて思わないくらい幸せにすればいいじゃないか。うん、絶対幸せにする」

「自信も天才的だよな……」

 その時、ミドリがぴくりと身動きした。ゆっくりまぶたを上げる。

「……ん……?」

「起きた? うたた寝してたんだよ」

 ミドリはしばしぼんやりして、急にがばっと起き上がった。

「―――猫ちゃんは?」

 第一声がそれ?

 俺だけど俺より猫が大事か。

 とぼけておく。

「猫?」

「ここにいたのに。知らない? 真っ白でふわふわのかわいい子。ルークのペットなんじゃないの」

「俺は飼ってないよ。ていうかペットは絶対飼わないことにした」

「何で?」

「……あー、えーと、嫁ちゃんごめん。違うんだ、あの猫オレが預かってたの」

 ダンが姿を現して説明する。

「知り合いの飼い猫で、旅行中預かってたんだ。そのー、飼い主ってかわいい女の子でさ。いいとこ見せたくて?」

 さすがだ、ダン。すごくありそうな話。

 ミドリはがっかりと肩を落とした。

「えー。かわいかったのにー」

「そんなに気に入ったの?」

「うん。すごく人懐っこくて、甘えん坊でね。初対面なのに撫でさせてくれて。膝にも乗ってくれたの」

「ミドリの膝は俺専用だよ」

「断じて違う」

 軽蔑の目でバッサリ切られた。

 ぬう。猫の時はあんなに優しかったのにえらい違い。

「あれ、ていうかダンさん来てたんですか」

「ダンならいつものごとくフラれて愚痴りに来たんだよ」

「ん? 猫の飼い主にフラれたの? 預かったげたのに」

「旅行ってのが彼氏との旅行なんだってさ」

 失恋ねつ造されたダンが渋面になった。

 いやこれ、昔実際あっただろ。あの時預かったのはサボテンだったっけ。見事な花が咲いたよなぁ。

「……それはそれは。お気の毒に……」

 憐憫が漂う。

「うん……その、なんだ、オレもう帰る」

 背中が気のせいか寂しげなんで、協力の礼として酒一本やった。

「それよりミドリ、うたた寝するほど疲れてるんなら今日はもうやめなよ」

「そうね。さすがに一人でやるのはきつくなってきたし……バイト雇っていい? 任せられる作業は任せたい」

「それはあんまり勧めないかな。よからぬ輩が紛れ込むと困る」

「……あ、そうか」

 組織の人間か関係者以外に敷地の中入られたくないんだ。これでも仕事ちゃんとやってるんだよ?

「じゃ、外部に作業所を作る。そこへ材料送ってやってもらうのならいいんじゃない?」

「やり方公開していいの?」

「別に」

 ミドリはあっさり答えた。

「独占しようとは思わないわよ。ハンドメイドって興味ある人が気軽に楽しくやるものでしょ。反対に、こんな面白いものがありますよ~ってたくさんの人に知ってもらいたいけど」

「……そっか」

 作り方も何もかも秘密にしておけば、作れるのはミドリだけ。専売特許にすれば希少価値出るし、価格も吊り上がる。でもそれをせず、むしろどうぞどうぞと全部公開している。このぶんならそのうち他にも作って売る人間が出てくるだろう。それでもミドリは構わないと。

 ……欲がないなぁ。

「あんただって設計図無償であげたりしてるじゃない」

「まぁね」

「同じよ。それがどうかしたの?」

 いや?

 俺はにっこり笑って言った。

「俺たち似たもの夫婦だなぁと思って」

「私とあんたは夫婦じゃない」

 こんな時でも否定するのは忘れない我が妃だった。


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